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S氏のHP、彼は自らの文章をわけのわからぬ「紀州何とかに」譲り渡し知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいる。吉薗派は、いまだに嘘を垂れ流し、汚らしい反吐のでるようなHPを出し続けている。「悪声が聞こえるが、歴史の問題なので、そんなことはどうでもいい」ようなことをおっしゃる。O氏自ら、いい加減なものとのたまわれている詐欺師の書いた吉薗資料以外、この人には歴史というものはないらしい。嘘と指摘されるところころ言うことを変える。それはそうだ、事実無根、詐欺師の書いた吉園資料の守護神を続けるためには嘘八百をばらまき、でたらめを書きつづけ必要があるのだろう。この資料は詐欺罪で有罪となった吉薗明子氏のワープコピーがもとになっている。なぜ氏はそういう事実を隠すのか?都合の悪いことは素知らぬ顔をする。厚顔無恥とはこの人のためにあるようだ。有害事実無根のダレゴトを垂れ流すこの人はどうも非常識の塊のようだ。最近また悪さを始めている。嘘八百を指摘されても知らぬ顔。訳のわからない頭の悪い人間の書く文章で人を煙にまく。こういう文章を書くのはでたらめを隠す阿呆のやり方である。この人は恥を知らない。結論を即書けばよいのにダラダラと他人の文献を引用し、詐欺師の片棒をかつぐ。嘘を指摘されるところころ文章を変える。そのうちの一つを示そう。敗訴した裁判。裁判官の悪口を事細かく書いていたはずである。ところが最近の氏のHPでは裁判官は悪くなく、チタンホワイトについて資料を示した鑑定人の悪口を長々と書き出している。チタンホワイトの歴史に関しては裁判ではとことん調べられている。鑑定人の資料だけが裁判官を動かしたわけではない。裁判官の威信をかけての結審である。落合氏の文章はごちゃごちゃと読みにくい、、これはわざとやっているのか、それとも本当に阿呆なのか。困ったお人である。今回も出典を示していない。追試できない。意味不明の文章の羅列、最高学府を出たというご略歴は本当なのか?そのうちチタンホワイトについて本を出すとまで書いている。そんな暇があるなら、即、裁判をおこすべきだろう。
馬鹿なHPを出す暇があれば、著者の指摘した矛盾点に答えるべきであろう。スパイ呼ばわりされた佐伯祐三、米子、芥川龍之介等々は、あの世でさぞ恨んでいることであろう。許されない行為である。証拠を見せていただきたい。愉快犯、詐欺師の書いた文章をただ丸写しし世間をだます。この大ウソつきを諸氏は許していいのだろうか。これは犯罪である。
氏は著者が指摘した矛盾点になに一つも答えることができない。
詐欺師の片棒を担ぐということは自ら犯罪者と自覚すべきである。
金に眼のくらんだ氏にスパイと名指しされた多くの著名人はあの世で恨んでいる。決して許さない。
彼らの係累が怒りの矛先を向けられる時、必ず著者はどこまでも応援するであろう。
氏は、この日誌があまりにも矛盾に満ちているため、すべて、なぜかわからないが佐伯が書き直させたと、矛盾は佐伯のせいにしている。
救命院日誌がでたらめであると認めるならば、それをすべて廃棄すべきである。ところが最近のHPでは吉園資料はまともなものと言い換えている。ころころ主張を変えるのがお得意のようだ。無責任で恥を知らない。HPでの難解な文章は賢く見せる阿呆の常套手段である。つまらない内容をこと難しく書く。
少し前の氏のHPでは氏が自ら以前、否定した「佐伯の巴里日記」を裁判で
主として取り上げるべきであったと前言を翻している。場当たり的でまったくでたらめの羅列である。氏の本はいかにも博学のように見せているが他人の調査記録を引用し、そのまま載せたりする。まったく絵画を知らないのが見え見えである。肝心の部分は出典がまったく示されていない。大谷光瑞がスパイの元締めと言われるが、どこにその証拠があるのか。いい加減にせい!
「自由と画布」は吉薗明子の聞き書き集ではすませられない。第1号から第4号まで読めば、これは伝聞だからなどとすまされない内容である。佐伯を援助したお金の出所は最初は周蔵の父からとされている。しかし、それが無理だと悟った明子は後に親戚の若松によると変えた。更にこれを氏は周蔵の麻薬販売による金と変えてしまう。
一部書き出してみよう。
「第 2号 自由と画布」
阿王氏が私に何度も質問されたのは周蔵の金銭の動きの確認でした。 大正 8年ころから昭和 3年頃までに、佐伯さんに都合するだけの金銭に対する力があったかどうか。周蔵の父が先祖から継いできたものを処分してまで用意できたか。美術界に縁のなかった私は、大変なことに巻き込まてしまった。ここは面倒になる前にいち早く取 りやめようと思いました(中略) 私より20才近く上のいとこ、周蔵の一番下の弟の未亡人が健在だったりして記憶違いが少し解明されましたが、吉園の生家は財産を失くしたと周蔵の行為を怒っていること知り、正直私は仰天しまた。 周蔵は、当時として大変な資産を売り払うこに専念したようです(中略)
私が疎遠だった叔母やい とこちは、いまだに周蔵を許さず憎悪していることを今回改めて知ることになりました。 数人いる周蔵の親戚で唯一人だけこんなことを話してくれまた。 伯父さんは進歩的な人でした。金銭を使ったといっても、それは親が許したことだ。 親が許したことだから、誰も異論を言うことはできないというのです。 自由と画布第4号では
「佐伯祐三さんに協力を惜しまなかった人物は母方の親戚の若松家である」と突然、若松忠次郎の話がでてくる。彼は周蔵の求めに応じ金を与えたと話は変わっていく。 上記の文章を「聞き取りだから、伝聞だから」と氏は表に出すほうがおかしいと言われる。氏に賛同されるHPを出されている諸氏に一度「自由と画布」「武生資料」「裁判記録」を読まれることをお勧めする。
巴里日記と自由と画布には重なる事実無根な文章が随所に認められる。巴里日記で佐伯が子供の頃座敷牢に入れられていた文章がある。これは明子氏のワープロ稿がもとになっている。まったく詐欺師の作り事である。よく事実を調べ、稀代の阿呆に振り回されないように気をつけるべきである。吉園明子自身が「あはは、全部私が作ったことになっているのですね。」とすべてこの事件を嘘と自供しているのである。(白矢眼科HP参照)彼女が否定しているのにもかかわらず、氏は嘘を本当だとおっしゃる。どういう下心があるのだろうか。明子氏に頂いた金と贋作を売った金のせいかと邪推される。本来彼をまともに相手にする人間はいない。ところが氏は誰も相手にしてくれないのは反論ができないからだと居直っているのである。こういう人を誰も相手にしたくない。そういうことをする筆者は自己嫌悪に陥る。しかし詐欺師のダレゴトを許すわけにはいかない。
氏の周蔵関連は全て愉快犯の書いた虚構物語である。この隠れた人物は、なかなかの知恵者であり、物知りである。日本の歴史を好きなように書き換えていく。本名を明らかにして表に現れれば、称賛されるだろう。もったいない話である。
S氏は事実をいつわり、世の中をかき回す。
御O氏とともに、もう一度裁判で戦うべきである。O氏は裁判官の悪口を言うだけのなさけない最低の嘘つきである。この裁判内容は著者のHPに書いてある。(白矢眼科)
武生資料は小林頼子氏だけでなく、多くの関係者が調査した資料である。この調査資料を読めば吉薗側のいい加減さがよくわかる。
情報を操作し、嘘を書きつづけるのは犯罪行為である。
多くの人をだまし続けるのは許されないことである。
小林頼子氏は調査を行い、事実を報告したまでである。その詳細な報告書を悪しざまに否定し、話を歪曲する。
S氏にあれだけ多量のHPをつくる時間があるならば、まず武生資料をそのままそっくりHPに張り出して世間の批評を聞かれたらいいのではないか。この斉藤氏は一流会社に勤めていながら、この犯罪に加担しているのである。そしてそのHPを落合氏関係に譲渡し、知らぬ顔をしている。
自らのの責任でだしたHPであるならば著者のだしている質問、例えば「「ガッシュ油絵画法」「中村屋の相馬さん」「佐伯の金の出所」「メニエル病」「芥川龍之介がスパイ」等々について落合氏とともに、証拠を出して説明すべきであろう。それができないのは当たり前である。有りもしないことを証明することは不可能だからだ。
賢明な諸氏に切にお願いする。彼らが著者にまともな答えができるかじっと見ていていただきたい。
阿呆な金の亡者、詐欺師たちは著者の問いに答えることができるであろうか。
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吉薗明子
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斉藤氏のHPを検証する。彼のHPから一部抜出し、著者の意見を客観的にを述べる。斉藤氏はさる一流会社に勤めている。彼の罪は大きい。ばかげた嘘を無理やり本当にしようとする。佐伯祐三その他を辱め、世間から身を隠し、いつまでたっても落合氏の洗脳からぬけでない。こういう輩は彼に限ったことではないが。
◎質問と回答
Q1:岩手県遠野市に住んでいる主婦(吉薗明子さん)が200点もの未公開の佐伯祐三の作品を所蔵しているのは何故ですか?
A1:吉薗明子さんの父である周蔵氏は、西本願寺の大谷光瑞師から佐伯祐三の東京美術学校への入学を依頼されました。祖母であるギンヅルの関係で海軍の山本権兵衛と繋がりのあった周蔵氏はそのコネを使い佐伯の入学の斡旋をしました。そんな関係から周蔵氏は佐伯の面倒を見ることになりましたが、佐伯は西本願寺の諜者としての活動を行っていたため、金遣いが荒く頻繁に周蔵氏に金をせびっていました。当時かなりの収入のあった周蔵氏は、あまり気にせずに金を渡していましたが、当時会計をしていた後に妻となる巻さんの助言により、描いた絵を買い取る事で金を与えることとしました。買い取った絵の中にはスケッチやメモなどそれこそ「捨てるような」絵もありました。(これが、佐伯祐三にスケッチや習作が少ない原因となる) その絵の一部は妻米子の強引な依頼によって譲与されて、米子の加筆が施されて祐三作品となり市場に出回っています。その残りを吉薗明子さんが所有していた訳です。 大谷光瑞について調べてみた。大谷光瑞は日本のことを考え、行動した偉大な人物である。彼の生涯について書かれた書物を読まれれば、斉藤氏の言うことは間違いと思われるだろう。佐伯祐三クラスになると、描きかけの絵でも絵になっている。絵を描いたこともない氏には理解できないのであろう。佐伯祐三は学生時代、デッサン、デッサンと油絵を描く前にデッサンに夢中だった。 セザンヌの描きかけの絵を見ていただきたい。その描く過程がよくわかる。デッサンを直接カンバスに描いて色を置いていく。描かれていない白い下地が残っていても絵としてなりたっている。
佐伯祐三が西本願寺の草として何をしたというのか?その証拠はどこにあるのか?お聞きしたい。
Q3:吉薗周蔵さんは、佐伯のパトロンとなるほどの収入があったのですか?
A3:周蔵さんは当時、上原中将(当時)と関連のある久原房之助の久原鉱業の売店の扱う煙草の売上に回してもらい、ペーパーマージンだけで月収300〜400円を得、更に阿久津製薬の役員として、月給100円、年2回の役員手当て3,000円を得ていました。また、他にも煙草の小売の利益、純粋アヘンの収穫による収入で年収1万円以上はあったと思われます。これは、現在の貨幣価値で言うと年収1億円以上にあたり、かなりの資産家と言えます。これにより佐伯祐三のパトロンとなることができたばかりか、パリで現在の価値で600億円を使いまくったと言われる薩摩治郎八が不景気により資金不足に陥った大正15年、昭和2年に各5万円、6万円を融通し、対価として治郎八所蔵の絵画を得ました。
吉薗周蔵と阿久津製薬の関係書類をまず示すこと。アヘンをどこで手に入れ販売していたか証拠をだすこと、どこに証拠があるのか?こういう嘘を根拠もなくつきつづける斉藤氏の狙いはどこにあるのか。まず他の人間が追試できる状況を作り出すことを求める。 Q5:現在公開されている佐伯祐三の絵は妻米子の加筆だと言う事ですが、ちょっと信じられません...。
A5:まず、現在公開されている佐伯祐三作品を良く見てください。(特に広告の文字が多い絵が良いと思います)下地に野太い描線があり、その上に細かい筆で文字が描かれているのが分かると思います。これは良く見てみるとかなり違和感を感じると思います。この細かい描写が妻米子の加筆と言われています。加筆に関しては、米子が周蔵さんに出した書簡でみずから告白しています。また、米子加筆に関しては、美術界には20年位前から噂としては伝わっていた事は、美術評論家の坂本満 聖徳大学教授(美術史)や千葉成夫東京近代美術館主任研究官などの言で分かっています。聞く所によると、米子に加筆させた画商、その担当者の名前まで特定できているそうですから、今後の展開によってはそれらが公表される可能性はあると思われます。
佐伯の絵に違和感を感じるほうがおかしいのではないだろうか。佐伯の絵を見て感動する人が多いのがふつうである。この文章はすべて否定できる証拠がある。上記の名の方々は事情を知らないで話してしまったのである。名前のある人々が大恥をかかされ、それにはもう触れられたくない。今は後悔していることだろう。斉藤氏は本人に内容証明つきで手紙でも出して確かめたほうがいいだろう。 誰かに訴えられた場合、斉藤氏は裁判の場でどちらが真実か戦う根性があるのだろうか。
いい加減な嘘をつきつづけるのであれば、自ら名前、所在を明らかにし、その言に責任を持つ態度を示すべきである。できないのであれば、即、恥辱に満ちたHPを削除すべきである。いつまでも嘘をつき人をだまし続けるならば、その正体は白日の下にさらされる日がくるだろう。
Q6:妻米子と祐三は最後には離婚するまで険悪であったとの事ですが、米子の手記などで書かれている純愛夫婦とのギャップが大きすぎますが...。
A6:もし、あなたと奥さんの仲が非常に悪かったとします。その場合でも、あなたにかなりの資産があれば、あなたの死後、奥さんは世間に対してあなたと非常に仲睦まじかった思い出話をいやになるほどするでしょう。
祐三は親兄弟から疎遠にされ頼ることはできなかった、だから周蔵に金銭を求めたというのは吉薗関連の嘘話ではないか。そうであるならば祐三に資産があったというのはおかしいのではないか。
もっと真実を調べてから書くべきである。矛盾に気がつかない斉藤氏。頭のおかしい斎藤氏は、もう本当に裁判で大恥を書く前に、真実を調べHPを引っ込めるべきと思うが、洗脳されており、ゾンビと同じ。
Q9:吉薗明子さんは、佐伯作品を担保として借金をしたという事で裁判で有罪となったと聞いています。ということは、裁判できちんと真贋論争がなされたと言う事ではないのでしょうか?
A9:確かに明子さんは裁判で有罪となりましたが、その時にまともな真贋論争はなされていません。武生市が発表した「小林頼子報告書」は、落合莞爾氏が著書で論破していますが、それを一切無視して裁判は進められました。裁判では真贋論争は「小林頼子報告書」で決着が着いているとの考えで進められました。このように「小林頼子報告書」は、その内容とは無関係に真贋論争には決着が着いているとの話が一人歩きしています。
小林頼子報告書 武生資料 裁判資料は白矢眼科HPに、今後も取り上げていく。明子氏は贋作を売り何億という金を手にしている。この金は落合氏にも回っているのではと疑われる。小林頼子報告書 武生資料 裁判資料は、ほとんどすべての関係者を調べ、事実を根本から調査している。ぐちゃぐちゃ文句を言う前に
裁判を間違いというなら控訴すべきでないか!それをしないのは、その容貌と同じひねくれものの卑劣漢である。
控訴もしないで、ねちねち女々しくするのは、あまりにもかっこ悪い。事実を歪曲する卑劣な行為は世のためにならない。
佐伯に金がないこと、親、兄弟に大事にされなかったことが原因で吉薗周蔵に金銭的、精神的援助を受けることになったのが詐欺師が最初に考えた筋書である。これは根本から間違っている。佐伯には金はあったし、親兄弟から愛されていた。詐欺師の片棒をなぜそんなに担ぐのかわからない。
斉藤氏は潔くHPを引っ込めるべきである。
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心斎橋 難波掛け持ちで見て回った。画集でみるのとはやはりまったく違う。模写している絵が何点かあったが、色彩が画集と異なるものがほとんど。今回の図録でも実物と比べると違っている。
画集で模写しているとき、よくわからなかった建物の配置が実物を見てわかったりする。20、30号で描かれているものを小さい画集に収めれば当然佐伯のような描き方だと見るほうはわからなくなってしまうものがある。
佐伯のカンバス、線、厚塗り、薄塗を観察。
洗濯屋の絵の前で「哀愁の巴里」を思い浮かべ感慨深く、、、立っていた。
今回出版した本は佐伯祐三について歴史に残るものとなるであろう。心残りな部分もある。ページ数の関係で削除を余儀なくされたもの、もう一度調査したい部分。
所有物40数点と他1点で数は少ない。仕方がないのだろう、準備室ではお金がかけられないのだろう。絵を素晴らしく感じさせるには雰囲気作りが大切。全体の明るさ、絵に対する照明。
それに比べ練馬の美術展はすばらしかった。
佐伯祐三の名を出すからには、もう少し頑張ってほしかった。ピカソ展、最後の奥さんの名前なんだったかな、彼女が所蔵している絵の展示会だったが、巴里と東京で見たことがある。パリで見たほうがよほど迫力があった。
展示する側にしても、それ相応の人がいないとせっかくのいい絵もだめになってしまう。
オルセーにしてもオランジュリー、マルモッタンにしても、いつ行っても満足して帰れるのは、それなりの人が考えつくしての配置、照明なのだろう。
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川端康成はしばし病蹟学で取り上げられる、眠りの森をなぜ彼は書いたのであろうか。彼の親は早逝し彼自身も病弱でこの子は育つだろうかと言われていた。両親が死に幼くして祖母に育てられる。ところがその彼女も死んでしまう。愛してくれた女性の死、惜しみなく愛だけを与えいなくなってしまう人たち。
だから彼の書く物語では女性は言葉を発しない。ただ無言の愛、しぐさだけ。
彼は求めたのだろう。愛し愛される永遠の時。
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川端康成はしばし病蹟学で取り上げられる、眠りの性をなぜ彼は書いたのであろうか。川端文学について考察したい。つぐく
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