weappobeats@ Osaka

思うが侭に、ここだけは我がままを。〜ペンとディジュリドゥを持って〜

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悪魔との出会い

家に帰るとすぐに、2階の自分の部屋に飛び込んだ。


あまりにもバタバタと音を立てて、部屋に入り込んだものだから母親は怪訝そうな顔をして2階のほうを見上げた。「何かあったのかしらね。ま、すぐに降りてくるか。」


母親の思いつきはすぐに当たった。僕は自分の部屋に入って聖書をとりあえず開いてみたものの、何を書いてあるかよく分からず、すぐに台所に降りたのだ。

『聖書は読むためではなく、悪魔を捕まえるためのものだ。』


そんなことを思いながら、何でそんなに慌てて部屋に飛び込んだのか自分でも分からなくなっていた。母親はもちろん何でそんなに慌てることがあったのか尋ねてきたが、何でもないとだけ答えた。


今夜迎え打つ作戦をそう簡単に教えるわけにはいかない。たとえ身内であっても教えることはできない。そう心に堅く誓ったのだ。


いつものように寝る支度を済ませ、部屋に戻った。まだ時計の針は22時を回ったところだった。あと、2時間もあるのかと思いながら、もう一度聖書を開いた。日本語で書いてあり、僕にもスラスラと読むことは出来た。ただ、幻想の物語がいまいちピンと来なかった。


読んでいるとダンダンと眠くなってきたが、今日は悪魔を捕まえる日だと心に決めていたので自分で自分を奮い立たせた。


『あと30分で24時を迎える』ワクワクが止まらなかった。平行して、少し怖くも思えた。部屋にある鏡は体全体が映る大きさだ。姉の部屋から持ってきた鏡も同じような大きさだった。仮に、何重にも重なった鏡から出てくると悪魔が、鏡と同じ大きさなら相当大きい。下手をすると自分よりも大きい悪魔が出てくる。今自分の片手に持っている聖書を見ただけで不可能だと気づいた。


そう思うとだんだんと怖くなり、今日はもう睡魔に任せて寝てしまおうかと思った。


続く

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悪魔との出会い

「深夜の12時ちょうどに、合わせ鏡をしたら悪魔が通り抜けるんや。片方の鏡の奥から黒い悪魔が走ってきて、ピョンって跳ねて向かいの鏡の中に入っていくんやで。」

ある日の授業中に、塾の先生はこんなことを言った。

誰にでも見破れそうな、たわいもない嘘を完全に信じていた。想像した悪魔がそこまで恐怖心を煽るものではなかった。憎たらしい笑みを浮かべてはいるものの、むしろ愛嬌のあるやつだと想像した。

でも、その悪魔を見ると何だか体が硬直してしまうような気がして、12時になるまでには絶対に眠りについていた。

そんな悪魔を捕まえる方法があると知ったのは、次の授業の機会だった。

合わせ鏡をピョンとまたぐ瞬間に聖書でバチっと挟めばいいらしいのだ。これが意外に難しいらしく、タイミングがなかなか取りづらいらしい。しかし、今まで「聖書」を見たことが無かったが、どうやら国語辞典みたいな厚さのようらしい。国語辞典を巧くバチっと閉じるには少し訓練が必要な気がした。

授業が終わり、何となく本屋に足が向かっていた。棚の上のほうに、おそらく子供では手の届かない高さのところに「聖書」があった。

ますます秘密な感じがして、ゾクゾクとした。ゾクゾクワクワクしながら、本屋の番台に腰かけているオバハンに声をかけた。「聖書ください。あの高いところにあるやつ。」

オバハンは面倒くさそうな顔をして、棚の方に向かった。「これでいいの?」オバハンが指をさしたのは、棚の真ん中ほどにある、僕でも手が届くくらいの高さの、「ポケット聖書」だった。

「聖書」という響きは神秘的なものを感じるが、それに「ポケット」とつくだけで、格が下がるように感じた。「違います。」とオバハンに言い、さっき見ていた「聖書」を指差した。「あれです。」

面倒な子だね、という顔をしてオバハンは聖書を取り、僕に差し出した。

「これ、あんたには読めないんじゃないの。」オバハンは僕に行った。『読む用じゃなくて、悪魔を挟む用だ。』僕は心の中で舌を出した。

袋に入れてもらい、それを抱きしめて僕は急いで家に走って帰った。いつも少し立ち寄る猫のいる公園も、立ち読みするコンビニも、すべて無視して帰った。

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青春、6ページ。

あごの先から、滴り落ちる汗が心地よい。こんなに汗をかいたのは、小学校の体育以来だろうか。いや、小学校のときも確実に僕は少しみんなと距離を置いていたはずだ。

こんなに心地よい汗は至極久しぶりだ。

頭から、耳周りから、頬から、おでこから、流れる汗。すべて、あごの先に集まり乾いたアスファルトに落ちていく。あ〜、心地よい。

テレビの中で一球一球に感動する高校生を僻んでいた。手をしっかりと握り締めグランドを見つめるチアリーダーを鼻で笑った。まだ試合が終わっていないのに、ベンチの中で泣きじゃくる高校生を白い目で見ていた。

僕は今まで、どんなにか人生を無駄に過ごしていた。今、それに気づいたからいいのかもしれない。でも明らかに今までだいぶ損をしてきた。


クラスで僕の存在は無いかのように扱っていた女子や男子。それに対し僕は何も思わなかった。

「なんで、僕のことを無視するんだよ!!」

そんな臭すぎる、穿きつぶされた言葉を使うことのほうに抵抗を感じ、僕は何も言わなかった。かと言って我慢していたわけでもない。だんだん、その扱いに慣れてきて何も感じなくなった。むしろそのほうが楽だったのかもしれない。

一人でいる居心地の良さを楽しみ、主観的な自立心を養っていた。


つづく

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嘆きのボイン

「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」というのが流行ったのが数年前。

最近、というか、今日またそれを実感した。


大きな会社が全国紙やテレビ、インターネットに広告を出す価値は非常に分かりやすい。彼らのターゲットは日本全国、もしくは世界規模だから。

均一的な広告をすることで製作コストもグンと抑えることができるし、一箇所で集中して同じイメージのものを作ることができるから。

ある工場で同じ商品を作り、それを全国にバラまく感じだ。



最近は地方活性なるものが脚光を浴びている。「コンパクトシティ」しかり「道州制」しかり、地方にある程度のものを任せて、その場で活動していく方針だろう。

冒頭でなんであんなことを私は言ったのかと言いますと。

大きな会社は全国に営業所がある。その土地土地で住んでいる人の性格や性質は異なってくる。それに対応して、各地方地方で色を出した広告をしてもいいのでは、なんて思ったりもする。

確かにイメージの画一性は少し、若干、微妙に、ズレてくる可能性はある。現場で製作したものを一度本社に回して、チェックをするなどとしていると非効率的だ。

しかし、その土地の魅力を生かした、魅力を訴求したものは作れるのではないかと思う。

非常に面倒かもしれない。

だがしかし、でもやっぱり、その土地の人に向けて広告をしてますよ〜ということが分かれば、大きな会社というブランドを理解してもらい、消費者の目線まで降りてきている、案外身近な会社なのかもという親近感もあるということも分かってもらえるのではないか、と思うのです。



だがやっぱり、こんなことをツラツラと書いているうちに思ったのですが、地方は地方のCMがあるか、と思った。


私が何でこんなことを思ったかというと、私は地方の地域の情報誌を作っているのです。で、大きな会社とも取引したいのです。でもしてくれない現状を、とかく嘆きたかったということです。。嘆きのボインです。


以上です。

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