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ゴッホとテオ

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ゴッホとテオ

 「ゴッホの遺言」という本の中に テオは当時、800フラン 日本円にして80〜120万円の高給取りであったとされています。 ゴッホに150フラン15〜20万円 送る約束であったが、本当は300フランぐらい仕送りをしていた。 その他、絵の具、キャンパスなどの画材も送らねばならなかったとあります。 テオに子供ができ、家庭もできて仕送りに関しての愚痴を聞いたこと、ガシュエ博士の娘さんに近づかないように博士に言われたこと、などがゴッホをして自分がこの世にいなければという気持ちにさせたのではということを読んだことがあります。 あれだけの絵が当時評価されなかったのは不思議です。 絵さえ売れていれば、違った人生もあったと思われます。
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ラブー亭 Ravouxゴッホ と テオ の 墓オーベル の 教会
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 ゴッホとテオのお墓を訪れました。 殺風景な墓地の中ですが穏やかに感じました。ラブー邸はゴッホの宿泊していた部屋で、最後の息を引き取った部屋にも足を運びました。 ここには佐伯祐三夫婦も泊まったことがあります。オーベルの美しい四季、オーベルとゴッホ、オーベルに集まった画家。 いろんな画家の描いた場所(ポスターが立てられています)を見ながら歩きました。あのような場所だと絵が描けるだあろうと思いました。
 人はなぜ絵が描き続けることができるのでしょう。ゴッホは生涯で1枚しか絵が売れませんでした。 それでも自分の絵が至上のものと信じていたと思います。しかし、自分だけではその才能もしぼんでしまいます。
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 弟のテオは月100万円以上の稼ぎ手、兄に惜しみなく経済的援助をしました。 しかし、それ以上に大切なことは 兄の能力、非凡さを心の底から崇拝し、世に出ることを真摯に願っていたからです。 それだからこそ描く事ができた。 世の中に一人でもいい、自分を認めてくれる人がいる、と感じたからこそ絵を、他人がなんと言おうと描きつづけられたと思います。 絵を見るとき素直な心で、そしてその人の人生、考え方まで見ることが大切と考えています。

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