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ちょっとした番外編です。読みきりなのでいつもより長めの文章ですが、 これ一話で終わっていますので(^^ゞ 北国であるウォルドにも、匂やかな花々が咲き乱れる季節がきていた。
キャメロット公爵家の広大にして瀟洒(しょうしゃ)な館は、まさに春の恩恵を受けてお
り、庭師によって手入れされた目にも鮮やかな色合いの花々が、整然とその存在を主張していた。 しかし、キャメロット公爵家の「花」といえば、人々はこういうだろう。 ――薔薇の姉妹、アレーナとロシーヌ――と。 「ああ、私のロシーヌ。今日も一段と愛らしい」 そう言いながら、回廊で大仰に両の腕を開いて感嘆の声をあげたのは、キャメロット公 爵家の長女・アレーナであった。性格は父親似で男勝りであるが、涼しげな目元が知性を 感じさせる細面の麗人だ。十二も歳の離れた妹・ロシーヌを溺愛している彼女は、日課の ごとく妹に賛辞を呈しては、宝珠たる小さな唇に親愛なる挨拶をするのだった。 妖精の紡いだ極上の糸とも見紛う白金色の豊かな髪の少女は、あどけない表情で尊敬す る姉を見上げた。 「おねえさま。わたくしも八歳ですもの、本当のご挨拶はお口にするものではないことく らい知っていてよ」 すこし背伸びをした口調とコマドリのような愛くるしさが幼さを強調し、少女の姉をま すます喜ばせてしまったことに本人は気付くはずもない。 「私の真珠。どこでそのような凡庸(ぼんよう)な常識を? アンヌか」 アレーナがロシーヌの後ろに控えていた侍女を悪戯に軽く睨むと、その意味を正確に捉 えた侍女が、無言で頭を下げた。 しかし、幼いロシーヌは侍女が叱責されたと思い焦ったのか、アレーナにしがみついて 頭(かぶり)を横に振った。 「ちがいますわ。ロシーヌは自分で知りました」 「そのように必死な様がまた愛らしい。冗談を言ってお前を困らせた姉を許せ」 アレーナは笑いながらロシーヌのやわらかな体を包み込み、あっさりと謝罪した。 こうしていつものことながら、姉妹の一日は始まるのだった。 所は変わり、仲の良い姉妹は、散歩をかねて庭園の花々を観賞しながら談笑していた。 「それで、ロシーヌは私に何か用があったのではないか」 アレーナが一番に好んでいる薔薇の前まで来ると、そう切り出した。ロシーヌの様子が いつもと違い、何かを言いあぐねて俯いていたからだった。 「どうした、姉には何でも話せ。可愛い妹のためなら、神にも歯向かう覚悟はできている」 薔薇の濃厚な香りが春風に煽られると、アレーナは、ロシーヌと同じ冬の湖のような青 い瞳を細めた。 ロシーヌがぽつりとこぼした。俯いたままで、あまり元気がない。 「おねえさま。今日も翼竜のおせわをしに行くのでしょう」 「そのことか。いつも言っているであろう――危険は承知、しかし、みすみすそれに晒される気はない。安全策はとってあるのだ。案ずるな」 「なぜ危険な翼竜を……」 ロシーヌの問いに、アレーナは深く肯いて答えた。 「賢いそなたにはいずれ分かるであろうが……。我が国の大地の力は衰え始めている。それはすなわち、魔法王国としての未来に暗雲をもたらしているということだ。ウォルドの未来は、五大竜以上の竜の復活によってこれから大きく左右される。最盛期には、今は虚像と化している四公爵家の守護竜も、その存在が確かにあったという」 「では、翼竜を飼わなくても、五大竜以上の竜をさがせばよいのではないですか」 アレーナは、八歳という幼さながら大人顔負けの才気を備えた妹に今度は満足げに肯い た。 「確かに、探せばいるのかもしれない。だがよいか、ロシーヌ。五大竜にも繋がる翼竜たちは今、人との関わりがないがために、自然へ帰そうとしている。つまり、野生化し、ただ人間と対立するのみの存在になろうとしているのだ。五大竜や守護竜を探し出すよりも先に、翼竜との関係を修復しなければ、このウォルド王国は内側から瓦解してしまう」 「彼らにわたくしたちの声は届くでしょうか」 「その自信はある。必ずや守護竜も探し出してみせよう。そう心配そうな顔をするな。もう難しい話は終(しま)いにすることとして――ロシーヌ」 力説を終え、いつもの「姉」の顔に戻ったアレーナは、ロシーヌのほっそりとした顎を 人差し指で軽く持ち上げた。父親譲りの気力に溢れた力強い眼差しで、頬を赤く染めた妹 の美顔を覗き込む。 「本当に聞きたいことを言え」 このときロシーヌは、姉こそが伝説の神竜なのではないかと息を呑んだ。女性とは思え ないほどの自信に満ち溢れた堂々たる振舞い。全てを見透かしたような、不思議な輝きを 持つ青い瞳。生まれながらにして王者たる気品を兼ね備えた存在だと改めて思った。 幼いロシーヌは、姉の勢いにのみ込まれ、ついに本音を漏らした。 「あの……翼竜のおせわということは、ドラフト家にいらっしゃるのでしょう?」 愛する妹がドラフトの名を口にしたとたん、アレーナは全てを把握した表情で大きくた め息をついた。 「グランスリードに会いたいなら、素直にそう言えばよい。お前の姉は、妹の恋路を邪魔するほど無粋ではないぞ」 「お、おねえさまっ。恋路などと、わたくしはそのような……。いじわる!」 「怒った顔もまた愛らしいな。そうか、ロシーヌはグランのような変人が好みか」 アレーナは、幼なじみであり親友のドラフト公爵家の嫡男を、親しみを込めて変人と称 した。無論、ロシーヌがその言いように唇をとがらせるのを承知でだ。 「そうだな、近々お前をドラフト家へ連れて行ってやろう。気性の穏やかな翼竜なら近くで見せてやりたい。そうしたらグランにも会えるぞ」 「もう、おねえさまお一人でどうぞ!」 拗ねた口調とは裏腹にアレーナに抱きつくロシーヌの顔は赤かった。 そんな妹を優しく見守りながら、アレーナは静かに微笑んだ。 この愛しい存在を守りたい。これから先、寿命を全うするまでいつまでも。 匂い立つ薔薇が咲き乱れる春の庭で、それぞれに優しき思いを抱いた姉妹は、暖かな光 に包まれていたのだった。 |
ロシーヌの物語
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