くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

そのほかいろいろ

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彼は東大安田講堂の機動隊との攻防をみて「思えばこの大学を出た人達にどの程度世話になったのだろう」と左傾化が始まったように思います。
晩年は完全に左翼側にいました。有名なのはこれ「日本人は殺されても殺さない覚悟を」
イメージ 1

ただ左翼文化人がひとり死んだと喜ぶ気持ちはありません。
功罪の「功」として、かつて良い歌を沢山作ったからです。
作曲家中村八大と組んで「六八コンビ」と言っていた頃が懐かしいです。
いずみたくの作曲によるものも沢山あります。これもそのひとつ。

坂本九は日航ジャンボ機事故で、そしてとうとうロクスケも星になりました。
赤い星かもしれませんが。

主な曲名だけをwikiから拾ってきました。
遠くへ行きたい二人の銀座今夜はヘンな夜夜はひとりぼっち故郷のように初めての街で 、- 菊正宗酒造コマーシャルソング万葉集レットキス (ジェンカ)若い季節 、 近鉄の歌ともだち

永六輔には大いに評価すべきことがあります。
それはメートル法の完全施行に反対して尺貫法の存続をアピールしたことです。
でもアピールする場には弁護士を付けていて「なんだ意気地なしめ」と思いました。

大ヒット「こんにちは赤ちゃん」について、本人が語っていたのが印象に残っています。「つぶらなひとみ」というフレーズの「つぶら」だけが日常の口語じゃなくて残念と。
でもね、「ひとみ」というのは正しくは「瞳孔」、つまり虹彩で囲まれた孔なんです。
瞳孔をしっと見て「つぶらだね」なんてあり得ません。イメージ 2
言うなら「つぶらな眼(まなこ)」でしょうね。
この歌の大ヒットのお蔭で、「ひとみ」の誤用がどんどん増えました。
「ひとみ閉じれば」とか。余程まぶしいときでも有り得ない!って。

作詞家たる仕事のひとは日本語を大切にしてください。


「♪きょうと〜」の大原・三千院も「残念です」 何度もお忍びで訪れる

イメージ 3  トークショーで話す元気だったころの永六輔さん=平成25年

 「♪京都、大原、三千院」で始まる「女ひとり」。「ご当地ソング」の走りともされるこの歌は昭和40年にデューク・エイセスが歌って大ヒットしたが、この歌を作詞したのが永六輔さんだった。
 当時は知る人ぞ知るだった「三千院」の名を全国に知らしめたこの歌について、三千院の担当者は、「コマーシャルソングをつくっていただいたようなもの」と振り返る。近くには歌碑も建てられ、大型観光バスによる観光客も一気に増えた。
 この歌を機に三千院の小堀光詮前門主との対談も実現。永さんはお忍びで訪れることもあり、最近では平成25年8月に訪れた際、歌碑の前で写真を撮っていたという。
 担当者は突然の訃報に「ずいぶん長く歌われた歌をつくっていただいた。本当に残念です」と話していた。



閉じる コメント(4)

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また一人消えた、どこかでの再生を願う。

2016/7/12(火) 午前 5:56 [ - ]

> peterpanさん、
あなたの来訪をブロックしている筈なんだけど・・
訃報記事だから、まあいいか。

2016/7/12(火) 午前 7:12 watch_compass

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私は大嫌いです。
TBさせていただきました。
ご不快なら削除をお願いします。

2016/7/12(火) 午後 5:19 憲坊法師

> 憲坊法師さん、いらっしゃい!
TBを拝見しました。削除なんかしませんよ。

2016/7/12(火) 午後 8:47 watch_compass

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