巴里日記の編集者の話だと多額の金が匠秀夫に渡っていたとのことです。落合氏「匠は明子との間に多額の金銭関係を持ち込み」とあります。
本当は明子がカネをつつんで匠に近づいたと考えるのが妥当だと考えます。
明子は味方になってくれる人には大金を振りまいたのでしょう。当然落合氏にも眼もくらむような大金を持ち込んだことでしょう。落合事務所の当時の決算報告を税務署は再調査すべきでしょう。こういう犯罪に絡んだ金には時効はあってはならないでしょう。
なにしろ本物となれば大金持ちとなりますから。金を受け取ったのは匠秀夫だけではない、多くの美術関係者に金がばらまかれたと思われる。落合氏にも相当の金が渡されたのではないか。この税金は支払われたのであろうか。
① 今までの週刊誌で紹介されたものなど。
アエラの33ページ
明子はさまざまな人物に資料を小出しにしていった。武生市に寄贈した作品以外で、すでに複数の画商や実業家に分散して売却してしまった作品もある。
落合氏 p127
明子は山甚に佐伯作品11点などの代金を受け取ってしまった。
週刊新潮
「その気にさせた女性」抜粋
河北氏をその気にさせた女性とは?
吉園さんを知る人の中には「慶応大学医学部卒」あるいは「東邦大学医学部卒」と彼女から聞いた人もいる。
鎌倉で吉園さんに2億5千万円という大金を貸した人がいる。
「そのころ吉園さんは天声人語を執筆している。」「彼女の生い立ちは彦根の井伊家の出身」で、「実の父がもと彦根市長の井伊直愛さんだ」というのです。「障害者の福利施設を作りたいから寄付を」
「ワケあって吉園家に養女にでたのだが、その井伊家と吉園家で起こった事件の後始末に大金が必要になったと」こういうことで2億5千万円も貸してしまった。彼女の話は後で全てうそだとわかった。
このことで訴えられかけたの実業家から4億円手に入れ、返済にまわしている。
吉園さんを知る別の知人によると、そのころ「ギャラリーとぼ舎」という画廊を持ち、すさまじい勢いで絵を買い捲っていたという。
河北氏の次男の弁
父と明子さんとのことでいろいろと、たとえば、病院の特別室への入院代は彼女持ちなのではないかといった噂が立っているようですが、ちゃんと自分の通帳から出しています。
父は無防備な性格で、本物と思ったからそういったんだという感じでしたから、しょうがないですよ。遺族のくせに、冷たいようですが、父が年をとって盲になったといわれれば、それもしかたのないことだと思います。(匠さんと同じ高額の特別室に入院、匠さんの費用は明子氏が出した。同じようにみられるのは当然いやだったと思われる。)
週刊文春
その渦中の人物、吉園明子氏が今回小誌に口を開いた。
今回の真贋騒動については?
「もうわからない。でも今はもう私が作ったということになっているんですよね」
佐伯祐三贋作事件の核心を握る、このコレクションの人物はご本人でも真贋がわからなくなっていることをあっさり認めたのだ。
「父が作ったのかもしれませんね、ハハハハ。今回は自信がないですね。言われっぱなしで。父から聞いたわけじゃない。父との会話で佐伯祐三さんの名前は一度も聞かされたことがないんです。残された父の遺書を見ただけなんです。」
贋作派のボルテージは上がるばかり。その根拠はこれまでの行状にある。経歴詐称、火災保険や生命保険の詐欺疑惑、贋作絵画の販売を数え上げるときりがないのだ。
落合氏はこういう人物のワープロ稿を受け取り、嘘を発表していく。
その出所がおもしろい。でたらめもいいところが賢明な諸氏にはわかるであろう。