くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

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私の軍歌のシリーズは「優れた軍歌を楽しむ♪」というタイトルを付けているのですが、
今回「海ゆかば」を扱うにあたっては少々戸惑うものです。
それでも、襟を正す気持ちできちんと紹介しましょう。
 
まず歌詞ですが、
 
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ
(長閑(のど)には死なじ)
 
万葉の歌人である大伴家持(おおとものやかもち)の「陸奥国に金を出す詔書を賀す歌一首 、并せて短歌」という長歌(五七、五七、…、 五七と繰り返して最後を七音で締める形式) にこの一節があります。
私の解釈ではありますが、 大仏建立のために陸奥の国の黄金を出させる詔書が出された( これで大仏建立計画が具体化した)ことを祝い、 これまでずっと軍事(特に近衛的な役割) を通して大君に仕えてきた大伴氏の誇りを高らかに歌い上げた歌と 理解しています。
イメージ 1
大伴家持像(川内市)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
原文(参考提示です。下線部分だけ見てもらっても結構です。)
葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らし召しける 皇祖の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には 山川を 広み厚みと 奉る みつき宝は 数へえず 尽くしもかねつ しかれども 我が大君の 諸人を 誘ひたまひ よきことを 始めたまひて 金かも たしけくあらむと 思ほして 下悩ますに 鶏が鳴く 東の国の 陸奥の 小田なる山に 黄金ありと 申したまへれ 御心を 明らめたまひ 天地の 神相うづなひ 皇祖の 御霊助けて 遠き代に かかりしことを 我が御代に 顕はしてあれば 食す国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして 武士の 八十伴の緒を まつろへの 向けのまにまに 老人も 女童も しが願ふ 心足らひに 撫でたまひ 治めたまへば ここをしも あやに貴み 嬉しけく いよよ思ひて 大伴の 遠つ神祖の その名をば 大久米主と 負ひ持ちて 仕へし官 海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ かへり見はせじと言立て 丈夫の 清きその名を 古よ 今の現に 流さへる 祖の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる言立て 人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひ継げる 言の官ぞ 梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩き 朝守り 夕の守りに 大君の 御門の守り 我れをおきて 人はあらじと いや立て 思ひし増さる 大君の 御言のさきの聞けば貴み 

現代語訳 (ウィキペディアより)

葦の生い茂る稔り豊かなこの国土を、天より降って統治された 天照大神からの神様たる天皇の祖先が 代々日の神の後継ぎとして 治めて来られた 御代御代、隅々まで支配なされる 四方の国々においては 山も川も大きく豊かであるので 貢ぎ物の宝は 数えきれず言い尽くすこともできない そうではあるが 大君が、人びとに呼びかけになられ、善いご事業(大仏の建立) を始められ、「黄金が十分にあれば良いが」と思し召され 御心を悩ましておられた折、東の国の、陸奥の小田という所の山に 黄金があると奏上があったので 御心のお曇りもお晴れになり 天地の神々もこぞって良しとされ 皇祖神の御霊もお助け下さり 遠い神代にあったと同じことを 朕の御代にも顕して下さったのであるから 我が治国は栄えるであろうと 神の御心のままに思し召されて 多くの臣下の者らは付き従わせるがままに また老人も女子供もそれぞれの願いが満ち足りるように 物をお恵みになられ 位をお上げになったので これはまた何とも尊いことであると拝し いよいよ益々晴れやかな思いに満たされる 我ら大伴氏は 遠い祖先の神 その名は 大久米主という 誉れを身に仕えしてきた役柄 海を行けば、水に漬かった屍となり、山を行けば、 草の生す屍となって、大君のお足元にこそ死のう。 後ろを振り返ることはしない」と誓って、 ますらおの汚れないその名を、 遥かな過去より今現在にまで伝えて来た、 そのような祖先の末裔であるぞ。大伴と佐伯の氏は、 祖先の立てた誓い、子孫は祖先の名を絶やさず、 大君にお仕えするものである と言い継いできた 誓言を持つ職掌の氏族であるぞ 梓弓を手に掲げ持ち、剣太刀を腰に佩いて、 朝の守りにも夕の守りにも、大君の御門の守りには、 我らをおいて他に人は無いと さらに誓いも新たに 心はますます奮い立つ 大君の 栄えある詔を拝聴すれば たいそう尊くありがたい。
次に曲についです。
実は(末尾以外)同じ歌詞で「海ゆかば」という同名の曲が2つあるのです。 どちらも同じ頃に作曲されました。
まず宮内省の伶人(雅楽の楽師)である東儀季芳の作品は、 前回にとりあげた「軍艦行進曲」の動画でもそうですが、 間奏としてよく組み込まれて使われています。
軽快で勇壮な「 軍艦」から一転して日本古来の旋律「海ゆかば」に移り、再び「軍艦」 の旋律に戻っています。併せた曲として見ると、陽-陽-陰-陽と、 この間奏があることで全体を引き締める効果があります。
この二つの曲は調和をとりながらもう一方を引出しているように感じま す。実に素晴らしい編曲ですね。
「海ゆかば」(東儀季芳作曲)は正式な儀典曲です。
この歌を聴く機会はあまりないと思いますので是非どう ぞ。
 
この場合は、最後のフレーズは「長閑(のど)には死なじ」 が使われています。「生き長らえて無事平穏な死に方はしない」 といった意味でしょうか。
 
 
そして、よく知られたもう一つの曲が信時 潔(のぶとき きよし、1887-1965)の作です。イメージ 2
言うまでもなく、鎮魂の歌としてよく知られています。
しかし元々は特に鎮魂というわけでなく、普通の国民歌謡でした。
大本営の発表を流す際に使われ、戦果を誇るときには「軍艦行進曲」を、玉砕を伝えるときには「海ゆかば」をと、使い分けたのでいつしか鎮魂の歌のイメージが定着してしまったということです。
 
なお信時潔の作品には歌曲集などが多くあります。特徴的なのは校歌などの作曲で、「信時潔研究ガイド」によれば、校歌として、慶応義塾(塾歌)、 学習院、名城大学、皇學館、成蹊、専修、東海、大東文化、金沢、 大阪工などの大学、高校、中学など約900曲、社歌・ 団体歌が約170曲もあるそうです。
 
「海ゆかば」の動画を選ぼうとしたのですが、あまりに多くまた、 特別攻撃を含めて映像がどれも辛いものばかりです。
映像のないものを選ばせていただきました。
下の動画は演奏、独唱、合唱と続いています。
あまりに詩も曲も美しすぎます。
 
改めて幾多の英霊に感謝するものであります。
そして今を生きる日本人として、 何をするべきかを自問させられるものでもあります。
 

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