Wecker papa の独り言

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私は、アパートに戻り・・・連絡を待ったが、何処からも連絡は無かった。

間に合わなかったのか・・・私がもっと早く、彼女と向かい合っていたなら・・・

もっと時間もあったし・・・別の事も何か? 出来たかも知れなかったのに・・・

「私が悪い・・・」、本当に 心から反省していた・・・悔んでいた。

まんじりとも出来ない時間が・・・刻々と過ぎて行く・・・。

悔やんでも悔やみきれない時間でした・・・しかし、時間は残酷にも・・・その時を告げた。

「出かけなくちゃ・・・時間だ」・・・今日は、朝一から・・・解剖学教室・・・。


結局、何処からも連絡を貰えぬまま・・・私は実習室の前に到着していた・・・・・。

この期に及んでも・・・まだ・・・私は、今までの事全てが「幻」「妄想」であって欲しいと 心から願っていた・・・。

間に合わなかったら・・・悔やみきれない・・・私のせいで、普通なら とっくに成仏しているはずの魂を・・・もう一度、傷つける事になる・・・私のせいで・・・。

この時間・・・すでに実習の準備は済んでいるだろう・・・。

彼女は・・・解剖台の上に 乗らずに済んだのだろうか・・・私には、もう知るすべは無かった。

時間が刻々と迫ってくる・・・学生が三々五々・・・実習室へと消えて行く・・・。

私も・・・入らなくちゃ・・・しかし・・・怖い・・・彼女の安否(?)が、未だ確認出来ないから・・・。

後悔の思いで 一杯だった・・・それは・・・自分が、あの水槽へ入れられるという結果を恐れてでは無い・・・彼女への 憐憫(れんびん)の情と 自分の対応への後悔・・・それが全てであった・・・。


ついに・・・人体解剖の実習が始まった・・・私は グリーン・シートの前にいる・・・。

彼女は昨夜・・・「解剖台へ乗る事になったら・・・私はあなたの前に出る・・・それが せめてものお礼・・・それしか、出来ないから・・・」と、消えるように言った・・・。


辛かった・・・もっと真摯に、魂と向き合っていれば・・・更なる苦しみから・・・彼女の魂を救ってあげられたかも・・・知れない・・・。

もし・・・彼女の解剖をする事になったなら・・・それは・・・私にとっては 正に「地獄」。


未熟であると言う事・・・人間として未熟であると言う事を思い知らされていた・・・救えなかった 彼女が居るかも知れない グリーン・シート の前に立ち・・・涙が出そうだった・・・申し訳ないと・・・心から思っていた・・・。

今更ではあったが・・・この時の あの重圧に・・・私は気を失わんばかりに、押し潰されていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ついに・・・始まった・・・グリーン・シートは取り払われ・・・御遺体の全てが、私達の視界に飛び込んできた・・・・。

「黙祷・・・」の声・・・私は・・・その場に倒れんばかりの心境であった・・・・・。

彼女が・・・彼女が、目の前に・・・。

間にあわなかったんだ・・・・目がかすんだ・・・。

涙であろうか、目がかすむ・・・その私の瞳を捉え・・・彼女が微笑んだように見えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私には微笑み返す事も、彼女の瞳を直視する事も出来なかった・・・・・。

ただ・・・皆に合わせて・・・最敬礼の黙祷をする事・・・それしか出来なかった。



「黙祷終わり・・・」の合図で、私は頭を上げたが・・・私の前には・・・違う光景が広がっていた・・・。


まだ、比較的新しかった彼女の御遺体では無く・・・茶褐色に変色している、老婆の御遺体が、私の視界に入ってきた・・・。

私には・・・狐に鼻をつままれたような、理解に苦しむ展開であった・・・。

私は 又も・・・幻を見たのだろうか・・・・。

彼女は、ここでは無い 何処かの解剖台に 乗せられたのかも知れない・・・。

私は、そう思い・・・各解剖台を巡った・・・しかし、彼女を発見する事は出来なかった。


間に合ったのか?・・・彼女の魂を救えたのか?・・・私には分からなかったが、少なくとも、今回の実習には・・・献体されずに済んだようだ・・・良かった・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この日の実習が終了したのは、昼食を挟んで・・・午後の4時であった・・・。

私は、解剖学の教授から・・・呼び出しを受けていた・・・。

内容については、大よそ見当はついていたが・・・私は叱られようが、彼女の事が知りたかった。


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教授の話は・・・私の予想を上回る・・・意外な展開であった・・・。

彼女の御遺体は、先程・・・御両親が迎えに来て・・・無事に故郷へと旅立ったそう・・・。

行くえ知れずになっていた彼女の身元が・・・私の通報で判明し・・・すぐに御両親の元にも知らせられたとか・・・・・

御両親、立会いの下・・・彼女の身元が確認されたが・・・それは・・・無事を祈っていた、御両親の一縷の望みも断たれた瞬間だったそうだ・・・

しかし、一人寂しく、知人の誰にも知られる事無く、他の御遺体と一緒に献体される直前に・・・身元が判明した事、又、それを知らせてくれた私にも・・・感謝の意を伝えてほしいと 教授に託し・・・両親と彼女は・・・帰って行ったとの事・・・。

私は・・・奇跡的に間にあった事・・・それだけが嬉しくて、他の事は耳に入っていなかった・・・。


肩の荷が下りたような・・・背負わされていた十字架が・・・下ろされたような・・・何とも言えない清々しい気分だった・・・。

その後、警察からの聴取も受けたが・・・私の話は、誰にも受け入れて貰えなかった・・・

それは、当然なことだろう・・・誰も霊の事など・・・信じては居ないのだから・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


数日後・・・彼女の御両親から、一通の手紙が私の元に届いた・・・。

そこには、彼女を見つけてくれて感謝している旨、そして彼女の葬儀も滞りなく済んだ事が・・・書かれてあった・・・。


しかし・・・私は知っていた・・・この手紙を頂く前に・・・これ等全ての事は・・・

彼女の報告を受けて・・・知っていた・・・。

だって・・・今、私の部屋には・・・彼女が同居しているのだから・・・。

間近に迫った 彼女の一周忌の法要まで と言う、限定ではあったが・・・

彼女は今・・・私の傍にいる・・・。

あの時とは一変した、穏やかな顔で・・・いつも私を見守ってくれている・・・。

私も今は・・・以前のように、怯える事も無く・・・彼女との同居を、むしろ歓迎していた・・・。


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あれから・・・30年余りの月日が過ぎ・・・未だ 私は元気に生きています・・・。

彼女の事は・・・今でも、忘れる事が出来ません・・・

あれ以来、私の前に 現れる事はありませんが・・・

私は、あの出来事が・・・私の妄想では無く・・・本当にあった出来事だと・・・固く信じています。

今は・・・目の前で起こる 全ての事、それが例え 夢の中の出来事であったとしても・・・

自分の事ばかりを考えるのでは無く・・・他の人に起こった事象にでも、恐れずに視野を広げ・・・温かく見守る努力をしています・・・。

求められれば・・・出来る範囲のお手伝いも・・・厭わない覚悟も出来ました・・・。

思えば・・・あの出来事のお陰かも知れません・・・。

今では・・・彼女に・・・感謝しています・・・・・。

                               
あの年の梅雨は、いつもより早く終わったように記憶している・・・。

ついに、明日から・・・人体解剖の実習が始まる・・・。

私の脳裏には、微かにではあったが・・・春先の・・・あの出来事の傷が残っていた。

忘れようにも忘れられない・・・あの解剖実習室・・・そこへ再び足を踏み入れる時が・・・ついに来た・・・。

しかし、今日に至るまで・・・特に変わったことも起こらず・・・「祟られた」私には・・・拍子抜けな日々であった。

と、強がって見たが・・・実際はヒヤヒヤの日々が続いていたのだった・・・。

改めて考えると・・・彼女が口にした言葉・・・

「迎えに来たよ・・・」 「ゴメンナサイ・・・」 「答えられない・・・」 「助けて・・・」 「帰りたい・・・」

どれをとっても悪意のある言葉では無かったのに・・・一人怯えて、彼女から逃げたのは私だった・・・。


彼女が怒るのも・・・今なら、分かる様な気がする・・・。

祟られたとしても・・・それは当然の報い・・・最近は、そう考える事が多かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


明日の支度を終え・・・ベッドに入って・・・すぐに、それは始まった・・・。

部屋の振動・・・春と同じ・・・キッチンでは冷蔵庫の扉が開いたり、閉まったりを繰り返し・・・私のベッドの足元には・・・再び、彼女が現れた・・・。

相変わらず、小さくうずくまり・・・顔を伏せて・・・ただ ジッと 静かに そこに存在していた・・・。

彼女はまだ・・・私を怨んでいるのだろうか・・・今度こそ、今度こそ・・・私は彼女と 真正面から真摯に向き合わなければならない事・・・分かっていた。

私は 一つ 深呼吸をしてから おもむろに切り出した・・・。

「この前は、真剣に考えて上げられなくてゴメン・・・反省してる・・・本当に・・・」

そう言って、彼女の反応を待った・・・。

彼女は 何も語らなかったが、部屋の振動も冷蔵庫の扉も、元に治まった・・・。

これで許されたとは思わなかったが・・・・・その通りであった・・・。


彼女は突然、立ち上がり・・・乱れた髪の合間から、冷たい眼差しで私を見下ろし・・・

「許さない・・・お前だけは・・・絶対に許さない・・・」と、小さく呟くと・・・

私に馬乗りになり・・・その冷たい両手で、私の首を絞めあげた・・・・。

私は、こうなる事も覚悟していた・・・。

彼女の好きにすればいい・・・折角、助けを求められたのに、私は彼女から逃げ出した。

私が、あの時、水槽を覗き見しなければ・・・こんな事にはなっていなかった・・・。

「僕が悪い・・・」そう心の中で呟いた瞬間・・・彼女は私の首を絞めるのを止めた・・・。


私は 気道が開き、急に吸い込んだ空気に 咽(む)せた・・・。

彼女は、いつの間にか 私の横に移動していた・・・。

彼女は泣いていた・・・涙を流して泣いていた・・・私は、それが不思議な事であるとは思わなかった。

今の私は・・・しっかりと彼女を認めていた・・・同じ人間として、彼女を認めていた・・・・・。

「何故、泣くの?・・・」私は尋ねた・・・・返事は期待しては居なかったが・・・彼女は答えた・・・「助けて・・・帰りたい・・・」と・・・・・・


まだ、私に 彼女の望みを賭けてくれるのか・・・もう一度、チャンスをくれるのか・・・

彼女は続けた「明日、私は解剖の実習で切り開かれる・・・怖いの・・・」と・・・

私は再度、尋ねた「僕は、どうすればいい?・・・」


すると彼女は「明日、実習が始まる前までに、私の家族と連絡を取って欲しい・・・私は行方不明、身元不明・・・家族が捜している・・・だから、帰りたい・・・」・・・

私は「名前は言えないんだったね・・・君の故郷と、あの吊り橋の場所・・・教えてくれるかな?・・・時間が無いから・・・言える事は全部教えて・・・」・・・



私は彼女が話してくれた事を基に、各方面に連絡を取ってみた・・・夜だったが、警察関係には十分に伝わったと思った・・・

問題は、我が校の解剖学教室であった・・・研究室には、すでに誰も居らず・・・困った。

一人で思案していた私に、彼女が声をかけて来た・・・

「ありがとう・・・でも・・・・・私が家族の元へ帰る事が出来なければ・・・出来なければ・・・あなたも あの水槽に沈む事になるの・・・一時でも わたしが あなたを 怨んだから・・・ゴメンナサイ・・・」

それを聞いても、今の私は動揺する事など無かった・・・それより、絶対に彼女を家族の元へ返してあげたいと・・・それだけを願っていた・・・。


そうこうするうちに・・・夜は明け始めた・・・。

彼女は「私、水槽に帰らなくちゃ・・・ありがとう・・・」と告げると、私の視界から霞のように消えてしまった・・・。

急がなくては!!・・・私は、急いで着替え、部屋を飛び出し・・・タクシーを拾い・・・大学へと向かった・・・。

誰もいない事・・・分かっていたが、守衛さんに職員名簿を見せて貰い・・・実習助手の先生に連絡を取るしか無かった・・・。

大学に着き、学生証を守衛さんに提示して、緊急である旨、必死に訴え・・・何とか、実習助手の先生と連絡が取れた・・・。

連絡は取れたが、教授の了解が出ないと・・・無理だとの事・・・。

先生の方から、教授には連絡を取ってくれる事になったが・・・どうなるか 保証は出来ないとのことだった・・・。

私みたいな学生の分際で、こんな時間に、教授に電話をすることなど・・・無礼極まりない行為である・・・。


後は・・・運を天に任せるしか・・・無かった・・・。

時間との勝負でもあった・・・・御遺体が、解剖台に乗せられるまでに・・・間にあってくれる事を、祈るしか無かった・・・。


私は一度、アパートに戻るより・・・なす術が無かった・・・。

つづく

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