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忙しい日々が続きなかなか更新できていませんが、
ほそぼそと生きておりまする。
あ、先日大型連休が取れたので初めて北海道に行ってきました。
なかなか良い思い出が作れましたw
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2012年、年明けの挨拶を申し上げます。
先日、年明け間もない日に旧友の訃報が届き、あまり表立って慶事を口上できませんが、
新年のご挨拶といたします。
いやいや、去年はいろいろと事が多い年でした。
しかしながら、去年の記事アップは18件、内純記事は10件と以前は毎日1件常時というのがウソのような体たらく。。。
それもこれも、仕事が充実すると私事がおろそかになるという…
思えば去年の年明け以降初旬3か月は忙殺に追われ、初の徹夜祭りなんぞという戦場を経験し、
例の3.11を皮切りに仕事もプライベートも忙しいやら地に足着かないやら。。。
ん〜阪神のときもそうでしたが、微妙に自分、震源から反れる運命のようです。タイミング的に。
その後も仕事は順調に多忙路線をぶっちぎり、バイクの走行距離はさして伸びず…
ついにはアイドリング不全という…
この件についてはまた機会を見つけられたら書こうと思います。
去年年間で5000km走ったかなぁ…?
それもどこかを走った、という記憶はほとんどなく。
定例ツーリングで目的地まで高速で距離を稼いだとか、くらいな。
ともあれ、去年のこの時期には
「一丁前らしい」の「らしい」を取って「一丁前」の仕事ができる仕事人になりたいと言ってましたが、
技術的にはそこそこかもしれませんが、仕事量だけでいうならば一丁前かなと。
そこの若社長、いい仕事しまっせww
ともかく、社会人としては薄皮一枚剥けたかなという一年でした。
今年一年の抱負といいますか、アレはですねぇ。
はっきりと具体的なチャートはありませんが、早ければ来年度に東京の会社から引き抜きがあります。
既に引き抜きが行われることは確約を頂いております。
あとはタイミング的にいつなのかという話を今後詰めていくわけですが、
ともかく関東に戻って地に足着けます。
それから相方を見つけるなり迎えるなり。。。
あとはこの多忙地獄なのをきっちり片づけたいなぁ。
このどろどろな現状を片づけることができれば自他共に認められるハクが付くかなぁ〜なんて。
そんなこんなな年明けでございます。
あ、また例によって初詣まだ行ってないやw
南無三。
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世の人に言う。
自分の道を見つけたら、 逃げるな。 曲げるな。 偽るな。 自分の信念を 隠すな。 汚すな。 偽るな。 間違ったことを 認めるな。 譲るな。 匿うな。 自分を 知れ。 信じろ。 貫け。 無知は罪ではない。 が、知らねばならぬことを知らずに済ますことは大罪である。 生きる努力を放棄することはすべての生物への冒涜である。 それを促す発言をするものは神への冒涜である。 自分の信念です。 これが折れない限り、自分は前へ進み続けるでしょう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
すっかり忘れてたセリフです。
2年前に自分で吐いたセリフです。
このときは力があったなぁ。。。
久しぶりに自分の過去記事読み返してみました。
自分を思い出すためでもあります。
以前は毎日のように記事を書いては政治にモノ申したり、自分はこう考えているんだとか。
興味がある人は ほじくりかえして読んでやって下さい。
2009年の1月25日の記事だったと思います。
自分は、自分の発言に最低限の責任を持って発信しようと努めています。
mixiを見ている人はプロフを見ていただけたら良いと思います。
私は本名を公開しています。
あえて言います。
「この発言は 鈴木 優の発信です。」
自分は自称、アマチュアカメラマンです。
その活動はあくまでも趣味の域を出ませんが、自分の作品には最低限の責任を感じていますし、
自分の美意識、プライドを持って扱っています。
あるとき、とても目が綺麗な人の写真をアップしたら本人から
「お願いだから目線を入れて!!」と言われ、渋々入れました。 あれって、僕にしてみれば、本人の顔にいたずら描きをしているようなモノで、 せっかくの綺麗な顔に泥を塗って、あえて汚くしてるんです。 僕の稚拙な美意識ですが、美しくない。 もしもモナリザの口角が1ミリ下がっていたら、
ミロのビーナスの眉毛が1ミリ下がっていたら、 達磨菩薩がサングラスをかけていたら… ちぃっとも説得力ないと思うんですよね。
そういうこともあって、自分の絵は何も足さず、何も引かず、 ありのままの画像を公開することで、 そのときその場に居合わせた人たちが感じた雰囲気を そのまま表現できたらと想います。 と同時に、人の顔を撮るということは
人の顔を「借りる」のだということ。 自分が撮る写真は「レンズの向こう」の人の顔。 写真に写った人の顔は、僕が使うより できれば写っている当のご本人に使って頂きたい。 だからホントは、その顔を「お返し」したいわけです。 自分が絵を見せるときは自分なりの納得が得られた、責任を持てるものを見せています。
それは対外的な公開のときも、内密のものも。
…自分の写真を否定されました。
自分の「絵」を「最低」と言われました。
一番言って欲しくない人に。
心が折れそうになったときに、冒頭の一文を読み返しました。
まだ少し、力が戻ってきたような気がします。
気 だけ します。
久々の更新がつまらん記事で申し訳。
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京都 祇園 祈りの灯 にて
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