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あの年の梅雨は、いつもより早く終わったように記憶している・・・。 ついに、明日から・・・人体解剖の実習が始まる・・・。 私の脳裏には、微かにではあったが・・・春先の・・・あの出来事の傷が残っていた。 忘れようにも忘れられない・・・あの解剖実習室・・・そこへ再び足を踏み入れる時が・・・ついに来た・・・。 しかし、今日に至るまで・・・特に変わったことも起こらず・・・「祟られた」私には・・・拍子抜けな日々であった。 と、強がって見たが・・・実際はヒヤヒヤの日々が続いていたのだった・・・。 改めて考えると・・・彼女が口にした言葉・・・ 「迎えに来たよ・・・」 「ゴメンナサイ・・・」 「答えられない・・・」 「助けて・・・」 「帰りたい・・・」 彼女が怒るのも・・・今なら、分かる様な気がする・・・。 祟られたとしても・・・それは当然の報い・・・最近は、そう考える事が多かった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 明日の支度を終え・・・ベッドに入って・・・すぐに、それは始まった・・・。 部屋の振動・・・春と同じ・・・キッチンでは冷蔵庫の扉が開いたり、閉まったりを繰り返し・・・私のベッドの足元には・・・再び、彼女が現れた・・・。 相変わらず、小さくうずくまり・・・顔を伏せて・・・ただ ジッと 静かに そこに存在していた・・・。 彼女はまだ・・・私を怨んでいるのだろうか・・・今度こそ、今度こそ・・・私は彼女と 真正面から真摯に向き合わなければならない事・・・分かっていた。 私は 一つ 深呼吸をしてから おもむろに切り出した・・・。 そう言って、彼女の反応を待った・・・。 彼女は 何も語らなかったが、部屋の振動も冷蔵庫の扉も、元に治まった・・・。 これで許されたとは思わなかったが・・・・・その通りであった・・・。 彼女は突然、立ち上がり・・・乱れた髪の合間から、冷たい眼差しで私を見下ろし・・・ 私に馬乗りになり・・・その冷たい両手で、私の首を絞めあげた・・・・。 私は、こうなる事も覚悟していた・・・。 彼女の好きにすればいい・・・折角、助けを求められたのに、私は彼女から逃げ出した。 私が、あの時、水槽を覗き見しなければ・・・こんな事にはなっていなかった・・・。 私は 気道が開き、急に吸い込んだ空気に 咽(む)せた・・・。 彼女は、いつの間にか 私の横に移動していた・・・。 彼女は泣いていた・・・涙を流して泣いていた・・・私は、それが不思議な事であるとは思わなかった。 今の私は・・・しっかりと彼女を認めていた・・・同じ人間として、彼女を認めていた・・・・・。 まだ、私に 彼女の望みを賭けてくれるのか・・・もう一度、チャンスをくれるのか・・・ 私は彼女が話してくれた事を基に、各方面に連絡を取ってみた・・・夜だったが、警察関係には十分に伝わったと思った・・・ 問題は、我が校の解剖学教室であった・・・研究室には、すでに誰も居らず・・・困った。 一人で思案していた私に、彼女が声をかけて来た・・・ それを聞いても、今の私は動揺する事など無かった・・・それより、絶対に彼女を家族の元へ返してあげたいと・・・それだけを願っていた・・・。 そうこうするうちに・・・夜は明け始めた・・・。 彼女は「私、水槽に帰らなくちゃ・・・ありがとう・・・」と告げると、私の視界から霞のように消えてしまった・・・。 急がなくては!!・・・私は、急いで着替え、部屋を飛び出し・・・タクシーを拾い・・・大学へと向かった・・・。 誰もいない事・・・分かっていたが、守衛さんに職員名簿を見せて貰い・・・実習助手の先生に連絡を取るしか無かった・・・。 大学に着き、学生証を守衛さんに提示して、緊急である旨、必死に訴え・・・何とか、実習助手の先生と連絡が取れた・・・。 連絡は取れたが、教授の了解が出ないと・・・無理だとの事・・・。 先生の方から、教授には連絡を取ってくれる事になったが・・・どうなるか 保証は出来ないとのことだった・・・。 私みたいな学生の分際で、こんな時間に、教授に電話をすることなど・・・無礼極まりない行為である・・・。 後は・・・運を天に任せるしか・・・無かった・・・。 私は一度、アパートに戻るより・・・なす術が無かった・・・。
つづく
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