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藝術家 職人

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藝術家 職人

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bluebox7may (女性/湘南)

 個展の前の緊張感と、絵を出してしまった後の開放感・・・taicykさんの書き込みはまさに私が言いたいことのすべてです。ありがとうございます。
 白矢さんが絵を制作中なので、トピと違う他の話しですが。リアリズムのところで思ったのですが、芸術家と職人のちがいですが、皆さんどう思われるか?伺いたいのです。私昔から境目がわからず、職人芸とか、言われるものの中にはすごい芸術作品のようなものもありますよね!たとえばルーベンスの絵は工房の人が描いたといわれている作品が多いし、その他にも助手の人の手を借りたの・・・彫刻は本人ではなく助手の手がかかっているぶぶんがおおいですし...etc
 境目がなくても良いと思ってきましたが、もしご存知の方がいましたら教えて下さい。

http://www7.ocn.ne.jp/~shiraya/img/rubens.jpg
ルーベンス 自画像

白矢
・・・芸術家と職人のちがいですが、私のまったく個人的な意見、浮世絵を含め古来の日本画はその当時、どう思われていたのでしょう。作家としては人の心をとらえて離さないような絵を描きたかったと思います。スペインでマルガリータが描かれた時代、宮廷画家のお給料は床屋さんと同じであったと記されています。人間国宝といわれる人たちを考えますと、職人芸を極めた人がそのように評されるように感じます。この人たちの作品は芸術品と多くの人々が認めるところと思います。近年いつからかわかりませんが、絵についてのみ考えますと、私の考えでは、画家は職人ではなく、芸術家と一般的にとられていると感じます。

 職人芸・・作品もすぐれていて実用性があり、しかも作者の頑固一徹なところが感じられる。
 芸術作品・・実用性はあっても無くてもいい、作者の心が投影されている。
 
どうしたら今以上のものができるのだろう、自分らしさの表現、技術的を磨くことはたいせつであるけれども、全てのの人に認められるようにうまく描こうとしなくてもよい、自分の納得できる作品をつくりたいという気持ちが必要。生きていくには経済的なことが問題になります。多くの美大生が卒後画家にならなくなってしまうのは悲しむべきことです、精神論だけでは論じられる話ではないと感じています。なかなか結論を導き出せる話ではないとキーをたたいていて思いました。答えにならず申し訳ありません、支離滅裂になってしまいました...

人間国宝とは

http://www7.ocn.ne.jp/~shiraya/img/ningen.jpg

asyuranote

 私も白矢さんの定義に近い結論をもってます。私の場合は「実用性の有無」を「実生活」と「精神生活」の二つにわけ、それでしか語れないような気がします。
 先ず「芸術」を「情緒表現」、あるいは「メッセージ性」を要件とした場合は、セザンヌに代表されるような一定の画家の伝記などを読むと、その作品は「芸術」ではありません。まずかれらにその意思はないのです。かれらのテーマは色形そのものの「造形性」です。そした、陳腐な表現ですがアイデンティティと冷徹なまでの創造的「エゴイズム」です。つまり、色や形について、その原理のようなものを徹底的に追及したい!描きたいものをそのように描きたい!もっと言うならそれが「芸術」と呼ばれようが呼ばれまいが知った事ではない。逆にそういう徹底した確信そのものが絵に芸術としての力を与えたと思うのです。よく「感性」という言葉を聞きますが、絵画芸術に於ける感性とは作品というその「入れ物」を通してこそ初めて語られるものです。あの「ちぎり絵」がなければ誰も山下清の感性を知ることはない。つまり、感性とは作品と言う形式がなければ浮遊霊のようなものです。この、感性をどのように、どのような器にいれるかという技術、形式模索の歴史こそが美術史であり、画家たちの苦闘の歴史なのです。「職人芸」とはその「技術」の高度化したものと考えます。 一例をあげれば古典画法のテンペラには以下の「職人芸」が必要です。支持体選び、石膏、顔料等画材選び.膠塗り、石膏塗り、研磨、箔下塗の粉塗り、金箔あかし、箔磨き、刻印打ちetc.その他トランプルイユ、手描きマーブリング、ハッチング描画…。基盤は画家組合や徒弟制度、パトロン…正に職人の世界そのものです。もし職人芸を芸術から排除するとしたらあのルネッサンンス芸術は存在しないと言って過言でないでしょう。 本邦の昨今の洋画でも素材やマティエールに凝った、絵描きと言うより絵作り職人とでも呼んだほうがいいような(私はやりすぎだと思いますが)ものもあります。
 結論を言いますと私は、安易な「情緒主義・感覚主義」に基き、職人芸を芸術から切り離すのはいかがと思いますし、そうだとするとその境界は冒頭の実生活と精神生活の間にあるとしか思えません。

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山下 清 「長岡の花火」

白矢
...描きたいものをそのように描きたい、もっと言うならそれが「芸術」と呼ばれようが呼ばれまいが知った事ではない、逆にそういう徹底した確信そのものが絵に芸術としての力を与えた。
...感性をどのように、どのような器にいれるかという技術、形式模索の歴史こそが美術史であり、画家たちの苦闘の歴史。
 上記の文章に感銘しました。アイデンティティと冷徹なまでの創造的「エゴイズム」とは云いえて妙です。私もそのように感じました。
...「実用性の有無」を「実生活」と「精神生活」の二つにわけ、この場合、精神生活とは絵を描くという行為に対する気持ち、絵を描くことという意味とお取りしてよろしいでしょうか?

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歌麿 「お染久松」

asyuranote

 白矢さんの区分である、職人芸=実用性のあるもの、芸術=実用性を問わない、を受けて、職人芸=実生活に関わるもの、芸術=精神生活に関わるものと大雑把に区分したものです。
 芸術は感覚的なもの、職人芸は技術的なもの、と単純に分けられないとしたら、とりあえずそのように分ける以外にないのではないかと思ったのです。
 従って、精神生活に影響を及ぼすに至らないものは「インテリア用品」、逆に実用品であっても精神を豊かにしてくれるようなものは「芸術的」と言っていいのではないか、あくまでも便宜上の区分です。


bluebox7may (女性/湘南)

「職人芸=実生活に関わるもの、芸術=精神生活に関わるもの」と大雑把な区分。

。。。はっきりしたわけではないのですが、線引きが出来ないと言うことで、上の引用で納得しました。

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