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			<title>Peacebuilder</title>
			<description>30年に渡って紛争地、飢餓の大陸で仕事をしてきた。
皆愛する者のために平和を望んでいる。
無能な権力者によって多くの子供たちや若者が命を落としている。
怒れ子供たちよ！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>Peacebuilder</title>
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			<description>30年に渡って紛争地、飢餓の大陸で仕事をしてきた。
皆愛する者のために平和を望んでいる。
無能な権力者によって多くの子供たちや若者が命を落としている。
怒れ子供たちよ！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor</link>
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		<item>
			<title>パキスタン難民</title>
			<description>一昨年末、SWATのMingoraから治安悪化により緊急退避した。プロジェクトの途中であり残念な思いで引き揚げたが、最悪の予想が的中した結果となっている。数少ない外国人の一人として皆さんに大事にされ、世界から観光客を大事に迎え入れていた地域であり、一方で最も保守的な地域といわれ、このパラドックスを僕はそれなりに納得していた時期であった。&lt;br /&gt;
タリバンという政治運動に対するこの地域の皆さんの支持は強く、資金的支援にも積極的な面もある一方で、現在のような過激派等による破壊活動には当然拒否反応が強かった。&lt;br /&gt;
風光明媚な観光地として知られ、大果樹地帯として、パキスタンの桃源郷とも呼ばれていた。シルクロードの要衝であったMingora周辺には多くの仏教遺跡もあり、皆さんはそれらを大事に保存してきた。&lt;br /&gt;
この周辺で今200万人もの難民が発生しているというニュースを聞きながら、SWATで出会った、そして僕を大事に迎え入れてくれた多くの皆さんの顔を思い出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は現在ブラジル北東部でバイオディーゼル燃料用作物栽培支援のプロジェクトを担当しているが、多くの知っている皆さんがいるであろう難民キャンプへ飛んでいきたい気持ちに駆られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラジルの業務を終えたら必ずSWAT復興のためにできることを探そうと考えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蒸し暑いブラジルの田舎町で</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/52544771.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 06:07:33 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>パキスタン難民</title>
			<description>一昨年末、SWATのMingoraから治安悪化により緊急退避した。プロジェクトの途中であり残念な思いで引き揚げたが、最悪の予想が的中した結果となっている。数少ない外国人の一人として皆さんに大事にされ、世界から観光客を大事に迎え入れていた地域であり、一方で最も保守的な地域といわれ、このパラドックスを僕はそれなりに納得していた時期であった。&lt;br /&gt;
タリバンという政治運動に対するこの地域の皆さんの支持は強く、資金的支援にも積極的な面もある一方で、現在のような過激派等による破壊活動には当然拒否反応が強かった。&lt;br /&gt;
風光明媚な観光地として知られ、大果樹地帯として、パキスタンの桃源郷とも呼ばれていた。シルクロードの要衝であったMingora周辺には多くの仏教遺跡もあり、皆さんはそれらを大事に保存してきた。&lt;br /&gt;
この周辺で今200万人もの難民が発生しているというニュースを聞きながら、SWATで出会った、そして僕を大事に迎え入れてくれた多くの皆さんの顔を思い出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は現在ブラジル北東部でバイオディーゼル燃料用作物栽培支援のプロジェクトを担当しているが、多くの知っている皆さんがいるであろう難民キャンプへ飛んでいきたい気持ちに駆られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラジルの業務を終えたら必ずSWAT復興のためにできることを探そうと考えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蒸し暑いブラジルの田舎町で</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/52544727.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 06:02:28 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>パキスタン難民</title>
			<description>一昨年末、SWATのMingoraから治安悪化により緊急退避した。プロジェクトの途中であり残念な思いで引き揚げたが、最悪の予想が的中した結果となっている。数少ない外国人の一人として皆さんに大事にされ、世界から観光客を大事に迎え入れていた地域であり、一方で最も保守的な地域といわれ、このパラドックスを僕はそれなりに納得していた時期であった。&lt;br /&gt;
タリバンという政治運動に対するこの地域の皆さんの支持は強く、資金的支援にも積極的な面もある一方で、現在のような過激派等による破壊活動には当然拒否反応が強かった。&lt;br /&gt;
風光明媚な観光地として知られ、大果樹地帯として、パキスタンの桃源郷とも呼ばれていた。シルクロードの要衝であったMingora周辺には多くの仏教遺跡もあり、皆さんはそれらを大事に保存してきた。&lt;br /&gt;
この周辺で今200万人もの難民が発生しているというニュースを聞きながら、SWATで出会った、そして僕を大事に迎え入れてくれた多くの皆さんの顔を思い出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は現在ブラジル北東部でバイオディーゼル燃料用作物栽培支援のプロジェクトを担当しているが、多くの知っている皆さんがいるであろう難民キャンプへ飛んでいきたい気持ちに駆られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラジルの業務を終えたら必ずSWAT復興のためにできることを探そうと考えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蒸し暑いブラジルの田舎町で</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/52544716.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 06:00:51 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>SWAT　Minngora　パキスタンを考える</title>
			<description>一昨年末、SWATのMingoraから治安悪化により緊急退避した。プロジェクトの途中であり残念な思いで引き揚げたが、最悪の予想が的中した結果となっている。数少ない外国人の一人として皆さんに大事にされ、世界から観光客を大事に迎え入れていた地域であり、一方で最も保守的な地域といわれ、このパラドックスを僕はそれなりに納得していた時期であった。&lt;br /&gt;
タリバンという政治運動に対するこの地域の皆さんの支持は強く、資金的支援にも積極的な面もある一方で、現在のような過激派等による破壊活動には当然拒否反応が強かった。&lt;br /&gt;
風光明媚な観光地として知られ、大果樹地帯として、パキスタンの桃源郷とも呼ばれていた。シルクロードの要衝であったMingora周辺には多くの仏教遺跡もあり、皆さんはそれらを大事に保存してきた。&lt;br /&gt;
この周辺で今200万人もの難民が発生しているというニュースを聞きながら、SWATで出会った、そして僕を大事に迎え入れてくれた多くの皆さんの顔を思い出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は現在ブラジル北東部でバイオディーゼル燃料用作物栽培支援のプロジェクトを担当しているが、多くの知っている皆さんがいるであろう難民キャンプへ飛んでいきたい気持ちに駆られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラジルの業務を終えたら必ずSWAT復興のためにできることを探そうと考えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蒸し暑いブラジルの田舎町で</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/52544421.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 05:05:05 +0900</pubDate>
			<category>中東情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>アフガニスタン報告会</title>
			<description>10月28日午後7時から&lt;br /&gt;
鶴岡市国際村&lt;br /&gt;
11月3日午後２時から山形市遊学館において&lt;br /&gt;
ペシャワール会の報告会を行います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/45134643.html</link>
			<pubDate>Sun, 19 Oct 2008 08:18:30 +0900</pubDate>
			<category>事件</category>
		</item>
		<item>
			<title>NGOは自己責任か？</title>
			<description>アフリカから戻りのんびりしていたがアフガンでの伊藤君にささげる意味で以下のようにコメントしたものをまとめて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多くの若者が紛争地で活動している。&lt;br /&gt;
国連や政府機関の手の届かない，危険で厳しい環境の所も多い。&lt;br /&gt;
彼もその一人であり現場地域の皆さんの大事な友人として迎え入れられていたであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多く国では彼等を誇りにこそすれ，不測の事態に巻き込まれた彼等を非難することなどあり得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イランで誘拐された大学生が解放された際の駐日イラン大使のコメントを思い出す。&lt;br /&gt;
「誘拐組織との交渉で厳しい局面はあったが，イランを知ろうと旅をしていた若者に落ち度はない。こうした人たちを歓迎する」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も紛争地での仕事をしてきた。テロ対策も目的であった。&lt;br /&gt;
その実態を数多く見てきた。アフガニスタン，パキスタン国境，親タリバン地域での長期の業務もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の若者の勇気ある活動を委縮させ，自発的な貢献に対するバッシングがないことを願う。&lt;br /&gt;
権力側の支持どうりにしか動かない若者などありえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回誘拐された彼を現場地域住民は見捨てないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２&lt;br /&gt;
僕自身も撃たれた！速報を見てそう感じた。&lt;br /&gt;
あまりに悲しいことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕自身彼の現場近くのパキスタン側の業務を行っていたが，昨年7月オフィス近くで頻発した自爆攻撃を受け撤退した。現在は戦争状態である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紛争地からの撤退の判断は難しい。&lt;br /&gt;
僕自身，地域の代表には「お前に手を出すことはここの100万人の住民が許さない。お前の安全は保障する」と言われていたが，断腸の思いで撤退せざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべては原因は，911に対するアメリカの処方箋の書き方の間違にあると言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は60歳近い，彼は31歳，面識はないが同じような仕事をしていた仲間として，彼の悔しさを思うといたたまれない。僕の職場の大学の試験場でもアフガニスタンの支援を行っていた。彼の同僚の日本人スタッフが訪ねてこられたこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕の業務も多くが紛争地であった。何度かの緊急脱出も銃撃された経験もある。&lt;br /&gt;
そんな中でも，世界の多くの若者が懸命に支援する姿を見てきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マザーテレサは愛の反対の言葉は「無関心」であると喝破した。&lt;br /&gt;
なにがあろうと若者たちの真実を知ろうとする行動と勇気を支援したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
訂正&lt;br /&gt;
権力側の支持　→　権力側の指示 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３&lt;br /&gt;
日本も戦後外国からの援助の下で敗戦から復興への道を進むことができた。&lt;br /&gt;
自らの足元を掘り返しながらも，世界から日本を見て，日本から世界を考える視座も必要である。外国であれ日本であれ，生業の仕事であれボランティアであれ，意味のないものはないだろう。&lt;br /&gt;
逸見庸は「見ることは見られることである」と喝破した。見る側がこのことを忘れると見ることは単に偏屈な特権意識でしかない。常に見られてもいるんだということなんだろう。この指摘を僕は大事にしている。&lt;br /&gt;
ところで僕は政府の外交戦略の一環として紛争国で仕事をしてきた。二度銃撃された経験もある。仲間も一人殺された。しかし僕が誘拐された場合日本政府は全力で動くだろう，それはNGOでもしかりである。国家の仕事であれ，ボランティアであれ対応をとらなければならないのである。&lt;br /&gt;
どういうスタンスであれ日本は一国平和主義では世界で生き残れない。外国の紛争であれ何らかの形でコミットしていかなくてはならない。政府ができなかったらNGOででも。NGO活動も多くは政府の戦略下にあり，金も出している。危ないところはNGOという実態もある。&lt;br /&gt;
不測の事態でアメリカは自己責任などとは言わない。僕が中米の紛争国にいた際は，万が一の場合はアメリカのNGOメンバーの所に駆け込むことになっていた。カリブ海のフリゲート艦からヘリが救出に来るのである。もちろんアメリカは戦略としてこうした事態を利用もする。&lt;br /&gt;
僕が政府のテロ対策プロジェクトで1年滞在したパキスタンのアフガニスタン国境北西辺境州の皆さんはテロの裏にはアメリカがいると信じていた。僕も否定することができなかった。複雑で怪しく生臭い世界である。&lt;br /&gt;
本当に日本のことを考えるのであれば，世界に目を向けてコミットしていくしかないのである。タフな戦略的な，きれいごとではない事もある。&lt;br /&gt;
海外でのビジネスとしての業務でもボランティアでも，ここにそれほど差はない，日本人が海外に出ることは，結局は日本に資することになるのである。&lt;br /&gt;
日本は自己責任論を言えるような国ではない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/43950750.html</link>
			<pubDate>Thu, 18 Sep 2008 15:24:27 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>NGOは自己責任か？</title>
			<description>アフリカから戻りのんびりしていたがアフガンでの伊藤君にささげる意味で以下のようにコメントしたものをまとめて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多くの若者が紛争地で活動している。&lt;br /&gt;
国連や政府機関の手の届かない，危険で厳しい環境の所も多い。&lt;br /&gt;
彼もその一人であり現場地域の皆さんの大事な友人として迎え入れられていたであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多く国では彼等を誇りにこそすれ，不測の事態に巻き込まれた彼等を非難することなどあり得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イランで誘拐された大学生が解放された際の駐日イラン大使のコメントを思い出す。&lt;br /&gt;
「誘拐組織との交渉で厳しい局面はあったが，イランを知ろうと旅をしていた若者に落ち度はない。こうした人たちを歓迎する」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も紛争地での仕事をしてきた。テロ対策も目的であった。&lt;br /&gt;
その実態を数多く見てきた。アフガニスタン，パキスタン国境，親タリバン地域での長期の業務もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の若者の勇気ある活動を委縮させ，自発的な貢献に対するバッシングがないことを願う。&lt;br /&gt;
権力側の支持どうりにしか動かない若者などありえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回誘拐された彼を現場地域住民は見捨てないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２&lt;br /&gt;
僕自身も撃たれた！速報を見てそう感じた。&lt;br /&gt;
あまりに悲しいことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕自身彼の現場近くのパキスタン側の業務を行っていたが，昨年7月オフィス近くで頻発した自爆攻撃を受け撤退した。現在は戦争状態である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紛争地からの撤退の判断は難しい。&lt;br /&gt;
僕自身，地域の代表には「お前に手を出すことはここの100万人の住民が許さない。お前の安全は保障する」と言われていたが，断腸の思いで撤退せざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべては原因は，911に対するアメリカの処方箋の書き方の間違にあると言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は60歳近い，彼は31歳，面識はないが同じような仕事をしていた仲間として，彼の悔しさを思うといたたまれない。僕の職場の大学の試験場でもアフガニスタンの支援を行っていた。彼の同僚の日本人スタッフが訪ねてこられたこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕の業務も多くが紛争地であった。何度かの緊急脱出も銃撃された経験もある。&lt;br /&gt;
そんな中でも，世界の多くの若者が懸命に支援する姿を見てきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マザーテレサは愛の反対の言葉は「無関心」であると喝破した。&lt;br /&gt;
なにがあろうと若者たちの真実を知ろうとする行動と勇気を支援したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
訂正&lt;br /&gt;
権力側の支持　→　権力側の指示 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３&lt;br /&gt;
日本も戦後外国からの援助の下で敗戦から復興への道を進むことができた。&lt;br /&gt;
自らの足元を掘り返しながらも，世界から日本を見て，日本から世界を考える視座も必要である。外国であれ日本であれ，生業の仕事であれボランティアであれ，意味のないものはないだろう。&lt;br /&gt;
逸見庸は「見ることは見られることである」と喝破した。見る側がこのことを忘れると見ることは単に偏屈な特権意識でしかない。常に見られてもいるんだということなんだろう。この指摘を僕は大事にしている。&lt;br /&gt;
ところで僕は政府の外交戦略の一環として紛争国で仕事をしてきた。二度銃撃された経験もある。仲間も一人殺された。しかし僕が誘拐された場合日本政府は全力で動くだろう，それはNGOでもしかりである。国家の仕事であれ，ボランティアであれ対応をとらなければならないのである。&lt;br /&gt;
どういうスタンスであれ日本は一国平和主義では世界で生き残れない。外国の紛争であれ何らかの形でコミットしていかなくてはならない。政府ができなかったらNGOででも。NGO活動も多くは政府の戦略下にあり，金も出している。危ないところはNGOという実態もある。&lt;br /&gt;
不測の事態でアメリカは自己責任などとは言わない。僕が中米の紛争国にいた際は，万が一の場合はアメリカのNGOメンバーの所に駆け込むことになっていた。カリブ海のフリゲート艦からヘリが救出に来るのである。もちろんアメリカは戦略としてこうした事態を利用もする。&lt;br /&gt;
僕が政府のテロ対策プロジェクトで1年滞在したパキスタンのアフガニスタン国境北西辺境州の皆さんはテロの裏にはアメリカがいると信じていた。僕も否定することができなかった。複雑で怪しく生臭い世界である。&lt;br /&gt;
本当に日本のことを考えるのであれば，世界に目を向けてコミットしていくしかないのである。タフな戦略的な，きれいごとではない事もある。&lt;br /&gt;
海外でのビジネスとしての業務でもボランティアでも，ここにそれほど差はない，日本人が海外に出ることは，結局は日本に資することになるのである。&lt;br /&gt;
日本は自己責任論を言えるような国ではない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/43950726.html</link>
			<pubDate>Thu, 18 Sep 2008 15:23:41 +0900</pubDate>
			<category>その他国際情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>アフガニスタン伊藤君の死</title>
			<description>アフリカから戻りのんびりしていたがアフガンでの伊藤君にささげる意味で以下のようにコメントしたものをまとめて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多くの若者が紛争地で活動している。&lt;br /&gt;
国連や政府機関の手の届かない，危険で厳しい環境の所も多い。&lt;br /&gt;
彼もその一人であり現場地域の皆さんの大事な友人として迎え入れられていたであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多く国では彼等を誇りにこそすれ，不測の事態に巻き込まれた彼等を非難することなどあり得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イランで誘拐された大学生が解放された際の駐日イラン大使のコメントを思い出す。&lt;br /&gt;
「誘拐組織との交渉で厳しい局面はあったが，イランを知ろうと旅をしていた若者に落ち度はない。こうした人たちを歓迎する」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も紛争地での仕事をしてきた。テロ対策も目的であった。&lt;br /&gt;
その実態を数多く見てきた。アフガニスタン，パキスタン国境，親タリバン地域での長期の業務もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の若者の勇気ある活動を委縮させ，自発的な貢献に対するバッシングがないことを願う。&lt;br /&gt;
権力側の支持どうりにしか動かない若者などありえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回誘拐された彼を現場地域住民は見捨てないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２&lt;br /&gt;
僕自身も撃たれた！速報を見てそう感じた。&lt;br /&gt;
あまりに悲しいことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕自身彼の現場近くのパキスタン側の業務を行っていたが，昨年7月オフィス近くで頻発した自爆攻撃を受け撤退した。現在は戦争状態である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紛争地からの撤退の判断は難しい。&lt;br /&gt;
僕自身，地域の代表には「お前に手を出すことはここの100万人の住民が許さない。お前の安全は保障する」と言われていたが，断腸の思いで撤退せざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべては原因は，911に対するアメリカの処方箋の書き方の間違にあると言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は60歳近い，彼は31歳，面識はないが同じような仕事をしていた仲間として，彼の悔しさを思うといたたまれない。僕の職場の大学の試験場でもアフガニスタンの支援を行っていた。彼の同僚の日本人スタッフが訪ねてこられたこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕の業務も多くが紛争地であった。何度かの緊急脱出も銃撃された経験もある。&lt;br /&gt;
そんな中でも，世界の多くの若者が懸命に支援する姿を見てきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マザーテレサは愛の反対の言葉は「無関心」であると喝破した。&lt;br /&gt;
なにがあろうと若者たちの真実を知ろうとする行動と勇気を支援したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
訂正&lt;br /&gt;
権力側の支持　→　権力側の指示 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３&lt;br /&gt;
日本も戦後外国からの援助の下で敗戦から復興への道を進むことができた。&lt;br /&gt;
自らの足元を掘り返しながらも，世界から日本を見て，日本から世界を考える視座も必要である。外国であれ日本であれ，生業の仕事であれボランティアであれ，意味のないものはないだろう。&lt;br /&gt;
逸見庸は「見ることは見られることである」と喝破した。見る側がこのことを忘れると見ることは単に偏屈な特権意識でしかない。常に見られてもいるんだということなんだろう。この指摘を僕は大事にしている。&lt;br /&gt;
ところで僕は政府の外交戦略の一環として紛争国で仕事をしてきた。二度銃撃された経験もある。仲間も一人殺された。しかし僕が誘拐された場合日本政府は全力で動くだろう，それはNGOでもしかりである。国家の仕事であれ，ボランティアであれ対応をとらなければならないのである。&lt;br /&gt;
どういうスタンスであれ日本は一国平和主義では世界で生き残れない。外国の紛争であれ何らかの形でコミットしていかなくてはならない。政府ができなかったらNGOででも。NGO活動も多くは政府の戦略下にあり，金も出している。危ないところはNGOという実態もある。&lt;br /&gt;
不測の事態でアメリカは自己責任などとは言わない。僕が中米の紛争国にいた際は，万が一の場合はアメリカのNGOメンバーの所に駆け込むことになっていた。カリブ海のフリゲート艦からヘリが救出に来るのである。もちろんアメリカは戦略としてこうした事態を利用もする。&lt;br /&gt;
僕が政府のテロ対策プロジェクトで1年滞在したパキスタンのアフガニスタン国境北西辺境州の皆さんはテロの裏にはアメリカがいると信じていた。僕も否定することができなかった。複雑で怪しく生臭い世界である。&lt;br /&gt;
本当に日本のことを考えるのであれば，世界に目を向けてコミットしていくしかないのである。タフな戦略的な，きれいごとではない事もある。&lt;br /&gt;
海外でのビジネスとしての業務でもボランティアでも，ここにそれほど差はない，日本人が海外に出ることは，結局は日本に資することになるのである。&lt;br /&gt;
日本は自己責任論を言えるような国ではない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/43944381.html</link>
			<pubDate>Thu, 18 Sep 2008 11:37:19 +0900</pubDate>
			<category>事故</category>
		</item>
		<item>
			<title>アフガニスタンの伊藤君</title>
			<description>アフリカから戻りのんびりしていたがアフガンでの伊藤君にささげる意味で以下のようにコメントしたものをまとめて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多くの若者が紛争地で活動している。&lt;br /&gt;
国連や政府機関の手の届かない，危険で厳しい環境の所も多い。&lt;br /&gt;
彼もその一人であり現場地域の皆さんの大事な友人として迎え入れられていたであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の多く国では彼等を誇りにこそすれ，不測の事態に巻き込まれた彼等を非難することなどあり得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イランで誘拐された大学生が解放された際の駐日イラン大使のコメントを思い出す。&lt;br /&gt;
「誘拐組織との交渉で厳しい局面はあったが，イランを知ろうと旅をしていた若者に落ち度はない。こうした人たちを歓迎する」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も紛争地での仕事をしてきた。テロ対策も目的であった。&lt;br /&gt;
その実態を数多く見てきた。アフガニスタン，パキスタン国境，親タリバン地域での長期の業務もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の若者の勇気ある活動を委縮させ，自発的な貢献に対するバッシングがないことを願う。&lt;br /&gt;
権力側の支持どうりにしか動かない若者などありえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回誘拐された彼を現場地域住民は見捨てないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２&lt;br /&gt;
僕自身も撃たれた！速報を見てそう感じた。&lt;br /&gt;
あまりに悲しいことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕自身彼の現場近くのパキスタン側の業務を行っていたが，昨年7月オフィス近くで頻発した自爆攻撃を受け撤退した。現在は戦争状態である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紛争地からの撤退の判断は難しい。&lt;br /&gt;
僕自身，地域の代表には「お前に手を出すことはここの100万人の住民が許さない。お前の安全は保障する」と言われていたが，断腸の思いで撤退せざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべては原因は，911に対するアメリカの処方箋の書き方の間違にあると言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は60歳近い，彼は31歳，面識はないが同じような仕事をしていた仲間として，彼の悔しさを思うといたたまれない。僕の職場の大学の試験場でもアフガニスタンの支援を行っていた。彼の同僚の日本人スタッフが訪ねてこられたこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕の業務も多くが紛争地であった。何度かの緊急脱出も銃撃された経験もある。&lt;br /&gt;
そんな中でも，世界の多くの若者が懸命に支援する姿を見てきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マザーテレサは愛の反対の言葉は「無関心」であると喝破した。&lt;br /&gt;
なにがあろうと若者たちの真実を知ろうとする行動と勇気を支援したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
訂正&lt;br /&gt;
権力側の支持　→　権力側の指示  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
３&lt;br /&gt;
日本も戦後外国からの援助の下で敗戦から復興への道を進むことができた。&lt;br /&gt;
自らの足元を掘り返しながらも，世界から日本を見て，日本から世界を考える視座も必要である。外国であれ日本であれ，生業の仕事であれボランティアであれ，意味のないものはないだろう。&lt;br /&gt;
逸見庸は「見ることは見られることである」と喝破した。見る側がこのことを忘れると見ることは単に偏屈な特権意識でしかない。常に見られてもいるんだということなんだろう。この指摘を僕は大事にしている。&lt;br /&gt;
ところで僕は政府の外交戦略の一環として紛争国で仕事をしてきた。二度銃撃された経験もある。仲間も一人殺された。しかし僕が誘拐された場合日本政府は全力で動くだろう，それはNGOでもしかりである。国家の仕事であれ，ボランティアであれ対応をとらなければならないのである。&lt;br /&gt;
どういうスタンスであれ日本は一国平和主義では世界で生き残れない。外国の紛争であれ何らかの形でコミットしていかなくてはならない。政府ができなかったらNGOででも。NGO活動も多くは政府の戦略下にあり，金も出している。危ないところはNGOという実態もある。&lt;br /&gt;
不測の事態でアメリカは自己責任などとは言わない。僕が中米の紛争国にいた際は，万が一の場合はアメリカのNGOメンバーの所に駆け込むことになっていた。カリブ海のフリゲート艦からヘリが救出に来るのである。もちろんアメリカは戦略としてこうした事態を利用もする。&lt;br /&gt;
僕が政府のテロ対策プロジェクトで1年滞在したパキスタンのアフガニスタン国境北西辺境州の皆さんはテロの裏にはアメリカがいると信じていた。僕も否定することができなかった。複雑で怪しく生臭い世界である。&lt;br /&gt;
本当に日本のことを考えるのであれば，世界に目を向けてコミットしていくしかないのである。タフな戦略的な，きれいごとではない事もある。&lt;br /&gt;
海外でのビジネスとしての業務でもボランティアでも，ここにそれほど差はない，日本人が海外に出ることは，結局は日本に資することになるのである。&lt;br /&gt;
日本は自己責任論を言えるような国ではない。  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/43944355.html</link>
			<pubDate>Thu, 18 Sep 2008 11:36:01 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
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			<title>スワジランドはどこ</title>
			<description>アフリカSwaziland王国に来ています。 約一か月滞在予定です。 南アフリカヨハネスブルグから25人乗り小型プロペラ機で約一時間、南アフリカとモザンビークの国境近くに位置した岩手県ほどの国。高原にあり現在は冬、ホテルは暖房が入っています。 首都はMbabane、私はMandiniという町に滞在し、Mbabaneの研修センターまで通いながら農業省の研修のアドバイザーをしている。 HIV感染率が40％と言われる国ですが、町は清潔で人々は極めて温厚で控えめな人たちである。ズールー語に似たスワッティーという言語が使われている。 在留日本人は０ということである。 日本は人々にとってまだまだ遠い国である。 &lt;br /&gt;
昨日、横断歩道のすぐそばを歩いて横断したら、何と警察に罰金を徴収された。横断歩道出ないところを横断したからだそうである。&lt;br /&gt;
スワジランドでは歩行者も気をつけよう。ひょっとすると走ったら罰金なんてことも、チェックしなくては。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/watanabetimor/40408299.html</link>
			<pubDate>Thu, 26 Jun 2008 05:25:05 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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		</channel>
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