トップニュース
シナイ半島に陸自隊員派遣 防衛相が準備指示
(2019年2月28日)
2019年3月7日更新
防衛会議で省幹部に対し、シナイ半島の「多国籍軍・監視団」司令部への陸自隊員2人の派遣に向けた準備を指示する岩屋防衛相(テーブル中央奥)=2月28日、防衛省で
MFO司令部要員2人 平和安全法制で初
岩屋防衛相は2月28日、防衛会議を開き、エジプト東部のシナイ半島でエジプト、イスラエル両軍の停戦監視活動を行う「多国籍軍・監視団(MFO)」の司令部要員として、陸自隊員2人を派遣する方向で準備指示を発出した。実現すれば、2016年3月施行の「平和安全法制」で可能となった「国際連携平和安全活動」に基づき、国連が統括しない国際貢献活動に従事する初のケースとなる。防衛省は今後、現地調査や候補者の選定などを進める。
日本からMFOへの司令部要員の派遣は、国連平和維持活動(PKO)協力法に基づいて行われ、紛争当事者間の停戦合意や必要最小限の武器使用など「PKO参加5原則」が適用される。
派遣先はシナイ半島南端の紅海に面したエジプト・シャルムエルシェイクの現地司令部で、具体的な派遣時期は実施計画や関連政令の策定、MFOや関係国との調整を経て決定する。
岩屋大臣は防衛会議の後、省内で記者団に「・・・
防衛関連ニュース
「武器等防護」昨年は計16件 防衛省が公表
(2019年2月27日)
2019年3月7日更新
防衛省は2月27日、2016年3月施行の「平和安全法制」で新設された「自衛隊法95条の2」に基づき、自衛隊が昨年18年に実施した米軍等に対する「武器等防護」の実績が計16件だったことを公表した。全て米軍が対象で、17年の2件(いずれも米軍との共同訓練中)から大幅に増加した。
内訳は、今回初めて実施された「弾道ミサイル警戒を含む情報収集・警戒監視活動」中の艦艇防護が3件だったほか、共同訓練中の艦艇防護が3件、共同訓練中の航空機防護が10件だった。日時や・・・
防衛関連ニュース
陸幕が「家族支援担当者会同」開催
災害時「安否確認」要領など共有
(2019年2月7日)
2019年3月7日更新
「平成30年度家族支援担当者会同」で、意見を総括する陸幕家族支援班長の緒方義大1佐(2月7日、市ヶ谷駐屯地で)
【陸幕厚生課】陸幕は2月7日、家族支援の実務者レベルの能力向上を目的とした「平成30年度家族支援担当者会同」を市ヶ谷駐屯地で実施した。
同会同は平成21年度に始まり今回で10回目。陸上総隊司令部、各方面総監部、各部隊、各機関の家族支援担当者ら計42人が全国から集結した。
陸幕厚生課長の吉田幸一1佐のあいさつに続き、家族支援班の各担当者が陸幕の施策を説明。豪雨や地震など昨年頻発した災害の教訓として、「より迅速かつ能動的な家族支援が必要」と述べた。
特に、隊員家族の「安否確認」では、①関係部外団体などの・・・
防衛関連ニュース
中国軍艦3隻が対馬海峡を南下
(2019年2月23日)
2019年3月7日更新
2月23日午後9時ごろ、中国海軍の「ルーヤンⅢ」級ミサイル駆逐艦(満載排水量7000トン、艦番号118「烏魯木齊」)1隻と「ジャンカイⅡ」級フリゲート(同3900トン、艦番号547「臨沂」、598「日照」)2隻が、長崎・上対馬の東北東約110キロの海域を南西に向け航行しているのを14護衛隊(舞鶴)の護衛艦「せんだい」が確認した。
中国艦は2月15日に長崎・福江島沖で確認され、日本海に進出した艦艇と同一で、3隻は対馬海峡を南下して東シナ海に戻った。
防衛関連ニュース
東日本大震災で家族を失った佐々木1尉、
再起に至るまでの日々が道徳の教科書に
「ひまわり」繋いだ人の縁
2019年3月7日更新
東日本大震災からの再起の実話「ひまわり」が掲載された道徳教科書を掲げる佐々木1尉(2月25日、神町駐屯地で)
佐々木1尉が山形県東根市の官舎のベランダで育てている「はるかのひまわり」
被災から再起に至る実話を掲載
「りつ子、和海、教科書に掲載されたぞ」――。2011年3月の東日本大震災の津波で家族4人を失った6後方支援連隊1整備大隊施設整備隊(神町)隊長の佐々木清和1陸尉(52)は、妻のりつ子さん(当時42)と娘の和海さん(同14)の遺影に語りかけた。被災後、失意のどん底にいた佐々木1尉が被災から再起に至るまでの日々が、19年度の中学道徳の教科書に掲載される。
「身近な人はかけがえのない存在」
この文章「ひまわり」は大震災の4年後に佐々木1尉を取材したフォトライターのかどまどか(角円)さんがまとめたもの。これに注目した光村図書が「中学道徳1」に採用、掲載されることになった。
「ひまわり」は大震災の朝から始まる。その日の朝、佐々木1尉は炊飯器の電源が切れていたことによる白米の冷たさをめぐり、りつ子さんと夫婦げんかに。怒りながら家を出て、当時勤務していた105施設直接支援大隊(船岡)に出勤した。「まだ怒ってる?」。昼休みにかかってきた妻からの電話に、佐々木1尉は「もう怒ってないよ」と答えた。これが最後の会話となった。
数時間後、巨大な揺れと津波が、海岸から300メートルしか離れていなかった家族4人が残る宮城県名取市の自宅を襲った。
長女の和海さんとは震災から10日後、遺体安置所で対面した。その翌日以降、りつ子さんと妻の両親も遺体で見つかった。酒浸りになり、体重は10キロ減った。
ふさぎ込む日々が続いていた12年6月、・・・