くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

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イメージ 1記者団の質問に答える中谷防衛相=29日午後、長崎県対馬市
中谷防衛相「北朝鮮は脅威」 対馬で韓国系企業の宿泊施設を視察

 中谷元・防衛相は29日、北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行ったとされることに関し、ミサイルへの警戒監視能力を高める必要性を強調した。長崎県対馬市の海上自衛隊対馬防備隊本部などを視察後、記者団に「北朝鮮はSLBM開発を継続している。ミサイル攻撃の示唆や挑発的な言動と合わせ、わが国の安全に対する差し迫った脅威だ」と述べた。
 同時に、対馬市の航空自衛隊海栗島分屯基地への新型レーダー設置関連費を平成28年度予算案の概算要求に計上した点に触れ「南西地域の情報収集、警戒監視の強化に取り組む」と語った。
 中谷氏は、対馬防備隊本部に隣接する韓国系企業が営む宿泊施設も視察した。「現時点で安全保障面の懸念があるとは考えられないが、自衛隊施設の周辺をしっかり警戒し、注意を払うことは大事だ」と指摘した。自民党などには、自衛隊や米軍の基地周辺での外国資本による不動産取得を問題視する声がある。

中谷防衛大臣が対馬を訪問しました。
本人のフェイスブックより

対馬警備隊部隊視察。島が一丸となって自衛隊を応援してくれています。隊員もそれに答えて、警戒監視、海洋防衛に真剣に取り組んでいました。
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市中パレードでは「私達は自衛隊が好きです。」との横断幕もあり、対馬の人々はありがたいです。

本当は中谷大臣に「韓国も脅威」って、はっきり言って欲しいですね。

古来、対馬は日本防衛の要地です。
防人(さきもり)の若者が各地から九州北部・対馬に赴任して守りにつきました。
元寇では酷い高麗軍の兵に殺戮、暴行、略奪を受けました。
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日露戦争では聯合艦隊とロシアのバルチック艦隊との海戦を島民は実際に目撃しました。
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今も対馬の島民は日露の戦没者を顕彰しています。
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現在、対馬には陸上自衛隊と海上自衛隊も駐屯しています。
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  レンジャー部隊             海自基地の隣に韓国系ホテル

竹島が奪われた経緯を忘れてはなりません。
日本人が拉致され、人権無視の酷い抑留をされ、日本政府は韓国の言いなりになってしまいました。同様の繰り返しが起こらないと言えるでしょうか。
韓国人の多くが対馬も自国領だと思っています。大量の観光客がやって来ています。韓国との“友好”を進める韓国利権の島民も少なからずいます。

レーダーの換装だけでなく、対馬に自衛隊を大いに増強して欲しいです。
守りはもっともっと必要です。
同時に自衛隊増強は対馬の構造的な問題の解決策にもなるのです。
就職先がほとんど無くて若者が島を離れる→産業がますます廃れる→韓国からの観光客をもっと呼ぶしかない。土地や家屋を安く売ってしまう。

    −−−−−−−  −−−−−−− −−−−−

対馬などの国境の離島をお助けする国境離島新法が佐藤参議院議員(元イラク派遣隊の「ヒゲの隊長」として有名)の大変な努力によって自民党総務会の了承を得、公明党の了解もとりつけ、野党の根回しもしましたが、しかし安保法案を優先したため、上程もできないままで国会が終わりました。
1月に召集される国会のしょっぱなに上程してほしいですね。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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対馬への旅行、物産購入、音楽などいろいろ充実しています。
韓国人観光客押し寄せによる諸弊害を排することができるよう支援しましょう。
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       よろしくお願いします

対馬支援@wiki』  イメージ 1
  このwikiのアイドル画像「恵海(めぐみ)」ちゃんです。
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かけだし鬼女の「今が日本の一大事〜よければ一緒に凸しよう!〜」』(FC2ブログ) より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事。下のタイトルをクリックして元記事へ行けます。)

安定の低民度が許せんっ!サイパンの慰霊碑に支那語落書き、日章旗の盗難までっ!(激怒) 


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もう、んもう、支那人の横暴に、的外れの日本ヘイトに、怒り心頭だっ!

サイパンの慰霊関連施設 日本国旗、盗難や中国語で落書き「日本猪」「尖閣諸島は中国の領土だ」
http://hosyusokuhou.jp/archives/46140971.html

1:んこスラ ★:2015/11/29(日) 09:39:47.37 ID:CAP_USER*.net
第二次大戦の激戦地、北マリアナ諸島・米自治領サイパン島で、
日本政府が建立した慰霊碑近くに掲揚された国旗が盗まれるなど、
日本の慰霊関連施設への嫌がらせ行為が相次いでいることが28日、分かった。
平成24年9月の尖閣諸島(沖縄県石垣市)国有化後、被害が目立ち始めているという。
中国語で日本を中傷する落書きも確認され、地元当局は警戒を強めている。

関係者によると、盗まれた日本国旗は島北部の「中部太平洋戦没者の碑」に掲揚されていたもの。
11月16日午前に巡回していたマリアナ政府観光局の職員が発見したという。

碑の近くにある3本のポールにそれぞれ、日本国旗のほか、
米国と北マリアナ諸島連邦の旗が掲げられていたが、いずれも刃物で切られ奪われていた。
15日夕時点で異常はなかったことが確認されている。

碑は昭和49年に日本政府が建立し、敷地は厚生労働省が管理。
平成17年には天皇、皇后両陛下も訪問、供花された。

ポールは長年敷地内に設置されていたが、傾くなど老朽化し、
現地で暮らす松本宇位里(ういり)さん(60)がマリアナ政府観光局の補助金と自費を投じて修復。
10月20日から日本国旗などを掲揚したばかりだった。
松本さんは「島で暮らす日本人にとっても慰霊碑は大事な存在で、とても残念だ」と語る。

近くにある韓国人の慰霊碑にも同様に、韓国、米国の国旗が掲揚されているが、
そこには手は付けられておらず、日本国旗だけが意図的に狙われたとみられる。

碑をめぐっては、25年3月に碑文の「日本政府」と刻まれた部分に「×」印が付けられる嫌がらせもあった。
また、近くの旧日本軍施設の壁には、日本人を豚に例える中国語の蔑称「日本猪」や
中国語で「尖閣諸島は中国の領土だ」との落書きが行われたり、碑が壊されたりする被害が相次いでいる。
イメージ 1
http://news.infoseek.co.jp/article/sankein_sk220151129055/

5:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:41:44.22 ID:2RxP5Txr0.net
あいつらの民度の低さは筋金入りだな

6:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:42:16.45 ID:Wch2/SGJ0.net
世界に中国人が出て行って地球、文化破壊が進む

13:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:44:38.87 ID:sYt+xyJS0.net
まさにヘイトクライムですな

14:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:44:40.38 ID:eq/SRt5M0.net
まともな中国人はほぼすべて、大躍進と文化大革命で、中獄凶惨党に殺されました

17:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:45:53.77 ID:y5lM+Pgl0.net
慰霊碑にもあんな事するのか。
正気を疑うわ。

33:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:50:38.37 ID:UFIG24tI0.net
故人の墓を暴くような民族ですから
自ずとお里が知れる

37:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:51:37.24 ID:bMK95mUk0.net
ほんと周辺国に低脳が多いといらない苦労するわ。

58:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:57:27.83 ID:AjJbAUgz0.net
こういうの全部写真撮って世界中に拡散した方がいい

67:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 09:59:26.23 ID:hcfDZV6u0.net
ま、イギリスのバーバリーの店の前で
子どもにウンコさせて平気な民族だからな

199:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 10:34:53.93 ID:p50fZ1YyO.net
しかし、よくこんな虚しくなることができるよな〜。
毎度毎度ホント飽きないよな。全く呆れるね。

216:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 10:40:09.77 ID:Hgzf3KuM0.net
海外まで行って犯罪を犯すその神経がわからん

323:名無しさん@1周年:2015/11/29(日) 12:04:43.94 ID:merGf8qb0.net
バカだ。
サイパンの施設を壊して米国人がどう思うかも考えられないのか。
(抜粋転載ココまで)

=====

激動の時代、戦争で命を落とした人々のための、
そして残されたもののための慰霊碑を穢すなんて、本当に「民度」という言葉で計れぬほど、
特亜人どもの心根は腐りきってる(激怒)

旅先で、先人を悼む施設があったら、それが誰を慰霊するものであっても、
手のひとつでも合わせるのが人間であろうに、
気に入らない人種の慰霊碑であったらスルーすればいいのに、
落書きや嫌がらせしてホルホルできるなんて、本当に頭にくるし呪詛の言葉しか沸いてこない。

旅先だぜ、旅先っ!

なんで人の国にやってきて、人の国で受入れられているもの、大切にされてるものを、
わざわざ貶めるのか、こんなのを知るたび、やはり支那人は

観光客ひとりすら受入れてはならぬっ!
ましてやましてっ、留学生&出稼ぎ労働者など以ての外っ!

と再認識する。

日本憎さに、支那国内はもちろんのこと、
海外ですら、横暴なヘイトクライムを犯す支那人が大挙して日本に押し寄せているなんて、
何故、みなさま、平気でいられるのだろう?

靖国のテロ犯人も、特亜人が疑わしいわけで、
日本には、日本人を慰霊する施設が、沢山あり、日本人にとって大切なものも沢山ある。

それを穢すことを躊躇わぬどころか率先する特亜人が、入れ替わり立ち替わり
ヒットアンドウエィばりに来日してるのに、危機管理意識が足りなさすぎるっ(ガクブル)

サイパンの人々が、いままで慰霊碑を大切に守ってくれてたのに、
このような「心ない」人外の支那人によって穢され、本当に傷ついていらっしゃるだろうし、
現地邦人の方々は、恐怖も覚えているだろう。

支那人が押し寄せる場所は、荒れる。
だから受入れてはならぬと、再認識の上、
天皇皇后両陛下が御行幸されたこともある慰霊碑を守ってもらえるよう、
オネガイの凸をしたいと思う。

そして、特亜人への日本のビザは厳格化しるっ!

外務省
ご意見
https://www3.mofa.go.jp/mofaj/mail/qa.html

e-gov(内閣官房・外務省など)
https://www.e-gov.go.jp/policy/servlet/Propose

首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html

自民党 
ご意見
https://www.jimin.jp/voice/
〒100-8910東京都千代田区永田町1-11-23
TEL:03-3581-6211 FAX:03-5511-8855


凸凸凸 文例 凸凸凸

サイパン島の日本政府が建立した慰霊碑で、掲揚された国旗が盗難されたり、
汚されたりと、慰霊関連施設への嫌がらせ行為が相次いでいると知りました。

中国語の落書きがあったとのことで、増加中の中国人観光客の仕業のようですが、
わざわざ他国へ旅行した先で「日本憎し・反日無罪」と言わんばかりのヘイトクライム、
その傍若無人ぶりに心底恐怖を感じます。

慰霊のために設置させていただいた施設です。
戦没者やその遺族、そして邦人のためにも、現地警察をはじめとする関係者と協力し、
慰霊碑に相応しい管理が維持されることを、強く要望します。

犯人は現地法を持って取り締まり、処罰も合わせ要望いたします。

中国国内だけならいざ知らず、海外に来てまで嫌がらせを行う中国人が、
日本には大量に押し寄せていますが、靖国のテロを始めとする、
神社汚損破壊の犯人ももしかしてと思わざるを得ません。

中国人が押し寄せた観光地は荒れ、良質な欧米観光客を中心に
悪評も拡がっています。

郷に入りては郷に従わず日本を荒らす、反日国家の観光客のビザの見直しと、
外国人への指紋捺印を復活させてください。

せめて指紋登録があれば、犯罪の抑止力にも検挙にも繋がりますので
早急に願います。

【継続はチカラ也!時間があったら凸っちゃおう!〜デイリー3凸のコーナー〜】
↓ 川崎、大津…凶悪「加害者」の人権のみ重視!被害者差別の「少年法」イラネ ↓
日弁連「少年法、今後も20歳未満適用で」意見書提出!ハア?少年法改正・廃止の凸、イックゾー!
http://migigimi.blog.fc2.com/blog-entry-720.html

↓ F-Secure を徹底的に洗え!凸、継続ですっ ↓
元 F-Secureのしばき隊久保田氏、『反日サヨク』を自称していた!
http://migigimi.blog.fc2.com/blog-entry-960.html

↓ 日本人差別のひどすぎる実態!外国人は実質税金ゼロが可能だっ ↓
海外在住の配偶者家族も扶養控除対象、税金ゼロも可能な外国人優遇措置を許すなっ(激怒)
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「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるさんが死去 93歳

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「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」などの人気漫画家で、文化功労者の水木しげる(みずき・しげる、本名・武良茂=むら・しげる)氏が30日午前7時ごろ、心不全のため東京都内の病院で死去した。93歳。鳥取県出身。
 大正11年、大阪で生まれ、間もなく鳥取県境港市に移った。早くから絵の才能を発揮し、13歳で油絵の個展を開き、新聞の地方版に「天才少年」と紹介された。

 高等小学校卒業後、15歳で大阪の石版印刷会社に就職したが2カ月で解雇。美術学校に通った。18年に徴兵され出征し、激戦地ニューブリテン島のラバウル戦線でマラリアを発病、空襲で左腕を失った。

水木氏は、南方の苛酷な戦地で何度も死と隣り合わせの体験をして、これが「墓場の鬼太郎」を描く背景にあったと私は思っています。「ゲゲゲの・・」ではないのは、
テレビ化に際して「墓場の・・」では具合悪かったらしいです。

私は少年のころ、毎夜、復員した兵士の手記のラジオ放送を聞いていました。
陸軍も海軍も階級も戦地もじつに様々に多くの人が寄稿していました。
その中にひとつ不思議な体験談がありました。幽霊船を見たというのです。
その話は信じたいです。多くの命が去ったときは不思議なこともきっと起こったでしょう。

さて『ガロ』という漫画雑誌が昔ありました。左傾ながら、これまでになかった全く新しい作風の漫画を集めた本で、私は兄が級友から借りてきたガロを見ることが出来ました。
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これが少年時代の私に衝撃を与えた水木氏の画風です。
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水木氏が日本各地に伝わる民話の妖怪を取り上げてくれたことは、とても大きい功績だと思います。これらは時代の移り変わりで廃れて消滅してしまうところでした。

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日本の妖怪は西洋の化け物とは全然違いますね。
人間や動物や身の周りの物までが、出来事やそれへの想いを断ちがたく、幽霊になって現れます。
この考えは能楽が出来た頃の日本からずっと続いているのです。


そして現在やっている「妖怪ウオッチ」では更にはっきりと打ち出されています。

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 妖怪ジバニャンは女の子にとても可愛がられていましたが、車に轢かれてしまい、死ぬときの最後に聞いた言葉が「車に轢かれたくらいで死ぬなんて ダサ・・」。
そのことで地縛霊になりました。

こうして現代の子供達も日本人の死生観を継いでくれます。
『妖怪ウオッチ』は水木しげる氏の作品なくして生まれて来なかったのではと私は思っています。

水木しげる氏、ありがとうございます。 合掌。





j 1 b k kさまのブログ『レックの色々日記』より転載させて頂きました。

(以下、転載記事)



本日11月30日は、秋篠宮文仁親王殿下 50歳の誕生日。


臣民の一人として奉祝いたします。


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ブラジル・アマゾンの地図を広げ、紀子さまやお子さまたちに、そこに生息する生物などについて話をされる
秋篠宮さま(15日、秋篠宮邸で)=宮内庁提供

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秋篠宮文仁親王殿下は、11月30日、50歳のお誕生日を迎えられた。これに先立ち、東京・元赤坂の秋篠宮邸で秋篠宮妃紀子さまとともに記者会見に臨み、戦後70年を迎えてのお考えや3人のお子さま方のご成長ぶりについて語られた。会見の全文は以下の通り。


 (問1)
 −−殿下にお伺いします。この1年を振り返り、印象に残っている出来事とご感想をお聞かせください。50歳を迎えられる心境や今後の抱負についてもお聞かせください。
 殿下「この1年もいろいろなことがありました。その中で幾つか私自身の印象に残ったことを取り上げてみますと、今年も非常に自然災害が多かったという感じがいたします。例えば9月でしたでしょうか、台風の後、温帯低気圧に変わったところに温かい空気が入り、非常な大雨を降らせたことがあって、広い地域で被害が出ました。特に鬼怒川の堤防が決壊するなどして、大変大きな被害があったわけです。こういう、特に局地的な大雨が以前よりも多くなっているように思います。そのことは大変私も気になっています。そして、これは昨年でしたが、広島市で土砂災害があり、この4月に私もその場所に実際に行ってきました。映像などで見るよりも急峻(きゅうしゅん)な場所になっていて、これは実際に行かないとやっぱり分からなかったと思うのですけれども、日本はそういう所にも住宅が建っている場所がかなりあり、今後の防災についてしっかりと考えていかなければいけないなということを思いました。また、大雨でいうと、今日(11月19日)になるのでしょうか、八丈島でも50年に1度の大雨があったと聞いています。雨は収まっているようですけれども、土砂崩れとかがないことを願っているところです。
 また、つい先日はパリで大変痛ましい事件があり、多くの人が犠牲になりました。そのことも含めて尊い人命が失われていることや、その国が誇る文化的な遺産が破壊されたりしていることも、大変残念に思っております。
 一方、今年もノーベル賞の受賞という大変うれしい知らせが先月ありました。もちろん、ノーベル賞の領域に入らない分野ですばらしい業績を挙げている人も多々おられますので、一つだけ取り上げるのはよくないのかもしれませんけれども、それでもやはり、私たちにとって誠にうれしいニュースでありました。しかも、地道な研究が評価されているということを感じました。ただ、その一方で、今学術の世界でだんだん短期的な成果を求められるようになってきています。例えば論文数ですとか、インパクトファクターの高いところに掲載されるかどうかなどですね。それは非常に大事なことではあっても、それのみで学術・学問が判断されることになると、地道に長い年月かけて行われて、良い成果が出るということがだんだんに無くなってくるのではないかなと、気にかかるときもあります。
 それ以外に、先日、日本とブラジルの外交関係樹立120周年の年に当たって、私にとっては27年ぶりでしょうか、ブラジルを訪問いたしましたけれども、この2週間弱の訪問も、私にとって大変印象深いものでありました。そのときの印象につきましては、今、宮内庁のホームページに私の印象をつづったものが掲載されていますので、ここでは省くことにいたします。以上がこの1年の印象に残った出来事ということになります。
 その次は50歳の(感想と抱負)ですか。年齢というものは非連続的なものではなくて、連続的なものですね。ですから、私自身、50という響きについてはちょっと年を取った感じがありますけれども、それについての何か感想があるということではありません。また、抱負についても抱負自体が突然出てくるということではなく、今までどおり、以前にもお話ししたように、例えば公的な仕事の面ですと頂いたものを一つ一つ大切に務めていきたいと思っております。私的には、以前から50の手習いで何かしてみたいなと思うことがないわけではないのですけれども、それはまだ実行に移す予定もないものですから、ここではお話ししません」

 (問2)
 −−殿下にお伺いします。戦後70年にあたり、殿下は玉音放送の原盤の音声をお聞きになり、御文庫附属庫を視察されました。両殿下では佳子さま、悠仁さまをお連れになり戦争関連の企画展などに足を運ばれました。また、この1年は両陛下のパラオご訪問をはじめ、皇室全体として戦後70年の節目にあたってのご活動を重ねられています。これらを通じて戦争についてご自身が改めてお考えになったことや、お子さま方がどう受け止められたかをお聞かせください。
 殿下「今年は戦後70年ということで、いろいろな展示があったり、それから新聞などでも様々な戦争に関する記事が掲載されたりいたしました。私も、今お話があったように玉音放送の原盤を聞く機会があり、また、御文庫附属庫も見学をいたしました。ただ、私としては、確かに70年というのはそのことをふり返る一つのきっかけになるとは思いますけれども、そうでなくても、常に、戦争があったということを記憶に残しておくことが必要だと思います。私自身は戦後20年たって生まれました。ですから、物心付いた頃に、何かその痕跡みたいなものを感じるということはほとんどなかったわけです。戦争のことをきちんと理解するためには、当時のことを知っている人から話を聞いたり、書籍で読んだりとか、そういうことを自分で意識しながら行っていくことが大事なのではないか、と考えております。
また、子どもたちでしたか。これは娘とも話したことがあるのですが、やはり娘たちの世代というのは、非常に戦争のことを知らない。そのことを彼女たちは意識しているようで、この70年という年を一つの契機として戦争のことについて知る努力をしていかなければいけない、ということを話しておりました。また、息子はまだ小さいですけれども、今年(行きました)幾つかの戦争に関連する展示、それから催し等を通じて、だんだんと理解をしていってくれればよいかと思っております」

 (問3)
 −−両殿下にお伺いします。3人のお子さま方の近況やご成長ぶりについてお聞かせください。中でも、成年皇族となられた佳子さまのご活動は幅広い世代から高い注目を集め、様々なメディアでも大きく取り上げられています。佳子さまに対するこうした注目のされ方について、どのように受け止めていらっしゃいますか。
 殿下「まず長女についてですが、長女は昨年から今年の9月までイギリスで大学院の生活を送りました。そして、その課程を修了して戻ってきたわけですけれども、いわゆる専攻は博物館学で、取り上げたテーマが自然史とアートの両方にまたがる分野でした。それを論文にまとめたのですが、そういう自然史とアート両方の要素を含んだテーマというのが私自身にとっても興味深いところがありますので、そのことについて話をしたりすることがあります。どうでしょうか」
 妃殿下「長女は、昨年の秋から今年の9月の末まで英国の大学院に修学していましたが、1年余りの修士課程の短い期間の中で博物館学の講義を受け、博物館実習に参加するなどし、また、修士論文もまとめ、充実した日々を過ごしたようです。また、私たちが10月下旬から11月上旬にかけてブラジルを訪問した際、私たちの代わりに宮中行事や地方の式典に出席しました。一つ一つを丁寧に深く考えて務めていると感じました。一方で、留守の間、自分の弟の世話をよくしてくれ大変助かりました」
 殿下「次に次女についてですけれども、次女は今年の春から大学1年生をしているところになります。結構忙しい日々を送っているようで、大学からの課題などもかなりあるみたいで、それに夜遅くまで一所懸命取り組む日々を過ごしております。少なくとも父親が学生だったときよりは、かなりまじめな学生生活を送っているようです」
 妃殿下「そうでございますか。次女は昨年の12月の誕生日に成年を迎え、幾つかの公的活動に携わる一方で、今年の4月から大学生としての新たな生活が始まりました。学業に励みつつ、公的な活動では、初めて式典で挨拶し、また一人で地方の行事に出席し、手話で挨拶するなど、慣れないことや緊張することもあったと思いますが、頂いた務めを大事に果たそうとするけなげさが伝わってきました」
 殿下「次に長男のことですけれども、昆虫好きは相変わらず続いています。ただ少し昨年までと違うのかなと思うのは、虫そのものもそうなのですが、それが生息している環境に興味を持つようになってきています。例えば、どういう環境のところで、自分の関心がある種類が生息しているのかとか、そういう環境を、自宅の庭で再現できないかとかですね、これはビオトープ的なことだと思うのですが、そういうことを考えるようになったりしています。長男は自分の水槽を持っていまして、これは虫ではありませんけれども、そこに川とか池で捕った魚を入れているのですが、それが棲(す)んでいる雰囲気、水の中の様子を再現しようといろいろと試みているようです。そういうところは少し去年から変化してきたかなと思います」
 妃殿下「1年をふり返りますと、長男は以前からの興味が更に広がり、また新たな興味も加わってきました。田んぼの生き物などにも興味を持つようになり、そのほかでは、今まで興味を持っていました昆虫の採集や飼育をするだけではなく、今、宮様が話されましたように、生き物が暮らす環境にも関心を向けています。例えば、トンボやホタルなどが棲(す)みやすい場所、好む環境を作りたいと、自分の家の庭や御用地内を歩いて植生などを確かめ、また小川のところでは、水の流れを止めないように枯れ葉や小さな枝を取り除いています。
 ほかに興味を持っているものの一つに文字があります。旅行先などで地図を見るのが好きで、書かれている漢字の地名や、調べ学習で使う漢字辞書に載っている旧漢字を覚えることもあります。また、世界の文字の絵本を見ながら、まねて書いたりもします。このように長男は、知らない文字が分かるようになり、書けるようになることが面白いようです。
 また、学校のことについてですが、3年生になりましてからも様々な活動に参加しています。今年の春は遠足があり、また、公園探検や学校での宿泊もありました。そこでは子どもたちがグループに分かれて、自分たちで計画を立て、係を決め、協力して行動していますが、その後に、達成できたことや計画どおりいかなかったことなど活動の内容をふり返り、次の活動へつなげていく大切さを、友達と一緒に学んだようです。
 なかなかすぐにできるようになるのは難しいことですが、友達と一緒に長男は、早めに行動するよう心がけることに取り組んだようです。これは学校でのお話ですが、家庭でも見られることがありまして、それは朝学校に出かける時間を、余裕を持って守ろうとする様子が見られ、こういう意識を持つことによって、日頃の生活の中でできるようになることの大切さをつくづくと感じました。
 明日(11月20日)は小学校の音楽会が開かれる予定で、3年生のミュージカル劇を始め、各学年が練習に励んでいるようで、子どもたちの発表を楽しみにしています」
 −−佳子さまの注目のされ方についてはどのように受け止めていらっしゃいますか
 殿下「メディア等で写真や記事等が頻繁に掲載されていることは承知しています。実際にどれくらい注目をされているのかということは、私は知りませんけれども、どのように受け止めているかといえば、メディア等に掲載される機会が多いということをそのまま私としては受け止めております」
 妃殿下「私もそのように思っております。次女を含めて子どもたちの公的な活動の報道が、その分野の大事な事柄に対して理解を深めていただく機会になればと思っております」

 (問4)
 −−両殿下にお伺いします。両陛下は傘寿を迎えられて以降も積極的に公務に臨まれ、お忙しい日々を送られています。このような状況の中、皇后さまに心筋虚血の症状が確認されました。要因の一つとして宮内庁は「強いストレス」を挙げていますが、このことについてどうお考えでしょうか。敬老の日にちなんだ施設訪問を、高齢を理由に両陛下から引き継がれたご感想も併せて教えてください。
 殿下「ストレスについて、普段、例えば御所等で一緒に話をしている時に、話題になったことはほとんどありません。ですから、私として推測できるのは、例えばこの何年かで天皇陛下が2回大きな手術をされています。前立腺がんと心臓の冠動脈のバイパス手術ですね。特に後者については、その後の回復がそれほど早くなかったということもあると思いますが、恐らくそれらの陛下の御病気というのが、ストレスの要因の一つにあるのではないかと思います。もちろん非常に重い立場で日々過ごされていますので、その他のストレスに関わることも幾つもあるとは思いますけれども、それを今私が忖度(そんたく)をしてお話しするのは控えることにいたします。
 ただ、普段非常に制約の多い中で生活をされているわけですけれども、不思議なほど自由、そして、豊かな心というか精神の領域を持っておられるのではないか、と私には見受けられます。これからそういう領域の中でより多く御自身が過ごせる、若しくはその中で自分自身を遊ばせるという言い方がいいのでしょうか、そういう機会が増えていったらいいのではないかと思います」
 妃殿下「皇后さまが心臓の検査を受けられることを伺い、私たちも大分心配いたしましたが、検査の結果、様子がお分かりになり皇后さまもかえって安心されたようで、私たちも安堵(あんど)いたしました。両陛下には、どうぞお身体(からだ)を大切に遊ばされますよう、お健やかな日々をお過ごしになりますよう、心から願っております」
 殿下「もう一つは」
 −−敬老の日にちなんだ施設訪問に行かれたご感想について
 殿下「『敬老の日』の施設訪問、これは『こどもの日』の施設訪問と共に、両陛下が非常に大切にされてきた活動だと私は考えております。今年は私たちが『敬老の日』にちなんだ施設の訪問をしました。来年も『敬老の日』にちなんだ施設になるのか、それとも『こどもの日』にちなんだ施設に行くことになるのか、これはまた皇太子殿下とも話合いをしながら決めていきたいと思います。
 私たち自身この秋に施設を訪問して感じたのは、例えば地方で何かの行事が行われるときに、その地域の特別養護老人ホームなどに行く機会は今までもかなり多かったです。ところが、私たちが住んでいるこの東京都内でそのような施設を訪れたことは、あまりなかったように思うのですね。そこでふと各地のそういう施設、特別養護老人ホーム等に行ってはいたけれども、すぐ自分の身近な所のことがちょっとおろそかになっていたのかな、と思いました」
 妃殿下「両陛下が長く大切に遊ばされてきました施設訪問を、私たちも心をこめて引き継いでまいりたいと考えております」

 (問5)
 −−殿下にお伺いします。イルカの追い込み漁問題で注目された5月の日本動物園水族館協会の通常総会で、殿下が総裁としてなさったあいさつは、賛否が分かれる話題に言及したもので、驚きを持って受け止められました。また、銀婚式の際に公表された文書は、両殿下の対談形式という異例の試みでした。殿下は皇族の発言や情報発信のあり方についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。
 殿下「皇族の発言について言えば、一つは政治的なことの発言をしない。これは、私は基本にあることだと思っています。今質問にありましたイルカの追い込み漁について、私は本年の日本動物園水族館協会の総会の折に言及したわけです。これは、あくまでも日本動物園水族館協会は世界の動物園水族館協会に加盟している一つの組織であり、日本動物園水族館協会に加盟している動物園、水族館が行っていく、若しくは果たしていく使命の一つである種の保存活動を世界動物園水族館協会の一員として果たしていくことが私は大事であると考えたわけです。したがって、イルカの追い込み漁それ自体について、私は何か言ったつもりはなく、あくまでも、文化の問題と組織の問題を分けて考えるべきではないかと、そう思って話をしました。

 また、皇族の情報発信といった場合、構成しているそれぞれの人たちによって考え方が異なると私は思います。私自身、ブログもツイッターもしていません。私は、自分のことを自分から発信していくというタイプの人間でもありませんし、恐らく今後も自分から例えばSNSを利用して、何か情報発信をするということは、しないだろうと思います。ただ、情報発信というのは、やはり大事なことでもありますし、それからもう一つは、皇族の情報発信と皇室全体としての情報発信とはまた別のことですので、どういう形が一番好ましいのかということについて、これからよく考えていく必要があると思います」

 (関連質問1)
 −−先ほど戦後70年のことで質問でも玉音盤の原盤のことと、御文庫附属室の質問をさせていただきましたが、殿下は実際に両陛下、皇太子殿下と共に玉音盤を聞かれ、また、御文庫附属室にも足を踏み入れられたと伺っておりますけれども、改めてその時のご感想を、それから実際に、特に御文庫附属室は私たちも映像でしか見ておりませんが、そこで感じられた、見て感じられたことを改めてお教えいただければと思います。
 殿下「玉音盤、私も聞かせていただきました。今までよく映像で流れてきた玉音放送とは時間、長さなども少し異なるわけです。今回この機会に貴重な玉音盤の再生ができたというのは、大変価値があると私は考えています。そして、玉音盤と共に御文庫附属庫の方も映像が公開されたということは、やはり、昭和の歴史の一端を知る一つの機会であると思います。私自身、玉音盤と御文庫附属庫の見学を通して感じたのは、感じたという表現は適切かどうか分かりませんけれども、その時の昭和天皇がどのような気持ちでマイクの前に立たれ、若しくは終戦を決める時にどのような気持ちで話をしたのか、そのことに思いをはせていました」

 (関連質問2)
 −−先ほどの質問との関連なんですけれども、常に、戦争があったことを記憶に残しておくことが必要だというふうにおっしゃいましたけれども、その関係で、両陛下のパラオ訪問がありましたが、戦没者慰霊の姿をどのように受け止めていらっしゃいますでしょうか。
 殿下「両陛下は、相当以前から戦没者への慰霊を、強く常に念頭に置かれていました。今回戦後70年の機会にパラオの慰霊をされたわけです。ずっと遡ると沖縄、一番最初は多分海洋博のときですから1975年、私はまだ小学生の子どもでしたけれども、沖縄戦のことと共に、戦没者を慰霊することについての話を折々に伺いました。そういう中で私も私の兄妹(きょうだい)も育ちましたので、そのことの大事さ、これからも慰霊していくことの大切さは常に頭の中に入れていますし、そういう機会に、私自身も実際に慰霊祭とかですることがありますけれども、慰霊する行為と共に戦争で亡くなった人たちのことに思いをはせる、そのことの大切さを感じています。 よろしいでしょうか」

 (関連質問3)
 −−来月には眞子さまがホンジュラスとエルサルバドルをご訪問されますけれども、両殿下としてはどのようなことを経験され、期待されているのか、教えていただけるでしょうか。
 殿下「彼女にとって初めての海外の公式訪問になるわけですけれども、私の最初の海外公式訪問がブラジルだったのです。当時22歳ぐらいで、もうちょっと若かったですね。海外の公式訪問を通して、私自身も様々なことを学ぶことができました。私自身はエルサルバドルもホンジュラスも行ったことがないので、どういう感じなのかは分かりませんけれども、やはり公式訪問を通して得ることは非常に大きいと思いますので、様々な経験をしてきてくれたらいいな、と思います。
 あなたは」
 妃殿下「はい。12月の外国訪問は宮様がお話しされましたように、長女にとりまして初めての公式訪問となります。今まで国内で、都内そして地方の公的行事に出席する経験をしていますが、今回は初めて日本を離れて遠く海外でのお務めをさせていただきます。私たちはこの前ブラジルから帰国しましたが、その留守中にも関係者から話を聞き、自分でも本を読んでいたようです。そのような準備をしながら、訪問の日を迎えることになると思いますが、体調を整えて、訪問先でも元気に務めることができるようにと願っております」
       =おわり




なでしこりん様のブログ(言論統制のアメーバブログ)より転載させて頂きました。
このブログ(不死鳥復活サイト)のURL: http://ameblo.jp/nadesikorin-fight/
 
(以下、転載記事  ↓のタイトルをクリックして元記事に行けます)

高校生&大学生の皆さん、危険な共産主義・社会主義について学習しましょう!

2015-11-29 22:06:46

「自分たちは絶対に正しい」という強い思い込みが左翼を暴走させる!
日本の左翼は中国共産党の言論弾圧には何も言えないのですか?

 なでしこりんです。中国が安倍総理の中国訪問に条件を付けたそうですね。それが「靖国神社へ不参拝の確約」だとか! ほんと、中国共産党は共産主義の教科書のような教条主義ですね。共産主義者が「無神論」を信奉し、「心の自由」でさえ圧迫することはソ連時代にもありましたし、現在の中国でも行われています。

 日本共産党は中国共産党に「息苦しさ」を感じないのでしょうか?私なら、中国国内では3分で窒息してしまいそう! しかもこの中国、かねてから噂されている「台湾侵攻」の訓練もやっているようでね。もし台湾が中国に侵攻され、数多くの台湾人が死ぬことになったら、あなたはどうしますか?


       イメージ 2 イメージ 3 

 台湾総統府制圧を想定か=中国軍の市街
戦演習
 23日付の香港各紙によると、中国国営中央テレビは、中国軍部隊が市街戦の演習で台湾総統府に酷似した建物を攻撃する映像を放映した。 台湾問題を武力により解決する状況下で、特殊部隊などが総統府を制圧する事態を想定しているとみられる。 

 21日付の中国軍機関紙・解放軍報によれば、演習は北京軍区の部隊が内モンゴル自治区の市街戦訓練場で実施した。演習の攻撃部隊は、敵側首脳の排除を意味する「斬首行動」に成功したとされている。 

 中台双方は22日、それぞれの立場を表明し、中国国防省報道事務局は中国メディアに対し「定例の軍事演習であり、特定の目標を想定したものではない」と強調。一方、台湾国防部 (国防省)報道官は「台湾住民や国際社会が受け入れられることではない」と批判した。(時事通信)
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150723-00000081-jij-cn 

 もし台湾 が中国に侵略されたら・・・「義勇兵になって台湾に行きます!」と言いたいのですが、実際にはお役に立てそうにはないので、私は日本国内の中国人を駆逐する戦いに参加します。残念ながら、日本にいる中国人には人質の価値はありません。中国共産党にとっては在日中国人など何の価値もないでしょう。共産主義者にとっては人命の価値など、共産主義の大義に比べたら屁でもないのでは?

 ということで 引き続き「わかりやすく簡単に解説するサイト」のご紹介。題して「共産主義、社会主義、左翼とは?」。分かっているようでイマイチはっきりしない知識を整理するのは役立つかも? 私は勉強になりました。 By なでしこりん
 
http://nadesikorin0719.blogspot.jp/2015/07/blog-post_99.html

 転載記事の本文はこちらからご覧になれます。→ 
http://www.arayuru-houhou.com/wakariyasuku/kyosantou.html


  共産主義・社会主義について簡単に説明します。

共産主義・社会主義とは、政治思想の一つで、その理想を簡単に言ってしまえば、国民が働いて得られた富(お金や財産)を国民全員で共有し、分配する経済のしくみを構築するということになります。

現在の日本における経済の考え方は「資本主義」と呼ばれます。

資本主義とは、自分で働いて得られた収入は自分のものという、いたって普通の考え方です。


この制度では当然、頑張って多く働いた人がお金持ちになることができるともいえますが、お金儲けの才能が有る人や親が金持ちだったために優遇される人、強欲な人などに富が集中してしまい、そうでない人々との間に貧富の差(格差)が生じることになってしまうしくみであるともいえるのです。

共産主義・社会主義の国では、それらの格差をなくすことをモットーに、自分で働いて得られた収入は基本的に「すべて国のもの」と考えます。そして、国がそれら国民が働くことで得られた収入を集めて、それを再度全国民に平等に配分するという形態を取ります。(この経済のあり方を「計画経済」といいます)

そうすることで国民の貧富の差をなくし、平等な社会を実現しようというのが共産主義・社会主義の基本的な理念になります。

しかし、そのような考え方は机上の空論、絵空事であり、実際に導入した国々で、ことごとくうまくいきませんでした。

なぜなら、その考え方で経済を運営すると、真面目によく働いた人も、不真面目に働くことを放棄した人もほとんど同じ収入金額ということになり、国民の働く意欲がなくなり、経済が立ち行かなくなってしまったからです。

それから、共産主義・社会主義政権は基本的に独裁政権であり、選挙を行わないため、国民には参政権さえ与えられませんでした。

その結果、国民はほぼ全員が貧しく、権力にしがみついた一部の政治家やそれらの関係者ばかりが金持ちになるという、「平等な社会の実現」どころか、逆にこの上ない不平等が生じることになったのです。

どこの国でも共産主義・社会主義を導入した国々ではそのような事態を招いたため、世界中で共産主義・社会主義国は破綻を来たし、特に、1991年に、世界の共産主義・社会主義をリードしてきた「ソビエト連邦」が崩壊したことによって、共産主義・社会主義の失敗が決定的となったのでした。


■「革命」とは何なのか?


また、共産主義・社会主義を語る上で見過ごせないもの一つに「共産主義・社会主義革命」が上げられます。

上で述べたような社会のしくみを実現するためには、それまでの社会のしくみを大きく変える必要があります。

例えば、国民の貧富の差をなくすためには、すでに所有している財産はすべて没収し、国のものにしなければならないわけです。

つまり、それまでのしくみをすべて強引にリセットする行為、それが「革命」です。

当然、そのような大きな変革を望まない人がかならず多く居ますので、「革命」には必ず大きな反発があります。

そのため、共産主義・社会主義革命が行われると、あたりまえのように数十万人〜数百万人、場合によっては数千万人規模の死者がでるほどの虐殺が行われます。

フランスのル・フィガロ紙の、1978年11月18日発表の推計によると、共産主義・社会主義革命や共産主義体制下におこなわれた虐殺の犠牲者数は、全世界の総計が
1億5000万人にも及ぶとのことです。
国や地域別の内訳は次のとおりとなっています。

ソ連:約7,000万人
中国:約6,700万人
カンボジア:約300万人
その他(東欧・中南米ほか):約1,000万人


第二次世界大戦での世界中の犠牲者数がおよそ6,000万人、そのうち日本人が約300万人、広島の原爆投下による死者数が約15万人といいますから、共産主義・社会主義革命では世界大戦2〜3回分に匹敵する規模の犠牲者が出たことになります。

日本共産党の上田耕一郎副委員長(当時)が、16万人の死者を出した昭和54年のイラン革命に際しコメントを発表し、「(この革命は)非平和的に行われた革命でなかった(平和的に行われた革命だった)」と発言したことは有名ですが、共産主義・社会主義者の感覚がどれほど虐殺に寛容なのかが分かるというものです。

ちなみに、日本共産党とは、上記の虐殺(革命)を世界中で指導した「世界共産党(コミンテルン)」の日本支部として1922年に設立した政党です。


         イメージ 1 

◆共産主義者・社会主義者(いわゆる左翼)の特徴

上記のような残虐行為の結果、世界中で白眼視されることとなった共産主義者たちですが、その大きな特徴のひとつに「自分たちが正しい」と極度に思い込んでいる点があげられます。

上にも書きましたが、そもそも共産主義という考え方は、財産を共有することで貧富の差をなくし、人々が平等に富を分け合うという理想の実現を目指しています。

その美しい理想に共感する人々というのは、その思想の「人道的な正しさ」に魅力を感じ、その「人道的な正しさ」を信じる気持ちが強くあるわけです。

そのため、彼らはある種、宗教的なまでに「自分たちは人道的に正しい」と信じ込む傾向にあります。

つまるところ、上述のような虐殺行為も、「自分たちの理想が正しい」という強い思いこみから、その「自分たちの理想の実現」を阻止する側の人間を短絡的に「悪」だとみなすことが可能であり、そのような「正義感」によって実行に移されたものなのです。

そのように自分たちの行いが正しいと極度に信じなければ、なかなか何十万人も何百万人もの人間を殺めることはできないでしょうし、そのように自己の正しさを信じる気持ちを源泉に行われる暴力行為は、歯止めをかけようとすればするほど逆に勢いを増す傾向にあるため、そのような残虐行為がエスカレートしてしまうという見方もできるでしょう。

つまり、「自分たちは正しい」という強い思い込みが、共産主義者(いわゆる左翼の人々)を暴走させる結果につながってきたというわけです。

もちろん、大量の虐殺行為に及ぶことは歴史的に見てもごく稀です。

しかし、そのような「自分たちは正しい」という思い込みの表れた彼らの言動は他にも我々の身の回りに多く存在しています。

その代表的なものは、情報操作や、情報の捏造、改竄、隠蔽などです。

彼らは、自分たちの理想が正しいと思い込んでいるため、自分たちが間違っているという情報を直視ようとは決してしませんし、直視できません。

そのため、平気で情報を隠蔽し、改竄し、自分たちが正しいということを証明するための情報を捏造します。

そして、そういったあからさまな不正行為であっても、自分たちが正しいと思い込んでいるため「人道的に正しい社会の実現」のために行われたものであるという認識から、その捏造や隠蔽、改竄が、いかに悪質であるかということを顧みることがないのです。 

日本のメディアに、捏造や改竄をよく行う機間が存在しますが、現在の日本にも、まだまだ共産主義に傾倒したいわゆる左翼の人々は多く存在してます。

そのような人々や、そのような人々の発信する情報に接するときは、以上のような予備知識を持っておくことをお勧めします。

◆日本共産党と社会党(現社民党)

日本にはかつて、日本の共産主義・社会主義化を目指した大きな政党としては、日本共産党社会党(現社民党)がありました。(日本共産党はいまだに日本の共産主義化を目指しています)


→日本共産党について詳しくはこちら


この2つの政党は、ともに同じ共産主義・社会主義国家を目指した政党ですが、基本的に協力関係にはなく、むしろ対立関係にさえありました。

それがなぜなのかを簡単にご説明します。

簡単に申しますと、この2つの政党は「革命」に対する考え方が決定的に違いました。

「革命」には2つの革命があり、一つは上記のような大量の死者を出すことで行われる「暴力革命」、もうひとつは、そのような暴力革命に否定的な立場から、国会で過半数の議席を獲得すること(議会主義に則ること)で共産主義・社会主義社会の実現をめ目指す「平和革命」です。

そして、共産党は、共産主義・社会主義政党の伝統はとしての「暴力革命路線」を、社会党(現社民党)はわりと新しい思想のもと「平和革命路線」を採った政党だったため、お互いが協力関係にはなれず、むしろ対立関係にあったというわけです。

ちなみに、現在の社民党(旧社会党)はソビエト連邦崩壊とほぼ同時に「革命」の実現さえ放棄していますが、日本共産党はいまだに暴力革命路線を堅持しています。

そのため、日本共産党はいまだに公安警察の監視下に置かれているようです。

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