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三日ほど経つと、リンディアは目に見えてやつれていた。 白い肌は同じ白でも青白く、頬の薄紅色は消え失せている。明るい空色の瞳は精彩を欠 き、何より日がな一日うなだれている様が、まるでお伽話に登場するお化けのようであっ た。 さすがの楽観主義を誇る父親ルーガも眉根を寄せた。そして、族長会議に出かける間 際、気の置けない補佐役である右竜と左竜をわざわざ呼び寄せた。 そんな周囲の心配をよそに、さらに数日が過ぎた。 リンディアはため息も出尽くしてしまい、胃の腑をじんわりと締めつけられるような痛 みと息苦しさにぐったりとしていた。 日ごろ子どもたちの溜まり場となっている小さな広場の端に立つ木の下で、両膝を抱え るようにして座ったリンディアは自分の短慮を後悔した。膝に頭を凭(もた)れて横目に 地面を眺める。そうして思うのだった。 ――ひどいことを言われたからお返しをしたいだけなのに、どうして私が苦しくなるん だろう。 雑草を力なく引き抜く。雑草は風に乗っていってしまう。 ――イオン兄さんは帰ってこないし、今はお父さんも仕事でいない……。いつまでこん な思いをしなければならないのかしら。 つらい――。そうはっきりと自覚したときだった。すっかり萎(しお)れた少女の頭上 に、人影が覆いかぶさった。 「おい、リンディア・レクス」 どこかで聞いた声だった。高くも低くもない少年の滑らかな声。気だるい中、のろのろ と顔を上げてみれば、すぐ近くに夕闇色をした美しい一対の珠(たま)があった。それ は、黒色に微妙な青色が混ざった、どこかほっとする透明感を持った双眸であり、リンデ ィアはその持ち主の顔を認識すると、たちまち目を丸くした。 「ソル……」 「い、いきなり顔を上げるな。起きているならさっさと反応しろよ」 ソルという少年は、応答のないリンディアを覗き込んだところ、急に顔を上げたので驚 いたようだった。彼は黒竜族らしく小麦色の肌と太陽に愛されたような輝く金色の髪をし ており、どこかリンディアの父親を彷彿(ほうふつ)させた。違うところを挙げるとすれ ばその紺碧の双眸で、いつでも正面を見据えた瞳は善と悪をくっきりと分かつ強い光を内 包していた。 「どうしたの?」 「どうしたのって、お前……どこまで天然なんだ。その、お、俺は、お前の様子がおかしいって噂になっているから。だから、その、なんだ、あれだよ」 膝を抱えたリンディアがやつれた顔で瞬きをすると、いたたまれなくなったソルが唇を かみ締めた。そして、意を決した表情でぐいとリンディアの空色の瞳に近づくと、柳眉を きりりと逆立て、はっきりと言った。 「この間はひどいことを言った。俺が悪かった。――許して欲しい!」 リンディアの耳に確かに言葉が届くと、同時に一陣の強い風がリンディアの正面から吹 きつけてきた。当然、リンディアの目の前にいたソルが風に背中を突き飛ばされる形にな り、危うく少女の額に頭突きを食らわせてしまいそうになるほど接近した。 リンディアは、少年が半分のしかかってきたことよりも、その言葉に驚愕し、かみ締め ては何度も心中で反芻(はんすう)していた。 「なんだよ。また思考回路停止か? 許してくれるのかくれないのかはっきりしてくれ」 またもやすぐに反応のない少女に苛立ったソルが体を起こし、彼女の顔を見て驚愕し た。 「な、泣くなって! いや、俺にそれを言う権利はないが――でも、泣かないでくれ!」 たったひと粒、リンディアの空色の瞳から透明な雫がわきあがっていた。それが頬に零 れ落ちてしまうと、それと同時にリンディアは自分の感情が温かなものに変化していくの をしかと感じ取ったのだった。 「ありがとう、ソル……」 その言葉を発するのが精一杯だった。 一気に負の感情から解放された爽快さに、リンディアの口元には数日ぶりの笑みが戻っ ていた。 もう、いやなことを考えなくていいのだ。また、ソルといつもどおりに友達でいられ る。 そう思うだけで、押しつぶされそうなほど重たかった石が胸の内から消えてなくなって いた。 逆に、謝罪して感謝されてしまった少年といえば、顔を真っ赤にしてリンディアの空色 の瞳に見入ってしまい、そして、本当に本能的に、リンディアの肩に手をかけようとした その瞬間だった。 嫌味なまでに洗練された咳払いに続き、ソル少年の頭上に人影がずいとのしかかった。 「イオン兄さん!」 明らかにリンディアの声に生気が蘇(よみがえ)っていた。ソルの目の前からするりと いなくなり、黒竜族では知らぬ者などいない、美形青年イオン・カエルラその人に人目も 憚(はばか)らず抱きついていた。 「リンディア、少し痩せたね。でも、その様子だと問題は解決したのかい」 リンディアをきつく抱きしめたイオンは、これ以上ないほど優しい声音で問いながら、 立ち上がったソルをちらと一瞥(いちべつ)した。その眼差しはおとな気なくも少年をけ ん制するものだった。 「ええ。ソルのお陰よ。よかった……イオン兄さんに会いたかったの」 リンディアは涙が溢れそうなのを堪えながら、イオンの顔を見上げた。そして、蛇に睨 まれたかのごとく呆然としているソルを振り返り、今度は晴れやかな笑顔を見せ、こう言 ったのだ。 「私のこと助けてくれて、ありがとう!」 初夏の青空に白い雲が、太陽の光を吸い込んで輝きを増したようだった。 ――おわり―― ええと、終わり方に疑問はありますが、なんとか終わりました。 リンディアのケンカは自分との戦いであったかと思います。 こんな子ですが、私は好きです。 (←自分で言うなって(^^ゞ) |
リンディアの物語(読切)
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――混血のくせに風を操りやがって! その少年は、次期黒竜族長の資格を持つ者であった。つまり、生まれつき風の精霊を自 在に操ることができる、ウォルド王国でも稀有な存在なのだ。 しかし、彼が生まれた数年後、風の精霊を友とするリンディアが生まれた。当然、リン ディアは子どもたちの間でいじめの対象になったのだが、持ち前ののんびりとした性格が 幸いしてか、他人に対して負の感情を持つようなことはなかったのだ。 それが、少年の嫉妬の一言だけはどうにも許しがたく、今も朝食を口に運びながら、ど うやって少年に己の発言を撤回させようか悩んでいた。 「リンディア。思考回路が止まっているのか?」 溺愛する娘に言う言葉ではないが、食卓の向かい側で気持ちよく朝食を平らげた父・ル ーガが、首を軽く傾げた。 見かけはぼんやりとしているように見えるが、心中でリンディアは必死だった。それは もう甘い甘い林檎の砂糖漬けを、眉間にしわを寄せて咀嚼(そしゃく)するくらいに。 そうして、苦々しい表情のまま一日が過ぎた。 次の日――。 やはりリンディアは報復する方法が思い浮かばないまま、考え続けていた。 「リンディア、何かあったの?」 イオンの伯母であり、女性でありながらも族長補佐職「右竜」を務める・リノンが、怪 訝な顔つきで問うた。 「体の調子でも悪いのか?」 今度は、頼りになる大男、「左竜」のギルウスがリンディアの白い額に分厚い手のひら を当ててみる始末だった。 ――リンディアがおかしい。 周囲の人間たちは、難しそうに何かを考え込んでいる少女をいよいよ心配し始めた。 それでも、リンディアは考え続けた。 力では敵わないし、痛い思いはしてほしくないので、暴力に訴えることははなから除外 していた。 では、風で対決? いいや、大切な友達をこれから売りに行くケンカに巻き込むわけに はいかない。 ならば知力戦。それもだめだ。なにせ、相手は次期族長としての教育を受けている。い つでも甘やかされてぼんやり育っているリンディアが勝てるはずもない。 「どうしたって勝てない」 考えすぎたリンディアは、急にイオンに会いたくなった。頭脳明晰で、優しいイオンな らば、きっとリンディアに良い知恵をくれるにちがいない。 イオンに会いたい。 リンディアは、自ら少しずつ「報復」という負の感情にのみこまれ、独り目に涙を浮か べていたのだった。 彼女はまだ気付いていない。他人を陥れる行為がいかに己自身を貶(おとし)めること になるのかを。 ――つづく―― あともうちょっとです!ちゃんと終わらせますので!「読みきり」 なのに〜(^^ゞ |
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初夏の双竜山の朝は、ひんやりと全身に心地好い空気が静かに佇んでいる。 小川のせせらぎが聞こえる中、早起きの鳥たちが羽ばたけば、木々の葉から朝露が飛び 跳ねいかにも涼しげだ。 そんな双竜山の中腹にある黒竜族の里で、陽光に満たされた薬草園の草花の合間からひ ょっこりと蜜色の頭が覗いていた。 白い丸顔に薄紅色の頬が愛らしい、十歳のリンディアだった。研究員として忙しい兄と 慕うイオンの代わりに、薬草園の雑草抜きを朝の日課としているのだ。今日も朝食前にひ と働きしているところである。 が、その表情は天真爛漫な少女らしくもなく不機嫌色に彩られていた。唇をへの字に曲 げ、眉間にしわを寄せしゃがみこんでいる。雑草を乱暴に引き抜いては辺りに適当に放っ ているさまは、まさに拗ねた子どもであった。これは、たびたび思考回路を停止させるく らい感情の起伏が穏やかな彼女にしては、とても珍しいことだ。恐らく、鳥が枝から足を 踏み外して地上に落下するくらいには珍妙な出来事であるはず。 リンディアは草を抜きながら昨日の出来事を思い出していた。 ――混血のくせに風を操りやがって! 里の少年に言われたこの一言が、いつまでも腹立たしくリンディアの心中にくすぶって いた。 リンディアは何を思ったのか、草抜きの手を止め、おもむろに立ち上がった。強く独り 言を呟く。 「やっぱり許せない」 立ち上がり、胸を張った少女の表情は凛々しく、太陽の化身のような父親・ルーガの面 影がはっきりと見て取れた。このような表情のときのリンディアはたちが悪く、頑なに意 志を曲げようとはしなかった。 つまり、不愉快な発言をした少年に報復することを、今ここに決めたのである。 十歳のリンディアの固い決意の頭上で、愛らしい小鳥が少女を応援してさえずった。 のどかな黒竜族の里の、ある朝の出来事である。 ―つづく― 読みきりのはずなのに、続いてスミマセン(^^ゞ なるべく早くまとめますので〜〜。 |
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