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激しく噴き出すガス「銀河風」、鮮明に撮影成功
銀河同士が合体する際に、30万光年もの広範囲にわたって激しく噴き出すガス「銀河風」を鮮明に撮影することに成功したと、広島大や国立天文台などが発表した。
ガスは複雑な形で広がっており、銀河の進化を探る研究に役立つと期待される。論文は米科学誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に近く掲載される。
宇宙には銀河が数千億以上あるとされ、頻繁に衝突や合体を繰り返している。合体後は銀河内のガスが急激に圧縮され、巨大な星が大量に作られる。この際、寿命の短い星が爆発するなどして、ガスが銀河の外に吹き飛ぶ銀河風が発生する。
広島大の吉田道利・宇宙科学センター長らは、国立天文台の「すばる望遠鏡」(米ハワイ州)に独自開発した特殊フィルターを装着。地球から約3億5000万光年先にある合体中の銀河を観測した。ガスの状態から、約10億年前に始まった合体の最終段階にあたる約8000万年前以降に、星の大量生成が3回以上起きていたことがわかった。
地球がある天の川銀河は、隣のアンドロメダ銀河と数十億年後に合体する可能性があり、吉田センター長は「将来の姿の予測につながる可能性がある」と話す。
2016年02月05日 18時52分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
こちらは国立天文台のHPでの該当の画像です。
左下に加わえられた↑図は我々が住む太陽系を含む「天の川銀河」の大きさで、10万光年は光が10万年かけて進む距離です。
「天の川銀河」はアンドロメダ銀河にどんどん接近していて、また宇宙には衝突・合体中の銀河もいくつか観察されています。
この二つの事象を併せて強く推論できることは、つまり「天の川銀河」は間違いなくアンドロメダ銀河と衝突し、より大きいアンドロメダ銀河に吸収されてしまいます。でも数十億年後の話です。
ところで太陽の寿命は100億年と言われ、既に48億年経っています。
太陽の最期と銀河の合体のどちらが先かは分かりません。
いま我々としては、「かけがえのない地球を大切にしよう」というまえに、明日の日本をしっかりと守りましょう。
日本さえしっかりしていれば、我々の遠い子孫は人類未知の科学で切り拓いていってくれます。
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科学技術一般
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【新元素113番の輝き(上)】ドンペリをたたき割り実験続行「魔の7年間」乗り越え、日本が露米に逆転勝利した真相とは
日本が発見した元素が周期表に初めて記載される。科学史に残る画期的な成果は、どのように生まれたのか。研究チームの情熱と国際競争の舞台裏に迫る。
◇
大みそかの午前5時。理化学研究所の森田浩介グループディレクター(58)は、新元素を認定する国際機関の関係者から電話でたたき起こされた。「113番元素の認定に関するメールが届きますよ」。眠い目をこすりながら半信半疑でパソコンを開いた。
「命名権をあなたに与える。おめでとう!」
英文で確かにそう書いてある。待ちに待った吉報だ。「気が変になるかと思うぐらいうれしかった」
すぐに約50人の研究メンバーにメールを一斉送信。受け取った理研の羽場宏光氏(44)は「ついにこの日が来たのか」と驚く。喜びは理研中に広がった。
前理事長の野依良治氏(77)は旅行先の伊豆で知らせを受けた。「日本の科学界の長年の悲願成就だ」。森田氏を祝福しようとしたが、連絡できなかった。森田氏は緊急会見に臨むため急遽(きゅうきょ)、自宅がある福岡から飛行機で羽田に向かっていたからだ。
午後5時、埼玉県和光市の理研本部。会見場は熱気に包まれた。「新元素が周期表に載るのは感慨深い」。満面の笑みで語る森田氏の姿は元日の新聞各紙を飾り、世界に配信された。
野依氏「素晴らしい金メダルだ」
元素は物質を構成する基本的な粒子である原子の種類で、原子番号118番まで見つかっている。92番のウランより重い元素は原子核同士を衝突させることで人工的に合成される。113番は理研と、ロシアのドブナ合同原子核研究所を拠点とする露米チームがそれぞれ発見を主張し、10年を超える争いが続いていた。
科学の世界には、一番手だけに栄誉が与えられる厳しいおきてがある。そう話すノーベル賞受賞者の野依氏は「ノーベル賞は10年で忘れられるが、元素の命名は永久に忘れられることはない。素晴らしい金メダルだ」と最大級の賛辞を贈る。
勝利の原動力は理研チームの忍耐強さと、愚直に実験を続けるひたむきさだった。主導した森田氏は14年前、実績のあるドイツの実験を再現することから研究に着手。本家を上回る合成率を達成してノウハウを蓄積した。この地道な戦略が大成功の基礎になった。
チームの姿勢を象徴するエピソードがある。平成16年に1個目の合成に成功したとき、森田氏らは高級シャンパンの「ドン・ペリニヨン」を、飲まずに理研の敷地内でたたき割った。実験は船出したばかりで、これから何が起きるか分からない。船の進水式で酒瓶を割る儀式をまねて、浮かれないように戒めたのだ。
113番の合成確率は、わずか100兆分の1。砂漠を歩き、ひと粒の宝石を探すようなものだ。2個目の合成は予想以上に早い9カ月後に成功した。しかし、森田氏の上司だった矢野安重特別顧問(67)は「すんなり行き過ぎて、次は長くなるのではと嫌な予感がした」。懸念は的中し、何の成果も出ない「魔の7年間」が始まった。
チームを襲った疑心暗鬼
実験は原子核の衝突エネルギーを厳密に制御しないと成功しない。「やり方が間違っているのでは」と指摘する声も上がり、チームを疑心暗鬼が襲う。分析を担当した森本幸司氏(48)は「不安で重圧に押しつぶされそうだった」と打ち明ける。それでも森田氏は「われわれは間違っていない」と確信し、同じ条件で実験を続行した。
東日本大震災では電力不足に陥ったが、非常用電源で実験を継続できた。チームの熱意にほだされ、他の研究者が電力を譲ってくれたからだ。基礎研究にじっくり打ち込むことを許容する理研の風土も味方した。
ただ、成果が上がらない実験をいつまでも続けるわけにはいかない。装置の総工費は73億円。実験費用は電気代を含め9年間で3億円に達していた。実験は24年10月1日に打ち切ることが決まった。
残り2カ月を切った8月12日。幸運が突然、訪れた。より信頼性が高く、勝利の決定打となった3個目の合成に成功したのだ。
国際機関に新元素の認定を申請する期限は既に過ぎていたが、審査委員会はこのデータを追加資料として受理した。これがなければ露米が認定されていた可能性が高いと審査関係者は明かした。まさに薄氷の勝利だった。
日本はなぜ強豪国の露米を倒せたのか。勝因は「信頼性の差」だ。しかし、その道のりは険しかった。
理研の合成方法は加速器を使って亜鉛をビスマスという元素に高速でぶつけ、原子核同士を融合させるやり方だ。合成した113番元素はすぐに壊れ、別の原子核に次々と姿を変えていく。本当に合成できたかを判断する上で重要なのは、この崩壊過程で素性を既に知っている原子核を確認すること。そこから親子代々の系譜をさかのぼれば、最初に合成したのが何だったのか突き止められるからだ。
理研は既知の原子核への崩壊を複数のルートで確認。確実な「物的証拠」を押さえ、113番の合成を高い信頼性で証明した。
一方、露米はカルシウムをアメリシウムに衝突させ、まず新元素の115番を合成。これが壊れて113番ができたと主張した。だが、崩壊過程で確認したのは正体不明の原子核ばかりで、いわば「状況証拠」に過ぎない。この弱点を補うため、理研の3個をはるかに上回る数十個をさらに合成する作戦に出た。
「予想外の決定」とロシア反発
数は少ないが物証をつかんだ日本と、多くの状況証拠を積み重ねた露米。審査委員会が重視したのは、信頼性の鍵を握る既知の原子核の確認だった。委員長を務めた米カーネギーメロン大のポール・カロル名誉教授は「どちらも敗者ではないが、露米は基準を満たさなかった」と明かす。
ドブナ研究所は今月6日、「露米は100個も作っており予想外の決定だ」と不満をあらわにする異例の声明を公表。カロル氏は「熱狂的な愛国心の権利は誰にでもある」と受け流すが、審査委員の一人は「実験の質を考えない全くばかげた内容だ」と不快感を示した。
ただ、既知の原子核の確認は、本来は新元素認定の要件だが、技術的に難しいため近年は必須条件とはされていない。114番と116番は、2011年に状況証拠だけで露米が認定されていたのだ。
元素に詳しい日本原子力研究開発機構の永目諭一郎副センター長(62)は「114番の前例から理研の認定はかなり難しく、露米に決まると思っていたので驚いた」と話す。質の高い完璧なデータをそろえた日本と戦った露米は、不運だったともいえる。
露米が113番を最初に合成したのは03年で、状況証拠を認定水準にまで磨き上げたのは13年。日本は最初の合成で1年出遅れたが、12年に決定的な物証を得て逆転勝利を果たした。
悲願百年、三度目の正直
日本は過去に二度、新元素の発見を逃している。元東北大総長の小川正孝博士は明治41年、鉱石から43番を発見したとして「ニッポニウム」と命名したが、後に別の元素と判明し周期表から削除された。
昭和15年には理研の仁科芳雄博士が93番の存在を加速器実験で示したが、検出には至らなかった。理研の加速器は戦後、原爆製造用と誤認した連合国軍総司令部(GHQ)によって破壊され、日本の原子核研究は大きく立ち遅れた。「三度目の正直」となった113番は、日本にとって100年越しの悲願成就だ。
仁科研究室は実験装置を手作りして、最高の成果を出すのが伝統だった。その精神を受け継いだ森田氏。初の新元素を手作りの装置で実現させた。「尊敬する仁科先生が追い掛けた夢をかなえることができて、うれしい」と話す。
森田氏が長年続けてきた初詣の賽銭(さいせん)は113円。「今年はこれが最後かと思うと実に感慨深かった」。チームはもっと難しい120番の発見を次の目標に掲げている。共に歩んだ森本氏は元日、理研近くの神社で120円を投げ入れ、新たな闘志を燃やした。
お賽銭に120円を投げ入れましたという一番最後の一文がいいですね。
次の目標を120番の元素、この未発見の元素の暫定名称ウンビニリウムに定めたようです。もちろん日本が頑張って発見に至れば命名権を与えられます。
113番がジャポニウムだとすると、次はヤマチウム、シキシミウム、アキツシミウムとかいかがでしょうか。
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やはり産経は立派だと思います。
日本の将来について「国」という視点からしっかり見据えている。文化でも科学でもしっかりした記事が多いですね。
日本は科学技術の国だと思っていても、慢心すると簡単に中進国になってしまいます。科学好きのブログ主として、誇るものは大いに誇ると同時に、警鐘もじゃんじゃん鳴らします。
【産経Health】米国で進む遺伝子情報基にした個別化医療 「日本は旧態依然の体制で取り残されている」中村祐輔シカゴ大教授が警告
日本人類遺伝学会で大会長を務めた稲澤譲治・東京医科歯科大教授(左)と握手する中村祐輔教授=10月、東京都内
東京医科歯科大・稲澤教授「適正な応用へ研究邁進」
遺伝医学の世界的な権威である米シカゴ大医学部の中村祐輔教授(個別化医療センター副センター長)は先に開かれた日本人類遺伝学会で講演し、「米国はゲノム(全遺伝情報)に基づく個別化医療が急速に進んでいるのに対し、日本だけが旧態依然の体制で取り残されている」と表明した。米国の最先端医療を知る中村教授の問題提起を日本の医療界はどのように聞くだろうか。(大家俊夫)
◆米大統領が個別化推進
今年で60回を数えた人類遺伝学会は稲澤譲治・東京医科歯科大教授を大会長に10月14〜17日まで東京都内で開催された。一時帰国した中村教授の講演は「プレシジョン・メディシン時代 これでいいのか、日本の遺伝子診療」と題して行われた。中村教授は『これでいいのか、日本のがん医療』(新潮社刊)を著しており、今回はその流れで新たな持論を展開した。
中村教授は講演で、「プレシジョン・メディシンとはゲノム情報を基に個々の患者さんの病気の性質に合わせて治療する個別化医療を意味する。オバマ米大統領が今年、『プレシジョン・メディシン・イニシアチブ』を発表し、全米を挙げて推進されている」と解説した。
中村教授によると、米国の場合、ゲノム情報を生かした医療が急速に広まっている。がんの治療に関しては「がんのリスクを予知して予防・早期治療につながるだけでなく、がんの治療薬の選択、意味のない薬剤投与の回避、画像では見つからないような段階でがんの転移や再発などの発見、新規のワクチン開発にも効果が見え始めている」と述べ、米国ではがん医療の選択肢や可能性が広がっていることを強調した。
そうした米国ではシカゴ大だけでも年間約200件の臨床試験が新規に実施されており、患者に常に新しい希望を与えている。一方、日本では「がんの標準治療という名の下で、マニュアル医療がまかり通っている。保険適用の治療法や薬が尽きると、無慈悲にも余命宣告が行われることもある」と現状を憂慮。ゲノム情報を軽視するだけでなく、医療の基本姿勢にも差が出ているという。
◆戦略をもって対応を
日本では一部の医療機関で乳がんへのかかりやすさを調べるための遺伝子検査が始まっているが、医療界全体ではゲノム情報をどう活用するか、コンセンサスは得られていない。
中村教授は「20世紀は『病気の治療』(メディカルケア)を確立し、21世紀は『病気の予防・重症化予防』(ヘルスケア)にシフトしている。患者にもメリットがあり、医療費も抑制できる」と指摘。その上で、「米国だけでなく、中国もゲノム情報の大切さに気づき、研究体制を整えている。日本も戦略をもって対応しないと世界から取り残される」と警告した。
同学会のテーマは「ゲノム情報をとおして人々の幸せに貢献する」と掲げられた。大会長の稲澤氏は東京医科歯科大の難治疾患研究所でゲノム情報を基に新しい治療法やヘルスケアに向けた研究を推進している。稲澤氏は「中村教授の言葉を日本へのエールと受け止めたい。日本での医療応用が適正に実施されるよう研究に邁進(まいしん)したい」と語った。
【用語解説】プレシジョン・メディシン(Precision Medicine)
オバマ米大統領が今年1月の一般教書で使うなど米国で急速に普及しつつある。直訳すると「精密な医療」になるが、米国では個々のゲノムの性質を考慮して医療を行う「個別化医療」の意味で使われている。従来あったオーダーメード医療の発展型ともいわれる。
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産経12月26日(土)7時55分配信
日本初の新元素 113番「ジャポニウム」有力 理研が発見、国際認定へ
113番元素の合成に使われた理化学研究所の装置=埼玉県和光市(理研提供)
すべての物質を構成する基本要素の元素は、どのような顔ぶれなのか。世界中の科学者たちが古来、追究してきた根源的な問いだ。見つかった元素を規則的に並べ、性質が分かるようにした周期表は自然科学における知の集大成ともいえる。その一角を日本が初めて占めることになった。
ウランより重い新元素は米国、旧ソ連、ドイツが発見を激しく競ってきた。米国は1940年に原子番号93のネプツニウムを見つけてから103番まで連続で発見し、その後はソ連と熾烈(しれつ)な争いを展開。80〜90年代はドイツが107番以降を6連続で発見して一時代を築いた。
米ソは冷戦終結後、共同研究に移行。今回の113番ではドイツも再現実験に協力しており、日本は孤軍奮闘の様相だった。米露独による独占の構図に風穴を開け、アジア初の栄誉を勝ち取る意義は大きい。
新元素は原子核研究の一環として作られる。米国は原爆開発の技術が基礎になったのに対し、理研は平和目的で研究を進めてきた。新元素の発見は一般社会にすぐに役立つわけではないが、万物の成り立ちをひもとく普遍的な価値がある。その国が科学の高度な技術と知見を持つことの証しでもあり、誇るべき成果だ。
日本はかつて二度、新元素の発見を逃した苦い経験がある。元東北大総長の小川正孝博士は明治41年、鉱石から43番を発見したとして「ニッポニウム」と命名したが、後に別の元素と判明し、幻に終わった。
理研の仁科芳雄博士は昭和15年、93番が存在する可能性を加速器実験で示したが検出できず、直後に米国が発見。その加速器は戦後、原爆製造用と誤認した連合国軍総司令部(GHQ)によって破壊されてしまった。113番は仁科博士の研究を受け継ぐチームが発見したもので、雪辱を果たした形だ。
ようやく誕生する新元素は、日本の科学界にとって百年越しの悲願達成となる。(科学部長 長内洋介)
拙ブログでは2012年9月にこの件の記事を書いています。ずっと期待してたのですが、ついに悲願成就です。
当時書いた内容がそのまま使えます。
元素というのは物質を構成する原子の種類で、昔に『周期律表』というのを習ったと思いますが、 水素H、ヘリウムHeで始まる横長の表です。
「 水兵リーベ僕の船」とか(唱え方はいくつもある) 丸覚えをしたものですね。 発見者に命名権があり、 祖国の名をとって有名なゲルマニウムをはじめ、アメリシウム、 フランシウムなどがあります。
日本には物理学者が多いのに日本の名を持つ元素がなかったのです。 上の周期律表の今回重要な部分をちょっと前の別な画像で置き換えますと、
あれ、113番のところに「ウンウントリウム」って変な名前がもう入ってる!
いいえ、大丈夫です。
「ウン」は1を、「トリ」は3を意味します。
つまり「113番目の元素」だと便宜上書いてあるだけなのです。
これら「ウンウン」のシリーズは、余りに重すぎて不安定。
だから1秒も存在することができません。
現代の科学は科学者が個人でコツコツ研究することはまず不可能で す。
大きな設備を持ち、組織をあげて研究するようになっています。
科学の物づくりに長けて、 チームワークが得意な日本人には有利です。
例えば115番とか、米露が発見したと主張しているものの、未だ確認されていない元素がまだ少数あります。
ついでに日本がこれらも貰っちゃいましょう! |
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昔はベビーフードなんて売ってなくて、母親は自分で食べ物をくちゃくちゃ噛んで赤ん坊に与えるのが当たり前でした。
虫歯が母親からもらう唾液中の菌による伝染病だったことも近年分かりました。
でも逆に、最近の小児って弱くなったと感じませんか?
もしかして昔は子供が自分の免疫力をしっかりと獲得するまで、母親が免疫を補給する自然の行為だったかもしれません。
事実、唾液中には免疫グロブリンという成分が存在することが分かっています。
免疫グロブリンの製剤は注射剤で既存ですが、経口製剤が開発できれば楽ちんです。
イグ・ノーベル賞ね。この方のユーモアのセンスは買います。
でも折角なにがしかのデータが得られたなら、イグ・ノーベル賞でチャンチャンは惜しいです。もし成功すれば、このマーケットはデカいです。
製薬会社さんは、検討してみませんか。
キスすると治癒力アップ…子供としても? イグ・ノーベル賞の木俣氏が講演
キスでダニやスギ花粉に対する皮膚のアレルギー反応が低減することを実証し、今年のイグ・ノーベル賞を受賞した大阪府寝屋川市のクリニック院長、木俣肇さん(62)が6日、大阪市内で講演し「キスで人間がもともと持っている治癒の力を引き出そうと思った。地道な研究が評価されてうれしい」と喜びを語った。
研究では、アトピー性皮膚炎などの患者に恋人や配偶者と30分間キスしてもらう実験をしたと紹介。「取り組みやすいように『美女と野獣』や『星に願いを』などムード重視のBGMを用意し、試行錯誤を繰り返した」と振り返った。
成果の公表後、ある女性から「主人とはキスしたくないが、子供とはしたい。効果はあるか」などと質問があったと明かし、笑いを誘った。
また、長年取り組んできた「笑い」でアレルギー反応を抑える研究にも言及。喜劇王チャプリンの映画が好きで、アレルギー性疾患の症状緩和に笑いが何らかの形で役立たないかと考えたことが、すべての研究の始まりだったと述べた。
イグ・ノーベル賞はユーモアにあふれた科学研究などに贈られる。木俣さんは日本笑い学会の会員で、講演は同学会が主催した。
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