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目的の70%は五輪メダリストの鈴木聡美さんです
基地がある遠賀郡芦屋町と彼女の故郷遠賀町は南北のお隣同士です。
観閲の壇上から就任のあいさつ ジープに乗ってパレード
テレビで見るよりはるかにきれいで可愛い女性でした。
ちなみに左側の女性は本物の基地指令である空将補です。
芦屋基地は戦闘機はいませんから、比較的温和な雰囲気があります。
お祭りの模様は追って…
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飛行機シリーズ
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詳細
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機体の材料に炭素繊維を使っていて、翼や胴体など全体の20%が日本製です。
翼の先端のウイングレットが主翼と一体的になって、大型鳥類の羽を思わせる形です。
とは言っても
B−757 ↑ B−777 ↓ B−767
過去の旅客機のシリーズを見ても、
性能では格段の進歩をしていますが
素人目にはあまり代わり映えせず、
ワクワク感を覚えないのは私だけでしょうか。
それに比べて50年前は
B−377・ストラトクルーザー 2階建 サロン・2段ベッド ダグラスDC−4
左:ロッキードL749・コンステレーション
昔の飛行機は、自分たちは無縁のものであったが
眺めて楽しめる要素が沢山あったような気がします。
B377は、豪華旅客機で、
マリリン・モンローとジョー・ディマジオが新婚旅行で
来日した時に乗ってきました。
ハワイとウェーク島で給油しながら太平洋を横断
したのですね〜
余禄; 787 と言えば、これ!
JR九州 787系特急電車「有明」
おなじみの鉄道デザイナー水戸岡氏設計です。
鹿児島本線特急「有明」としてデビューし
新幹線部分開業で「リレーつばめ」となり
全線開業で日豊本線特急「ソニック」に転身
787つながりでした!
注記;画像はエアラインのHP並びにウィキペディアより転載しております。 |
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A300は、欧州連合企業のエアバス・インダストリー社が最初に製造した航空機です。
双発では初の広胴機で、搭乗定員が300名であるところから、A300と命名されました。
日本では、東亜国内航空(後に日本航空と合併)が1981年(昭和56年)に導入しました。
東亜国内航空→日本エアシステム時代の塗装 日本航空での現在の塗装
エアバス社のデモフライト塗装を引き継いでいます。
この旅客機の就航間もなく、福岡から鹿児島空港まで乗ったことがありますが、
日航機の羽田着水事故直後だった影響で、乗客は20人程度と極端に少なく、
事故では後部座席の乗客が助かったので、皆が後部座席に座わり前方250席以上は空っぽでした。
このキーホルダーは、A300の就航を記念して頂いたものです。
エアバス社のレインボーカラーのメダルがついています。
七宝の黄色とオレンジ色は剥げ落ちてしまっています。
このキーホルダーを30年も使っているのかと、
今更ながら月日の経つのが速いことを実感しました。
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那覇&ホノルルから最終フライト
成田空港に到着したホノルル便 3月1日 SNS・HPから転載
ジャンボの愛称で親しまれた、日本航空のボーイング747が引退して姿を消します。
便数より輸送量を優先したことで、世界一のジャンボ機保有(111機)だったのですが…
大量輸送時代の幕開けの象徴で、1970年に導入されましたが、燃費が悪い欠点で
引退に追い込まれることになりました。
導入初期の日航ジャンボ B747-100 JALhistryより転載
ジャンボジェット機は導入から40年の歴史がありますが、その間に改良された
機種が沢山あります。 2階席が長くなったり、エンジンが低騒音に改良されたり
しています。 日本仕様の特徴は、足回りを強化した国内線用SR機ですね。
東京出張はほとんどジャンボでしたが、アメリカに行ったらジャンボ機を見かけない
のが不思議でしたね。 アメリカ国内は、中小型機を頻繁に飛ばすということでした。
客室乗務員がドイツ人女性だったのも驚きでした
左はその時のケネディ空港搭乗待合室です。
土曜日だったで成田行きは2便ありました。
先発の1機がターミナルを離れて出発しています(右)。
2008年に消えていたのに、また復活ですか〜
私はこちらが好きですね〜
今のマークは、エネオスガソリンスタンドと同じだからね(--;
欧米では鶴は不吉な鳥と言われているから変更したのに
大丈夫でしょうか…
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