くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

軍歌と戦時歌謡

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私が初めて軍歌「抜刀隊」を知ったのは、今でもとても尊敬する愛国の作曲家 黛敏郎先生が司会されていたテレビの音楽番組「題名のない音楽会」です。

kamikaze196212
この軍歌は西南戦争の激戦地「田原坂(たばるざか)」の戦いを元にしています。
西郷隆盛を押し立てて反逆の狼煙をあげた薩摩軍に対して。政府軍(官軍)が討伐に向かいました。政府軍は農民が主体なのに対して、薩摩軍は士族からなる軍で、白兵戦になると、めっぽう強いです。
そもそも薩摩と言えば、関ヶ原で西軍が破れて、東軍に囲まれた際には、藩主を守って文字通り死にもの狂いで包囲を突破した精強な士たちです。
これに対して政府軍は元士族の中でも剣の使い手を集めて「抜刀隊」を編成したのです。

この軍歌「抜刀隊」は日本最初の本格的な軍歌であるとともに、古今東西の軍歌の中でも極めて特徴的なのです。
それは敵の将と兵を讃えていることです。死を恐れない敵に恥じるな!と自軍の兵を鼓舞する進軍の歌なのです。

「軍艦マーチ」として一般に知られていますが、正しくは行進曲「軍艦」または「軍艦行進曲」です。
演奏だけが多いですが、元々立派な歌詞がついています。
歌詞(鳥山啓作詞)
  1. 守るも攻めるも黒鉄(くろがね)の
    浮かべる城ぞ頼みなる
    浮かべるその城日の本の
    皇国(みくに)の四方(よも)を守るべし
    真鉄(まがね)のその艦(ふね)日の本に
    仇なす国を攻めよかし
  2. .石炭(いわき)の煙は大洋(わだつみ)の
    竜(たつ)かとばかり靡(なび)くなり
    弾撃つ響きは雷(いかづち)の
    聲(こゑ)かとばかり響(どよ)むなり
    万里の波濤(はとう)を乗り越えて
    皇國(みくに)の光輝かせ
デュエットで歌っている部分は、もとは大伴家持の長歌から採ったもので、「海行かば」と同じです。

1501 RetCapt

三宅由佳莉さんが歌う行進曲「軍艦」

海ゆかば

私は暑い重苦しい夏のこの時期、いつも叔父の話を思い出します。
輸送船に乗って南方の戦場へ向かうとき、船が外洋に出た頃、大音響がして(軍医少尉だった叔父は自由な行動が許されているので)階段を駆け上がって、甲板に出て見た光景は。
船団の中で一番大きい輸送船が眼前で火柱を上げて海に沈みゆく姿でした。
もちろん敵潜水艦の魚雷の攻撃です。

弾の一発も撃つことなく、多くの人が亡くなった・・と、その辛く悔しい思いを会う度に私に話したのです。
叔父は幸いにも帰還できて、亡くなる間際まで老体に鞭打って多くの方の診療にあたりました。

多くの方が戦争で亡くなりました。飛行機を操縦して敵艦に体当たりした英霊のことはかなり良く知られるようになりました。
でも映像もなく、武勇もなく、逝かれた方もとてもとても多い筈です。
でも皆きっと同じ気持ちだったのではないかと想像します。

歌の中に「大君の辺にこそ死なめ」という部分があります。
物理的に天皇陛下に近くにいる人は限られます。
しかし心は自由です。
心は大君の近くにあって、日本のために亡くなられた多くの御霊にささげます。

戦艦武蔵をフィリピン中部海底で「発見」 米MS共同創業者が潜水調査 「菊の紋章、巨大な錨」
産経2015.3.3 19:51更新  

イメージ 1

ポール・アレン氏が短文投稿サイト「ツイッター」に掲載した、戦艦武蔵としている船首部分(下)と漢字が刻印されたバルブ

 【シンガポール=吉村英輝】米マイクロソフトの共同創業者で資産家のポール・アレン氏は3日までに、太平洋戦争で撃沈された戦艦武蔵の船体をフィリピン中部シブヤン海の海底で発見したと、短文投稿サイトのツイッターで明らかにした。水深約1000メートルの海底で同氏の潜水調査機が見つけたという。
 掲載された船首とみられる写真には、「菊(の紋章)と巨大な錨(いかり)」と説明がついているほか、バルブの写真では「開」「主」などの文字が確認できる。艦載機射出機などの映像も公表するとしている。
 海洋安全保障の研究などを行う公益財団法人「水交会」(東京都)は、武蔵の船体発見は「聞いたことがない」とし、関係者による映像の確認が必要とした。武蔵は昭和19年10月24日、シブヤン海で米軍機の攻撃を受け沈没。乗員約2400人中、猪口敏平艦長以下約1000人が死亡した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついに戦艦武蔵の船体がみつかりました。
私の子供の頃、各地から復員した方がNHKに自分の戦記を寄せて、毎晩ラジオで放送されていました。武蔵の最期についての放送も良く覚えています。
爆弾と魚雷を多数浴びた武蔵は前傾で浮いていましたが、敵襲が去った後に徐々に沈みはじめ、生存する総員が甲板に集合し退艦を始めるも、間もなく艦が大きく傾いたという証言でした。
大和が激烈に闘いながら没したのとは対照的な最期です。
退艦できなかった方や退艦しても救助されなかった方もおられます。
また救助された方も、武蔵が沈んだ事実を伏せるために帰国できず、次の戦いに組み入れられました。

今もご遺骨が艦内にあると思われます。
戦後70年の節目に発見されたということも不思議です。
とても深い海域ですが、何んとか日本人の手によって引き揚げてほしいものです。

私は軍歌や戦時歌謡を口伝で教わった世代です。
これらの全てが優れているとは言いません。凡作も少なくありません。
名作はどんどん広め、伝えてゆきましょう。
幸いにして、今の世は動画もあり、CDもあります。
軍歌も伝えるべき日本の誇らしい文化です。
 
 
軍歌「敵は幾万」
山田美妙斎作詞、小山作之助作曲
 
一、
敵(てき)は幾万(いくまん)ありとても
すべて烏合(うごう)の勢(せい)なるぞ
烏合の勢にあらずとも
味方(みかた)に正しき道理(どうり)あり
邪(じゃ)はそれ正(せい)に勝(か)ちがたく
直(ちょく)は曲(きょく)にぞ勝栗(かちぐり)の
堅き心(こころ)の一徹(いってつ)は
石(いし)に矢(や)の立(た)つためしあり
石に立つ矢のためしあり
などて恐(おそ)るる事(こと)やある
などてたゆとう事やある

二、
風(かぜ)に閃(ひらめ)く連隊旗(れんたいき)
記紋(しるし)は昇(のぼ)る朝日子(あさひこ)よ
旗(はた)は飛びくる弾丸(だんがん)に
破るることこそ誉れ(ほまれ)なれ
身(み)は日(ひ)の本(もと)の兵士(つわもの)よ
旗(はた)にな愧(は)じそ進め(すすめ)よや
斃(たお)るるまでも進めよや
裂(さ)かるるまでも進めよや
旗にな愧(は)じそ耻(は)じなせそ
などて恐るる事やある
などてたゆとう事やある

三、
破れて逃(に)ぐるは国(くに)の耻(はじ)
進みて死(し)ぬるは身(み)の誉(ほま)れ
瓦(かわら)となりて残る(のこる)より
玉(たま)となりつつ砕け(くだけ)よや
畳(たたみ)の上(うえ)にて死ぬことは
武士(ぶし)の為(な)すべき道(みち)ならず
骸(むくろ)を馬蹄(ばてい)にかけられつ
身(み)を野晒(のざらし)になしてこそ
世(よ)に武士(もののふ)の義(ぎ)といわめ
などて恐るる事やある
などてたゆとう事やある
 
 
良い動画が見つかったので拝借しました。
唄っている「陸軍戸山学校」というのは、現在の自衛隊体育学校と陸上自衛隊中央音楽隊の前身で、音楽分野の卒業生の中には團伊玖磨や芥川也寸志(芥川龍之介の三男)もいるとか。
この軍歌は自衛隊でも演奏されているということで、喜ばしい限りです。
 
さて、現下の日本は、反日勢力によって流布された虚構を次々打ち破って、本来の姿を取り戻しつつある途中です。
まだまだおびただしい敵がいます。
国民が意を強くして進めば必ず突破できると硬く信じています。

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