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分類難しいな−・・・と、いきなり独り言ですみません、wenderpunktです。
オタクもしくはその近辺の方々には先刻ご承知のことでしょうが、
本日(1/23(日))の13時から、アキバの歩行者天国が試験的に再開ということで、
ふらりと様子を見に行ってきました。
12時40分くらいに着いたのですが…いや、すごい人出でしたね(^^;
例の殺傷事件の現場だった交差点に面しているベルサール秋葉原で
歩行者天国オープニングセレモニーが開かれていて、見てみようと思ったのですが
歩道までみっちりと人が詰まっていて、ちょっと入り込める雰囲気ではありませんでした。
反対側の歩道から眺めていましたが反対側も結構な人(笑)
きっと私のような物見高い人々が詰めかけていたのでしょう。
アキバ系=オタク というよりは、 アキバ系=イベント好き・ネタ好き
というのがより正しいと思うのですよ。個人的には。
交差点のそばには車止め用のパーツ(?)がたてかけてありました。
地元の自警団(?)や警視庁の方もいっぱい詰めてましたし、 そこら中にテレビカメラやスポーツ紙記者のスティルカメラがぞろぞろ。
上を見上げれば報道とおぼしきヘリコプターがざっと見ただけで4機(笑)
車道には偶然か、今日を狙ってきたのか、宣伝用のラッピングカー(?)
なんか出会い系か風俗みたいのが1つ混じってましたが、
1つは「バクマン!」、1つは「神のみ」。
買い物をちゃっちゃとすませて再び地上に降り立ったのが12:50頃。 さらに増えている人 人 人 …
ベルサールの斜向かいくらいでそのときを待っていると、
12:55くらいからマスコミが車道の真ん中に脚立等を並べ始めます。
おいおい、まだ時間前だぞ…と思ったら、どうも5分前くらいから
警察が車の進入を止めていたようで、あとは既に入り込んでいた車が
外に出るだけ。マスコミだからといってフライングは許されないとは
思うのですが、まあ彼らも仕事なので目くじらは立てないことにして、
取り締まりは警察に任せます。
13時直前になって、1台の白バイが何か話しながら
万世橋方面からゆっくりと走ってきました。
周りが騒がしかったのでよく聞こえませんでしたが、
たぶん、「歩行者天国は13時からなのでご協力ください」
というような内容だったと思います。
そして、13時直前。ベルサールの方から開催(?)宣言が聞こえて、
いよいよ、アキバの歩行者天国が復活しました
(写真入れたいところですが、顔にモザイクかけるのが面倒なので(ぉぃ
差し控えます。すみません)。
とりあえず、車道をまっすぐ歩くのは不可能だったということだけ指摘しておきます。
…なんで普段の歩道より今日の車道+歩道の方が混んでるんだよ!
けど、10年くらい前に初めてみたアキバが歩行者天国であった私としては
やっぱりこのような「ごちゃごちゃした」アキバの方が親しみが持てます。
商売的にどうなのかは分かりませんけど、街の活気という点では
歩行者天国があった方が間違いなくいいですね。
…メロンととらの間、すいすい移動できるし(こら
ベルサールの斜向かいに、あの事件の犠牲になった方々に手向けられた
花や飲み物やお菓子が改めて供えられていました。
手を合わせる人、黙礼する人、それを取材するマスコミ。
犠牲者の中に私の直接の知り合いはいませんが、アキバを愛する者として
10秒ほど黙祷して来ました。
アキバの歩行者天国が取りやめられていた最大の理由は
あの事件そのものというよりも、年々エスカレートし続ける
パフォーマーたちの行状を苦々しく思っていた地元の人々が
事件を契機に決断したものだと思われます。
この決断を批判するつもりはありません。ただ、新しいもの、新しい価値とは
既存の良識と、新しい考えやその表現とがぶつかり合う潮目に生まれるものであろう、
という私は思っています。良識ある人々が眉をひそめるような意見や表現の中に、
次代を担う思想や新たな良識が含まれているのではないか、と。
だから目くじら立てずに自由にやっていこうよ、というつもりもありません。
むしろ、やりたいことをやる若者と、眉をひそめる中高年の対立、という図式は
この国の発展のためにむしろ必要なものだとさえ思うのです。
他の分野で、こういった対立が見て取れるものがいくつあるでしょうか?
猥雑さも含めてこういう場所だからこそ、この不況の時代にあっても
秋葉原は活気を保っているのではないでしょうか。
歩行者天国はとりあえず6月までの限定ということですが、
初めてアキバを見たのが歩行者天国実施時だった私としては
何がなんでも継続していただきたいところです。
そのためには、我々が最低限のルールを守ることはもちろんですが、
地元の方々にも一定の度量を見せて頂きたい。
それは、野放図な若者を叱るな、ということではありません。
皆さんの良識に反する所行があれば、むしろどんどん叱って頂きたい。
ただ、叱った後で、彼らは何をやりたかったのか、
少しでいいから、そこに思いを馳せてみる度量を持って頂きたいのです。
新たな価値観は、そんなせめぎ合いと相互理解の狭間から
生まれてくるのではないでしょうか。
長くなりましたが、今日はこのへんで。
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