Wecker papa の独り言

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2011年02月

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今回は、ニュージーランド で邦人の災害被害が発生してしまいました・・・。
 
それも、主に 若い方を中心に・・・。
 
一刻も早く、安否が分かれば・・・と・・・念じています・・・。
 
小生も、22歳の娘を・・・海外へ 一人で出して・・・5年目の春を迎えようとしております・・・。
 
今回の災害も・・・とても、他人事とは思えず・・・本当に心を痛めております・・・。
 
昨日、思い立って 久し振りに・・・娘に メール して見ましたが・・・未だに返事が来ません〜〜〜。
 
返って心配の種を増やしてしまいましたぁ〜〜〜。
 
やっぱり・・・メールは止すんだった・・・・・と、今更ながら・・・反省している始末です〜〜〜。
 
ニュージーランド も 心配ですが・・・
 
我が娘〜〜〜無事???なのかぁ???
午後1時ちょっと前から・・・3時間半に渡る、女子フィギュアスケート、フリープログラム・・・
 
J−スポーツ に於いて放送されましたが〜〜〜
 
 
ネットニュースにも発表されているので、書いても?イイですよね・・・。
 
J−スポーツさん・・・放送を延長して、表彰式まで放送してくださいました・・・本当に、ありがとう。
 
そして・・・
 
 
 
美姫ちゃん! 完全優勝!! おめでとう〜!!!
 
全日本から数えて、幾日の月日がたったのでしょう・・・
 
ひと月は確実に過ぎたと言うのに・・・この、集中力の持続!!
 
恐れ入ります・・・。
 
あなたはスケーターとしても、人としても、成長を続けておられる・・・。
 
息子と同い年のあなたに・・・気づかされる事の多い、昨今の小生です・・・。
 
「人間、死ぬまで成長・・・」・・・これがあなたのポリシーでしたね・・・。
 
改めて、ご自身で体現される その姿に感動を覚えています・・・ありがとう・・・。
 
ストイック に スケートばかりに 打ち込んでおられる訳では無い事・・・
 
時には、お友達とデートをしたり・・・語り合ったりされていること・・・陰ながら聞いて居ります・・・。
 
その中での コンディションの維持・・・頭の下がる思いです・・・。
 
本当に・・・おめでとう・・・
 
 
全日本に続いての、門奈 門下 お二人(美姫・真央)の・・・ワン・ツー フィニッシュ!!・・・
 
来月も、この2選手は氷の上で、死闘を演じてくれるのでしょう〜〜〜
 
どちらが優勝しても・・・楽しみな大会になりそうですね・・・。
 
 
地上波の放送は、この後ですので・・・楽しみにされている方は、読まないでください!!
 
 
 
 
 
 
 
 
女子シングルショートプログラム・・・先程、終了いたしましたぁ〜〜〜。
 
 
 
美姫ちゃん、久方振りの首位発進となりました・・・。
 
今シーズン前半の、安定感そのままに・・・力まず、気負わず、素敵な演技で・・・
 
国際大会での今シーズンの最高点を10点以上も上回る成績で・・・1位!!!
 
あの・・・泣き虫の美姫ちゃんは、もう何処にも見当たらない今シーズンですが・・・
 
頼もしくもあり、嬉しくもあり・・・しかし・・・ちょっと寂しい(失礼)・・・シーズンです。
 
このまま、明日のフリーも・・・そして、世界選手権まで駆け抜けて欲しいと、願っています。
 
 
真央ちゃんも頑張って、2位につけていますが・・・彼女の表情が・・・気のせいか?自信なさげに見受けられるのが・・・気になります。今シーズンは無理をしないで、全てのコンペティション不参加で良かったのでは??と、思うのはパパだけでしょうか・・・・・。
でも、演技を観ていて・・・ジャンプに入る時のプレパレーションが、各段に良くなっているのが分かるのが・・・唯一の救いなのではないでしょうか??(素人が勝手な講釈を申し訳ありません〜〜〜)
 
鈴木選手は疲れているのでしょうか??・・・彼女の溌剌とした躍動感が、今回は観られなかったのは・・・残念でした・・・。
 
しかし、日本選手皆さんが、6位以内につけています・・・明日のフリー、楽しみに待つことにしましょう〜〜〜。
 
こうしてるうちに・・・男子フリーが始まりましたぁ〜〜〜。
 
それでは今日はこの辺で・・・。
 
 
【追記】
高橋選手、優勝おめでとう〜〜〜。
羽生選手、準優勝おめでとう〜〜〜(2位で?いいのかな??)
小塚選手、SPの出遅れを取り戻しての4位入賞、おめでとう〜〜〜ワールド!期待しています。
 
先日の予告で、国松(忠長)にも乳母がいて、その名を 「朝倉局 (あさくらのつぼね)」 と言う・・・と書きました。
 
さて、この名前につきましては、実際の所、真偽の程? 定かではないのですが・・・
 
朝倉義景 (よしかげ)」の直系の曾孫 「朝倉宣正 (のりまさ)」の、であり・・・なおかつ「土井利勝 (としかつ)」の、 と言う事は確かなようです・・・。
 
「朝倉家」 と言いますと「京極家」に代わって、越前を治めた 名門であり・・・かの、「浅井家」の主筋でもあります。
「信長」によって滅ぼされましたが、例の 「家康の名門復活政策」によって、宣正の父 「朝倉在重 (ありしげ)」の時代に、家康に仕えました・・・。
その子「宣正」は、早くから 「秀忠」に仕える事となります・・・。
 
又、「土井利勝」 と言えば・・・家康の伯父 「水野信元 (のぶもと)」の息子となって居りますが・・・
「家康の御落胤」 との噂がある方で、
秀忠」が生まれてよりすぐに 「側近第一号 」として、城へ上がり・・・6歳年下の 秀忠の 良き兄貴分として仕えた方でした・・・。
( 因みに、1573年生まれで、「江」と同じ年・・・ )
そして、秀忠 亡き後は、三代将軍 「家光」の重臣となられました。
 
そんな方の 「」で・・・同じく秀忠側近「朝倉宣正」の 「」・・・が・・・「国松殿の乳母」 だったんです。
 
没落したとは言え「美濃 斎藤家」の血筋に連なる「春日局 (かすがのつぼね)」ならずとも・・・焦りますよね!!
 
「春日局」の側から見ると・・・
 
『 乳母の敵は「御台所 (江)」に非ず・・・乳母の敵は、乳母!! 』 なのです・・・。
 
「御台所」にたてつく事など、畏れ多い事・・・・・。
 
世間では 「朝倉・土井」 この強力タッグ を知り・・・「国松」の方が、ブレーンも強く、次期将軍として期待されていると・・・勝手に妄想し、その結果が・・・
後世、囁かれる 「江・おふく 不仲説」 だったのではないでしょうか・・・。
 
それでは何故? 「国松の乳母」は 今まで・・・と言うより、今もなお 歴史の表に出てこないのでしょう??・・・。
 
その答えは、「江」が亡くなってからの話になるのですが・・・
 
「秀忠・江 夫妻」の死後・・・三代将軍は「家光」であると、家康の政策により確定事項でもあり、又、その通りになったのですが・・・
 
「家光」より「忠長(国松)」の方に・・・才 があったとしたら・・・???
 
既に「家康・秀忠」は亡くなり、家康の重臣も、秀忠の重臣も、新しい将軍の側近たちにより 閑職へ追いやられ・・・
 
徳川時代初期の「家康の政策」に、揺らぎが生じていたとしたら・・・???
 
確かに「家光」は、将軍職に就きながらも、弟「忠長」を恐れていたふしが見受けられるのだそうです。
 
詳細な話は、人間関係等々、膨大な話になりますので、ここではストーリーだけ簡潔に お示しすると・・・
 
「家光」は「忠長」の、人望、人柄、才能に恐れを抱き・・・「春日局」も又、「家光の世」を盤石なものとせんが為・・・
この両者は、「忠長」の正体を貶め・・・「死」へと誘います・・・。
この時、一緒に処分を受けたのが・・・「朝倉宣正」その人でした・・・。
「土井利勝」は、秀忠に引き続き「家光の重臣」として、長く仕え・・・その一族は幕末まで続く家柄となりましたが・・・
 
これは当然の帰結・・・
 
名門復活政策の 「朝倉」と・・・徳川一門の 「土井」と言う事を考えるとね〜〜〜〜。
 
話は逸れましたが・・・
 
この一件により 「土井利勝」は、意図的に 「国松の乳母」=「自分の妹」 の存在を歴史の闇へと葬り去った・・・。
 
これが、真実なのでは?無いでしょうか??・・・。
 
結果、「 江 対 春日局 」 の構図が作り上げられたのでしょう・・・。
 
「江」さんには、えらく迷惑な話です・・・。
 
 
「永井路子」さん、曰く・・・
 
『 「江」は、信長を殺した「明智」の家臣の血を引く「おふく」を、好かなかったのだ・・・と言う意見があるが、これは歴史を知っているようで、知らない見方です・・・。
 
それなら、「信長」は「江」にとっては、父の敵(かたき)!!
 
殺したり、殺されたりを、いつまでも根に持っていたのでは、あの時代・・・始まらない。
 
「人間、今が大事!」
 
戦国の男も女も、そう腹を据えていた・・・。』
 
・・・なのだそうですから・・・。
 
巷間語られている、数々のエピソードにつきましても・・・書きたいことは沢山あるのですが・・・
話の筋を見失いそうですので・・・
今回の連載は、これにて「おしまい」と、させて頂きます・・・。
 
 
ただ・・・最後に・・・一つだけ・・・
 
実は小生・・・「江」の死亡に関しまして、少々疑問を感じております・・・。
 
非業の死を遂げたとは言え「茶々」は・・・47歳・・・
 
次女の「」は・・・64歳・・・
 
かの「春日局」も、64歳まで存命でした・・・。
 
それなのに「江」は・・・「秀忠・家光・忠長」の三名が京に上っている間に・・・54歳で他界しています。
 
彼女の死因についても、歴史の何処にも記載が無く・・・「謎」のままです・・・。
 
芝「増上寺」に埋葬されている、徳川ゆかりの故人の中で・・・「江」だけが「火葬」されている事実・・・。
 
これ等を、どう判断して良いのやら・・・・・
 
歴史の裏には、まだまだ隠された真実とやらが眠っているようです・・・。
 
 
もしも・・・もしも・・・「江」も又・・・「名門復活政策」の一翼を担っただけ?だったとしたら・・・???
 
後あと・・・徳川の邪魔になる???????・・・・・・・・・。
 
 
                                                                                 《   完  》
 
 
 
 
 
最初に、先日の記事の最後の映像は、こちらでは地上波で深夜に放送される「戦国鍋テレビ」のコーナーで、放送されたものです〜〜〜・・・歴史をパロディってて面白い番組です〜〜〜テレビ欄で見つけたら、観て見てください〜〜〜。
 
 
さて、本題ですが・・・
 
「浅井三姉妹」の中でも「江」が最も知られている時代と言えば・・・徳川初期になるのでしょう・・・。
 
この時期、「徳川家康」が、徳川の世を末永く、安泰に保つ為に実施した「政策」が3つあります。
 
「軍事」では無く「政策」です〜〜〜。
 
一つ目は「怨親平等」・・・これは、「豊臣」以外(当時は豊臣と戦っていた時期でしたので・・・)               の没落した名族を召抱えることにより、「織田」や「豊臣」と違うところ               を見せようと言うジェスチャーであり、狸オヤジ殿のフトコロの深さと言               えるでしょう・・・。
                「さぁ、誰でも来い。怨親平等じゃ〜〜〜。」
                この平和政策は、それなりに評価されるべきものだと思います。
 
二つ目は「長子相続」・・・要するに、徳川家安泰の為には、世襲制度を確立する必要があり、                それには相続の折、お家騒動を起こさない事こそ肝心・・・それには、               人間の力量に関わらず、長子相続と決めていたようです・・・。
 
三つ目は「大奥の確立」・・・過去の歴史を鑑みて、女性の力を、表の政治に出させない事こそ、                 我が世を永らえる秘訣!!??・・・と言う「女性隔離政策」。
 
以上、3つの「政策」から導き出される解答・・・それは歴史が物語っています。
 
「家康」は、織田・豊臣に滅ぼされた家には特に注目しており、例えば甲斐の「武田家」、越前「朝倉家」、明智家の家臣などなど、手厚く扱っています。
又、自分の眼の黒いうちに、今でいう「引退」を決め・・・二代将軍に、「秀忠」を指名し、三代「家光」までをも自ら決めていたと思われること・・・(長子相続の徹底)。
さらに「大奥」を表より隔離することにより、前代にはあった、無用な「乳母戦争」などを予防し「お家騒動」の芽を摘んだ・・・と、なります。
 
江戸時代初期には、この「政策」が功を奏し・・・「家康」「秀忠」が存命中は「徳川家」万々歳〜〜〜。
 
それにも関わらず・・・何故??「江」が 表にも知れ渡るほどの、跡目争いを 「大奥」 に於いて 「春日局(おふく)」と 繰り返したのか??・・・
「おふく」が伯父「信長」を殺した「明智家」に連なる人物だったから???・・・
何故 「国松(忠長)」だけを自身で養育し、溺愛したと言われているのか???・・・
 
これ等すべてが・・・不思議ですよね・・・これが本当なら、全てに於いて「家康の政策」に 「江」は反抗している事になりませんか???・・・
 
 
「大奥隔離政策」により「江」は、姉を助けたくても、身動きが取れなかった事は、疑いようのない事でしょう・・・しかし・・・
 
自身による「国松」の養育・・・考えられません・・・・
「春日局」との次期将軍を巡る・・・争い・・・考えられません・・・
 
前回も書きましたが、「」には「」としての自覚もあり、その務めも十分に果たされた方だと思っています。
 
それでは「春日局」は??・・・彼女も又、十分に自分の使命を果たされた、「最後の大物乳母」だったんです・・・。
 
「江」の乳母「ヨシ」は大奥にも つき従い「民部卿局」と名を変えて、歴史に その名を残しています。
 
そんな環境の 「江」が、セレブの 「江」が、国松の養育を???・・・あり得ません。
 
「竹千代」には乳母をつけたと言うのに・・・「おふく」と言う「明智家 家老  斎藤利光」の娘を・・・なのに「国松」は・・・
 
 
そうなんです!!ご存知の方もおいでと思いますが・・・
 
「国松」にも・・・乳母がいたんです!!、それも相当に大物!!!・・・
 
「春日局」は戦いましたが、相手は「江」では無く「国松の乳母」だったんですねぇ〜〜〜。
 
それでは「国松の乳母」とは???・・・誰だったのでしょう・・・
 
 
又、長くなってしまいましたぁ〜〜〜残りは、次回に持ちこします〜〜〜。
 
「狼少年」??・・・「狼オヤジ」と呼んでください〜〜〜。
 
最後に少しだけ、次回のイントロダクション〜〜〜。
 
 
「国松の乳母」・・・それは、信長に滅ぼされた越前「朝倉家」に連なる方で通称「朝倉局」・・・
 
これだけ、お知らせして、今日は終わります〜〜〜。
 
 
 
 
 
 

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