くにしおもほゆ

羅針盤を見誤ることなかれ

文化

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一人静さまのブログ『儚い想い〜☆自衛隊と女子カメなワタシの自由日記☆ 』より転載させて頂きました。
皆様、身近にある伝統をお守りください。国を護ることにも一脈通じています。
 
(以下、転載記事)

360年の伝統ある川越まつり 1

先月に川越まつり会館に行って来た時の記事も添付しておきますね〜☆
http://blogs.yahoo.co.jp/koihitorisizuka/12746759.html

http://blogs.yahoo.co.jp/koihitorisizuka/12752008.html

川越まつりは10月18日と19日にありました(^^)
少しだけ行って来ました。

露店の多さにびっくりしました(汗)

山車が間もなく近くにやって来ます。

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白鳩が刺繍されている山車ですね

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保存会の方のステージでは様々なお囃子と踊りが楽しめます
笑い所を心得ていますね☆
お面だけで、十分にユニークなのですが〜(笑)

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ある程度の地区毎に楽しめる様です

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獅子舞に噛んでもらうと縁起が良いそうです〜

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通り沿いにかえる神社がありました
いつもあるのかは不明です(汗)
「かえる」には無事に帰る、若返る、等の意味があるそうですね。

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立派な山車が見えて来ました

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桃太郎ですね
「日本一」良いですね☆

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川越熊野神社があります
そして、小江戸川越銭洗弁財天もあります
こちらには、神話のカレンダーがあります☆


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蓮馨寺
蓮馨寺公式ホームページ
こちらが賑やかだったので行ってみました
昔ながらのお化け屋敷が、お祭りらしくて良いですね〜
こちらに今もあるのか分かりませんが、小さなお団子やさんがあり
美味しかった記憶があります☆
バイク関係の知人の親戚と聞いた様な〜(笑)
今回は、人が多くて、そこまで行けませんでした(汗)

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おびんずる様の指がなくなっていて可愛そうですね。
誰かの御役目を果たしたのでしょうか??

私も、いっぱいナデナデして来ました(^^ゞ
奥の方もでも違う方がナデナデしています☆
男性が入れる隙もなく女性が集まっていました(汗)

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羅陵王之面

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蔵造りを維持したお店が続きます。
地域で、そういった決まりがあるそうです。
建て直しも容易ではなさそうですね(汗)

こちらは亀屋さん
和菓子が程よい上品さで美味しいです☆
その先の銀行の造りが有名な所のお隣には、くらづくり本舗があり、どちらも最中から有名になったそうです。

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この辺りでも、ステージが設けられお囃子を聞いたり踊りを見たりする事が出来ました☆

狐さん〜
私も、昔は怖かったですが〜何故か今は大好きです☆

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連と付くのと保存会と少し区別がわかっていない部分もあるのですが
今頃〜私が山車の上で踊りたいと言っても、残念ながら無理だそうです(汗)

色々な方からお話を聞きながら〜
少しだけ〜一休みします〜☆
今回は、お友達と行きましたから〜
きちんと休むべき時は休みます(笑)
一人だと、つい夢中になってしまうのです(^^ゞ


国指定重要無形文化財/川越まつり
川越まつり公式サイト



2014/10             川越まつり(埼玉県)

彼岸花

ゴンシャン ゴンシャン どこへ行く
赤いお墓の 曼珠沙華(ひがんばな)
今日も手折りに きたわいな

ゴンシャン ゴンシャン 何本か
地には七本 血のように

ちょうどあの児の 歳の数

ゴンシャン ゴンシャン 気をつけな
一つ摘んでも 日は真昼

ゴンシャン ゴンシャン なし泣くろ
いつまで取っても 曼珠沙華
曼珠沙華

恐や赤しや まだ七つ
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(ゴンシャンとは良家のお嬢様の意味です。)
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                          この画像はネットからお借りしました。  
 
私は若い頃に北原白秋に傾倒しました。
「邪宗門」も好きです。「思ひ出」も好きです。
今でも白秋は凄いと思っています。
童謡も新民謡も白秋の作だと気付かれないままに、沢山歌われています。
この詩は「思ひ出」の中の「曼珠沙華」です。
 
白秋は過ちを犯して死のうとしたことがあります。そのことがきっかけになったのでしょうか、生と死の簡単な裏返し、命の不思議さのようなものを常に意識していた、または潜在意識にあったように感じます。
 
道端に、田の畔に、彼岸花が咲いています。
私も近寄っては、赤い糸のその強い赤さに驚かされます。
 
お彼岸ですね。
 
         (我流の詩人評論ですみません)
カマちゃん様のブログ『美し国(うましくに)』より転載させて頂きました。
 
(以下、転載記事)

美し国 日本 京都二十四節気 白露(はくろ)









局地的豪雨に遭われた被災地の皆様にお見舞い申し上げます。
引き続き気象情報にも注意なされてくださいませ。

拙ブログにご訪問いただきありがとうごいざいます。
日々美し国に生(せい)をうけたことを先人・先祖に感謝いたしております。
美し国、四季のある国、日本。
桜が咲いてそして散り、梅雨には雨が降り、夏には穀物が成長し、秋には紅葉が散ること、そして冬には雪が降ること。
春夏秋冬、季節折々の表情を見せてくれます。
しかし、時には大自然が牙を剥き災害になります。それでも我々の祖先は災害を恨むことなく神の怒りだと身を律し、自然を崇拝し、ともに生きてきました。近年科学の発達とともに自然に対する畏敬、感謝のこころが希薄になってきたのではと思うのは筆者だけでしょうか?

我々日本人は、往古の昔より、その美しい自然の変化を、明治まで、二十四の季節に分けて愛でてきました。

私たの祖先が使ってきた旧暦の中では、二十四の季節に沿った年中行事や風習と共に、風雅な暮らしを楽しむ工夫や知恵があり、現代の日本人にない潤いのある生活を営んでいたように思います。
それと同時に、永遠にめぐる四季のなかで移ろい変わっていくものと、その変化の裏側にある不変のものを感じとり長らく愛したのです。

古いものを捨て、新しいものがあふれていく現在社会のなかで、古くから日本にある伝統を見なおすこと。それは、移ろう季節のなかから不変のものを­みつけだすことと似ています。そしてその不変のものを大事にしなければなりません。時代が変わろうとも日本人の本質は変わってはならないものです。

ますます季節感が失われていくなかで、二十四節気の暦をつうじて、自然の変化を敏感に感じとれる繊細な感性と伝統の素晴らしさと­、それとともにある大切な文化をつたえていきたいものです。

その四季折々の美しさに触れるとき、自然のなかから生まれてくる、この国の美しさを改めて見つめ、「美」と「伝統」にめぐり逢え­る誇りとよころび、祖先・先人が大切にしてきたもの、それらを共有していきたいと筆者は願ってやまないのです。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。

新暦の9月7日〜22日頃、大気が冷えて来て、露ができはじめる頃を白露(はくろ)と言います。


露草〜白露の自然〜
秋の明け方は気温が下がり、空気中の水蒸気が凝結して露が降りやすくなります。
この「朝露」は、日差しとともに消えてしまうことから、古来、儚いもののたとえとされ­てきました。路傍で可憐な花を咲かせる「露草」は、朝開き、日差しとともにしぼんでし­まいます。その儚さが朝露を連想させるとして、「露草」と名付けられたという説があり­ます。
露草の色素は水にあうと跡形もなく消えることから、染物の下絵を描く絵具として使われ­ました。古くは「月草」とも呼ばれ、人の心と同様に「移ろいやすいもの」として、多く­の和歌に詠まれています。

中秋の名月〜白露の暮らし〜
旧暦8月15日の月(十五夜の月)は「中秋の名月」と呼ばれ、昔からその美しさが愛で­られてきました。
先人は風流を愛で、その気風は今日にも継承されています。
筆者がかって暮らした千年の都、京都ではこの夜、紅絹(もみ)の小裂(こぎれ)で糠袋(ぬかぶくろ)を縫う習わしが­あります。月明かりを頼りに縫うと、裁縫が上達すると言い伝えられてきました。糠袋と­は米糠を入れる小袋で、石鹸がなかった時代、顔や体を洗う道具として使われました。特­に紅花染めの絹(紅絹)で作った糠袋は洗顔すると肌が美しくなるといわれ、重宝された­ようです。
往古の昔の女性たちは、完璧な月に様々な祈りを込めていたのかもしれません。


神を崇(あが)め、神に祈り、和(なごみ)を尊し、清明心を大切にしてきたわが国は「美(うま)し国」です。


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳(せいじゅばんざい)


動画、一部の文章は京都市中を走る、京福電気鉄道(株)より引用、加筆、参考にさせていただいてます。

白鷺城ならぬ白すぎ城!? 「平成の大修理」後の姫路城に市民ら驚愕

2014.8.13 10:42 (産経)westライフ
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平成の大修理がほぼ完成した姫路城大天守(奥)。約10年前に行われた乾小天守(手前左)や西小天守(手前右)ではすでに漆喰の変色が始まっている=兵庫県姫路市本町
 
 「白すぎる」「きれいだけど何か変」。平成の大修理が進む世界遺産の姫路城(兵庫県姫路市)で、工事用建屋の撤去が進み大天守(地上6階、地下1階)の姿があらわになるにつれ、市民や観光客から驚きの声が寄せられている。白さの訳は独特の施工方法にあり、関係者は「壁だけでなく屋根までも純白に生まれ変わった白鷺(しらさぎ)城ならぬ“白すぎ城”こそ、城の本来の姿だ」と胸を張っている。
 設計監理を務める公益財団法人「文化財建造物保存技術協会」(東京)の加藤修治所長によると、姫路城は「白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめづくり)」と呼ばれる壁や窓の格子だけでなく、瓦の継ぎ目(目地)にまで漆喰を塗る工法を用いている。江戸時代までの天守が残る全国12城のうち、同様の工法を用いているのは姫路城と松山城(松山市)のみ。「目地が盛り上がっているため、角度によっては灰色の屋根瓦が隠れ、屋根全体が真っ白に見える」と解説する。
 一方、漆喰は黒カビが生じやすく、通常は数年間で黒ずんで白さが徐々に失われるという。平成14年の西小天守(にしこてんしゅ)と乾小天守(いぬいこてんしゅ)の修復直後、両小天守は美しい白さを誇っていたが、今では大天守の白さを際立たせる“脇役”だ。そこで、平成の大修理では、黒カビの繁殖を抑えようと、防かび剤のコーティングを施した。
 
 同協会によると、50年前の「昭和の大修理」(昭和35年終了)とは防かび剤を加えた点が異なるだけで、ほとんどが同じ工法だ。
 ただ、見物客の反応はさまざまだ。東京都港区から訪れていた主婦の石川美鈴さん(23)は「白いお城はきれいだけど、少し違和感もある」と話す。
 一方、昭和の大修理直後の姫路城を知る同市の桑元良雄さん(82)は「若い頃見た姿そのもの。時代とともに古さの味も出ていたが、やはり白が一番似合う」と笑顔を見せる。
 姫路城は27年3月27日の公開再開に向け作業が進む。加藤所長は「防かび剤も万能ではないので、数年で黒ずみが生まれてくると思う。今と同じような白さは恐らく50年後の次の大修理後まで見られない。ぜひ今のうちに訪ねてほしい」と呼びかけている。
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国宝姫路城、別名「白鷺城」としても有名です。こちらは修理前の画像。
 
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確かに白くなりましたね。
人の心は見慣れない物を直ぐには受け容れません。戸惑う人達の気持ちも十分に分かります。
評価は人によるでしょうが、私は、古来の工法であって文献に基づいていているなら、これも良しと見ます。
創建当時の人々の驚きが目に見えるようです。
 
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昔は今よりも遥かに多くのシラサギがいて、人々が城の白さを白鷺に例えたのもうなづけます。色彩は生活する身の周りに豊富にあったのです。
 
参考の拙記事:『「あさぎ色」を知ってますか
 
私が子供の頃に京都にもあった進駐軍のキャンプが引き上げました。
植物園をキャンプとして接収していたもので、見にいくと、建物はどれもこれも白ペンキで塗りたくられた異様な風景だったことが今も印象に残っています。
アメリカ人にとっての自然とは克服するもの、日本人にとっての自然とは、自らも調和するものなのです。
 
白鷺城は今の白さも次第にくすんでいって、次の50年先にはもっと素晴らしい技術(伝統を保持しつつもカビを全く寄せ付けない)での改修が行われると期待します。
それが日本の技術の特徴です。
 

艶やかな朱色〜京都御苑内の京都御所☆見学2

今回は 京都御苑 内にある 京都御所 の続きです(=^_^=)

日本の伝統色名である朱色。
とても綺麗でした☆
承明門からアップします

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紫宸殿が見えます

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檜皮茅葺屋根実物の模型がありました

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日華門


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清涼殿 へと入って行きます

右のに呉竹
左に漢竹

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清涼殿御帳台

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清涼殿東庇、右手奥に昼御座と御帳台が見える

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素晴らしすぎて声が出ません

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小御所に入って行きました


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可愛いネジバナが咲いていました

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御池庭
美しい橋ですね

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蹴鞠の庭

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絵に描いた様な庭園です

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御常御殿
室町時代以降、天皇の日常の生活の場として使われた御殿で、明治天皇は、東京にお移りになるまで
ここをお使いになっていた。
京都御所内で内部は15室からなっている。
(一部抜粋)

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緑が美しい御内庭

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御三間
昔はA4サイズまでの大きさの紙しかなく綺麗に貼りあわせたそうです

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名残惜しいのですが〜時間ですので京都御所を後にしました

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京都御苑には紫陽花がわずかに咲いていました

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おみやげ屋さんも雰囲気がたっぷりです

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タクシーで二条城から行きますと、こちらで降ります
メーターが無いとの事で「千円頂けますか?」と言われました

観光タクシーには気を付けないとですね〜
あれれ??
メーターがないタクシーなんて無いでしょう??
って後から思いましたが、これも旅の思い出話ですね(笑)


素晴らしい京都御所でした
雨で余り上手く伝える事が出来ませんでした
また、御苑も散策したいので〜
「また、いらっしゃい」という事かも知れないですね(^_-)-☆




2014/07                   京都御苑内 京都御所 

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