私の和竿・和釣具あれこれ

このところ更新が滞っていますが、よろしければごゆるりと。

桶友*桶びく(再掲)

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幅 18cm 高12 cm 奥10 cm
 
重さ 166 g(通常乾燥時)

桶友の白木小型桶。

 実は桶友の作品にはある種の先入観があったせいか、(もちろん数少なく高値であることも理由だし、凡人の桶びくの好みである小型・白木の作品になかなか出くわさなかったことも理由だが、)どうにも近寄り難さがあって、本品だけが唯一手許に収まった桶友作品である。

 桶友(本名・生没 不詳。小竹の一世代前の釣桶職人)は桶魚籠の職人としては比類の無い名人として著名だが、私生活ではだらしのない、どうしようもない人生を送り、若くして亡くなった人である。
 一仕事があがり、幾ばくかの小金を手に入れると即吉原に直行。全てを浪費したあげく、翌朝には付け馬(女郎部屋の監視人)と共に取引先の釣具問屋を早朝から叩き起こして前借りをせびる、というようなことを繰り返していたようである。
 あるいは借金が仕事の原動力となっていたのかも知れないが、今流に言えばやはりアルコール依存の人格破綻者であったというべきだろう。

 しかし、その作品はそうした私生活の印象とは全く別世界で、直線と曲線を大胆に組み合わせたその作品は繊細にして精緻を極め、うまく表現できないが、ほとんど狂気に近い雰囲気を纏っている。
 この作品は、6寸の白木の小判型・帯線・なかご無しのシンプルな造りで、桶友の最上作にはほど遠い作品だが、その形や仕事はやはり桶友そのものである。
 使用されている材も目のつまった柾目の(多分)槇の良材。なによりものすごく軽い。
 写真ではわかりずらいが側板と杉材の蓋の表は恐らくトノコ磨きがされていて柾目が浮き出ている。実に丁寧な仕事だ。
 乾燥状態では隙間から向こうが透けて見える程スカスカ、変に触れればバラバラになりそうな状態になるが、水に漬けてやるとピッチリと復活し漏水も僅か(残念ながら皆無ではない。が満水状態から半分抜けるまで4〜6時間程度。タナゴ活かせビクとしてはともかく、通常のビクとしてなら十分な性能であると思う。)経年を考えればやはり超一流の仕事であると思う。

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   長さ    156 センチ

    仕舞い   約 24.2 センチ

   継ぎ    8

   重さ     25 グラム

   東盛作たなご竿

   東盛さんの一節入りたなご竿。穂先はクジラの継ぎ穂。オーソドックスではあるがそれ故、いかにも江戸和竿らしい佇まい。

   前回紹介のたなご竿同様に両向き替手元がつき、穂先から3及び4本目に取り付けることができる。更に、その両方の状態で手許1本を追い継ぎ的に加えることができる。東盛さんらしい精密な設計がされた竿である。

    またこの竿、恐らく作られてから少なくとも20年以上経ていると思われるのに加えて特段コミ調整も行ったわけでもないのにコミの正確さがすごい。本体7箇所どのコミもコミ塗り上端でピタッと収まり寸分の誤差もない。これはコミの正確な摺り合わせと同時に、単に良材というだけでなく、枯れ具合などなど均質な材をよほどそろえなければ実現しないことであろうと思う。流石東盛さんである。

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竿しば*たなご竿

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   長さ  72.5cm

   継ぎ  4   仕舞い  20.5cm (筒  22.5cm)

   重さ  4g  (筒収納時  16g)

   竿しば作印籠継たなご竿

   竿筒に押された小判竿しばの銘印は平成9年に東京都伝統工芸師に認定された際に新調したもので誂えの最高級竿に用いた印。(竿手元の銘印は竿筒とは別の印だが詳細は判別できず。)

   恐らくこの竿は平成10年代の作。竿しばさんの永年磨いた円熟の技が盛り込まれた貴重な作である。塗りは竿しばさんには珍しい渋いものだが、竿辰家の塗りにも似た手拭きの深い漆が美しい。思い起こせば竿しばさんは竿師を目指した当初、竿辰家への弟子入りを考えたと語られていた。あるいはさまざまな試行錯誤の末に、ようやく原点に回帰したということなのかもしれない。

   手元にあえてくせのある極細材(矢竹のようだが別種の女竹かも知れない。穂先は削り穂。)を配したあそびごころを感じさせる作品でもある。

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 長さ   84 センチ (+追い継ぎ 107センチ)

  仕舞い   約 30.5 センチ(収納状態で)
                                                               
 継ぎ     4+手許+追い継ぎ
   
  重さ     7グラム(4本+手許)15グラム(+追い継ぎ)

  東盛作たなご竿

   107,88,84,64cmの4種の長さで使える。
  握り部(両向き)が取り外し可能で、かつ竿筒の上栓になる。こうした握りと竿筒栓を兼ねるアイデアは過去の当ブログでは東作毛針竿の例があるが、この竿は更に竿筒自体が追い継ぎにもなる。いかにも東盛さんのたなご竿らしいアイデアと遊び心に満ち満ちた一竿。
 穂先はくじら。

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 長さ 119cm

 継 3    仕舞い 45cm

 重さ 20g

 初代佳作総布袋印籠たなご竿

 初代佳作(よしさく 塚平徳之助)の総布袋印籠たなご竿。
  初代佳作(塚平徳之助)については資料が誠に乏しい中で葛島一美氏の「焼き印の顔」に貴重な記述がある。これによると、塚平徳之助は、明治41年生、大正末頃四代東作に弟子入りし昭和7年に独立した。四代目東作の弟子27人衆の一人。工房兼店舗を四谷に構えたが昭和20年2月1日フィリピンで戦死。
 30代で逝った竿師である。佳作としての製竿期間は10年ほどでしかない。戦後、店舗は再開し金井富男が2代目を継いだが店舗経営に専念し竿造りはしなかった(戦後「佳作」銘で販売された竿は全て依託竿で竹宝や正雲竹などが手掛けたもの。これらの竿の銘印は長角枠で戦前の初代作と識別できる。)。初代の作品で現存するものは数少なく貴重。

 その活躍した時代はまだ20代から30代そこそこの若手であったが、すでに贔屓顧客に(竿忠のパトロンだった)金馬師匠も名を連ねていたというから、江戸和竿界注目の若手であったのであろう。
 その作風は東作一門の伝統の技に、親交のあった二代竿辰(奥平察砲箸隆愀犬ら生み出された、竿治〜竿辰の技が加わったハイブリッドなものであったように感じられる。
 この作品も従って、昭和10年前後の作であろうと思われるが、小品ながら分厚い手拭き胴漆、とりわけ握りから竿尻にかけての仕上げ意匠は二代竿辰の印が押してあっても疑問を持たないほど似通った作品で、あたかも竿辰同門の竿師の作のようである。80年以上を経て深い光沢を湛え、クセも出ていない。銘品というべき一竿であると思う。

 戦争という馬鹿げたことがなければ、その後の江戸和竿界で二代竿辰との江戸和竿史に残るような華やかな競作が見られことだろう。惜しい。
 銘印は、小判枠の中に長角枠を嵌め込んだようなユニークな銘印で、あたかも「東作一門の序列では駆け出しの小判枠だが中身は長角枠だぞ」と主張しているようにも思える。なおこの印は初代のみ使用した印で、それも誂えの高級竿に用いたもののようである。大中小があったようである。
 
 ところで 「焼き印の顔」には長女に当たる金井能子さんの談として「四谷界隈では「中村歌右衛門よりも、いい男」といわれてましたっけ」という話が紹介されている。
 下は(多分修業時代の)佳作の写真。たしかに歌舞伎俳優のようだ。

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