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2 佐伯祐三贋作事件
なぜ間違いか、その2、3を紹介しよう。私は単刀直入だ。異論があれば反論していただきたい。これをクリアーしてから、嘘に嘘を重ねた贋作事件について述べていただきたい。今だ、まったく反論がない。落合氏や斉藤氏はなぜ反論しないのか?
裁判で否定されたら裁判で戦うのが常識である。ところがそれができない。当たり前である、恥をさらすだけであるからである。だからねちねちと裁判官の悪口を言うのである。まったく男としては最低である。
絵というものは、それなりの人が描けば、途中でも絵になっているものである。佐伯の絵は一気呵成に描かれたものである。持ち帰りアパルとマンで確かに筆は入れたであろう。それは画家には理解できることである。時間を少しおいて筆を入れればいい絵になることは確かである。米子と知り合う前の佐伯の絵について賢明なる諸氏はいかが思われるだろう。米子が筆を入れなければならない下手な絵であると思われるだろうか。贋作はその点どう考えても絵をしらない人間の絵であったと考える。山甚の買った絵は偽物、巴里日記の編集者が断言している。話にならない、どうしようもない絵であった。(編集者は本物かどうか見てほしいと言われ、その絵を見に行ったが一つとしてまともなものはなかった、著者は直接その話を聞いている。)
1、米子の加筆は佐伯祐三がメニエル病であったため、遠近感のない、ハエの眼、馬の眼となり、まともな絵にならなかった。そのため、米子が佐伯の絵にガッシュで加筆し売れる絵にしようとした。
これはまったく医学的には根拠がない。まずこの医学的根拠を示すのが筋であろう。いかに周蔵の生きていた昔とは言え、こんないい加減なことは放置すべきではない。メニエル氏病について、どうして遠近感などという言葉が突拍子もなくでてくるのか?医学界では非常識で済まされない問題である。これだけで全て否定されてもしょうがない嘘である。こんな馬鹿な話をいったい誰が信じようか。大ばか者の言である。
2、佐伯は学生時代から吉園周蔵に精神的、金銭的援助を受けていた。親、兄弟から疎まれていた。
佐伯は愛情につつまれ、その愛を失うのが怖い、そして愛のある生を求めたのである。仕事つまり絵を描くことははその生を営み、生活を保つ大きな柱であった。
また佐伯の生家は大きなお寺であり、たいへんお金にはめぐまれた環境にあった。兄より遺産分けとして東京に出てくるときは大金を持っていた。フランスに行くときも十分なお金は持っていた。フランスにいる佐伯に兄は送金していた。
兄にお金を送ってほしいという祐三の手紙も残っている。周蔵の麻薬売買による金など一切受け取っていない。金で動いたのはむしろ落合氏ではなかろうか。
周蔵が国家のスパイであったという証拠は吉薗資料以外にはなにもない、佐伯評伝には一切周蔵はでてこない。。
周蔵の親戚が周蔵はただの、その辺にいるおじさんであったとのべている。贋作かもしれない絵を何億という金で売り渡したことが多々あり、なおかつ、詐欺罪で有罪となった明子氏の言う事とその親戚筋が話すこと、どちらが正しいと感じるだろうか。明子氏自身、自ら、あははは、とこの事件を笑っているのだ。(白矢眼科医院HP)
小林頼子は多くの資料を調べ、また関係者の話を十分調査している。ところが肝心の吉薗明子氏は十分な資料があるといいながら、実物を出さない。吉薗側が事実を明らかにしたいのであれば、資料提供をすべきであった。武生資料はむしろ吉薗明子氏の言うことを立証しようとしたのであるが、まったく彼らの出していた資料は矛盾に満ちたものであった。落合氏自身が「自由と画布」「巴里日記」「救命日誌」をあてにできないと、述べている文章があるくらいである。ではいったい何を根拠にすればいいのか。
裁判官はその威信をかけて結審している。これを否定したいのであれば控訴すべきであった。これをしないで、裁判官の悪口を言うのは筋違い、とても最高府をでた人間のすることとは思えない。
言い訳はなんにもならない。正しいと思わるならば裁判の場でもう一度戦うべきである。
世の中には大きな常識というものがある。
この常識は小説や絵画、映画の世界では覆したほうが面白い。
しかし、現実の社会での常識破りについては限度というものがある。いったい、ご自分が何をしているのかわかっていらっしゃるのか。
賢明なる諸氏ならご理解いただけると思うが、国家の草が画家になってなにをするのか。落合氏によれば草が絵描きになったという話だが、佐伯が草として何を国家のために行ったのだろうか。馬鹿らしい話を信じる人が増えるのを喜ばれているのだろうか。
落合氏によれば、周蔵ほど魅力的な人間はいない、すばらしい人間であるということだ。
自分を隠して表にでなかった、そうではない。もともと裏の世界などにいたのではない。すべて作り話である。落合氏自身もその存在を明らかにできない。
佐伯の精神異常はモランからパリに帰ってきてからである。
雨の日にカンヴァスをもって出かけたため、風邪をひき身体を壊して寝込むようになってからだ。
巴里日記、自由と画布では若い時から精神異常予備軍と医師?の周蔵がカルテらしきものに記している。
話の出発点からして間違っているのだ。
3、吉園明子による「自由と画布」 匠編著「佐伯祐三の巴記」は重複部分がいくつもある。たとえば新宿中村屋の相馬さんの件である。巴里日記ではこの辺りは明子氏のワープロコピーがもとになっている。巴里日記の編集者が日誌以外の最初の数十ページは現物認証ができていないと言っている。
落合氏は場当たり的に言葉を変え、言い訳的なことを書き、ごまかそうとするが、それは無理というものである。
氏は二元論なるHPを新たに張り出されたが。ここでは前言を翻している。自由と画布は伝聞、巴里日記は匠が書かせたものだから、まともに取り上げるのがおかしいと書かれていた。
ところが二元論においては裁判で敗訴したのは巴里日記を裁判官、およびご自身が重視しなかったからだとまったく逆になっている。自由と画布と同じ、一貫性がない!「自由と画布」では佐伯に与えたという周蔵の金の出所はころころ変わる。最初は周蔵の父親の財産、次はさる大金持ちから、明子氏は「金の出所を聞かれて、これは大変なことをしてしまった。やめようかと思ったが、」と書いている。この馬鹿話を落合氏はついに周蔵を医師から麻薬栽培のスパイに変えてしまった。スパイなら何でもOKと考えられたようだ。
自由と画布 巴里日記 落合氏の本、HP
これと武生資料、新聞記事、中島裁判の記録をともに読んでいただければ幸いである。詐欺師は平気で嘘をつき、嘘とわかりそうになると、また新しい嘘をつく。
4、米子と知り合う前の佐伯の絵は佐伯のみの手によるものである。その絵はまだ彼自身の個性は探し切れていないが、絵を描くことを知っているものが描いた絵である。
諸氏に巴里日記に載せられている佐伯のデッサンといわれるものを見ていただきたい。確かに絵画は主観的であり、へたは下手なりの味がある。
ゴッホでさえ、認められるのには時間がかかった。しかし巴里日記にでてくる絵は、一見それらしく見えるが、よく見ればただそれだけである。
佐伯の絵をまねているだけで心がない、なさけない絵である。
さて吉薗側は米子が加筆したというが、いったいどこに加筆したというのだろうか。
佐伯の模写をして感じるのは、彼の絵にはリズムがある、ひびいてくるものがある。佐伯の呼びかけが聞こえてくる。細やかな神経、隅ずみまで気を配った跡がある、
しかし大胆、線と色彩で完璧にまとめている。
彼らの言う加筆とは細い線のことをいうのだろうが、ちょいちょいと加筆してできる絵ではない。
細い線をどうやって描いたかはモランに一緒に行った山口長男等が記している。
展覧会でよく見ていただきたいが、佐伯の絵には筆を引きずった跡が認められる。米子が加筆したというなどとんでもない話である。
5、落合氏の書く文章の多くが明子の持ってきたコピーがもとになっていることである。武生市でも問題になったが、資料としてはまったくお粗末なものである。
武生市の調査室が求めても明子氏は現物を出さない。いくらでも佐伯の絵を持っているといいながら。
氏の本 p273にも「ワープロコピーを取り寄せ」」と明確に書いてある。落合氏の本は全て読み返せば嘘がわかるようになっている。これは意識的にされたのか。周蔵のパリ渡航など後ろから考えて読めばおもしろい。
それにしてもこのワープロは誰が打ったものだろう。諸氏も調べられたし。インターネットで調べられるかも。
6、中島裁判の判決で贋作とされ吉薗側は敗訴。この裁判結果はとても大きいものだ。多くの事実、証言を積み重ね、裁判官の責任をかけての結審である。知人である弁護士によれば、裁判官の威信をかけてのものであるということだ。
もし、氏が不服と感じるならば、インターネットの世界で裁判官等を批難すべきでなく控訴すべきである。裁判官はプライドを賭けて結審したと思う。
プロはそれなりのプライドがあるものだ。
7)チタンホワイト、これは決定的なものである。これについても恥ずかしいほどのこじつけを落合氏は述べている。世を惑わすというよりもご自身を守るための方便であろう。
8)ガッシュで佐伯の細い文字を黒色であのように描けるであろうか。絵を知らない落合氏はガッシュ、ガッシュとおっしゃるが、乾いた絵、濡れた絵のどちらにガッシュが使われたと思われているのか。実践していただきたい。特に黒色は油に乗らない。昔著者は何度か試してみた。これを友人の画家も試みたが無理であった。水と油は合わない。これが可能であれば、とっくに西洋でこの方法は盛んに用いられたであろう。そんなことは絵画史上皆無である。
7) 落合氏は画商と評論家の対立という話を前面にだしている。名のある評論家たちが真作などと素性もわからぬ明子氏を持ち上げた理由は?明子氏の売りさばいた金では?
評論家たちは最初のうちは吉薗明子の言うことを正しいとした。ところが調査が始まると口を濁し、とうとう贋作と認めるようになった。画商は単に自分たちの意見を述べただけである。落合氏は「美術館にある絵が贋作であるなら画商は買い戻さなくてはならないから」など、もっともらしいことを書き、真実を隠す。いろいろ屁理屈をならべて煙にまく。
賢明なる諸氏は冷静に、しっかり見ていただきたい。
佐伯祐三はその人生を賭けて絵を描いたのである。自分の絵の追及のために命をも惜しまなかったのである。
単なる小説であれば問題ないが、史実のように書かれている。これを放置すればあまりにも佐伯祐三一家がかわいそうである。日本の誇る偉大な画家の名を辱めてはならない。
詐欺師と組んだ落合氏は万死に値する。また落合氏の本の版元である時事出版社は襟を正すべきであろう。真実の報道を旨とするならば、自ら調査し誤りを正すべきである。
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2012年04月22日
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