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なぜ嘘か、その2、3を紹介しよう。私は単刀直入だ。ずばり真実を語る。異論があれば反論していただきたい。
1、米子の加筆は佐伯祐三がメニエル病であったため、遠近感のない、ハエの眼、馬の眼となり、まともな絵にならなかった。そのため、米子が佐伯の絵にガッシュで加筆し売れる絵にしようとした。
これはまったく医学的には根拠がない。まずこの医学的根拠を示すのが筋であろう。いかに周蔵の生きていた昔とは言え、こんないい加減なことは放置すべきではない。これをそのまま通すならば、厚顔無恥といわれても仕方あるまい。早かに修正すべきであろう。
2、佐伯は学生時代から吉園周蔵に精神的、金銭的援助を受けていた。親、兄弟から疎まれていた。
佐伯は愛情につつまれ、その愛を失うのが怖い、そして愛のある生を求めたのである。仕事つまり絵を描くことははその生を営み、生活を保つ大きな柱であった。
また佐伯の生家は大きなお寺であり、たいへんお金にはめぐまれた環境にあった。兄より遺産分けとして東京に出てくるときは大金を持っていた。フランスに行くときも十分なお金は持っていた。フランスにいる佐伯に兄は送金していた。
兄にお金を送ってほしいという祐三の手紙も残っている。周蔵の麻薬売買による金など一切受け取っていない。
周蔵が国家のスパイであったという証拠は吉薗資料以外にはなにもない、佐伯評伝には一切周蔵はでてこない。周蔵はただの、その辺にいるおじさんであった。
周蔵の親戚が週刊誌でそのことについて述べている。
贋作かもしれない絵を何億という金で売り渡したことが多々あり、なおかつ、詐欺罪で有罪となった明子氏の言う事とその親戚筋が話すこと、どちらが正しいと感じるだろうか。
落合氏は、その著書、およびHPでは、裁判官や小林頼子など、まともな正論を攻撃し、吉薗側の不利な点については、むちゃくちゃな論理を振り回して人を煙にまく。
世の中には大きな常識というものがある。
この常識は小説や絵画、映画の世界では覆したほうが面白い。
しかし、現実の社会での常識破りについては限度というものがある。いったい、ご自分が何をしているのかわかっていらっしゃるのか。
賢明なる諸氏ならご理解いただけると思うが、国家の草が画家になってなにをするのか。落合氏によれば草が絵描きになったという話だが、佐伯が草として何を国家のために行ったのだろうか。馬鹿らしい話を信じる人が増えるのを喜ばれているのだろうか。
草などそう簡単になれるものではない。草になるためにはなにか目的があるはずである。佐伯が草になってなにをしたというのであろうか。
著者は戦後生まれであるが、多数の戦前の人間との付き合いがあった。しかしそのようなスパイがいたという話は聞いたことがない。落合氏によれば、周蔵ほど魅力的な人間はいない、一切その本当の姿を見せなかった、すばらしい人間であるということだ。
自分を隠して表にでなかった、そうではない。もともと裏の世界などにいたのではない。ただの「おっさん」にしかすぎなかったのである。
すべて作り話なのだ。落合氏自身もその存在を明らかにできないだろう。まったく根拠のないでたらめを真実のように見せるとはご苦労なことだ。
佐伯の精神異常はモランからパリに帰ってきてからである。
雨の日にカンヴァスをもって出かけたため、風邪をひき身体を壊して寝込むようになってからだ。
巴里日記、自由と画布では若い時から精神異常予備軍と医師?の周蔵がカルテらしきものに記している。
話の出発点からして間違っているのだ。
3、吉園明子による「自由と画布」 匠編著「佐伯祐三の巴記」は重複部分がいくつもある。たとえば新宿中村屋の相馬さんの件である。巴里日記ではこの辺りは明子氏のワープロ稿がもとになっている。
落合氏は場当たり的に言葉を変え、言い訳的なことを書き、ごまかそうとするが、それは無理というものである。
氏は二元論なるHPを新たに張り出されたが。ここでは前言を翻している。自由と画布は伝聞、巴里日記は匠が書かせたものだから、まともに取り上げるのがおかしいと書かれていた。
ところが二元論においては裁判で敗訴したのは巴里日記を裁判官、およびご自身が重視しなかったからだとまったく逆になっている。一貫性がない!自由と画布と同じである。佐伯に与えたという周蔵の金の出所はころころ変わる。
虚偽や不可思議な点はこれだけではない。矛盾につぐ矛盾、恥の上塗りの羅列である。
4、米子と知り合う前の佐伯の絵は佐伯のみの手によるものである。その絵はまだ彼自身の個性は探し切れていないが、絵を描くことを知っているものが描いた絵である。
諸氏に巴里日記に載せられている佐伯のデッサンといわれるものを見ていただきたい。確かに絵画は主観的であり、へたは下手なりの味がある。
ゴッホでさえ、認められるのには時間がかかった。しかし巴里日記にでてくる絵は、一見それらしく見えるが、よく見ればただそれだけである。
佐伯の絵をまねているだけで心がない、なさけない絵である。
さて吉薗側は米子が加筆したというが、いったいどこに加筆したというのだろうか。
佐伯の模写をして感じるのは、彼の絵にはリズムがある、ひびいてくるものがある。佐伯の呼びかけが聞こえてくる。細やかな神経、隅ずみまで気を配った跡がある、
しかし大胆、線と色彩で完璧にまとめている。
彼らの言う加筆とは細い線のことをいうのだろうが、ちょいちょいと加筆してできる絵ではない。
色面に、猛烈なスピードで線を描く。
佐伯の早描きはそう簡単に真似ることはできない。
細い線をどうやって描いたかはモランに一緒に行った山口長男等が記している。
筆者も、この方法を用いて模写をしている。細い線は細長い筆を使い、おつゆたっぷりで描くのだ。
展覧会でよく見ていただきたいが、佐伯の絵には筆を引きずった跡が認められる。米子が加筆したというなどとんでもない話である。
5、落合氏の書く文章の多くが明子の持ってきたワープロ原稿がもとになっていることである。武生市でも問題になったが、資料としてはまったくお粗末なものである。
調査室が求めても明子氏は現物を出さない。
これについては、氏の本にも「明子氏のワープロが届く」」と明確に書いてある。資料そのものが、都合良く作られた可能性が高い。
6、中島裁判の判決で贋作とされ吉薗側は敗訴。この裁判結果はとても大きいものだ。多くの事実、証言を積み重ね、裁判官の責任をかけての結審である。知人である弁護士によれば、裁判官の威信をかけてのものであるということだ。
もし、氏が不服と感じるならば、インターネットの世界で裁判官等を批難すべきでなく控訴すべきである。裁判官はプライドを賭けて結審したと思う。
プロはそれなりのプライドがあるものだ。氏に真実の心があるならば、やましいところがないのであれば裁判でもう一度堂々と持論を展開するべきである。
それをしないなら控訴しても敗訴するからしないと思われてもしょうがない。
詐欺事件を起こした吉薗明子をいつまでも擁護し続ければ、彼女からなんらかの受け取りがあったからと邪推されるだろう。
このままインターネットを使い世間を惑わし続けるのは罪なことだ。吉薗佐伯が本物と主張されるならばもう一度裁判すべきである。
それをしないならHPを潔く引っ込めるべきではないか。
そうしないならば恥知らず、卑怯者、大嘘つきと思われてもいいと認めることになる。
筆者は落合氏はそういう人物でないことを願っている。
ぜひ裁判で再度戦っていただきたい。
ご自分の信じるように筋を通すのが男らしい生き方と示してほしい。女々しい態度はとってほしくない。
賢明なる諸氏は冷静に、しっかり見ていただきたい。
佐伯祐三はその人生を賭けて絵を描いたのである。自分の絵の追及のために命をも惜しまなかったのである。
単なる小説であれば問題ないが、史実のように書かれている。それをいちいち間違いであると指摘する筆者は自己嫌悪に陥る。
もともとこんなことはしたくないのである。
しかし、これを放置すればあまりにも佐伯祐三一家がかわいそうである。日本の誇る偉大な画家の名を辱めないよう、やむなく書き続けることにした。近いうちに巴里日記、自由と画布、武生資料などについてお知らせする。
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