くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

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最近ある方のブログに‘ネトウヨ’ だと言ってからんできた左翼的な書き込みを見ました。
「ネトウヨだなんて今は死語で、むしろ昔懐かしい言葉だ」 とのコメントも来ていました。
また別の方のブログにも「ネトウヨが」 と乱暴に書き込まれているのを見かけました。
これも発信者を全くたどれない書き込みでした。
 
もしかして、この言葉・・ ゾンビのように復活してきたのだろうか・・・
ブログ検索をかけてみました。
あるわ、あるわ、また涌いてきたようです。
他者を否定する尊大でイージーな言葉。思考を停止した言葉です。
 
そもそも1945年に日本の知らないうちに勝手に行われたヤルタ 会談と、その流れを継いで作られたポツダム宣言。
この時点で今日に至るまでの日本の苦難の道のりが既にセットされ ていました。
広島と長崎への一般市民の大量殺戮及び不可侵の条約を一方的に破 棄したソビエトの卑怯な参戦。
昭和天皇は「耐え難きを堪え、忍び難きを忍んで」 太平を開かれた。
そして占領軍の施策も巧妙であったが、 その意を汲んだ小鬼どもが世に踊り、
唾棄すべき米軍制の憲法をあがめ、教育を支配し。報道を支配し、 諸制度を歪めてきた。
これを我が国の戦後レジーム(体制)と呼ぶ。
 
悲しいことに国民は長年目隠しをされた状態だったために、 多くが新聞の報道記事を信じてしまい、 教師の言う価値観を受け容れてしまった。
日本の為政者は悪意に満ちて、 歴史は周辺諸国への侵略の繰り返しだったとか、
社会主義・共産主義を指向する左翼は「革新」だとか、 正しいとか、勇気があるとか、公平だとか、
中国や韓国はとてもいい国だとか、いろいろ他にも限りがない。
既に深く染まってしまって、これらの呪縛から逃れられない者や、 さらにその者の影響に甘んじる者も少なくない。
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(侵略者ではない!現在の我々のために生命を捧げてくれた若者の優しい笑顔だ)
 
 
しかしインターネットの普及により、 徐々にではあるが着実に状況が変化してきた。
「新聞やテレビの言ってることは何だかおかしい」とか、
「何で中国や韓国の喜ぶような報道ばかりするの?」 とかの素朴な疑問を感じる人が多くなった。
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           報道されなかったビクトリー・スケーティング
 
 
 
 
 
                                                                     
そしてインターネットで自ら情報を求める人は、 真実に初めて接することができる。
自ら目隠しを取り去る勇気さえあれば、 眼前に広がる真実の海を見ることができる。
これまでずっと嘘を報道され、教えられ、 信じ込まされてきた驚きを知る。
「このままでいいのだろうか。 まだ真実の海を知らない人に少しでも教えてあげたい。」
こういう方々がどんどん増えてゆく。
 
それがどうしてネット右翼、「ネトウヨ」 と蔑まされなければならないのでしょうか。
 
いまだに「ネトウヨ」などという言葉を使いたい人達。
それは真実を見る勇気を持たない人達、 自分の過去の価値観を否定するのが怖い人達、真実を話すよりも戦後レジームにどっぷり浸っている方が都合が良 い人達、
そういう人達にも呼びかけたい。
目隠しの隙間からうっすらと真実を見てみませんか?
 
我々は情報を発信します。知ったことを互いに教えあいます。
キーボードを打つ指から、ときに叫び、ときにささやき、 ときに共感が生まれます。
真実は閉じ込められても不死鳥の翼を持っています。
もはやマスコミと反日教師らの思ようにはさせません。
 
自分だけではなく、家族や恋人や友人の住む日本のためです。
子供たちや赤ん坊や次の世代に生まれてくる日本人のためです。
歴史や文化や価値観、そしてふるさとを守るためです。
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ある者は勤め帰りのまだ疲れた体で、
ある者は家事や勉強の時間をやりくりして、
ある者は趣味や見たいテレビを我慢して、
またある者は無理に体に鞭打ってキーボードに向かいます。
自分には一銭の利益にもならないのに、またまた続けます
だからわれわれは
「愛国ボランティア」です。
私はこう名乗ります。
みんなでこう名乗りませんか?
共に誇りを持って進みましょう
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敗戦後、占領軍が定めた現行憲法の第25条にはこうある。
「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、
社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」
実に空疎で無意味な文面だ。
法律の元締めでありながら、
何を最低限度の生活とするのか規定しているワケでもない。
福祉や保障や衛生は国の社会的使命だぞ、と云いたいのだろうが、
そんなことは憲法に書く迄もなく当たり前だ。
占領軍はわが国に国家の要諦を教えるつもりだったかも知れないが、
冗談じゃない。
かっての大日本帝国憲法にこんなくだらない条項はなかったが、
わが国は戦前から進んだ社会保障制度を持ち、
衛生面の充実ぶりは欧米を凌いでいた。
福祉について云うなら、
伝統的な家制度により一族郎党が互いに助け合う仕組みがあった。
浅はかな占領軍如きがごちゃごちゃヌカしやがってと腹立たしい。
さて、それでも憲法第25条に唯一頷けるところがあって、
それが冒頭の「すべての国民は」と云う部分だ。
ここ、とても大事だ。
第25条の理念により派生した生活保護法の対象はあくまでも
「すべての日本国民」なのだ。
永住であろうとなかろうと、外国人は対象ではない。
外国人に生活保護を与えるのは法律違反だ。
でも実際に在日外国人が大手を振って
生活保護を得ているではないか、そういう指摘もあるだろう。
実は1954年、厚生省社会局長なる人物が
「正当な理由で日本国内に住む外国籍の者に対しても、
生活保護法を準用する」と勝手な通達を出し、
その後、60年近くも在日外国人に生活保護を渡す根拠になっている。
明らかな法律違反でありながら、
一役人の通達で莫大な国費を垂れ流してきた馬鹿馬鹿しさに驚く。
法治国家たるもの、こんなふざけたことを許しちゃいけない。
ここは是非、厚生省社会局長の通達を撤回させ、
在日外国人への生活保護を廃止すべきだ。
そもそも血税で外国人を養う意味はないし、
福祉も社会保障もそれぞれの本国が責任を持つべき問題だ。
生活力のない外国人は永住権を剥奪し、国外退去させればいい。
もちろん在日社会からの抵抗はあるだろう。
外国人の不正受給問題を
自民党片山さつき議員が国会で取り上げたところ、
早速、そこは触れるなと脅されたそうだ。
しかし怯んではいけない。
自民党による生活保護制度の見直しは正しい政策提言だし、
国民が納得できる改善を実現してもらいたい。
われわれが声を上げて、
社会正義のために戦う片山議員を応援しようではないか。
ちなみに2008年、生活保護申請を却下された支那人女性が大分市を訴えた。
大分地方裁判所による一審は
「外国人への生活保護適用はない」と妥当な判決だったが、
何と控訴後の昨年、福岡高等裁判所は
「一定範囲の外国人も法的保護の対象だ」と原告勝訴を認めた経緯がある。
法曹界まで狂っているのがわが国の現実だ。
せめて次回の最高裁では、まっとうな判断を得たいものだ。
いずれにせよ、
裁判で争ってまでも日本国民の血税を掠め取ろうと血眼になるのが、
不良在日外国人だ。
われわれも本気になって戦うべきときが来ている。そう思わざるを得ない。

愛国画報 from LAさんからの転載です。

彼女はいたって正論を書いています。
私も片山議員を応援します。がんばれ〜!
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これは結婚式のお祝いで歌われる有名な謡で、ワーグナーやメンデルスゾーンの結婚行進曲と同じくらい良く知られていますね。
     (淡路島の真上の赤い場所。ちなみに右の紫は神戸市)
 
能 高砂(たかさご)
あらすじ
九州・阿蘇の宮の神主 友成は、ある時都にのぼり、途中に播磨の国の高砂の浦に立ち寄ります。 そこで松の木陰を掃き清める老夫婦に出会った友成が松の由来を尋 ねると、不思議なことに老翁は、自分は住吉(大阪府) に住む者だから、詳しいことはこの姥に尋ねるよう勧めます。 遠く離れて暮らすという老夫婦の言葉に不審を抱く友成に対して二 人は、「古今集」にある「高砂住吉の松も相生のやうに覚え」 という文句を引き合いに出して、 互いに通いあう心遣いがあれば万里の道も遠くないのだ、 と答えます。 さらに松の木のめでたい謂われや和歌の功徳を語ると夫婦は「 自分たちは高砂・住吉の相生の松の精」だと明かし、 住吉に友成をいざなうと、小舟に乗って沖に消え去ります。
老夫婦が神の使いだと気づいた友成は、 浦人の船に乗って住吉を目指します< このところで友成の一行が謡うのが上記の「高砂や〜」の部分で、 この箇所は「待謡(まちうたい)」と呼ばれています>。
オペラでいうなら第一幕が終わって第二幕が始まる前の間奏曲です 。
 
【有名な一節】
高砂や、この浦舟に帆を上げて。この浦舟に帆を上げて、月もろともに出で汐の、波の 淡路の島蔭や遠く鳴尾の沖過ぎて、はや住の江に着きにけり、はや住の江に着きにけり
但し、結婚式では「出潮⇒入潮(いりしお)」「遠く鳴尾⇒近く鳴尾」と変えて謡うそうです。
 
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前シテ:翁                      後シテ:住吉明神
 
 
謡について
我々は幼児の頃から“うた”に親しんでいますが、 これらは全て西洋音階で、 既に体に浸み込んでいます。
 
西洋的な見方をすれば、もし謡を五線譜で表現するとしたら、 例えば「た」の音を一つの八分音符で表現しきれないです。
だから例え初音ミクのソフトを使ったとしても全く意味ない、つまらないものができるでしょう 。
もちろん謡には音を表わすために特有の表現があります。
謡本(うたいぼん)は、個々の能にあって、最初から最後まで謳い方が全て記入されている楽譜です。
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↓神社に奉納の高砂の仕舞(装束はつけていません)
(冒頭部分のみでいいです)
 
こちらはお稽古風景の動画↓
このお弟子はかなりうまいです。しかし、まだ西洋的な歌い方が残っている。
 
お腹から声を出す
私はかつて学生時代には毎日のように「まだお腹から出てない!まだ駄目だ」 と叱られていました。
どうやったらできるのかと尋ねても、 うまく説明してもらえません。
3年間毎日練習して、いつも間にか「あれっ、これかな」と、 できるようになりました。
じゃあ、どうすればと尋ねられたとしても、やはり私も 説明しようがありません。
お腹からの発声ができると、 大きめの声で長い時間練習しても喉に負担をあまりかけません。
この発声は私の知る限り和洋に限らず全ての芸事で共通しているようです。
一旦これができてしまえば、コーラスに参加しても( 発声は別ですがお腹から声を出すことは共通なので)役にたちます。
 
高砂はかなりの高難度
もし私が結婚式に「高砂」を謡ってくださいと頼まれたとしたら、とんでもないと即お断わりします。
この「高砂」がとてつもなく難しいことを知っているからです。
でも上の動画で見ても、そんなには難しそうには見えないでしょう。
実は正直言って、私もまったく同じなのです。
ちょっと検索してみたら、 謡を28年間やっている方のブログが見つかって、この「高砂」 が「強吟」(つよぎん)という特別な歌い方で、 単に強く謳えばいいというものではなくて、 とても難しいと書かれていました。
28年の方にとってもとても難しいのですから、 3年だけ稽古した私にはどう難しいのか分からなくて当然かもしれません。
 
 
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ!

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