くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

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報道を斬る! (旧デイリー・メディアチェック)』(nifty ココログ)より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事  ↓のタイトルをクリックして元記事に行けます)

既に病気。朝日新聞。

日本をどうしても叩きたい!
その為の捏造、偽造は許される。
ウソ垂れ流し、謝罪はしないで後で勝手に取り消す。
どこが公器か笑っちゃう。
3日の夕刊で各社が安倍内閣の顔ぶれを写真付きで1面トップで掲載してました。
朝日だけは、安倍内閣なのに、安倍首相の写真だけを載せず他の閣僚全員写真付きで紹介していた。
どうしても安倍首相の宣伝になるような事は避けたい。という気持ちがにじみ出ている。
そうこうしてたら、また捏造記事書いている。政府や企業が個人を虐める構図だ、誤報をねつ造して日本中、世界中にばら撒いた。↓
 

朝日新聞の“特許、無条件で会社のもの”は誤報だった  東大教授が指摘
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朝日新聞が昨日公開した記事“特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換”がネット上で話題となり、『Twitter』やSNS、ネット掲示板で瞬く間に拡散。“政府は、社員が仕事で発明した特許を「社員のもの」とする特許法の規定を改め、無条件で「会社のもの」とする方針を固めた。”と書かれているが、これについて”誤報”と指摘する人物が現れた。
 
東京大学教授の玉井克哉氏である。「日経は”条件付き”と。”無条件”とした朝日とはまったく逆」と『Twitter』で指摘しており、また「これ、日経が正しいというより、水曜の審議会を取材して書いてるということ。朝日は敢えて当日朝に観測記事を出し、誤報に終わった。功を焦ったか、誤った見通しで世論誘導を図ったか」朝日を批判している。
しかし未だに訂正されない記事を見て玉井克哉氏が「これ、誤報ですから。
訂正がいつ出るか、存じませんが」と再度ツイート。これに対して朝日新聞がどう出るか。現時点(2014年9月4日 14:30)も訂正はされていない。
特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換
http://www.asahi.com/articles/ASG924QNWG92ULFA00K.html
社員の発明、特許は企業に 産業界が報酬ルールに理解[リンク]
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS03H1X_T00C14A9EE8000/
 
カマちゃん様のブログ『美し国(うましくに)』より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事)

美し国 日本 京都二十四節気 白露(はくろ)









局地的豪雨に遭われた被災地の皆様にお見舞い申し上げます。
引き続き気象情報にも注意なされてくださいませ。

拙ブログにご訪問いただきありがとうごいざいます。
日々美し国に生(せい)をうけたことを先人・先祖に感謝いたしております。
美し国、四季のある国、日本。
桜が咲いてそして散り、梅雨には雨が降り、夏には穀物が成長し、秋には紅葉が散ること、そして冬には雪が降ること。
春夏秋冬、季節折々の表情を見せてくれます。
しかし、時には大自然が牙を剥き災害になります。それでも我々の祖先は災害を恨むことなく神の怒りだと身を律し、自然を崇拝し、ともに生きてきました。近年科学の発達とともに自然に対する畏敬、感謝のこころが希薄になってきたのではと思うのは筆者だけでしょうか?

我々日本人は、往古の昔より、その美しい自然の変化を、明治まで、二十四の季節に分けて愛でてきました。

私たの祖先が使ってきた旧暦の中では、二十四の季節に沿った年中行事や風習と共に、風雅な暮らしを楽しむ工夫や知恵があり、現代の日本人にない潤いのある生活を営んでいたように思います。
それと同時に、永遠にめぐる四季のなかで移ろい変わっていくものと、その変化の裏側にある不変のものを感じとり長らく愛したのです。

古いものを捨て、新しいものがあふれていく現在社会のなかで、古くから日本にある伝統を見なおすこと。それは、移ろう季節のなかから不変のものを­みつけだすことと似ています。そしてその不変のものを大事にしなければなりません。時代が変わろうとも日本人の本質は変わってはならないものです。

ますます季節感が失われていくなかで、二十四節気の暦をつうじて、自然の変化を敏感に感じとれる繊細な感性と伝統の素晴らしさと­、それとともにある大切な文化をつたえていきたいものです。

その四季折々の美しさに触れるとき、自然のなかから生まれてくる、この国の美しさを改めて見つめ、「美」と「伝統」にめぐり逢え­る誇りとよころび、祖先・先人が大切にしてきたもの、それらを共有していきたいと筆者は願ってやまないのです。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。

新暦の9月7日〜22日頃、大気が冷えて来て、露ができはじめる頃を白露(はくろ)と言います。


露草〜白露の自然〜
秋の明け方は気温が下がり、空気中の水蒸気が凝結して露が降りやすくなります。
この「朝露」は、日差しとともに消えてしまうことから、古来、儚いもののたとえとされ­てきました。路傍で可憐な花を咲かせる「露草」は、朝開き、日差しとともにしぼんでし­まいます。その儚さが朝露を連想させるとして、「露草」と名付けられたという説があり­ます。
露草の色素は水にあうと跡形もなく消えることから、染物の下絵を描く絵具として使われ­ました。古くは「月草」とも呼ばれ、人の心と同様に「移ろいやすいもの」として、多く­の和歌に詠まれています。

中秋の名月〜白露の暮らし〜
旧暦8月15日の月(十五夜の月)は「中秋の名月」と呼ばれ、昔からその美しさが愛で­られてきました。
先人は風流を愛で、その気風は今日にも継承されています。
筆者がかって暮らした千年の都、京都ではこの夜、紅絹(もみ)の小裂(こぎれ)で糠袋(ぬかぶくろ)を縫う習わしが­あります。月明かりを頼りに縫うと、裁縫が上達すると言い伝えられてきました。糠袋と­は米糠を入れる小袋で、石鹸がなかった時代、顔や体を洗う道具として使われました。特­に紅花染めの絹(紅絹)で作った糠袋は洗顔すると肌が美しくなるといわれ、重宝された­ようです。
往古の昔の女性たちは、完璧な月に様々な祈りを込めていたのかもしれません。


神を崇(あが)め、神に祈り、和(なごみ)を尊し、清明心を大切にしてきたわが国は「美(うま)し国」です。


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳(せいじゅばんざい)


動画、一部の文章は京都市中を走る、京福電気鉄道(株)より引用、加筆、参考にさせていただいてます。

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