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新しく文化ホールなどがオープンしたとしたら、 そのセレモニーとなるその「こけら落とし」はたいてい、 翁と三番叟が行われます。 これらはお目出度いときに行われる儀式のようなものです。
元日に行われることもあります。
「翁は能であり、能でない」と言われます。
どういうことかというと、「翁」は能役者によって演じられる神事であり、 儀式であります。
能を格式という点からみれば、特別な位置にあるのがこの「翁」です。
面は普通の能面と大きく違って、口の部分で上下に別れていて、 紐でむすんである。眉はぼうぼうで長い髭という特徴がある。
この面を箱に入ったまま、舞台上に持ってきて、 何んと舞台の上で面を箱から取り出して装着する。 その瞬間に能役者は‘神’になると言われています。
すべてにおいて古式でおおらかな面である。
「とーとーたらり、たらりらー、たらり、たらり、たらりらー 」と謡います。
ストーリーはありません。
動画:八坂神社に正月能として奉納される翁 (全員正装しています)
翁は勿論おじいさんという意味です。
「尉」(じょう)とも言います。
「黒色尉(こくしきじょう)」という面もあって、狂言方による三番叟で使われます。
尉の字には鎮めるという意味もあります。
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ!
(能へのお誘い シリーズは「伝統芸能」書庫にあります)
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[再掲]の記事
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能には幽霊が出てくる演目がとても多いです。
幽霊といっても“ひゅーどろどろ〜” のお化けのイメージではありません。あれは江戸時代に丸山応挙が描いた絵の影響がとても大きいと言われています。
能ではこれとは全く別のイメージで、いろんな幽霊が登場します。
花の精であったり、平家の武将の霊(前回の「船弁慶」 には平知盛の幽霊)であったり、動物の邪悪な霊であったり、 様々です。
能の前半は、旅の僧などが不思議な体験をする・・ という設定。
実はその正体は〜の霊であった・・というのが後半のあらすじが多いです。
余りにも幽霊の出る能が多いので、能は「幽霊劇」 だという見方もできるわけです。
能舞台を正面から向かって見ると、左側に橋掛かり(はしがかり) という廊下のような部分があります。
後世には、この橋掛かりが花道になったと言われています。
前回(5/21)の「船弁慶」の動画をもう一度思い出してください。
平知盛の幽霊は幕が開いて橋掛かりをやってきます。( つまりあの世からやって来ます)
そして弁慶の唱えるお経の力に負けて、 橋掛かりを通って幕の中に消えます。(つまりあの世に戻ります)
橋掛かりはあの世とこの世を結ぶ橋なのです。
<舞台の図>
能「安達原」(あだちがはら)(観世流での演目名で他派では「 黒塚」(くろづか))
あらすじ
陸奥を旅する山伏一行が、 日暮れで一軒だけあったあばら家を訪ね、 泊めてもらうことになりました。
そこに住む女は、辛い浮き世の業から離れられない我が身を嘆き、 儚い世をしみじみ語ります。夜も更け、 女は夜寒をしのぐために薪を取りに行くと告げ、 留守中に決して自分の寝室を覗かないようにと念押しして出ていき ます。
ところが従者のひとりは我慢できず、 とうとう女の部屋を覗いてしまいます。すると、 そこにはおびただしい数の死骸が山のように積まれているではあり ませんか。女は、安達原の黒塚に住むという噂の鬼でした。
逃げ出す山伏たちに、正体を現した鬼が、 秘密を暴かれた怒りに燃えて追いかけ、取って食らおうとします。
しかし懸命の法力によって解脱することができました。
構成
前ジテ:里の女 後ジテ:鬼女 ワキ:山伏(祐慶) ワキヅレ:同行の山伏 アイ:随行の能力
主役(シテ)はこのストーリーの主の山伏ではなく、 その対象の里の女であり、鬼女です。
無論山伏も重要な役柄ですが、能ではわき役(ワキ)です。
演技として高い芸術性が求められているのは、里の女・ 鬼女だからこそシテ方が演じています。
般若について
般若はもちろん怖いですが、かといって モンスターのような存在ではありません。
「般若心経」 などで知られる仏教用語の「般若」にも深くつながります。
人間誰もが持っている「業(ごう)」の象徴です。執念によって般若になってしまった霊が、 読経の力によって最後は悟りを開き、 そして己の姿と行いを恥じて消えゆきます。 つまり般若はどこか人間らしさを少し残しています。
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ
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「船弁慶」(ふなべんけい)は断トツで上演回数が多い能です。
能には動きのゆっくりした演目が多いですが、この「船弁慶」はアクティ ブな動きが多くて、華やかです。
他にもこの「船弁慶」には能として、いろいろ特徴的なことが多いです。 それなのに一番上演回数が多いわけは、ストーリーを多くの人が大体 知っているし、難解さはゼロで誰でも(外人も含めて)親しみやすいから
でしょう。
あらすじ
源義経が兄の頼朝の迫害に追われ、静御前と別れて奥州に逃げるた めに今の兵庫県尼崎市の大物(だいもつ)から船に乗って航海します。
すると空が一天にわかに曇って暗くなり、かつて壇ノ浦で滅ぼした平知盛(たいらのとももり)の幽霊が現れます。 平知盛は貴族化した平家の中にあっては際立って荒々しい武闘派だったとされ、壇ノ浦で勇壮に闘い、最後を悟ると碇と共に海に沈んだとさ れています。その幽霊が恐ろしい形相で薙刀を持って恨みを晴らしに
来たのですから、義経一行大ピンチです。
能の構成
前半と後半にはっきりと分かれています。(こういう能が多いです)
前半は静御前との分かれの場です。 主役(シテ)は誰でしょうか?? 当然義経だと思うでしょう。 いいえ、静御前です。 後半の主役(シテ)は、これも義経ではなく、平知盛の幽霊です。
普通は前半のシテと後半のシテの全く違ったキャラクターを一人の能 役者が演じますが、交代するときもあります。
前半と後半の間には、狂言方の役者が土地の漁師としての設定で舞 台に出て、前半のあらすじをおさらいのように、説明してくれます。
この狂言方は能楽師ではなくて、狂言を専門に演じる役者です。発声 は能楽よりも現代語に近く、聞き取りやすいです。
後半はこの能の見せ場で、囃子方に太鼓も加わって華やかになります。
知盛の幽霊は義経を打とうと薙刀で襲い掛かります。 義経も刀で応戦しますが、それよりも武蔵坊弁慶が数珠をしゃらしゃら と揉んで義経を守りお教の力で幽霊を退散させます。
この能で際立って特徴的なことがあります。
義経を演じるのは子方(能役者の子供で既に練習を初めている)なの です。
数珠ひとつで薙刀に立ち向かう弁慶の強さを強調するために、壇ノ浦 で八艘跳び(次から次と舟を跳び移って戦った)をした勇猛な武将の義
経もこの能では敢えて少し非力なキャラクターとして描き、そのために
子供に演じさせるのです。
表現をとことん優先させる、何とシュールな描き方ではありませんか? 子供の義経が前半では恋人の静御前と別れを惜しむ様子に外人の観 客は???です。 それではyoutubeで後半の華やかな部分を見てください。
地方の神社での奉納の演能のようです。 奉納は神様に能を演じて楽しませることが目的ですから、入場料など はありません。
こういうラッキーなチャンスに出会えば能をタダで楽しむことができます。 富永神社祭礼能「船弁慶」その時義経少しも騒がず ↓
能は日本が世界に誇る仮面劇です。
日本文化よ、永遠にあれ!
能へのお誘いシリーズ
よろしければこのシリーズまだまだ続けます
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