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文楽の破壊者 橋下徹

伝統文化の継承に大切なのは理屈ではない。自分がどう思うからどうあるべきなど、おこがましい発言である。
橋下市長よ、あなたには文化を語る資格もない。
 
今後の在り方についての公開討論に文楽関係者の側が賛成しないからと言って、補助金を廃止するなどは蛮行である。公開討論というのは自分が得意なスタイルであり、一方文楽関係者は理屈ではなく、黙々と芸を磨いてきた。
雄弁に語れる人などいないのではないだろうか。
書簡を往復させてそれを公開するとか、他にいくらでも方法はある筈だ。
 
そもそも「自立」といって、商業主義を大々的に導入するなら、それは継承してきた精神文化とは別なものになる。
オーケストラに対する補助の減額についても同じことが言えるが、彼は芸術というものを理解せず、関心も示さない。
ならば、自分は直接関与せずに、専門委員会を作って任せなさい。
 
例えば中国で、京劇は文革の嵐を受けたが、今では厚い保護を受けている。
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橋下大阪市長、止まらぬ批判 「勉強不足では」文楽関係者も不信感

2012.7.27 23:16 産経
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文楽を観劇後、記者の質問に答える橋下徹大阪市長=26日夜、大阪市中央区の国立文楽劇場
 
 
 
 
 
 
大阪市の橋下徹市長の文楽批判が止まらない。27日には「人形劇なのに(人形遣いの)顔が見えるのは腑に落ちない」、前日には人気作「曾根崎心中」を批判するなど、わずか観劇2回で、文楽の様式や作品内容にまで発言がエスカレート。文楽には、人形遣い個人の魅力を楽しむため江戸時代から顔をみせるようになった歴史がある。観客動員の努力不足などを指摘する橋下市長の発言に一定の理解を示す文楽関係者らも「勉強不足では」と不信感を募らせている。(亀岡典子)
 
 橋下市長が国立文楽劇場(大阪市)で文楽を鑑賞したのは26日夜。その後、竹本源大夫さん(80)ら人間国宝の楽屋を表敬訪問した後の記者会見で、「『曾根崎心中』の脚本は昭和30年に作られたそうだが、ラストシーンがあっさりしすぎ。ファン獲得のために演出を考え直すべきだ」と批判。記者の「文楽のほとんどが江戸時代に作られた。それでも見直しが必要ですか」との質問に、橋下市長は「へえー、そうなんですか」と答えた。
 
 「曾根崎心中」は江戸時代に近松門左衛門が人形浄瑠璃のために書いて大当たりをとった。その後、心中が流行したため、幕府は心中物の上演を中止。ようやく昭和30年に江戸時代の脚本をもとに復活された。
 三味線の鶴澤藤蔵さん(47)も「『曾根崎心中』が作られた時代、経緯もご存じなかったようですし、ただ面白いものを作ればいいという考え方にはうなずけない」と戸惑う。
 
 橋下市長は、文楽の演出についても批判したが、そもそも文楽をはじめ古典芸能には「演出」は存在しない。長い年月の中でさまざまな人たちの手で磨かれた「型」があるからだ。
 
 さらに橋下市長は27日には、前夜見た舞台について「人形劇なのに人形遣いの顔が見えると、作品世界に入っていけない」と発言。これに対して国立文楽劇場の制作担当は「江戸時代から人形遣い個人の魅力が楽しめるよう、半透明の幕から人形遣いが見えるやり方をしていた。それが顔を出す原点」と説明する。
 
 人形遣いの桐竹勘十郎さん(59)は「文楽は、人形を遣う3人、そして人形という、全部の影かたちで一つの役。そこが他の人形劇とは異なるところ。根幹の部分でわかってもらえていない」と困惑する。
 
長年文楽を見続けてきた作家の有栖川有栖さん(53)は橋下市長について「文化行政に一石を投じた」と評価しながらも、「最近の相次ぐ発言は高い芸を磨いている文楽の人々を侮辱するもの。どんな芸術でも、一、二回見ただけでわかる人はほとんどいない。知識を深めたり何度も見たりしながら好きになっていく。もし、橋下市長のように『僕の感覚』で文化を取捨選択するなら、大阪ではその基準の文化しか残らない」としている。
能には「狂女もの」というジャンルがあります。 その代表作を紹介します 。
世阿弥の長男とされる観世元正の作です
 
日本人なら「春のうららの隅田川♪」 で誰もが知っている隅田川が舞台です。
きっと素晴らしい扇だと思われますか? いいえ、扇はありません。
代わりに何んと笹を持っています。イメージ 1
笹を持って歩くというインパクト!  
こういう方法で表現しているのです。
 
能 隅田川
あらすじ(狂女ものではストーリーの流れがとても大切です)
 
さらわれたわが子を尋ねて母親が一人、はるばる京から東国の隅田川までやって来た。
彼女は恋しい子を思うあまり狂人になっている。
隅田川の渡し守は、はじめは意地悪をして、母親を船に乗せないが、やがてその優しさにほだされ船に乗せてやる。
船に乗っていると向こう岸から弔いの大念仏が聞こえる。
渡し守はあれは去年京から来た人買いが病気になった子供を捨ててそのまま奥州へ下ってしまった、その子はそのまま死んだので、この土地の人が哀れんで念仏を唱えているのだと説明する。
母は、それが自分の捜し求めている子だと気づく。
舟が向こう岸に着き、皆で大念仏を唱えていると、やがて人々の声に混じって亡くなった子どもの声が聞こえて来る。そこで今度母は一人で念仏を唱えるが、……。
 
構成
シテ: 狂女、梅若丸の母
子方: 梅若丸の霊
ワキ: 隅田川の渡し守
ワキヅレ: 京都から来た旅の男
作り物:塚(その中に子方が入っている)
 
もしあなたが能楽師で、この能のシテを演じるとしたら、どの面を選びますか。それは自由です。
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 左が曲見(しゃくみ)、右が深井
  
狂女についてもっとお知りになりたい方は「能の物狂いについての研究」 を一読されることをお勧めします。
 
現代で言う精神病と通じるとも通じないとも言えます。
ただ、能の狂女にはビシッと通ったものがあります。
『蝉丸』(せみまる)というこれも有名な能の中に
こういう一節があることを紹介して締めくくります。
 
「狂女なれど、心は清滝川と知るべし」

 
 
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ!
  (能へのお誘い シリーズは「伝統芸能」書庫にあります)
今回はクイズから入ります。
この扇の絵は朝日でしょうか、夕日でしょうか?
ヒントはありません。感性でお答えください。
答えは、この後の文中にあります。
 
 
修羅(しゅら)とは、「醜い争いや果てしない戦い」の意味です。
私は 仏教についてはあまり知りませんが、当時の仏教では、
闘いに明け暮れる者は死後も永遠に闘いの無限の苦しみから脱する ことができない「修羅道に落ちるとされていました。
能では敗れた平家の武将の霊が現れて、源氏との戦いの様子、 修羅道での苦しみを訴え、
それが読経によって救われるという設定のものが多くあります。
これらをまとめて「修羅もの」と呼ばれています。
上の写真は修羅扇(しゅらおおぎ)です。
クイズの答えはお分かりですね、平家の運命を美しい日没で暗示しています。
 
能 清経(きよつね)
イメージ 2
あらすじ
平家一門が都落ちした後、都でひっそり暮らしていた平清経の妻のもとへ、家臣が訪ねて来て、
清経が入水したという悲報を伝え、清経の遺髪を渡しました。
妻は、再会の約束を果たさなかった夫を恨みますが、悲しみが増すからと、遺髪を宇佐八幡宮に納めてしまいます。
しかし、夫への想いは募り、せめて夢で会えたらと願う妻の夢枕に、
清経の霊が戦姿で現れました。
再会を喜ぶものの、妻は再会の約束を果たさなかった夫を責め、
夫は遺髪を返納してしまった妻の薄情をと、互いを恨んで涙します。
やがて、清経の霊は、死に至るまでの様子を語りながら見せ、
はかなく、苦しみの続く現世よりは極楽往生を願おうと入水したことを示し、
さらに死後の修羅道の惨状を現します。
そして最後に、念仏によって救われるのでした
 
構成
 登場人物
  シテ:平清経の霊
  ツレ:清経の妻
  ワキ:淡津三郎(家臣)
 場所:清経邸
 
動画
これも薪能です。単に撮ってきて流すだけではなくて、うまく編集した珍しい動画です。
家臣から遺髪を受ける。妻の夢枕に現れる。そしてキリの舞。
キリの舞は修羅道に落ちても闘いに苦しみ悶える様子、と仏法によって救われるという内容です。
この部分はなかなかの名文ですので、そのまま載せておきます。
 
さて修羅道におちこちの、立つ木は敵、雨は矢先、月は清剣、山は鉄城。
雲の旗手をついて。驕慢の剣をそろえて。じゃけんのまなこの光。愛欲とんいちつうげん道場。
無明も法性も。乱るるかたき。打つは波、引くはうしお。
これまでなりや。まことは最後の十念乱れぬみ法の舟に。頼みしままに疑いもなく。
げにも心は清経が。げにも心は清経が。仏果を得しこそ有難けれ。
 
能の扇
上の写真は負けた武将の持つ扇で、逆に勝った武将(勝ち修羅)のお話の能「田村」、「箙(えびら)」などでは「勝ち修羅扇」というのを使います。少し似ていますが、松と旭日を描いています。イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちなみに能で使う扇は骨が黒いです。黒骨(くろぼね)の扇は能のシテを演じるときだけで、
お稽古のときや仕舞を演じるときは、普通の骨の扇です。
 
 
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ!
 
  (能へのお誘い シリーズは「伝統芸能」書庫にあります)
この薪能については、特殊な能会なので、 ずっと先に述べるつもりでした。
しかし、7・8月には納涼の薪能があるとすれば、 間もなくチケット発売かも・・
行かれるのは大変結構だけれど、 どういうものかを一応知ったうえで行ってもらおうと思って
繰り上げて 記事を書きました。
イメージ 1
 
テレビなどでもたまに紹介されます。
‘幽玄の世界’がまるでお約束のような決まり文句です。
「幽玄」って何かと言うと、語意をいろいろ探してみましたが、「 物事の趣が奥深くはかりしれないこと」 というのがぴったりでしょうか。
能面はとても表現力があると、初回に書きました。
その能面がかがり火に照らされて、囃子の効果もあって不思議な感じになります。
電気の照明と違って、 燃えている火は瞬間瞬間に明るさが変るのですからね。
その様子をテレビなどのニュース記事を書く人はみ んな
自分の言葉で表現せずに「幽玄」 という便利な単語で済ませてしまいます。
 
実は私は薪能に少し心配があるのです。
薪能には初めて能を見る方も多く来られます。
特に安いチケットの場合は、
子供が走り廻ったり、近所の犬が吠えたり、近くの道をバイクが通ったり、
まあ、これは仕方ないとしても
アマチュアカメラマンが傍若無人に自分のライトを当てる。 フラッシュを炊く。
(ほの暗い場所でのフラッシュは、能面の穴から見ているシテにとっては目つぶし)
ひどいのは舞台の上にまで上がって撮影する。
まあ、これは私が見た特に酷い例ですが・・・
 
薪を燃やすのですから当然野外です。
社寺の能舞台なら結構な設営ですが、
広場に仮設の舞台を設営するような場合はご注意ください。
取敢えず雰囲気を楽しんでみようと思われる方は、どうぞ行ってみてください。
それはそれで楽しめます。
じっくり鑑賞したいと思われる方は能楽堂へ行かれることを お勧めします。
 
いずれにしても能を鑑賞に行くときは、 ネットで検索してあらすじは把握しておくのをお勧めします。
シテは能面を付けているので、また地謡はコーラスだから、
どちらも何を言っているのか明瞭には聞き取れません。
(ワキと狂言ははっきり聞き取れます。)
その能の謡本を取り寄せて見ても昔の言葉のまま筆書き(勿論印刷です) してあるので、
すぐに十分な理解ができるかどうか、そこまでは必要ないと思います。
 
薪能はこんなイメージ  動画(これは良い設営の薪能です)
 
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ!
 
  (能へのお誘い シリーズは「伝統芸能」書庫にあります)
「羽衣」のお話を知らない人はまずいないでしょう。
同様の伝説が、日本各地だけでなく東南アジアに広く存在するそうです。
日本人の祖先の起源をほうふつとさせるものでもあります。
 
能 羽衣
あらすじ
ある日漁師の白龍(はくりょう)が仲間と三保の松原を歩いていると、 松の枝に美しい衣がかかっている。 白龍は家宝にするため持ち帰ろうとする。そこに天女が現われ、 それは天人の羽衣であり人間の持つべきものではないから返してく れるよう頼む。しかし白龍は羽衣と聞き、思わず喜び、 これは国の宝としようと、ますます返そうとしない。 天女は羽衣がなくては天に帰れないと嘆き哀しむ。 その姿に心打たれた白龍は「 天人の舞いを見せてくれれば羽衣を返そう」と応える。 天女は白龍から返された羽衣を身にまとい、天上界の有様を舞い、 君が代の永遠を寿ぎ、さらには春の三保の松原を賛美しつつ、 やがて富士の高嶺に舞い上がり、霞にまぎれて消えうせていった。
 
シテ:天女
ワキ:白龍(漁師)   ワキツレ:漁師(二人)
 
考えてみれば、 衣を取られてあわてて海から上がってきたうら若い天女は裸の筈で 、そのまま漁師の白龍と返還交渉をします。
この能を鑑賞して「エロチックだなぁ」 と感じる人はまずいないのではないのではないかと思います。
エロチックな題材がここまで高められて清楚になる。
 
以下、ライブドアブログの雅勒の散歩路 という能面師「雅勒(がろく)」さんの記事を一部拝借・引用させて頂きました。
 
白龍 「でも衣を返したら、舞を見せずに天に帰ってしまうんだろ」
天女「いいえ、嘘は人間のもので、天に嘘は有りません」
この言葉に白龍は自分を恥じ、羽衣を返します。

http://livedoor.blogimg.jp/kgaroku/imgs/d/c/dc5ea738-s.jpg

白竜から羽衣を返してもらう天女 

http://livedoor.blogimg.jp/kgaroku/imgs/d/6/d6bc3803-s.jpg

天女は喜んで承諾し、返してもらった羽衣をまとい、
月宮殿の様子を表す舞や、 三保の松原の春の景色をたたえる舞いを舞いながら空高く昇り、 やがて富士の彼方、霞にまぎれて消えていきます。


能面
羽衣で掛けられる、 若い女性の面は流派によって異なります。

http://livedoor.blogimg.jp/kgaroku/imgs/e/c/ecb8ff95-s.jpg


観世流で使用される  若女


http://livedoor.blogimg.jp/kgaroku/imgs/2/2/2231df30-s.jpg

宝生流で使用される 《節木増 (ふしきぞう


http://livedoor.blogimg.jp/kgaroku/imgs/f/0/f0aa432e-s.jpg
金春や喜多流で使用される 《小面》(こおもて)


http://livedoor.blogimg.jp/kgaroku/imgs/2/4/24394f64-s.jpg


金剛流で使用される 《孫次郎 


 
舞は、曲舞→序の舞→破の舞→切舞 と舞い進めていく舞い尽くしの曲である。
 曲舞は謡いも静かに始まり、徐々に情感が高まっていき、かろやかな太鼓の打音と相まって、華やかな雰囲気を造る。 そしてその高まったテンションは破の舞によりさらに高揚し、 終幕の切(キリ)の舞へつながっていく。
 
キリの部分
キリとは「ピンからキリまで」のキリです。ピンは1、キリは切りつまり終わりのことです。
キリの舞はテンポが早いです。「キリキリ舞」という言葉もここからきたと思います。
 
あずま遊びのかずかずに。あずま遊びのかずかずに。その名も月の。色人は。三五夜中の空にまた。満願真如の影となり。御願円満国土成就。七宝充満の宝をふらし。国土にこれを施したもう。さるほどに。時移って。天の羽衣。浦風にたなびきたなびく。三保の松原浮き島が雲の。足高山や富士の高根。かすかになりて天つみ空の。霞にまぎれて失せにけり。
 
2分20秒くらいからキリの舞が始まります
 
 
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
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