三池監督「十三人の刺客」「悪の教典」そして今回の「藁の楯」にしても、たくさんの人が余りに簡単に殺されてしまうので本来であれあ個人的好みの作品とは言えない。
しかし三池監督のもっともずるいところは配役の巧さで、「十三人の刺客」での稲垣吾郎、更に「悪の教典」で伊藤英明を悪役として起用、見事、成功させてしまった点には参りました!と言わざるを得ない。
吾郎ちゃんの場合、役者としてはまだ新人の域だった訳で、「十三人の刺客」では役者未開の部分を三池監督が上手く出したとも言えるのだけど、ともかくも驚いたのはで伊藤英明を悪役ぷり。
「子どもが伊藤英明を見ると泣き出すんです。」という母親の話を訊いて、「海猿」主演ですっかり肉体派善人を多くの視聴者に焼き付いた、寅さんと同じでもはやイメチェンは難しいと思っていた矢先にハスミンの悪役ぶりは、そもそも伊藤英明がそれだけ上手な役者だと再認識すると共に、大人の私も寒気を覚えた。
映画「悪人」で妻夫木君がこれっぽっちも悪人に見えなかったことを考えると、やっぱり三池監督ってスゴイ。
ところでこの手のたくさんの人を殺して平気な映画の場合、見ていて気分が悪くなる作品も多々あるのだけれど、不思議なことに三池監督の作品は最後まで観たいと思ってしまうから不思議。
要は現実離れした展開の中に、例えば実は善人の仮面を被った教師が現実にも存在があるかも知れないと思ってみたり、その仮面が壊れたときに狂気に変わる様が「現実にもあり得なくもない」と思えるから、なのかもしれない。
藁の楯レビューに「あり得ない」との酷評を多く見たため、すっかり見る気を失っていたのだけど、カンヌ上映で5分間のスタンディングオベーションと訊いてミーハーな私は態度を取って返し鑑賞。
付け加えると大沢たかおも好き。
ちなみに今回の悪役、藤原竜也についてはカンヌ観客からは支持を得ていた模様も、私(多分、日本人にとっては)想像の範疇。カイジの域を超えておらず、新しい藤原竜也を魅せてもらったとはあまり思っていない。
そういった意味では主人公である大沢たかおも、十三人の刺客主人公だった役所広司に比べるとどうしても影が薄い。
三池監督作品のすごいところは、話が「あり得へん」であっても、配する役者演技が余りに上手で魅せられる点にあるのかも知れない。
映画を観ながら「あり得へん」はこの際どこかに置いておいて、結局、監督は何が言いたかったのか、といことばかり考えて観ていた。
お金でしか解決できない不幸があるとしたら虚しさを感じ得ずにはいられないけど、お金のために人は魂も売る。
自分にかけた保険金を家族に当てるために死ぬ人もいるのだからさもありなん。
自分だったらどうしていただろう?
家族のため、子どものためとなると悩むのだろうな。
海の中で複数名が溺れているのに救命具がひとつしかない状況に似て、其の時にならないと分かり得ない事なのかも知れないけれど。
少なくとも「罪を憎んで人を憎まず」ということは銘苅さんのようにはなかなか出来そうにない。
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