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佐伯祐三 哀愁の巴里

イメージ 1上野東京都美術館にて佐伯祐三哀悼のため
佐伯の絵の中に佐伯家族
佐伯の写真を油絵に
佐伯風のオリジナル作品
 
 
 

人はなぜ生きるのか

人間は、なぜ生きるのか?
「命の理由
私が生まれてきたわけは、父と母に出会うため
私が生まれてきたわけは兄弟たちに出会うため
私が生まれてきたわけは友達みんなに出会うため
私が生まれてきたわけはいとしいあなたに出会うため」を
 
いい内容の歌だ。生まれてきたわけがそうであると理由づけられ、そうなんだと思いたくなる。
 
さて現実はどうだろう。幸せな家庭に対してそうでない家庭もある。親が子供を虐待する。
遺産相続、離婚、、生きていてつらくて、鬱になることもあるだろう。
生きていて幸せと思うのは、本当に少ない時間だけなののかもしれない。
 
幸せとは?
戦争で爆弾がふってくるようなとき、平和に生きたいと思う。静かな世の中だったらと願う。ところがそういう恐怖がなくなると幸せの実感が無くなってしまう。
食糧難の時代、腹いっぱい食べられたら、
学生時代、テストが無かったら、
恋がかなったら、、、
自分の愛する人が幸せだったら。
 
さまざまな苦痛から逃れたい、しかしそこから逃れるとそれを忘れ、新たなストレスや、欲望が生まれる。
名誉欲、出世欲、人間には欲望がついて回る。
 
昔の人は雷や疫病は何らかのたたりと思った。
方たがえやおまじない、神社参り、
災害は神、悪魔思想を生み出す。
災いがおこると、何かのせいにする。
 
今でもそういう風に考える人もいるだろう。
 
生きる理由とは?思ったように生きる。これに尽きるが、なかなかそれができない。
健康で日々の暮らしに困らず、特別悲しいことがなければ幸せなのだ。
それがかなっていて、初めて夢を語れる。
 
宇宙に眼をやると、人間のこせこせした生き方が馬鹿らしくなる。
しかし現実には生きていかねばならぬ。
若いつもりでも、歳は確実にとっていく。
人間は老いると、そろそろと生への執着も無くなってゆく人も、またその反対の人も。
 
なぜ人は生きるのか。
あまりにも漠然としている。
生命あるもものは、生きる理由があるのか。
 
愛するせつなさ、食べるために働く、いやなことにも耐え、まあいいかとあきらめ、、
まあそれが人生さと深く考えないで生きる。
結局毎日の忙しさにかまけて、人はなぜ生きるのかという問いに答えられない。
 
 
 

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