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今まで、色々と書いてきましたが・・・「 尾張・三河 」 から出た 三大武将・・・
実に、怪しい 3人・・・である事・・・お分かり? いただけたでしょうか??。
「 織田信長 」・・・織田本流では無く・・・傍流であり、出自が怪しい・・・。
室町時代は 「 室町幕府 」 があり・・・「 征夷大将軍 」 なる人物がおりました・・・。
江戸時代にも 「 徳川幕府 」 があり・・・「 征夷大将軍 」 が 「 将軍様 」 と呼ばれていました。
しかし、戦国時代を経て・・・「 室町 」 と 「 江戸 」 の間に位置する 「 安土・桃山時代 」・・・
又の名を 「 織豊時代 」 と呼ばれる時代に 「 幕府 」 は無く・・・と言う事は 「 征夷大将軍 」 も居なかった・・・と言う事です・・・。
「 豊臣秀吉 」 には・・・資格が無かった・・・と、前述しておりますが・・・
「 織田信長 」 は? どうだったのか??・・・彼が、その見識に於いて、その職を 必要としなかった・・・そう言う ニュアンス で、捉えていましたが・・・実際、そうだった? のでしょうか・・・・・。
何か? もっと、秘密めいた真実が・・・そこに眠っているような気がします・・・。
「 織田家 」 勿論 「 信長 」 も・・・「 朝廷 」 を本当に、軽んじていたのでしょうか??・・・。
いえいえ・・・どちらかと言えば・・・その逆・・・言う事は聞かないまでも、色々と 「 朝廷 」 には尽くしていた記録がある事・・・以前の記事にも書きました・・・。
ひょっと? したら??・・・「 信長 」 も又・・・その資格を持っていなかった?? と、考えたら・・・・・彼の行動が、明快に理解できるような気がします・・・。
当時の 戦国武将の中で、一番に 「 上洛 」 し・・・「 朝廷 」 から 「 征夷大将軍 」の称号を頂けば・・・「 官軍 」 です。
「 織田信長 」 に弓引く者は・・・「 朝敵 」 も同然・・・そう言う構図に持ち込む事も・・・
可能であった立場にありながら・・・そうしなかったのには、何か? 不自然さを感じます。
巷間、言われるように・・・「 朝廷 」 を蔑 ( ないがし ) ろにしていた・・・もしくは、そう思っていたのなら? ともかく! ・・・しかし、違うんです・・・なのに? 何故??・・・。
さて、ここで 「 明智光秀 」 に、少し戻って、お話します・・・。
「 尾張・三河 」 の 3人と・・・「 美濃 」 の 「 土岐氏 」 に由来する 「 明智家 」・・・。
この中で、正当に 「 清和源氏 」 の末裔・・・と 正式に言えるのは・・・「 明智家 」だけ。
他の 3人は・・・家系図があったとしても、甚だ 怪しい・・・。
「 秀吉 」 に至っては・・・先祖の家系すら 無かったはずです・・・故に 「 藤原家 」と 養子縁組 をしてまで・・・「 関白 」 の官位を 手に入れた。しかし、本心は 「 征夷大将軍 」 が欲しかったはず・・・どうしても、家系が手に入らず・・・残念!!!。
「 光秀 」 は 「 信長 」 と、色々と、良く似た人物であるとも・・・言われています。
だから、「 光秀 」 は、「 信長 」 の 良き理解者でもあった・・・と、思っています。
考え方が 似てるのですから・・・「 信長 」 の行う 行為についても・・・理解できる・・・
そんな 「 光秀 」 を・・・「 信長 」 は 可愛がっていた事でしょう・・・内心は!!・・・。
そんな 「 蜜月な 関係 」 に・・・水を注いだ 人物が・・・必ず居る!! はずです・・・。
「 信長 」 が 心を許し・・・一番、身近に配置していた 「 光秀 」・・・その 「 光秀 」の事が 面白くない・・・人物の存在です・・・。
さぁ〜ここからは (笑)・・・テレビで2時間の サスペンス劇場〜〜〜・・・。
「 秀吉 」 「 家康 」・・・その立場、姿勢は 違えども・・・「 人たらし 」 が 上手と言う1点で、似ています・・・。
「 たらし込まれた 」・・・その人こそ・・・「 光秀 」 その人だったと、考えます。
結果が・・・「 本能寺の変 」 と 言う事ですが・・・
ここで 「 信長 」 が 発した言葉・・・「 是非に及ばず・・・ 」 実は 「 浅井長政 」の 裏切りを知った時にも 「 信長 」 は、同じ言葉を 発したと言われています・・・。
本来、「 信長 」 の 性格を推察するに・・・「 なにを〜〜!! 小癪な〜〜!! 」 と、強がりを 言いそうだと思うのですが・・・
自身の命の 危機に際して・・・「 仕方が無いよ〜〜・・・ 」 みたいな発言・・・・・
もし、本当に 「 信長 」 が 言ったのだとしたら・・・それは、諦め・・・それも、「 失意の中での 絶望の言葉 」・・・だったのでは? 無いでしょうか・・・。
「 信長 」 にしてみれば、気を許していた、一番 信頼できる部下による 反逆・・・「 青天のへきれき 」 だったのでは? 無いでしょうか・・・・・寂しかったと思います・・・「 信長公 」。
しかし、元々の原因は・・・「 信長自身 」 にあったのだと思います・・・。
「 心の内 」 を、他人に見せず・・・全ての関係を、自分の中で、自己完結してしまう・・・。
これでは、周りの人間達の 「 猜疑心 」 に 「 火 」 が 点いたとしても・・・致し方の無い状況を・・・自ら、作り上げていたとしか? 考えられない のでは無いでしょうか・・・・・。
「 尾張気質 」 が・・・彼の 破滅を・・・呼び込んだ・・・そう思います。
さて・・・「 是非に及ばず 」 は、この辺で・・・終わりとしますが・・・
「 本能寺の変 」・・・「 本能寺 」 で、本当は? どんな事が起こったのか!!・・・・・。
何故? 「 信長 」 は・・・襲われたのか??・・・誰に? 殺されたのか??・・・
まだまだ、歴史の真実は・・・闇の中に深く、その姿を隠しているんです・・・。
次回・・・そこら辺を・・・パパなりに、解明して行きたいと思っています・・・。
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