ドナー日記

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ドナー日記 〜退院〜

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ちょっと間が空いてしまいました。
ようやく退院。ひとまずこれで、日記形式の更新は終わりです。

--------------------
退院予定日

5:30
 目覚ましをセットしていたので、目が覚めた。痛みは残るが、昨日よりは明らかに体が軽い。
用を足しついでに採尿を済ませた後、自主検温。36.8℃。ここに来て最も低い体温である。
寝起きなので多少割り引いて考える必要はあるだろうが、それでも一応熱は引いてきたらしい。
そうなると、帰る前にシャワーを浴びたい気持ちが強くなってくる。面白いもので、
そう思うと自分の体臭も一層気になってくる。

6:00
 採血は6時〜7時の間と聞いていた。採血が済み次第帰り支度や風呂の準備をするつもりだったが、
なかなか現れない。仕方ないので、風呂の準備だけして、その後は本を読んで時間をつぶすことにした。

6:50
 結局、採血があったのは朝食前ぎりぎりの時間だった。向こうにも順番があるので仕方ないのだが、
こっちは退院する気まんまんなのでどうも待ち時間が落ち着かない。採血結果が出るのは
早くても10時は過ぎということだったので、あとは完全にフリータイムである。

7:20
 食事のアナウンス。今日の昼食は、例の名物を食べて帰るために辞退したので、
これがこの病院で最後の食事。メニューはいつもの五分粥と梅びしお、あとはカリフラワーの
スープ煮卵とじ、焼麩のみそ汁にりんごジュース。取りに行くと、ナースステーションの中に
N先生がいるのを見つけた。早いなぁ。挨拶しようかと思ったが、忙しそうだったのでやめた。
時間があれば、また様子を見に来てくれるだろう。

 朝食の係の中に、最初の日に説明等をしてくれたMさんがいた。今日退院なので
挨拶しておこうかと思っていたら、向こうから「wenderpunktさん、今日退院ですね」と
声を掛けてくれた。よく覚えているもんだ。そういえばこの病棟、看護師さんも配膳係の人も、
患者全員の顔と名前を一致させてた気がする。プロだなあと改めて感心した。

 部屋に戻り、朝食を摂る。2/3ぐらい食べたところで、思った通りN先生が現れた。
第一声「えらいベッド高いなぁ」。ああ、そういえば食事の時はベッドをめいっぱい上げているのだ。
いつも座卓の食事なので、この方が落ち着く。

 これまでの経過について説明を受け、簡単な問診があった。N先生によると、
採取後の経過自体はごく普通で、心配はいらないとのこと。解熱鎮痛剤を使わなかったことについて
「よく我慢しましたね」と笑っていたが、自分ではそれほどやせ我慢をしたつもりはない。
単に、痛みの種類がたまたま私の耐えられるものだったというだけである。
もっと鋭い痛みだったら、躊躇なく坐剤を頼んでいただろう。

 「他には?何か痛いとことか、気になるとことか」

聞いてくれたので渡りに舟と、例の内出血のことを報告してみた。いくら相手が医者とはいえ、
場所が場所だけに若い女医さんよりはベテランの男性医師に聞く方がはるかに気楽である。
場所とか状態とか、今の痛みについて聞かれた後、

「そのへんにも力がかからないように、腰回りにクッション当てて浮かせるとか、
配慮はしてるんですけどね…どうしても男性はよけいな出っ張りがあるんで、
たまにそういうことがあります。どうも申し訳ないです」

と謝罪を受けた。よけいて(笑)。男同士だから言える言葉だな。

「で、今も痛いですか?出血があるとか」
「いや、出血はないみたいです。皮が剥けてきたみたいで、ヒリヒリしますけど」

改めてお詫びをされた後、

「もし擦り傷にしては治りが遅いようであれば、また連絡ください。ちゃんと対応しますので」

とのこと。単なる内出血であればこちらも気にするほどのことではない。それで納得した
(ちなみに、後日のことになるが、数日したらちゃんと跡形もなく治った。念のため)。

「では、これで。術後検診の日は、先に採血とか色々言われると思いますけど、
まずは僕の部屋に直接来てください。他のこと始まる前に一番に診察させてもらいますんで」

忙しい人のようなので、先に済ませた方がお互いに都合がいいのだろう。了承すると、
N先生は去っていった。あ、シャワー浴びていいか聞くの忘れた…
で、残りの朝食を平らげる。食後にはまたプリンをつけた。単に食べたかったのもあるが、
残すと持って帰るのが面倒なので。

 8:00過ぎ
 母親からメール。父親は出勤だが、母親は退院の手伝いに来てくれるとのこと。
最初は兄夫婦(二人とも月曜は休み)が来るからいい、ということになっていたのだが、
やはり母が落ち着かないようで結局来ることにしたらしい。それと前後して、
兄夫婦が数年来可愛がっているモルモットが昨晩から具合が悪い(餌を食べずにぐったりしている)
らしく、病院に連れていくとの情報が入った。二人には今のところ子供がいないので、
モルモットが子供代わりのようなものである。

 兄は、私との約束があるのだから、予定通り車でこちらに来て、義姉がその間に
タクシーでモルモットを病院に連れて行くと言っているらしいが、迎えに来てもらおうとしていたのは
ヒマそうだったからであって、忙しいのなら、母も来てくれたことだしわざわざ
そこまでしてもらう必要もない。電話をして気にしないように伝えた。
母も同じことを言っておいたようで、結局二人で獣医さんに向かった模様。
このときはそれほど深刻に受け止めていなかったのだが、結果的には、この選択が正解となった。

 8:20過ぎ
 先ほど採血をした看護師さんが再び登場。採尿カップを回収して帰っていった。
ついでに、さっきN先生に聞きそびれたシャワーの件を聞いてみる。

「傷がふさがってれば大丈夫だと思いますけど…一応確認しますんで、待ってもらえますか?」

了承。

 9:30頃
 いつもの時間にT先生登場。N先生から例の内出血のことを聞いたらしく、

「あの、どんな感じです?前の方」

 来たか、と思ったが、身構えたり恥ずかしがるとお互いに気まずいので、
努めて朗らかに(苦笑混じりに)、N先生にしたのと同じような説明をした。
返答も、大体同じような感じであった。やはり全身麻酔だの手術だのというのは
体になにがしか負担を掛けるものらしい。バンクの人を始め、皆慎重すぎるほど慎重に
事を進める理由がまたひとつ分かったような気がした。あとは一通り説明を受け、
今朝の血液検査結果に問題がなければ退院可能であることを確認。ついでに、
お願いしてあった診断書をくれた。

「では」と言って帰ろうとしたのを引き留めて、シャワーを浴びていいかどうか尋ねる。
最終判断は主治医だし、直接聞いた方が手っ取り早い。OKが出たので、
先生が去った後で早速シャワーの準備を始めた。

 10:00頃
 シャワーを浴びて、また全身をシャンプーで洗う。再びモイスチャー。泡立ちが悪く、
ああ、やっぱり汚れているなと実感。体にまとわりついたニオイが落ちていく感じが心地よい。
生き返った気分。

 上がって体を拭いて、そういえば着替えを用意していなかったなと腰にバスタオルを巻いて
荷物を探ろうとしたら、事務の女性がカーテン越しに声を掛けてきた。退院に必要な書類と、
診断書代の請求書を持ってきたとのこと。ちょっと迷ったが、待たせるのも、出直してもらうのも
申し訳ないので体が濡れていないことを確認して、バスタオルを巻いた状態で部屋に入ってもらった。

…けどやっぱり、ちょっとだけ待ってもらった方が良かったのかも知れない。
済んでから後悔。すみません…お見苦しいところを。

 10:30頃
 母来訪。退院手続書類を見せると、
「じゃあ、精算だけ先に済ませてくる」と言って書類を持って行った。

基本的にドナーには、入院時に金銭負担は発生しない。
寝間着が有料の病院で借りたりするとその分は退院時に精算する必要があるが、
入院時にコーディネーターから渡された支度金(\5,000)の範囲内である。
ただ今回は、入っている保険会社にドナー給付金を申請するつもりだったので、
診断書が必要で、その分の代金は退院時に支払わなければならなかった。

 母に診断書代を渡そうとすると、「いいよ、お見舞い金代わり」とのこと。
ここまでさんざん世話になってるのでちょっと迷ったが、ありがたく受けた。

 10:40
 母と入れ替わりに、看護師さんが現れた。最終確認のようなものらしい。が、
血液検査の結果がまだそろっていないとのこと。もうしばらく待つことにする。

 11:10
 既に母が精算手続を済ませ、検査結果待ち。なかなか出てこない。混むとは聞いていたが、
もうこちらは荷造りも着替えも全て済ませて退院するばかりの状態なので、どうも落ち着かない。
荷物の中から本を一冊引っ張り出そうかとも思ったが、面倒なのでひたすらテレビを見ていた。

 11:30
 他の看護師さんにも声をかけて、ようやく検査結果OKの返事をもらった。
母に一部荷物を手伝ってもらって、病室を出る。ナースステーションにT先生がいたので、
お世話になりましたと声を掛けた。エレベーターに乗って、1階の受付で最後の退院手続を済ませ、
次回検査の予約票をもらう。これで本当に、退院である。

 バストイレが狭いが、それ以外はまず文句のない快適な病室であった。
もうあんな金のかかる病室に入ることないだろうなぁ、と思いながら、病院近くの駅に向かう。
フラフラしたり、息が切れたりする様子もない。かがむと腰が痛いことを除けば、到って健康。
これなら新幹線に乗っても問題あるまい。

 12:30
 病院から市街地までの路線を降りて、今度は新幹線の駅に向かうのだが、その前に
楽しみにしていた名物料理で昼食。場所は事前検査の時に確認してあったのだが、
結構歩くので荷物が重い。コインロッカーを使うことにした。

 人気店なので母と二人、15分ほど並ぶ。食欲はちゃんとあるので普通に食べられるだろうが、
初めて食べる料理なのでもっともベーシックなものにした。なるほど、おいしい。
が、退院当日に食べる料理としてはパンチが効きすぎている気もしないではない(笑)。
まあ、おいしく食べられるのは健康の証拠ということで。

 ついでに生ビール…とか考えたりもしたが、さすがに母に止められそうなのでやめておいた。
いっしょにいるのが兄夫婦だったら、多分頼んだだろう。

 14:00頃
 結局新幹線の駅まで母に付き添ってもらい、改札で別れた。記念にグリーン車に乗ってやろうかとも
考えたが(差額は自分持ち。念のため)、ちょうどグリーン車料金が高くなる
ぎりぎりの距離だったので、もったいない気がして断念。またいずれ乗る時もあるだろう。

 のぞみを待ちながら、上司に退院報告をしようと会社に電話を入れたのだが、
あいにく会議中らしい。呼び出してもらったり、携帯に電話するほどの用事でもないので、
代わりに同室の先輩につないでもらい、退院報告と、上司への伝言を頼んでおいた。

 特に面白くもないので省くが、痛みと相談しながらも、重い荷物をひきずって
家路は何も問題なく踏破した。ただ歩くだけなら、それほど問題にならない痛みである。
ただかがんだりすると結構痛いので、肉体労働の人にはちょっとつらいかもしれない。

これにて、私の入院生活は終了。その後のいきさつについては、また後日譚として
書くことにしたい。

ドナー日記 〜後日譚〜 につづく

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おはようございます。wenderpunktです。

金、土、日と動き回っていて、昨日遅くにようやく帰ってきました。
朝一番からなんですが、疲れました。

で、少し間が空きましたがドナー日記のつづき。
もう少しで退院です。

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15:15
 見舞客は友人のSさん。学生時代同じ研究室の1つ先輩なのだが、
向こうは早生まれなので誕生年は同じ。非常に趣味が合う人で、
雑談したり食事したりしてるうちにいつの間にやらほぼタメ口をきくようになった。
これじゃ馴れ馴れしいかな、と思って敬語に戻してみたりもしたのだが逆にイヤな顔をされた
(急に距離を置かれた気がしてイヤ、とのこと)ので、既に開き直っている。
相手がどう思っているかは知らないが、親友、と言っても多分許してくれるだろう。
手術の話をしたら痛そうな顔をして嫌がっていた。面白いのでさらに詳しく話す(悪趣味)。

 見舞い品はこちらの地元の洋菓子店のものだというジュレ(ピーチ、グレープフルーツ)。
それと、以前リクエストしておいた、Sさんの勤め先をはじめ特定の場所でしか購入できない
某大人向け炭酸飲料(退院してから用である。念のため)。

 そういえば、さっき出て行ったUさんに氷枕の交換を頼めば良かった。
半ば独り言でそう言うと、Sさんがナースステーションに頼みに行ってくれた。
Uさんとは別の看護師さんが持ってきてくれたが、なぜかベッドではなく、
私とSさんの間にあるテーブルにポンと置いて去って行った。

ちなみに、Sさんは女性だ。ということは、氷枕がベッドではなくテーブルに置かれたのは、
おそらく看護師さんが気を回したのだろう。

「これは、あたしが置いてあげるように、ってことなんかなぁ」

と言うあたり、Sさんも同じニュアンスを感じ取った模様。
が、まことに残念ながら、私とSさんはそういう関係ではない。
むろん頼めばそれくらいやってくれるだろうが、ここは素直に自分でセットした。
よく考えたら、入院してからN先生と父と兄以外、誰一人男性と話をしていない気がする。
いい状況と言えばいい状況だが、この年になると大勢と触れあうよりも一人の親密な女性が欲しい。
いや、Sさんは友人としてはこの上なく親密な間柄ではあるのだが、それはそれとして。

さてSさんは学生時代からの茶飲み友達であり、その応接にはお茶が必須である。
緑茶のペットボトルはあるのだが、よく考えたら客用のカップやコップや湯飲みがない。
相手も物欲しそうにしている(笑)。どうしようかと思ったが、冷蔵庫に両親が買ってきた
ミルクティーのミニペットがあることを思い出した。コーヒーもあるが、
どちらかと言えば彼女はお茶党。

「冷蔵庫にミルクティーあるから飲んでいいよ」と言ったら、
遠慮する素振りもなく取り出して飲み始めた。こういうところはさすが親友(笑)。

喉が渇いていたらしく、結構あっという間に完食ならぬ完飲。
飲み干してから自分の所業を省みるような素振りを見せるのがまたこの人らしい。

Sさんは買い物の話とか手術の話とかエーテル理論(え?)の話とかを1時間ちょっとして、
帰っていった。もう少し話していたかった気もするが、彼女の自宅までは結構時間がかかるので、
これ以上居ると帰りが遅くなってしまう。あまり引き留めるのも申し訳ない。
はるばる来てくれたことに感謝。

あとはまた夕食まで本を読んだり音楽を聴いたりしながらつぶす。やっぱり、
闘病でなくとも入院生活は単調なものだ。単調な1日は長く感じるが、
単調な日々はあっという間に過ぎ去る。子供時代、1日が長く感じたのは、
それまでに歩んできた人生が短いから、というだけではなく、日々が新鮮で
変化に富んでいるからではなかろうか。

”今”の体感時間は日々の密度に反比例するが、過去を振り返って見るときは逆に、
その体感時間は日々の密度に比例する、ような気がする。毎日が忙しくて変化に富んでいたら、
1日1日はあっという間に過ぎるが、後に振り返ればその人生は太く長い日々で
構成されているのではないだろうか。入院して毎日同じような生活をしていれば、
毎日は長く感じるだろうが、振り返ってみたらあっという間に1年くらい経過してしまうことだろう。

 と、埒もないことを考えたところで、いいかげんシャワーを浴びたいなと思い始めた。
もらったパンフや予定表だと、今日の午後にはシャワーの許可が出るような感じだったが、
実際のところどうなのだろう?傷がふさがっていたとしても、熱のことを考えるといささか気が引ける。熱が引いたのを確認してからのほうが良い気もする。

 でも汗くさいなあ…きっと汚れてるだろうなぁ…と思って、傷跡のガーゼも含めて
全身のあちこちを確認してみた。傷跡を見るには下着も下ろす必要がある。
カーテンを引いて見て見ると、いつもは黒くないはずのところでなんだか黒いものが視界に入った。
え?と思ってよく見直してみると…陰部(茎の方)の先っぽが、どす黒く変色してしわが寄っていた
(さすがに写真は載せられないので割愛)。ぎょっとする。変色は結構下の方に集中していた。
排尿時は上からしか見ないので気がつかなかったらしい。風呂にでも入れば気付いたのだろうが。
 今にして思えば、下着を替えたときに感じた違和感はこれだったのだろう。不思議なもので、
気付いたらなんだかひりひりしてきた。実際、表皮が死んだみたいになっていて、
一部剥け始めてその下が赤い。

 骨髄液の採取はうつぶせ(伏臥位)で行われる。腰回りにはクッションを置いて
局部が圧迫されないようにすると聞いてはいたが、その時にはさまれて、内出血したのだろう。
さらにくまなく調べると、もう1箇所細い線状の内出血が見つかった。
 一応報告しとこうかとも思ったが、わざわざナースコールを押してそんな話をするのも
なんだかためらわれた。明日N先生かT先生が顔を出すはずだから、その時聞いてみることにしよう。
それまでは気を配りながら過ごすことにした。


18:15
 夕食
にんじん・ごぼう・しらたきのきんぴら、白身魚の焼き物(ゆかりつき、ししとう添え)、
べったら漬け、サツマイモのみそ汁、白飯。

 サツマイモのみそ汁はちょっと意外だったが、なかなかおいしい。考えてみたら豚汁から
他の具を抜いた状態なので合わないはずはないのだが、意外と単独でサツマイモを具にしようとは
思わないものである。今度やってみよう。あとは久々に食べたべったら漬けがおいしい。
この手の漬け物は好きなのだが(というか、大根が好きなのかもしれない)、
自分ではあまり買わないので。

 18:45
 食事前の検温は37.4℃。相変わらず下がりそうで下がらない。見舞い品のジュレのうち、
グレープフルーツを食べた後、再び替えてもらった氷枕の上に頭を置いて寝転がる。
翌朝にはまた採血があるので、21時以降は絶食である。が、糖分さえ摂らなければ
水やお茶は飲んでもいいそうなので、それほど苦にはならない。

 手術後一度体を拭いただけで、風呂やシャワーは一度も浴びていない。
いくら寝ているだけとはいえ、最後にシャワーを浴びてから丸3日。いいかげん汗くさい。
本当は、今日シャワーを浴びるつもりだった。傷はふさがってきているそうなので
浴びることもできたのだろうが、どうしても体温が気になったのでひとまず見送る。
明日の朝、熱が引いていたら浴びていいかどうか聞いてみることにしよう。
ついでに、例の内出血のことも。寝る前に看護師さんが、

「明日、採血の他に尿検査もありますんで、これに朝一番のおしっこを採っておいてください」

と言って、カップを置いていった。

さあ、明日はいよいよ退院だ。長かったような短かったような…と、
まだ無事に退院できるかどうか分からないのに、気が早い感想を抱く。
とりあえず、今日も早めに寝ることにした。

ドナー日記 〜退院〜 へつづく

こんばんは。wenderpunktです。

明日から数日留守にするので、今日のうちに続きをアップしておきます。
相変わらずダラダラ長いですが、ご容赦を。



採取後2日目(退院前日)

 6時ごろ一旦目が覚めた。が、二度寝したようで、7時頃看護師さんが検温等に入ってきたところで
やっとちゃんと目が覚める。看護師さんはついでに朝食を持って来てくれた。

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いつもの五分粥に、白身魚の田麩(あまり甘くない。わりと醤油っぽい)、梅びしお、
卵豆腐、じゃがいもの煮物、りんごジュース。物足りないので、あとは昨日親にもらった
プリンをつけた。卵豆腐と微妙にかぶるがまあいいだろう。

 ぼちぼち、痛みを忘れている時間が長くなってきたような気がする。
上を向いて寝転がった時とか痛い時は痛いのだが、それ以外はじっとしていれば時々忘れられる。
痛まない動き方をマスターしてきたのもあるのだろう。点滴がはずれれば、ある程度普通に動けそうだ。

 ただ、今日の昼で終わりだと思っていた点滴、看護師さんによるともう1本(=12時間分)
あるらしい。ということは、今日の夜中まで結局このままなのか。ショック。
喉の痛みはおさまってきた。熱は37.2℃。このまま下がってくれれば問題ないのだが。

 例によって9時半ごろ、T先生がやってくる。再び傷跡の確認と消毒。
順調にふさがってきてはいるものの、傷の形や大きさが微妙で、絆創膏にするかガーゼにするか
迷っている様子。結局、小さめの絆創膏を4枚貼ることになった。

「あと何か痛いとことかありますか?」

喉が痛い、というと

「まあほとんどの人がそう言わはりますけどね。続くようだったらまた言ってください」

まあ納得はしたが、なんか流されたような気もする。

「点滴はこれで最後ですから、終わったら針抜きましょうかね」

あれ?さっき看護師さんが言ってたことと違う…

 再び熱を測ってみると37.4℃。下がらん。だるくはないけどだんだん心配になってくる。
本当に明日退院できるのだろうか。

11:15
点滴の交換。今度の担当はUさんという人だ。やはり頻繁に人が代わる。
点滴はやっぱりお代わりがあったらしい。がっくり。けど、それが表情に出たのか、
それとも睡眠時間にかからないよう気を遣ってくれたのか、

「23時終了じゃ遅いですよね。少し早くしときましょうか」

ありがたいが、いいのか?そんなんで(汗)

 Aさんに習った方法で点滴の速度を測ってみると、これまでの倍近かった。
このペースなら、18時台には終わるだろう。

11:20
 点滴の交換と入れ替わりのように、両親登場。昨日は渋滞で遅くなったので、
かなり早めに出たらしい。ついでにコンビニで買ってきた昼食を提げている。
一瞬差し入れかと思ったが、自分たち用とのこと。そりゃそうか。
熱が下がらないことを告げると、やや心配そうな顔をした。

12:10
昼食。

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揚げ出し豆腐、八宝菜、高菜の油炒め、もやしと豚肉入りのすいとんのようなもの
(自信がないが、きしめんの切れ端のようなものが入っていたのですましではない)。
あとは白飯。なんだか懐かしい給食のにおいがした。あとは親が余分に買ってきた
サンドイッチを平らげる。食べ過ぎ。ヨーグルトもあるよと言われたが、後にした。

 相変わらず熱は36.9℃よりは下がらない。が、できることと言えばおとなしく寝ていることくらいだ。
2日ぶりに大きい方を催したので、親がいるうちに点滴スタンドを調整してもらって、トイレに。

だいぶ慣れたのと、今度は吐き気もないのとで割とスムーズに用を足した、つもりだったが、
ふと点滴のチューブを見ると大量の空気が入っていた。邪魔なチューブをスタンドに
引っかけておいたのだが、その時に速度チェック用(?)の中間部の空気がチューブに入ったらしい。
しまった。

とりあえず、血管に空気が入っても困るので三方コックをひねって空気だけ追い出す。
が、今度は中間部が満液になってしまって速度の見当が全くつかない。
なんとなく看護師さんを呼ぶのも抵抗があって、しばらく様子を見ることにした。

 順調に退院できれば、翌日は新幹線に乗ってはるばる勤務地に帰らなければならない。
手術後は食事を受け取る以外ずっと部屋に篭もっていたので、いきなり長距離を移動すると、
体がびっくりしそうだ。

 まだのどが少し痛むので、のど飴が欲しい。親にも勧められ、歩行訓練をかねて
地下の売店まで買いに行ってみることにした。ガラガラガラガラ…ぶいーん(エレベーターに乗る音)。
エレベーター待ちの見舞客を尻目に、「ベッド・車いす・点滴カートの患者様専用」
というエレベーターを一人で使用する。意味もなく優越感に浸る。
そんなにふらつくこともなく、買い物は無事に終えた。

 今日は、親は14時過ぎに帰っていった。ついでに行きたいところがあるらしい。
15時くらいには最初で最後の見舞い客がくるはずなので、ちょうど入れ替わりだ。

 なんだか、点滴の速度が速すぎるような気がした。右手がかすかに痛むような、しびれるような。
今更看護師さんを呼ぶのも何だ。少しずつチューブを絞りながら、様子を見る。まだ速い。
速い…と思ってるうちに、あっという間に半分以上がなくなっていた。うわぁ、
1.8倍速のはずが3.2倍速ぐらいで入れちゃったよ。薬の効き目かそれとも気のせいか、
何となく脈が速いような…
 結局、18時台に終わるはずの最後の点滴パックは、15時を回ったところで空になった。

これで空気が入ったらバカみたいなので、完全にパックが空になったのを見計らって
三方コックを閉じた。次に看護師さんが来たら事情を話すことにしよう。と思っていたら、
見透かしたようにUさん登場。点滴パックに目をやる。何か言われるかな…いたずらをした
子供の気分でリアクションを待っていたら、

「あ、もう点滴終わりましたねー」

 あっさり。何もつっこむことなく、針を外してくれた。いいんかい。
 けどこれでようやく自由の身だ。Uさんが後かたづけをしていると、ノック。
予定通り、見舞客の登場である。処置中なのを見て遠慮したようだったが、Uさんが
「もう終わりましたからどうぞー」といって、去っていった。

ドナー日記 〜採取後2日目(2)〜 へつづく

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12:10
昼食。
 放送が入ったので、痛いけどさあ取りに行こう、と身を起こしたらナイスタイミングで両親が現れた。
基本的に根性なしなので代わりに取りに行ってもらう。

 まながつおの照り焼き、人参と大根のなます、三つ葉入りのかき玉汁、たくあん、白飯(写真忘れ)。
いわゆる基本食に戻った。48時間ぶりの通常食。カロリーはそれほどでもないのだろうが、
やっぱり流動食やお粥朝食より充実感がある。おいしく頂く。

 両親はこちらの食事を見届けたあと、自分たちの食事を済ませに行った。天気もいいし、
そのまま少し外を見てくるとのこと。また少し、本を読む。以下同文。

13:45
看護師さんが清拭(せいしき、と読むらしい)道具を持って現れる。風呂には入れないので、
体を拭く手伝いをしてくれるのだ。ちなみにこれまた若い。うっかりと名前は
チェックしそこねてしまったので、Aさんとしておく。初日のMさんとはまた違った感じの今風の子だが、
こちらもかわいい。…弱ってる時に白衣を着た女の子を見ると、そう見えるのだろうか。 
皆愛想よくコミュニケーションとってくれるし。看護師さんと結婚する人の気持ちが
分かるような気がした。熱いタオルで背中を拭いてもらう。

 脱ぎついでに、手術衣から自分の寝間着に着替えてもいいとのこと
(点滴がついているので、自力では袖を通せず、勝手に着替えることはできないのだ)。
これが結構ありがたい。下がひらひらした寝間着は苦手だ。寝るときに裾が乱れたり、
まくれ上がったりするし、トイレに行くと床に引きずりそうなのがまた気になる。
裾にはゴムが入ってるやつの方が落ち着く(古くなると、ゴムが伸びてびろびろになるのだけれど)。
というわけで、上はゆるめの長袖Tシャツ、下はグレーのスウェットに戻した。

 せっかく脱いだので、ついでに下着も替えた。あ、特にそういう趣味はないので、
体の前部の清拭と下着交換は自分でやった。念のため。
 ちなみにこの時替えた下着は、やや生地の堅いものだった。着てから気付いたのだが、
なんだか陰部の先端(ホントに先端の先端)が擦れる時に違和感がある。「?」が、
その時はそれ以上気にしなかった。

13:50
清拭をしてもらってる間に、母親から電話が入っていた。掛け返す。

「コンビニにいるけど、プリン買って行こうか?」

なぜプリン限定。好きだけど。やはり親から見ると病人なのか。

 前日にたまたまプリンの話をして食べたくなっていたのでそこは素直に受け取るが、

「どうせなら、この病院の地下の購買で売ってたアイス食べたいんやけどな…」
「どんなの?」
「ウィスキー風味のやつ。一つしか残ってなかったから売り切れてるかもしれんけど」

入院してるくせに酒か、と言いたげだったが、買ってきてくれるもよう。

14:20
 Aさんが、今度は検温と血圧測定、点滴の交換にやってきた。
今度は少し時間がありそうだったので、雑談してみる。違う仕事や立場の人と話すのは楽しいものだ。
しかもそれが若い女性相手ならなおさら。点滴の速度調整の仕方とか、休暇の話とか訪ねてみる。
もう少しいろいろ聞いてみようかな、と思っていたら、両親が戻ってきた。ちっ。

 結局プリン2つと缶コーヒー2つ、ミルクティーのミニペット1つに
件のアイスクリームを買ってきてくれた。アイスは結構酒の香りが立っていておいしい
(もちろんアルコール分は1%未満である)。ニッカの余市の製品らしいが、
昔観光で余市工場の見学に行ったときは気づかなかった。この手のやつは必ずチェックするはずだが、
新製品なのだろうか。それともまだ雪のシーズンだったので目立たないところに
置いてあったのだろうか。

 少しずつ両親にもあげたが、三人の中で一番おいしいおいしいと言っていたのは母親であることを申し添えておく。

 両親は17時前に帰って行った。
 傷は我慢できないほどではないが、やはり痛む。痛む状態に慣れてはきたものの、
痛みが軽くなった感じはあまりない。点滴のラインと傷と両方に気を配るのは相変わらず骨が折れる。
熱は37℃後半。しんどくはないが、「氷枕用意しましょうか?」の声に素直に頷いた。
気持ちがいい。ということはそれなりに熱を負担に感じてはいるのだろう。

 あと、ここまで全くなんともなかった喉が痛むことに突如気づいた。しかも徐々に痛みが増してくる。
我慢できないほどではないが、麻酔の際の気管挿管の影響ならすぐに痛みがくるはずだと
思っていたので、ひょっとして風邪ではないかとも思う。この期に及んで風邪ひいてたまるか。
今晩は早く寝よう。

18:10
 夕食。メインはチーズと大葉のチキンロールカツ。あとはタマネギとマカロニのケチャップ和え
(炒め、なのかもしれないがあまり油っ気はない)、キャベツ・人参・きゅうりのカレーマリネ、
トマト、粉ふきいも、あとはご飯、福神漬け、わかめのみそ汁。なんだかいきなりボリュームアップ
した感じであるが、完食。

 夕食を終えて、まだ熱が下がる気配はない。37.2〜37.8℃の間をうろうろしている。
喉もさらに痛む。退院が遅れても困るので、今日はおとなしく寝ることにした。
消灯時間の21時に床に就く。水分を多めに摂りつつ、多少暑くても我慢して布団をかぶる。
ついでに口元にはタオルをかぶせてのどの乾燥を防ぐ。

 体は休まっているのだろうが、昼間にだらだらと寝たり起きたりしているせいか、
さすがに今日は眠れない。持ってはきたものの今まで一度も使わなかったHDDウォークマンを
取り出して、とりあえず適当に流しておくことにした。
 昔から、眠れない時(めったにないが)は音楽をかけると眠れる。というか、
「眠らなきゃ」と思うと眠れなくなるので、やりながらでも寝られるような他のことをして
気をそらすのが自分にはいいらしい。うとうとしたり、起きたりしながら、最後の記憶は
1時くらいに水を飲んだことだったろうか。

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採取直後〜翌日朝まで。
前回、なんか変なところで切ってしまいました(^^;

-----------------------
兄夫婦は私が寝ている間に買い物に行っていたようだ。
一旦戻ってこちらの様子を見たあと、15時半くらいに帰っていった。
退院予定の月曜日は二人とも仕事休みなので、迎えに来てくれるそうだ。
親にばかり迷惑をかけるのも気が引けるのでありがたい。ついでにここの名物(例のB級グルメ)を
食べて帰りたいと言うと、分かった、じゃあ3人で行くか、との返事。

 一方の両親は、私の夕食を手伝ってから帰ると言う。たしかにこの状態で食事を摂るのは
結構面倒なので助かる。他にも色々面倒が多く、やはり実家の方で採取を受けたのは正解だと思った。
病気であろうがなかろうが、手術後は皆不自由な身なのだと実感。

 さすがに勉強する気力は湧かないので、起きたり寝たり親としゃべったりしながら時間を過ごした。
ちなみに右手の点滴は(たぶん)3パック並行だった。大きいのは普通のリンゲルと、
止血剤入りのもの。小さいのは抗生物質なんだそうだ。リンゲルは絶食が明けるまで、
抗生物質は手術翌日の昼まで。止血剤の方は48時間ほど入れておくのだという。
ということは点滴の針は最低48時間刺さったままなのか…がっくり。
(注:点滴の中身を聞いたのは翌日のことなので、ひょっとしたら微妙に違うものも使われているかもしれない。)

18:05
 夕食。といっても完全流動食なので、重湯、具なしの茶碗蒸し、牛乳に野菜ジュースと
至ってシンプル(さすがに写真撮り損ねました…orz)。吐き気はもう収まっていたので
ほとんど平らげたが、牛乳だけは後回しにして冷蔵庫へ。
さすがにおいしいと思えるほど元気ではないが、それでも普通に口から物が食べられるのはありがたい。

 食後、交代した看護師さんが傷跡をチェックしていった。まだわずかに出血が続いているのが
少し気になる様子で、ガーゼに印をつけていった。

 あとは素直に横になり眠気を待つ。この状況でもすんなり寝付けるのは、
私が自分で自分を尊敬できる数少ない部分である。

〜採取翌日〜
 痛みで眠れないということはなかったが、やはり姿勢が不自由なのと、
トイレに行きたいのとで何度か目覚める。尿量測定用に500mLの取っ手つき
プラスチックビーカーを渡され、自分でメモるように言われていたのだが…足りない
(ビーカーの容量が)。点滴で水分摂ってるのにさらに相当な量を経口摂取してるからだろう。
最大が1回あたり840mLとかになって、翌朝看護師さんに「すごい量ですねぇ」と言われた。
恥ずかしかった。丈夫だな、膀胱&括約筋。ちなみに右手は点滴のせいで使えないので、
左手でメモっていた。食事を書く欄もあったので頑張って左手でメニューを記録していたのだが、
あとから「何割食べたか、数字だけ書いてもらえばいいですよ」と言われた。がっくし。頑張ったのに。

 4時頃一度起きたのでテレビをつけ、NHKをぼーっと眺める。もともと朝型生活をしている私だが、
最近ちょっと寝坊気味だったので、この時間帯のテレビを見るのは久しぶりだ。
もっとも、あまり動けないのとやはり疲れているようで、いつの間にか再び寝入ってしまった。
次に起きると6時。起床時間である。いろいろする気力はまだなく、トイレ以外では立たずに過ごす。

7:20
 朝食のアナウンス。
 この病院は、定刻になっても食事を取りにこない患者さんがいると、様子見がてら
部屋まで持って来てくれる。つまり寝ていてもよかったのだが、いつ来るかわからないものを
ただ待ってるのも性に合わないのでここは一つ頑張って取りに行くことにした。

 点滴スタンドを連れていく。ガラガラ。以前腸炎で入院したときも同じような格好だったが、
今回の方が手の甲に刺さっている分気になる度が高い。あとやっぱり腰が痛い。
ただ歩いてるだけならそうでもないのだが、立ち上がったり座ったり、姿勢を変える時になると
かなりひびく。それでも、配膳カートまでは意外とスムーズにたどりついた。

 右手が使えないので「持って行きましょうか?」と聞かれたが、まあ食器はプラスチックだし
それほど重くはないだろう。自分で持っていくことにした。

 今日の朝食は冷や奴、白菜のお浸し、焼麩のみそ汁、五分粥(梅びしお付き)。写真参照。
ちなみに流動食なわけではなく、この病院では朝食の基本が五分粥orパンの選択制のようだ。
まあ、通常の朝食が白飯だとしても今日はおかゆになってたのかもしれないけど。

 おかゆは意外と米の味がしっかりしていて、昨日の重湯よりはだいぶおいしかった。
家で土鍋を使って米から炊いたのには負けるけれど、これは贅沢というものだろう。完食。
物足りなかったので、昨日残しておいた牛乳もつけた。

 朝食後はまたNHKをひたすら見る。気になるニュースやイベントはあったのだが、
これを書くとこれまた一発で日にちが特定されてしまうのでやめておく。
平日ならはなまるマーケットを見るところだが、今日は土曜日なのでいまいち何を見ていいのか
ピンとこない。

 9時半くらいになって主治医のT先生が看護師さんを伴って現れた。問診と傷跡のチェック、
それにガーゼ交換。採取跡と点滴の針以外には痛いところは特にない(首は寝違え気味だったが)。
傷跡も、もう血はとまって順調にふさがり始めているそうだ。

「皮膚の穴って、いくつ開けたんですか?」
「左右二つずつですね。たぶん聞いてはると思いますけど、骨には結構いっぱい開いてますけどね」

 片方3〜4箇所ずつ開けるイメージを持っていた。意外に少ない。
ガーゼが交換されて、簡単なおなじみの状態(折ったガーゼを白いテープで止める)に変わった。
動くとずれそうで気にはなるのだが、ガチガチに固められていた先ほどの状態にくらべると
これだけでもずいぶん身軽ではある。

 相変わらずテレビを見たり、寝たり、起きたり、トイレに行ったり。
ようやく普通に食欲が出てきたので、買い置きしてもらっていた100%りんごジュースをガッと飲む。
冷たくておいしい。ただ冷蔵庫まで行くために立ち上がるのが辛く、下段に入っているジュースを
取り出すために腰を屈めるのがまた辛かった。少し本を読もうかと思ったが、長続きしない。

ドナー日記 〜採取翌日〜 につづく

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