博客新人

中国と日本の経済社会事情を知る。さらにもう少し視野を広めて隣国、そしてアジア、また遠いところまで見詰めて行きたい。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ、何言ってんだー、税金(かね)かえせ、
 (中略)長生きしてえな
 これは20年前に忌野清志郎がエルビス・プレスリーの名曲「Love Me Tender」に原子力発電反対のメッセージを込めた替え歌である。今、福島ではこの歌がまた人々の間で流行している。
 なぜならこの替え歌は福島県民の心の声そのものだからだ。だが、原子力は要らないと叫びながらも、放射能汚染と共に生きて行かざるを得ない現地の人々は多い。

◆「原発さえなければ」
 福島県南相馬市は福島第一原子力発電所から20キロメートル余り離れた所にあり、放射能汚染の危険から最も近い地域である。原発から半径20キロメートルの「警戒区域」の検問所から南相馬市の中心区域まで5キロメートルも離れていない。警戒区域の境界では今も数名の警察らが検問を行ない、区域内の治安を取り締まっている。県外からの特別出向警察官は「ウルトラ警察隊」と呼ばれている。こんな情勢の中でも人々はジョークを忘れていない。
 警戒区域の検問所から市中心部に向かうと、静まり返った街の様子が否応なく感じられる。警戒区域に近いところでは、あらゆる店舗が閉ざされている。市中心部にまで行ってようやく、歩行者や営業中の店舗をちらほらと見かけるようになった。
 昨年、原発事故が発生してから2週間後に南相馬市を取材した際、同市は「屋内退避地域」、つまり屋外の放射線量が高いため被曝を避けるために屋内退避を政府から命じられていた地域だった。
 幼稚園や学校は直ちに閉鎖されたため、転出を余儀なくされた世帯も数多い。7万人だった同市の人口は、最も著しい時にはわずか1万5千人にまで減った。救援物資を運ぶトラックの運転手も放射能汚染を恐れて来たがらず、市民生活はマヒ状態になった。桜井勝延市長がその窮状を動画投稿サイトYouTubeの動画を使って訴え、全世界から大きな反響を呼ぶようになってようやく、状況が改善されるようになった。その後、桜井市長は米タイム誌・2011年版「世界で最も影響力のある100人」の一人に選出されている。
 あれから1年。放射線量の低下に伴い、戻って来た市民を合わせると今では4万人余りが南相馬市で暮らしている。だが、当該地域の放射線量は東京の9倍にもおよぶ。東京電力によると、第一原発は今もなお1時間あたり1,000万ベクレルの放射性物質を放出しているのだ。
 「子どものいる家庭や若者はみんな出ていった。残ったのは全部年寄りばっかりだよ」と住民は語る。市役所に勤めていた公務員ですらも、8分の1が辞めるという空前の事態になっている。被曝による健康への影響を懸念しているという理由もあるが、何よりも、ここにいても未来がないと感じている人も多い。
 昨年、南相馬市の除染作業を3年かけて行なうために国は600億万円の予算を組んでおり、復旧のための一縷の望みを託している。原発事故が起きてからは、同市の農業、水産業、畜産業、林業はすべて壊滅状態に陥っている。一番先に出荷禁止されたのは牛乳である。それにより酪農家3人が自殺した。そのうちの1人は「原発さえなければ」と壁に書き残し命を絶っている。そして今も生きている人々は、損害賠償をめぐり、東京電力とのせめぎ合いが続いている。
 南相馬市では、昨年12月、今後10年の復興計画が策定された。幹部職員・高橋一善氏は取材に対し、「南相馬市は再生可能エネルギーによるクリーンな街に変わる。同時に原子力エネルギーの研究基地にもなる」と同市の未来像を語っている。だが、そうした素晴らしい未来が実現する可能性はどれくらいなのでしょう?と聞くと、高橋氏は苦笑いするだけだ。第一原発を廃炉するには最低でも30年かかるとされている。10年後、南相馬市は果たしてどこまで復興できているのだろうか?
 だが、復興計画を策定した桜井勝延市長は南相馬市の将来に対し自信を持っている。この1年、桜井市長は文字通り全国を東奔西走し、南相馬市への支援を集めるために駆けずり回って来た。今回、南相馬市を取材に訪れた日も、同市長は東京マラソン大会に出場しており、「諦めぬ福島」をアピールしながら完走を果たしている。

◆放射能汚染との戦い
 70歳になる小武海三郎さんは、南相馬市議会議員を28年間務めた人物だ。彼は31歳の頃から福島県の原発反対派としてその中核を担ってきた。かつて、福島第二原子力発電所建設を反対するために、東京電力を相手に訴訟を起こしたこともあるほどだ。
 小武海議員は、南相馬市の居残り組だ。40名の会員からなる市民団体「フクシマの命と未来を放射能から守る会」を立ち上げ、昨年9月より毎月、市民らと結束し、反原発デモ行進を行なっており、その人数は最多時には70人に達している。昨年12月には、市の中心部にある駐車場1カ所で採取した土壌を神戸大学に依頼し、その放射線計測を行なっている。その報告によると、1キログラム当たり約108万ベクレルの高濃度の放射性セシウムを検出している。この駐車場のある区域はかつて市内の緊急時避難準備区域(昨年9月解除)だったのだ。報告書では「高いレベルの汚染で、周辺に人を住まわせてよいとは到底考えられない」としている。
 小武海議員は市を通じて同報告書の内容を国に提言したが、いつまでたっても国からの回答はない。そこで、記者会見を開き、報告書の内容を公開する手段を取らざるを得なくなった。また、市長に除染作業を推進していくよう要請している。小武海議員はこうした手段を以って、原発から半径20〜30キロメートル圏に暮らす同市の人々の窮状を国民や行政にアピールしている。小武海議員は「南相馬市は強制避難地域ではないが、今もなお未知の危険が色濃く残っている」と述べている。
 昨年12月16日、野田佳彦内閣総理大臣から、原子炉の「冷温停止状態」の達成を完了した旨の発表があった。また、「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と、事故収束を宣言している。これに対し、小武海議員は「我々の暮らしは一向に良くならないのに、何が収束だ」と怒りをあらわにしている。小武海議員が今一番気がかりなのは、福島第一原発4号機である。今の状況では、強い余震が来れば4号機プールの核燃料が全て溶融する危険性を孕んでいる。そして放射性物質が漏れ出したら、その後の被害の大きさは想像に難くない。余震が起きる度に、小武海議員はすぐさまテレビをつけ、原発の状況を確認している。4号機が危険な状態になれば、原発から最も近い南相馬市は一番にその影響を被るからだ。
 小武海議員には仙台に住む娘さんがいる。そちらからの招きも断って今も夫婦2人で南相馬市に止まっている。夫妻はこの1年、出来るだけ外出を控え、当地の食品や水を口にしないようにしてきた。小武海議員は「残りの人生すべてをかけて、市民の安全のために、原発運動に邁進したい」と述べている。

「日本の経済社会」書庫の記事一覧


.
wdbkwy
wdbkwy
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

標準グループ

登録されていません

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事