くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

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パチンコ屋の倒産を応援するブログ 』(exciteブログ)より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事  ↓のタイトルをクリックして元記事に行けます)

仏像の怒りか?

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神風が吹いたようです。

【朝鮮通信使行列、台風に泣く 対馬市、国書交換式のみ実施 [長崎県]】
対馬市で3日、開催予定の「対馬厳原港まつり」のメーンイベント、朝鮮通信使行列は台風の影響で中止され、行列後に執り行われる日韓の国書交換式のみが行われた。昨年は同市の寺から盗まれた仏像が韓国で見つかり、韓国側が返還を拒む問題が起き行列は中止されていた。2年ぶりの再開に期待が掛かっていただけに、市民や関係者からは「残念」の声が上がった。
 市交流センターであった国書交換式は、正使役に釜山・行政文化委員会の權五成(クォンオソン)委員長が、宗対馬守役に対馬市議会の堀江政武議長が務めた。堀江議長が「仏像問題を早期に解決し、良き関係を構築して友好を加速させたい」と述べると、權委員長は「朝鮮通信使をユネスコ世界記憶遺産に登録するため、両国の推進委員会が発足した。行列が再開できるようになってうれしく思います」と応じた。
 行列を主催する朝鮮通信使行列振興会の稲田充会長は「行列ができなくて残念。来年は子ども行列なども取り入れて実施したい」と話した。
(2014/8/4 西日本新聞)


日本に文化や技術を教えてやったということにしたい韓国側と
この行列のユネスコへの登録に便乗して一稼ぎしたい対馬の一部の愚か者とが
強行に再開させたこの珍獣行列ですが、
仏像も返さないうちに再開させれば「許した」事になるのでやるべきではありませんが、
神風が吹いた模様。この場合は仏罰ですかね。

そもそも、朝鮮通信使は朝鮮の朝貢外交で
だからこそ幕府は裏口から入れていたわけです。

しかし、何かと問題は起こすし、
幕府にとってはうざいだけなので最終的に幕府から対馬藩に対して
「てめーその珍獣をこっちに送ってくんじゃねーよ」
と対馬留め置きとなりフェードアウトしました。

馬の上に乗り、手には盗んだ鶏を抱え
その鶏を生きたまま引きちぎって生肉を食べるという行為は
当時の庶民の目にも珍獣として写ったようで
日本人は地元のお祭りなどでこれを真似して茶化すなんてこともやってました。
(馬上で手に偽物の鶏をもってその羽を引き抜いて食べる仕草をしながら移動するというもの)

しかしながら、現在は韓国シンパによって
「日本側から先進文化を取り入れようと李氏朝鮮に懇願して朝鮮通信使を招いた」
ということにされています。

対馬藩は李氏朝鮮との関係修復のために国書を偽造して朝鮮通信使を再開させました。
偽造したことを対馬藩の家老が徳川家光に告訴しています。

しかしながら、たびたび村民が襲われるなどの被害を回避しようと
対馬藩の藩主が考えたことだという同情からかおとがめ無しとなりました。
それがその後11回続いた朝鮮通信使の始まりなわけです。

李氏朝鮮の両班は支那と同じ考え方があり、というよりそれよりさらに露骨で
「偉い人間は好き勝手できてこそ偉い人間」
という考え方なので下々の物を奪うのが当然でした。

上の人間は下の人間を屁とも思わなくて良い
というのが朝鮮儒教なので
飢え死にしようとおかまいなし、なんでも欲しいと思ったら奪うのが当然でした。

そういうところから来たのが朝鮮通信使でしたので
旅籠に泊まれば調度品やら食器やら布団まで盗まれたなんて話もあるようです。

あるとき、朝鮮通信使が自分の持ち物を紛失したとき、
すぐに「日本人は盗むのが上手い」と批判を始めました。
通訳の武士がこれを「あなたたちは行く先々で好き勝手に物を盗むじゃないか」
といさめたところお得意の火病を起こし、
杖で散々にこの武士を打ち据えてこの武士のメンツを潰したので
逆に斬り殺されました。
そしてそのことを自首して切腹してこの通訳は亡くなります。

こんな連中の接待のために幕府がお金を負担していたのです。
朝鮮通信使は朝貢でありながら
その費用まで相手に持たせていたわけで
いかにろくでもないものであったか想像に難くありません。


そうそう、安倍内閣の支持率が再び50%を超えたそうです。
【安倍内閣支持率、51%に上昇…読売世論調査】
読売新聞社は1〜3日、全国世論調査を実施した。

 安倍内閣の支持率は51%で、集団的自衛権の行使を限定容認する新たな政府見解を閣議決定した直後の前回調査(7月2〜3日)の48%から3ポイント上昇した。前回は6月調査の57%から9ポイント下落していたが、今回はやや持ち直した。一方、不支持率は41%(前回40%)となり、2012年の内閣発足以来、最も高かった。

 集団的自衛権を限定的に使えるようになったことを「評価する」は41%(前回36%)とやや上昇したが、「評価しない」は51%(同51%)で横ばいだった。政府が集団的自衛権を巡る問題を国民に十分に説明していないとの回答は85%(同81%)を占めている。
(2014/8/3 読売新聞)


集団的自衛権について
「説明が十分にされていない」というのが85%もあったということで
いかにマスコミが集団的自衛権について
ろくに解説していないかわかります。

そしてNHKは公共放送でありながら国民に伝えるべきを伝えていない
ということの証拠でもあるかと思います。
やはり反日NHKは解体しかありませんね。

特定秘密保護法のときも直後にマスコミ各社が
「支持率が50%を切った!」「支持率が下がった!」
とやっていたのですが、一回でその支持率も回復しました。

今回も全く同じ動きを見せているところを見ると
「支持率が下がった!」(ことにして安倍批判を拡大させよう)
「支持率が50%を切った!」(ことにして国民を扇動しよう)
というところが実態だったのではないかと思います。

今回の支持率回復なんて支持率が回復するような情報を
日本のマスコミは全く流していません。
回復する要素が無かったはずなのに回復する支持率は
マスコミの中でのストーリーが矛盾を起こしていると思います。


2日にしばき隊らが
ファシズム潰せ!怒りのブルドーザーデモ
なんてものをやっていました。
自称3000人だそうですが
相変わらずのちんどん屋状態の動画を見る限りは500人弱くらいですかね。
(なお、有田や吉良よしこ、東京新聞の佐藤圭が参加しています)

というかほんとのファシズムだったらこんなデモとっくに弾圧されてるでしょう。
言論の自由がある日本はすばらしいです。

この連中、ブルドーザーといいつつホイールローダーを出していたのですが、
それにわざわざ安倍首相のお面を轢かせています。
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独裁だのファシズムだの批判する人って必ずヒトラーの名前は出すんですが、
大虐殺をやっていたスターリンや毛沢東の名前は絶対に出しませんね。
なんででしょうねー(棒)

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倉西雅子さまのブログ『時事随想抄』より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事)

韓国の「慰安婦白書」―非公開とされた河野談話の慰安婦証言も掲載すべき

 河野談話の作成過程の再検証結果が発表された際に、韓国政府は、”厳しい対抗措置を採る”と明言しておりましたが、国際社会における「慰安婦白書」の発刊が、韓国側の対抗措置に当たるようです。
 
 「慰安婦白書」の発刊は、来年末を予定していますが、その内容は、「関係資料や研究成果に加え、国際機関や市民団体の活動内容を基に、慰安婦制度の犯罪性や被害の実態を総合的に整理、分析する」ものなそうです。仮に、韓国政府が、白書によって国際社会を納得させようとするならば、必ず掲載しなければならない資料があります。それは、河野談話の根拠とされた元慰安婦達の証言内容です。日本国政府は、河野談話の経緯は再検証しても、元慰安婦の証言内容については、韓国に対する配慮から、裏付け調査を見送りました(辻褄が合わない証言が多いことは、既に判明している…)。韓国政府が、河野談話は絶対的に正しい、あるいは、アメリカの慰安婦像に刻まれている”日本軍による20万人アジア女性強行連行”は事実である、と主張するならば、それを支える元慰安婦の証言を公表しないことには、誰も、韓国の言い分を信じないことでしょう。匿名にするなど、元慰安婦達のプライバシーに配慮した方法もあるはずです(もっとも、国際宣伝活動や裁判などでは、既に多くの元慰安婦達が実名を明らかにしている…)。
 
 果たして、韓国は、「慰安婦白書」を以って、国際世論を対日糾弾に導くことはできるのでしょうか。河野談話の唯一の根拠となる元慰安婦の証言さえ掲載されていないようでは、むしろ、韓国に対する疑いが深まるのではないかと思うのです。
 
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一人静さまのブログ『儚い想い〜☆自衛隊と女子カメなワタシの自由日記☆ 』より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事)

日本の素晴らしい庭園〜仙洞御所〜京都御苑内☆

京都には素晴らしい「仙洞御所 」の記事です。
国有財産で宮内庁が管轄する「皇室用財産」に分類されています。

京都御苑 の中にあります。
国民公園である京都御苑は環境省が管理しています。

雨が降っていました

京都大宮御所御車寄
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大宮御所の御常御殿

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阿古瀬淵

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サギが飛んでいました

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モミジも色づいて来た様です

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茶色くなっている部分も立派な苔です
踏まないで下さい

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この石一つとお米一升が交換されたというお話がありました

雨の降りが激しかったのですが
遠くに見える藤の棚で有名な橋が八つ橋です

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八つ橋

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醒花亭

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古墳だと思います

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氷室


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又新亭
白い縦線は雨ですm(_ _)m

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最後に、こちらから入れて頂いたのですが後からのアップになります

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ガイドの方も雨の中、素晴らしい説明をして下さりました
約1時間の見学です

京都の仙洞御所(正式名称は桜町殿)、素晴らしい庭園を見る事が出来ました
日本庭園の素晴らしさを感じる事が出来ます

17世紀の初め、後水尾天皇が上皇となられた際に造営されたとの事です
御殿は1854年に焼失したのを最後に再建はされませんでした
庭園と茶室が残っています



宮内庁HP
http://sankan.kunaicho.go.jp/guide/sento.html



ありがとうとざいました(=^_^=)


2014/07            京都 仙洞御所

【再び空へ−零戦からMRJ(上)前半】
米軍を畏怖させた「ゼロ」 “妥協なき翼”、継承

2014.8.4 08:13 (産経)航空
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国産小型ジェット旅客機「MRJ」のイメージ図(三菱航空機提供)
 
 工場の中に一歩足を踏み入れると、想像よりも大きな黄色い機体が目に飛び込んできた。3日、県営名古屋空港(愛知県)のすぐ脇にある三菱重工業の技術試験場。機体は作業用の青色の鉄柱に遮られ、その全貌までは把握できない。しかし、この飛行機こそが、戦後の日本の航空産業がたどりついた到達点であり、未来への出発点でもある。
 「MRJ」(三菱リージョナルジェット)と名づけられたこの飛行機は「YS−11」以来、40年ぶりの国産旅客機だ。プロペラのないジェット機としては初めての国産旅客機となる。年内に初号機の機体が完成、来年6月までに悲願の初飛行という段階まできた。
 
 「長い間、自分たちの機体を造りたくても造れなかった時代の先輩たちが残した財産を使わせてもらい、ようやくここまできた」
 三菱重工グループの三菱航空機でMRJ開発に長年携わる真保雄一試験管理室長は、試験機を前に感慨深げにこう語った。
 試験場から南へ車で約40分。MRJ開発の司令塔となる三菱航空機本社は、日本の航空産業の“聖地”として知られる。
 
 本社が置かれているのは名古屋市南部の三菱重工の旧事務所。昭和12年建造の白亜の建物は、「時計台」という通称が示すように、その屋上でモダンなデザインの時計が今も時を刻む。そして、さかのぼること七十余年、三菱重工のエンジニアだった堀越(ほりこし)二郎氏が、この時計台3階の「機体設計室」で「零式艦上戦闘機(零戦)」の設計にあたった。ちなみに堀越氏は、昨年ヒットした宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」のモデルとなった人物だ。
 「最高速度500キロ、航続力8時間以上。海軍からのこんな厳しい要求に応えるため、堀越氏は軽量化や無駄な抵抗をなくす努力をしたんです」
 三菱重工の名古屋航空宇宙システム製作所史料室長の天野隆司氏(74)は、展示された零戦の復元機を前に、こう解説する。
 東大の鈴木真二教授(航空宇宙工学)は「戦時中に1万機以上が製造された零戦は、開発当時は確実に世界の航空の頂点に位置していた」と語る。高速でも低速でも同じように反応する操縦桿(かん)は、高速時に延びるように操縦ケーブルの剛性をあえて低下させた型破りな設計で、「戦後に欧米の航空研究者を驚かせた」(鈴木教授)という。
 
 ずばぬけた戦闘力は、米軍に「ゼロ(零戦)と格闘戦をしてはならない」という指示を徹底させた。当時の米国の文学には「あの女はゼロよりも手ごわい」「若い女をくどき落とすのは難しくないが、ゼロを落とすのは容易ではない」など、難攻不落のたとえとして零戦を持ち出す表現がみられるほどだ。
 米軍を畏怖させた零戦製造の技術力は今、安全性と快適性に生かされていると、多くの関係者は語る。
 素材へのこだわりも受け継がれている。戦前、戦闘機に求められた耐久性と軽量性を確保するため、住友金属工業は「超々ジュラルミン」という高強度素材を開発した。MRJも、垂直尾翼などに高強度で軽量の最先端素材「炭素繊維」を採用している。
 零戦の開発中には2回の墜落を経験するなど苦労もあったが、堀越氏をはじめ当時の技術者が奮闘し、技術の革新が進んだ。そして、終戦間際には、現在のMRJにも通じる、幻のジェット機が誕生した。

 終戦から70回目の夏を迎えた。戦前、世界屈指のレベルにありながら敗戦によって衰退した日本の航空産業が、ここにきて再浮上のきっかけをつかもうとしている。日本の翼のDNAを3回にわたって紹介する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
零戦の優秀さはあらためて書き起こす必要もないですが、その設計思想がいわゆる「DNA」として現代に活かされているとしたら、日本人として嬉しいものです。
ただ一般的には技術は現場の先輩から後輩へ教えながら伝わってゆくもので、先人の書き置いた虎の巻を読んだだけで甦るというものでもないでしょう。
何十年ぶりに作ろうと、デビューする前から世界の強豪に評価で勝たなければならない宿命です。
 
日本の技術は、小さくて最新の物をぎゅうぎゅうに詰め込んでパーツ相互の関連が良い物を作り上げることが得意です。デカい機械が日本製だとひと回り小さいし、
既存の物と同じ大きさなら日本製は一歩進んだ性能を示しますね。
航空機も長年に亘って開発を禁じられていたハンディを乗り越えて、世界の頂点に立てる日が必ず来ると信じています。
 
産経の関連ニュース
 
amenotajitaraonomikotoさまのブログ『高貴高齢者憲坊法師の徒然草』より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事)

芸能記者に堕した政治記者

【新聞に喝!】野田政権の「真相」伝わらず…政界記者でなく政治記者たれ ジャーナリスト・伊豆村房一2014.08.03 09:00
7月25日、経済倶楽部の定例講演会に野田佳彦前首相が初めて登場した。首相在位482日(平成23年9月〜24年12月)についてエピソードを交えながら語った。野田氏の演説のうまさには定評がある。たとえば社……続きを読む
マスゴミの堕落が一番顕著に見えるのが政治記事である。
 
書いているのは政治の記事ではなくて、政界の記事だからだ。
 
AKB48の動向と同じセンスで政界の記事を書いている。
 
愚民賎虚民をリードするにはいいかもしれないが、政治の実態を知りたい読者には何とも歯がゆいのだ。
 
集団的自衛権の問題が出た途端に安倍政権の支持率が下がるというのは、知能指数の低い政治記者屋とそれに迎合する愚民賎虚民のなせる業だ。
 

【新聞に喝!】野田政権の「真相」伝わらず…政界記者でなく政治記者たれ ジャーナリスト・伊豆村房一

2014.8.3 09:00
 7月25日、経済倶楽部の定例講演会に野田佳彦前首相が初めて登場した。首相在位482日(平成23年9月〜24年12月)についてエピソードを交えながら語った。
 野田氏の演説のうまさには定評がある。たとえば社会保障と税の一体改革。自ら決断した消費税増税による国民負担がなぜ必要なのか、についてこう述べた。「社会保障制度スタート時の国民負担は1人を大勢で支えた。つまり野球の監督の胴上げだった。それがいまでは3人で支える騎馬戦となり、やがて1人で担ぐ肩車になる」。じつに分かりやすい比喩だ。
 その巧みな話術と人心操縦術は各国首脳との関係づくりにも発揮された。こんなエピソードがある。オバマ米大統領には少年時代の忘れられない思い出があった。親友の母親が作ったケーキの味だ。野田氏はその母親をわざわざ探し出し、同大統領との最初の会談時に、その母親手製のケーキを手渡した。
 オバマ大統領は満面の笑みだった。「銀座のスシバーで接待するよりずっと安上がりだった」というのもご愛嬌(あいきょう)だ。以来、同大統領とはウマがあったようだ。野田氏は日英同盟の破棄が日本の破局に至ったというのが持論で、戦後日本の平和と繁栄の基軸である日米同盟を守るという強い信念がある。だからこそ意を尽くして同大統領との初会談に臨んだのだろう。
 もう一つのエピソード。APEC会議での中国の胡錦濤国家主席(当時)との「立ち話」。そのすぐあとに尖閣国有化の閣議決定がなされ、中国の反日爆発の発火点になったとされる。が、じつはその立ち話は野田氏のほうから持ちかけたのだという。趣旨は東日本大震災時の中国支援への返礼と中国での震災への見舞いだった。立ち話での尖閣発言を、ほごにしたわけではなく、尖閣国有化は、すでに決めていたことだった。
 民主党政権の崩壊は外交、内政の諸課題で国民の信頼を失ったことに尽きるだろう。
 ただ、野田氏の話を聞く限り、こうした政権時代の施策の真相や事実関係が分かりやすく国民に伝わっていれば、野田政権はもう少し続いていたかもしれない。
 野田政権時代の報道に限らないことだが、政治記者は本道を忘れ、政治家のスキャンダル、失言など政界の裏話、噂話をネタにした政局事情にやや傾き過ぎではないか。
 首相はじめ与野党の政治指導者との直接面談を通じて政治の方向性、政党の基本政策、政治指導者の思想、資質などをしっかり取材し、国民に分かりやすく伝える。それが新聞の務めだろう。そうした報道があれば、政治に対する国民の信頼も揺るがず、政策運営の方向もしっかり定まるはずだ。
 「新聞社の政治部は政界部と呼ぶのがふさわしい」(丸山真男)という説がある。新聞記者は政界記者に甘んじることなく本来の政治記者たれ。
                   ◇
【プロフィル】伊豆村房一
 いずむら・ふさかず 昭和16年東京生まれ。慶大経卒。元東洋経済新報社取締役編集局長。
© 2014 The Sankei Shimbun & Sankei Digital

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