《想い出日記》懐かしのスーパーカーライト先週は、水曜日に名古屋「三越」で日本煎茶工芸協会30周年記念展で、呈茶席を持たせて貰い…
続く日曜日に、名古屋「志ら玉」で、松月流秋季煎茶道芸術祭と立て続けに行事が詰まってます!!
猫の手も借りたい1週間の間に、46歳の誕生日を迎え皆様にお祝い頂き、ありがとうございました。
御礼のコメントが追いついて居りませんが、必ず返信致しますので、今暫しお許しくださいませm(__)m
さて、そんな最中ですが、昨年予定していた「75周年記念誌」も、間に合わず先延ばしに為って居ますが…
現在、同時進行で、準備をさせて頂いてます。遅れて居ります事、お詫び申し上げます。
もっと、簡単に考えて居りましたが、何せ75年分の歴史を集約する訳で…
調べていくと段々と新しい事実が出て来たり、記録と倉庫をひっくり返して歴史を繋ぐ作業を繰り返してます。
その75年の歴史の中、私自身も、15年間家元を務めさせて頂きましたが…
嘗ての隆盛とは程遠い現状に卑下する時も有りますが、今一度栄光の日々を目指そう言う思いで居ます。
そんな中、流内の写真を整理するついでに、自分自身の写真も沢山出て参りまして…
皆さんに可愛がられ、そして、大きく育てて貰った感謝の思いが募ってます!!
これは、小学校2年生の時に、真新しい自転車を買って貰った時の写真ですが…
当時は、こんな豪華な自転車が一杯走っていて、子供達も夢に溢れてた時代でした(^^)v
子供達と言うよりも、日本中に夢が一杯だったですよね(笑)。
デフレが叫ばれる日本ですが、経済の縮小よりも…
一番深刻なのは、皆が夢を失った事じゃないかと心配致して居ります。
「病は気から、経済も気から」と申します…
もっと皆で大きな夢を見られる日本にしていきたいものですね(^^)v
自分が乗って居た自転車の写真ををネットで探して居たんですが…
まさかの?我が家の押入れに仕舞ってありました(笑)。
私の夢は、この当時も、今も変わらず「日本一の煎茶の家元」です!!
皆さんに応援頂き、夢を叶えるべく益々煎茶の道に精進する事を誓うものです。
夢を取り戻せ日本人!!そして、抱いた夢は必ず叶えろ。自分自身にも言い聞かせてます(笑)。by so-kei♪ |
想ひ出日記
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《追悼》バラの献茶式に思いを寄せて今日、大変にお世話になった方とお別れをしてきました。葬儀、告別式とお参りさせて頂き、最後のお見送りを…
平成18年の5月の事なので、彼是8年も前に為りますが、黄檗山万福寺へお献茶を上げさせて頂きました。
その時に、「100万本のバラ献茶式」と銘打ちまして、バラの花の祭壇を作らせて貰いました。
流石に、100万本とはいきませんでしたが、1000本のバラを用意させて頂きまして…
献茶式が行われる月台に飾る花器代わりに、沢山の竹を切ってご寄附下さった方が亡くなりました。
訃報に際して、想い出の写真を眺めながら改めて感謝の気持ちで一杯です。
心からの哀悼の誠を捧げ、故人のご冥福を願うものです。
私の場合、人生の節目・節目で、助け導いて下さる方との出会いがあります。
不思議なものですが、頑張ろうとする姿を、前から後ろから支えて下さる方が必ず現れて下さいます。
唯、「煎茶道界に、新風を巻き起こす」のが夢だったんですが…
その夢は徐々に叶うも、世間にまで風を起こすには中々至りません(笑)。 また、この時は、祭壇に飾り切れないバラの花を1本花束にラッピング致しまして…
参加されました方に、お持ち頂き煎茶道大会の会場中にバラの花を咲かせようと試みました。
そのバラを持ち帰り、挿し木にして今も大切に育てて下っている方もお見えです。
時々、様子を聞かせて頂いたり、実際に切り花にして持ってきて下さった方もありました。
本当に善意100%で出来ているのが、我が松月流だと思っています!!
厳しい時代を迎え、運営は困難を極めて居りますが、何とか荒波を乗り越えて参ります。
「芸術は爆発だ!!」と言う岡本太郎氏のキャッチフレーズに触発され…
「はじけろ煎茶道」を合言葉に、突っ走って来ましたが、気が付けば夢は「伝統回帰」と為りました。
伝統を守りながらも、現代のスタイルに改めていく…
これは、言うよりも行うのは難しいものみたいですが、応援下さる皆様の為にも頑張りたいと思います。
大勢の皆様に支えられての人生です!!皆様、本当にありがとうございます。 …so-kei♪ |
ボーイスカウトの想い出台風、日本列島上陸・縦断の予報です。我が地方でも、接近に伴い雨風が強まっております。
皆様方の地方では、如何な状況でしょうか?くれぐれもご用心の上、お過ごし下さいませ!
さて、四十歳も超えますと、想い出話が段々と増えてきます…。
台風が来ると想い出すのが「ボーイスカウト」だった頃の少年時代です。
昔は、台風と言えば8月の終わりから9月と相場が決まって居りました。
その時期に、毎年キャンプに出掛け雨風に打たれた記憶が甦ります(笑)。
暴風雨の中でのテントの設営・就寝は、悲劇以外の何ものでもありませんでした。
ボーイスカウトの最年少は、まだまだ幼い小学6年生です。
一番最初のキャンプは、台風の去った増水中の川辺でした。
雨風が残る中、テントサイドに側溝と呼ばれる排水溝を掘るのですが、その深さ実に40センチ以上…
それでも、ギリギリで殆ど水面に浮かびながらの一夜となりました
次の日は、台風一過の快晴で、一日の訓練が終わりクタクタになっての睡眠でしたが…
夜中に、先輩の「台風が来たぞ!」の一言に目覚めると「満天の星空」が広がっていました。
台風は去ったはずだ?そして、テントの中のはずが星空が見える??
何故?なぜ?ナゼ???の眠気眼で起こされて、深夜のテント設営が再び始まります。
この場合の「台風」とは、リーダー達の「かわいがり」であり、悪戯でしょうね。
テントを綺麗に倒していって下さいます(笑)。
最初の年は、本当にビックリ致しましたが、「ゴミが落ちていた」そうです。
寝る前に、どれ程綺麗に片付けても、必ず何かが落ちてます・・・。
もう、今でも笑うしかないのですが、食べてもいない「バナナの皮やリンゴの芯」が落ちていた事もありました。
勿論、こちら側に落ち度がある場合もありますが、無くてもネタがチャンと仕込んであります。
結局4年間卒業するまで毎年倒され続けました…
そもそも、人生なんて理不尽なものだらけなんですね(笑)。
これ以外、今なら児童虐待で訴えられそうなスカウト時代を過ごし、高校卒業までご厄介になりました。
他にも、シラフでは言えない内容が殆どですが、飲み屋で一番盛り上がるのがボーイスカウトネタです
今思い出しても涙が出る様なつらい訓練、厳しい訓練もありますが…
でも、今の私を作ってくれた一番大きな青春の1ページです!!
一番最初に入隊したのは、「カブスカウト」と言う小さい子の集まりで小学二年生の頃でした。
当時の私は、小児喘息が酷く付いていくだけでも必死でした。
小学5年生で卒業してボーイスカウトに新入する訳ですが、箸にも棒にも掛からなかった少年が…
中学3年時には、班長を務め日本ジャンボリーにも参加させて頂く事が出来ました。
ひ弱だった息子をどうやったら丈夫で健康に出来るのか?
あれこれと色々とやらされて、嫌だった事も沢山あります。
しかし、不思議なもんで、今では後ろから刺されても死ななそうな程丈夫になりました。
そして、あれ程嫌いだった山登りも、自ら進んで行ってます(笑)。
これも両親に感謝です!人生変れば変るものです
この頃では、当時の隊長とよく一杯飲むのですが…
「この糞爺〜〜〜〜!」と、楽しく過ごさせて頂いています。
まぁ、ボーイスカウトネタは尽きる事無くありますので、又是非ご紹介したいと思います。
でも、過激過ぎる内容が多いので、限定記事にした方がいいかもwww。
「備えよ常に」いつも心に持ち続けて居るボーイスカウトの標語です。…by so-kei♪ ※「想い出日記」新しい書庫を作りました。時々、中年オヤジの戯言を聞いてやって下さいね。
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