2005ドイツ(ベルリン)
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2005年1月に出かけた3泊5日のベルリン旅行の画像です。
すでにこれまでの記事で利用した画像もありますが、ご容赦ください。
すでにこれまでの記事で利用した画像もありますが、ご容赦ください。
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ホテルでちょっと休憩をしてから、ベルリンフィルハーモニーへ向いました。 前回の訪問時にはちょうどフィルハーモニーが改装中で、中に入ることが出来ませんでした。 ベルリンフィルの定期演奏会には、2回足を運びましたが、会場はシャウシュピールハウス (現コンツェルトハウス)でした。 昼食を済ませていなかったので、ソニーセンター近くで焼きソーセージ(パン付き)を 購入して、頬張りながらフィルハーモニーの受付に行きました。 1時からのホールツアーに参加したのは20名弱です。 私が参加したドイツのツアーでは、いつもガイドさんは複数の言語を話してくれますが、 さすがに、これまでも、今回も日本語は無しでした。 全てを理解することは無理でしたが、英語とドイツ語でゆっくり話してくれたので 外国語がほとんど駄目な私でも多少は理解が出来ました。スタッフの方、全般的に親切です。 本来、ホールの中は撮影禁止ですが、ホールツアーは認められていますので 堂々と撮影OKです。 おおよそ1時間弱のホールツアーですが、結構あちこち見せてもらえて音楽好きな 人には楽しいツアーだと思いますよ。おまけに無料だし。 事務室にはspielplanのバックナンバーなどもあるので、気になった記事があったら 持ち帰りもOKです。 そして、取って返して、3時からベルリン国立歌劇場のバックステージツアーに参加です。 こちらは予約が必要で、費用もかかります。 本当はオペラを見たかったのですが、どうもプログラムがイマイチで断念。 かといって、毎年のように文教予算の削減で、劇場の閉鎖の話題が付きまとう状況なので、 是非入っておきたかったのです。 オペラは観れないけど、せめてバックステージツアーだけでもという思いで予約しました。 ちなみにこの日の公演は画像(左側垂れ幕)にもあるようにトゥーランドットでしたが、 中にあるセットは、変な怪獣のぬいぐるみ、何メートルもある巨大折りたたみ式携帯電話、 日本の4コマ漫画のようなカットで描かれた漫画・・・訳の分からない前衛的な演出が 流行のドイツとは言え、「こんな演出、絶対見たくない。お金をもらっても見てやんない」 って思うくらいひどいセットでした。 ちなみに、そのオペラを見た人に感想を聞いたら、「人生の中で3本の指に入るくらい ひどい演出。あと、ドイチェオーパーのサロメも入る」と言われました。 その人の人生の中で、ワースト3に入るオペラを3泊5日のスケジュールの中で2回も 観るところでした。あぶない、あぶない(^^; バックステージツアーを終えて、再び、ホテルに戻り、簡単に腹ごしらえをしてから、
昨日に続き、ドイチェオーパーへ。 この日は、プッチーニの「マノン・レスコー」。 主役のニテスク嬢は、日本でも何度か主役級を務めたことがある人。 派手さは無いですけど、しっかりマノンを歌い上げていました。 安心して聞ける歌手かな?という印象でした。 |
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ここのところ仕事が忙しく、旅行に出かけることもままなら無いので、昨年のベルリン旅行の 写真を少しずつアップしているところですが、このドイツ旅行でも多くの方々に助けていただいたので お礼の意味も含めて書かせていただこうと思います。 ドイツに入国して数時間後、私はベルリン・ドイツオペラの中にいました。 ベルリンに到着してすぐにホテルにチェックインし、オペラハウスに向かったのですが、 それでも開演に間に合うかどうかぎりぎりの時間でした。 タイトルロールのサロメを歌うスーザン・アンソニーは、以前、ハンブルグに行った時に見た ワーグナーの「神々の黄昏」のグートルーネ役で聞いたことがあります。 今回はタイトルロールということもあり、時間があればサインをもらってみようかと考え、 当時の配役表を持参していきました。 終演後、初めてのオペラハウスなので、一応、楽屋口を観にいったところ何人かの地元ファンが 歌手の出を待っていました。そこで、地元の人に話しかけられて少しだけ話をしたので、 ついでに出てくるまで待つことにしました。せっかく待つのならサインをもらおうと カバンを探してみると・・・ペンが無い。そう、ホテルの中に置いてきてしまったのです。 そうこうしている間に、スーザン・アンソニーが出てきてしまいました。 仕方なくあきらめ掛けたとき、サインをもらい終わって帰ろうとしていたドイツ人が 「どうしたの?」と声を掛けてくれました。「ペンがなくて。。。」 すると彼は自分のカバンからボールペンを出して、「まだ間に合うよ、あっちにいるよ」と スーザン・アンソニーの歩いている場所を指差します。 おかげでサインをもらうことができました。急いで戻って彼にボールペンを渡そうとする 「いいよ、あげる。ペンが無いと困るよ」と言って、自転車に乗って立ち去っていきました。 その時のサインといただいたボールペン(Moevenpick)が下の写真です。 翌日、午前中の観光を終えて、午後3時からコンツェルトハウスでベルリン・ ブランデンブルグ州立連盟の合同ニューイヤーコンサートがあったので、会場に足を運びました。 ただ、特に有名な歌手が出るコンサートでも無いので、どうしても聴きたいというほど気合が 入っている訳ではありません。 ただ、初めての本場のニューイヤーコンサートですから、機会があれば・・・程度で気持ちで チケット売り場に行きました。チケット売り場のおばさんは早口のドイツ語で話すので、 部分的には分かるもののはっきりしません。でも、どうやら私が行ったチケット売り場は、 予約チケットの受付であり、当日券売り場は別のところにあることが判明しました。 そこで、当日券売り場に行ってチケットはあるか確認すると、「売り切れ」という返事。 どうしても聴きたいというほどの公演ではなかったので、コンサートを諦めて市内観光をするつもりで、 踵を返しかけたところ、近くに居た場内案内係りの男の子(どう見ても私より年下)が、 「このチケットをあげるよ」とチケットを差し出しました。私もびっくりしたのですが せっかくのご厚意なので、チケットを受け取りお金を出そうとすると「招待券だから お金はいらない。コンサートを楽しんで来て」と言って仕事に戻っていきました。 いただいたチケットの場所に座っていると、開演5分前くらいに彼の知り合いと 思われる女性が隣にやってきました。日本人と知ってちょっと驚いたようですが、 ちょっと間をおいて、ドイツ語で話しかけてきました。残念ながら私が少ししか ドイツ語を理解できないことがわかると、英語で「彼からチケットを譲ったと話を 聞いています。コンサートを楽しんでね」と言ってくれました。 最初は私が音楽を知っているか心配そうにしていましたが、曲が終わるごとに 「日本語では○○という名前ですよ」と話しているうちに、「私よりも良く知ってるわね」と 言って、安心していただけたみたいです。 こうして、売り切れ公演のニューイヤーコンサートを聴くことができました。 その時のパンフレットと入場券です。 第3日目、翌日の午前中には帰国便に乗らなければならないのですが、あちこち観光を しているうちに、美術館へ行く時間がなくなってしまいました。 今回の旅行でベルリンを選んだのは、ゲマルゲガレリー(絵画館)にフェルメールの絵 があったことも理由の一つでした。 閉館45分前、何とか絵画館に到着して、建物の中に入っていき入場券を購入しようと すると、「1時間前で当日券販売は終わり」と言われてしまいました。 翌日は正午近くのフライトなので、翌朝に再訪することは絶対に無理。 そこで、もう一度、「明日の午前中には日本に帰らなければいけません。フェルメール だけでも見せてもらえませんか」とお願いすると、彼女はかなり渋い顔をしながらも「オーケー」 「入場料は?」「フェルメールだけ?そこの階段を下りて荷物を預けて、そこを左にいったところに あるから。急いで!!」 今回の件は、完全に私のわがままにも関わらず、短い限られた時間とは言え、入場料も支払わずに、 フェルメールを見る機会を与えていただきました。 彼女の親切はずっと心に残っています。 こうしたドイツ人のご厚意により、3泊5日の本当に短い旅行が、実り多い、充実した旅行と
なりました。 ドイツの皆さん、本当にありがとうございました。 |
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朝食が可能な時間になったので、とりあえずホテルに戻り食事を済ませてから、 午前中の観光に。 前回観にいっていないところを観て回ろうと思っていたので、 まずは手近な連邦議会です。 ドイツ連邦議会議事堂は、国会の開会中で無ければ比較的自由に中を見学させてもらえます。 入り口のところで持ち物検査をされますが、かなりいい加減(?)。 ただし、私の後から来た中東系の人達は手荷物の確認をされていましたが・・・。 1階から屋上まで直通のエレベーターで上がります。 まずは屋上からベルリンの市内をぐるりと見回します。 一時期に比べると建設ラッシュは落ち着いているのでしょうけど、まだまだ 建設は続いています。 遠景で分かりづらいですが、写真の中央に見えるのはベルリン中央駅の建設風景です。 これまでベルリンの中心的な駅は通称ツォー駅(動物園駅)でしたが、今後は ハウプトバーンホフになるそうです。中央駅の付近の建築物は何も無い状況でしたから きっと計画的な建築が続くのでしょうね。 あと、ドイツ国旗が弔旗になっているのは、スマトラの津波の犠牲者のための弔旗の ようでした。他の国の大使館の前もたくさん通りましたが、例外なく弔旗が掲げられていました。 アジアよりも欧州でこうした慰霊に対応をたくさん見たことには、アジアの人間の 一員として、残念な気がしました。 一周したところで、屋上の中央にあるドームの中へ進みます。 ドームには円形の展示スペースがあり、中央部分はガラス張りになっていて 真下にある連邦議会の議場を見ることが出来ます。そういう構造だから会議開会中の 見学は無理なんでしょうけど。展示スペースには大戦前からベルリンの壁崩壊などの 出来事が写真展示されています。是非、一度足を運んでください。 続いて、ハンブルガーバーンホフに行きましたが、開館まで1時間以上あったので、 外観だけを眺めて、鴎外記念館に移動。 鴎外記念館は開館20周年記念で、建物の外観に展示する「鴎外」(←本当ははこがまえの中は メではなく品)の文字のコンペを開催中。開館の方から投票をお願いされたので、 芸術的センスは全く無い私も清き(?)1票を投じてきました。 記念館の方はとても親切で、いろいろお話をしていただけました。もちろん、お仕事を されているので、そうそう長話も出来ないでしょうが、参考になるお話も聞かせて いただけると思います。 続いて、博物館島方面に歩いて行く途中で、ZDF(ドイツの放送局)の方から声を掛けられました。
ドイツ語でインタヴューされてもねぇ〜。仮に英語で質問されても、適切な回答が できると思われないので、「ドイツ語、話せません」と言って無視しちゃいましたw。 |

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