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今から 76年前の昭和16年12月 8日午前 1時30分、ハワイ近海に接近した帝国海軍機動部隊から、アメリカ合衆国ハワイ オアフ島真珠湾のアメリカ海軍太平洋艦隊と航空基地に対する第一波空中攻撃隊として、零式艦上戦闘機 43機、九九式艦上爆撃機 51機、九七式艦上攻撃機 89機の計 183機が発進した。 ハワイ時間 12月 7日午前 7時49分(日本時間 3時19分)、第一波空中攻撃隊は真珠湾上空に到達、その 3分後に攻撃隊総指揮官淵田美津雄中佐は、第一航空艦隊司令長官南雲忠一中将の指揮する機動部隊旗艦 赤城 に対して 「 トラ・トラ・トラ 」 を打電した。 これは 「 ワレ奇襲ニ成功セリ 」 を意味する暗号である。
同 7時55分、急降下爆撃隊がハワイ航空軍のオアフ島防衛の要となるフォード島ホイラー飛行場へ 250kg 爆弾による爆撃を開始、急降下してくる航空機の耳をつんざく音の後にもの凄い爆発音が格納庫の方で鳴り響いた。 ホノルル海軍航空基地作戦士官ローガン・ラムジー中佐は、味方の航空機が操縦ミスをしたのかと思っていたが、航空機が機首を引き起こしたときの主翼に日の丸を確認すると表情が一変、無線室に駆け込み当番兵に次の電文を打たせた。
「 Air Raid Pearl Harbor This Is No Drill !!! 」
( 真珠湾空襲、これは演習ではない !!! )
同 8時05分、水平爆撃隊による戦艦への爆撃を開始、最初の魚雷が戦艦ウエストバージニアに命中。 直後に九七式艦上攻撃機が投下した 800kg 爆弾が戦艦アリゾナの四番砲塔側面に命中、次いで一番砲塔と二番砲塔間の右舷にも爆弾が命中、同 8時10分、アリゾナの前部主砲弾火薬庫が大爆発を起こし 1,100名以上の犠牲者を出し沈没。 同時に戦艦オクラホマにも集中攻撃を行い、多数の魚雷および爆弾を命中させ、たったの 8分で転覆沈没させた。
第一波空中攻撃隊による攻撃開始からわずか 15分でアリゾナ、オクラホマが沈没、ウエストバージニアは大破炎上、戦艦カリフォルニアは副砲弾薬庫が誘爆して大火災を起こして半分沈没、戦艦メリーランドと戦艦テネシーは行動不能状態に陥るなど、戦艦 2隻が撃沈、4隻が大破、多数の死傷者を出しアメリカ海軍の主力戦艦部隊に大損害を浴びせた。
ホイラー飛行場には、アメリカ陸軍航空隊主力戦闘機 P-40 を中心とする 180機が配備されていたが、急降下爆撃隊による爆撃で駐機していた航空機の搭載燃料が引火し次々と炎上、また、板谷茂少佐率いる制空隊の零式艦上戦闘機も地上に並んでいるアメリカ軍戦闘機に次々と機銃掃射を浴びせ、たちまちその半数を撃破して戦闘力を喪失させた。 さらに、爆撃機が主力のヒッカム飛行場にも同様の攻撃で大打撃を与え、多数の爆撃機を撃破して壊滅させた。
同 8時54分、第二波空中攻撃隊に攻撃命令が下され、水平爆撃隊の艦上攻撃機 54機が戦闘機隊を伴い航空基地を攻撃、急降下爆撃隊 78機は第一波空中攻撃隊が大損害を与えたアメリカ艦船にさらなる追い打ちをかけることになった。 艦上攻撃機隊と制空を担う戦闘機隊はフォード島の航空基地および陸軍航空隊のベロース基地を攻撃、P-40 戦闘機を多数撃破した。
湾内では第一波攻撃で魚雷一発が命中したため外洋に退避しようとする戦艦ネバダを急降下爆撃機隊長の江草隆繁少佐が発見、6発の直撃弾と 2発の至近弾を浴びせて座礁させた。 さらに戦艦ペンシルベニアにも被害を与え、カッシン、ダウンズ、ショーの 3隻の駆逐艦にも大損害を与えた。
帝国海軍機動部隊内部では再攻撃の意見具申があったが、南雲忠一中将は攻撃命令を発せず、日本時間午前 8時30分頃、空中攻撃隊は予定通り順次母艦へ帰投した。 同午前 9時頃、帝国海軍空母機動部隊は日本への帰路についた。
帝国海軍の真珠湾奇襲作戦は成功し、アメリカ軍の戦艦 8隻を撃沈または損傷により行動不能とする大戦果をあげた。 アメリカ海軍太平洋艦隊の戦力低下により、日本軍は西太平洋海域の制海権を確保し、これにより南方作戦(東南アジアおよび太平洋各地の攻略作戦)を成功裏に終えたが、沈没・座礁した戦艦 8隻のうち 6隻は引き揚げられ修理が施されて艦隊に復帰、最終的にアメリカ軍が失った戦艦は 2隻であった。
連合艦隊司令長官山本五十六大将は、アメリカに戦争を継続する気が失せるほどのダメージを与えたいと考え、そのためには敵航空母艦の壊滅を望んでいたが、主力空母エンタープライズおよびレキシントンは航空機輸送任務に従事していたため真珠湾におらず、サラトガ、ホーネット、ヨークタウン、ワスプ、レンジャーは西海岸または大西洋に配備されていたため日本軍の攻撃に遭うことはなかった。 山本司令長官は日本とアメリカの国力差から短期決戦を想定していたが、攻撃目標に含まれていたエンタープライズ、レキシントンの 2隻を撃沈できなかったことは、緒戦でアメリカ軍が持ちこたえる原動力となり、日本軍の短期決戦戦略が頓挫する一因となった。
のちにこれら航空母艦によるアメリカ海軍空母機動部隊は、豊富な資源と工業力を武器に再建増強し、帝国海軍を脅かす存在となる。 これを一挙に撃滅すべく山本司令長官と連合艦隊司令部はミッドウェー作戦を発動することになるのだが ……
さて、今回の作例は エアフィックス製 1/72 三菱 A6M2b 零式艦上戦闘機 二一型 である。 真珠湾攻撃では主に制空戦闘機として配備されたが、アメリカ軍戦闘機との空戦の機会が少なかったためもっぱら飛行場への機銃掃射が主任務となった。 作例は、ホイラー飛行場攻撃のため 空母 赤城 から出撃した第一波空中攻撃隊制空隊 第 2中隊第 1小隊 1番機 板谷茂少佐機である。
1/72 スケールの零式艦上戦闘機のキットはハセガワ、タミヤなど各社から発売されているが、ハセガワのキットは現在の目で見ると古さが目立つため、やはり後発となるタミヤのウォーバード・コレクションが決定版であろう。 かつて模型誌の付録という形でファインモールドから 「 至高のゼロ 」 と称した精密かつ高品質なキットも発売されていたが、現在はヤフオクなどでも入手が困難なようである。
作例のエアフィックスのキットは 2011年頃に新金型でリニューアル発売されたキットである。 旧版は 1960年代の発売だから、およそ 50年ぶりのニューキットだ。 箱を開けると驚くのがそのシャープで精密なスジボリだ。 タミヤやエデュアルドほど超精密というワケではないが、大昔のエアフィックス製キットを知っている自分にとっては隔世の感がある。 また、コクピットや脚収納部などもハセガワのキットよりも精密なモールドが施されており、製作意欲が湧く。
作例では伸長した通常の状態にしたが、翼端は別パーツになっているため折りたたんだ状態も製作できる。 タミヤほど細かな部品分割がなされていないので、組み立てるだけなら半日あればすぐにできる。 最近のエアフィックスのニューキットは正確なプロポーションと適度な省略のおかげで組み立てに時間がかからない分塗装作業に専念できる。 付属のデカールはこれも最近のエアフィックス製キットの常としてカルトグラフ製のものが奢られているが、かなりマイナーな塗装例を選択しているので、今回の作例では別デカールを用意した。
ほとんどのパーツはキットのものだが、一部ハセガワよりコンバートしたパーツもある。 また、写真ではほとんど写せなかったが、シートベルトにはファインモールド製ナノ・アヴィエーション・シリーズの日本海軍機用シートベルトを使用している。 組み立てはとても楽で部品の合いも良くストレスはない。 ピトー管は真鍮パイプと真鍮線で作り直した。 当初の予定では、翼端灯や尾灯をクリヤパーツに置き換えるつもりでいたのだが、おおよその形ができあがった途端すっかり失念し塗装作業に移ってしまったためこの作業は省略した。
塗料はガイアカラーの灰緑色をエアブラシで吹きつけ。 カウリングは GSI クレオスのカウリング色を使用した。 通常、自分が飛行機キットを塗装するときは、シャドウ吹きをしたりグラデーションをかけたりと少々小細工をするのだが、今回は真珠湾攻撃という帝国海軍最大の作戦に従事するにあたり、艦内の整備兵が丹念に汚れを落とし初陣を飾るに相応しい綺麗な状態で送り出したと想像し、ウェザリングの類はパネルラインへのスミ入れ以外一切行わなかった。 スピナーには手持ち塗料の中では最もきめの細かいと思われるガイアカラーのブライトシルバーを使用した。
一通り塗装が終わり、いよいよデカール貼りである。 ゼロ戦 二一型といえば、灰緑色(ワレワレ世代では明灰白色を思い浮かべるかもしれないが)の方がポピュラーなのでなにかいいデカールはないかと探していたら、MYK デザインから 「 TORA ! TORA ! TORA ! 」 というタイトルで 空母 赤城 所属の零式艦上戦闘機のデカールセットがあったので購入してみた。
シルクスクーリーンも鮮やかなこのデカールは、アシタのデカール といい、乾燥後にクリア部分のみ剥がすことができるという特殊なデカールだ。 使用方法は簡単で、通常のデカールのように貼り付け、十分に乾燥させたらデカールにセロテープを貼り、そっと剥がすとクリア部分のみ面白いようにパリッと剥がれてくる。 クリア部分の余計な反射が無く、これはいいと思った。 しかし、カルトグラフやエアロマスター製のデカールと比べると若干厚みがあり、とくに黄色は白いインクの上に色を乗せるため余計厚さが目立つようだ。 このあたりは今後新技術によって改良されることを期待したい。
細かなステンシルはキット付属のカルトグラフ製を使用した。 アシタのデカールはかなりツヤがあるため、塗装面と合わせるためにタミヤ・アクリルのセミグロスクリヤーを吹いて均一化した。 最後にアンテナ空中線を張って組み立て終了、完成である。
ゼロ戦のプラモデルを作ったのは小学生の時以来である。 そして真珠湾攻撃の行われた 12月 8日に記事をアップできることも感慨深いものがある。 それにしても、エアフィックスの旧版からのリニューアルキットはどれも出来が良い。 真珠湾攻撃に参加した九七式艦上攻撃機も巷間では実に評判が良いので併せて製作したいところだ。
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About this kit...
1/72 Airfix 製 三菱 A6M2b 零式艦上戦闘機 二一型 をストレート組み。
・一部のパーツはハセガワ製キットから流用した。
・塗装は ガイアカラー、GSI クレオス のMr. カラー、タミヤ・エナメル、タミヤ・アクリルを使用。
・デカールは MYK デザイン製
空母 赤城 所属 第一波空中攻撃隊制空隊 第 2中隊第 1小隊 1番機 板谷茂少佐機を再現。
キットは精密なディティールが施されプロポーションも秀逸。
現在発売されているキットはラバウルで使用された機体にデカールが変更されている。
精密なタミヤのキットは作り甲斐があるが、組み立てる楽しさはエアフィックスに軍配が上がる。
個人的評価 ☆☆☆☆★
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スケールモデル製作室
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なかなか完成させることができなくなってしまいましたが、
小学生の時以来趣味にしているのがプラスティックモデルの製作です。
主に1/72の軍用車輌と軍用機が専門です。
完成品のストックもありますが、ここでは新規製作品にしぼって
アップして行きたいと思っています。
小学生の時以来趣味にしているのがプラスティックモデルの製作です。
主に1/72の軍用車輌と軍用機が専門です。
完成品のストックもありますが、ここでは新規製作品にしぼって
アップして行きたいと思っています。
…しかし、一つ完成させると三つも買ってきてしまうという悪いクセ…
なんとかならないものだろうか…(泣)
なんとかならないものだろうか…(泣)
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横浜はやはり人口が多いせいか模型店が多く、小学生の頃からキットの購入に困ることはなかった。 なかった、と過去形で記したのは、その多かった模型店のほとんどすべてが廃業してしまい、今はとても困っているのである。 現在はインターネット通販が利用できるので自宅にいながら、しかも価格を比較したうえで注文できるから便利になったとも言えるが、一度購入したことがあるようなわかりきっている品物ならともかく、未見の品物はやはり手に取って確かめてみたいし、レジン製や真鍮製のディティールアップパーツやデカールなどは自分の目で見て確認してから購入しないと手元に届いて後悔することも多々ある。 電車を乗り継いで東京まで出れば大手の販売店があるので確認して購入することもできるが、かつてはそれが自宅から至近の模型店でもできたのだが、今はそれができなくなってしまったのだ。 だから困っているのである。
小学生の頃からつい最近まで利用していた模型店はちょっと思い浮かべるだけでも十数軒は数えられるが、しかし残念なことに現在はすべての店が存在しない。 模型人口の減少が叫ばれるが、畑は違うが同じ物品販売に携わる者が思うに、やはりインターネット通販、しかもディスカウント価格での商いに追従していけなかったことが廃業の主な原因であろうと考える。 もちろん店主の老齢化など別の事情もあるだろうが、インターネットの普及によって業界の様相は一変したと思うのだ。
そんな廃業してしまった模型店の中で、最も利用していたのが京急線上大岡駅近くの商店街にあった日光模型と、隣の弘明寺駅にあった かなりや に アワヤ、伊勢佐木町の日活会館の中にあった BIG BOY と、日ノ出町駅近くにあった横浜では最も知られた モケイラッキー(後にラッキーベイフォートに改名)だ。
日光模型 はかつてはどこにもあった夫婦で営む街場の個人商店で、小学生から中学生の時まではよく買い物をした。 割引は行っていなかったが、品揃えが良く国内メーカーの物なら概ねなんでも揃ういい店だった。 店のおばちゃんは口うるさい人だったが、それは店内で大声を出したり必要もないのに箱を開けて中をいじる子供たちに対してであって、行儀良くさえしていれば普通に愛想のいい人であった。
かなりや はふすま紙と文具も扱う兼業店で品揃えは多くはなかったが、割引販売をしていたので気に入ったものが置いてあればまずここで買うことにしていた。 店主は温厚で感じのいいおじさんだった。
同じく弘明寺にあった アワヤ は基本的には玩具店だったが、店主の趣味だったのか模型の品揃えが豊富で、とくにミニスケール AFV の品揃えが良かったのでよく利用した。 ハセガワ・フジミ・日東科学のミニスケール AFV ならすべて常時在庫してあり、かつてハセガワパッケージで発売されていた ESCI 製品も取り扱っていた。 この三軒はともに高齢で廃業してしまった。 あの頃を思い出すと懐かしい。
中学生になって行動範囲が広がるようになり、自転車を飛ばして出かけたのが伊勢佐木町にあった BIG BOY だ。 この店はモデルガンや鉄道模型も扱うどちらかというと大人が出入りするような店だったが、当時の横浜では珍しく輸入キットを大量に扱っていたので、普段の乏しい小遣いの中では手が出ずに指をくわえて眺めているだけだったが、まとまったお金が手に入ると一時間くらい悩んでキットを買ったことが思い出される。 二十代半ばからミニカーを集め出すと、brumm ・box ・BEST ・Bang ・ART MODEL といったイタリア製のミニカーの品揃えも良く、また店主も顔を覚えてくれてフェラーリの新製品が入荷すると店に並べずに取り置きしておいてくれるなどとても良くしてもらったのだが、突然閉店してしまい困惑したことを思い出す。
モケイラッキー は神奈川区大口通にあった小さな模型店だったが JR東神奈川駅至近に支店を出し、後に中区伊勢佐木町三丁目角のオデヲンビルにも出店した。 一番よく利用したのは東神奈川店で、とくに輸入キットやディティールアップパーツ・デカール・各種資料の品揃えが良く、模型誌に新製品として紹介される輸入キットもいち早く手にすることができた。 また、ハンブロール塗料を扱っていたためとても重宝していた。 現在所有している輸入キットの大半はここで購入したものだ。 今から十年くらい前に本店と支店のすべてを統合し、伊勢佐木町から日ノ出町駅寄りのビルに移転し ラッキーベイフォート と改名して営業をしていたが、四年前の平成25年に廃業してしまい、横浜でも最大手の模型店がなくなってしまったのは本当に残念だった。
モケイラッキーは定価販売の店だったが、横浜駅と上大岡駅にある大手家電量販店がディスカウント価格で模型を扱うようになったり、インターネットの普及によって価格が比較されるようになって販売には苦戦していたものと推測する。 思い起こせば閉店の一年くらい前から極端に客が少ないように見えていた。 輸入キットはどこで買っても大して値段は変わらなかったが、国産キットは割引価格と定価では買い物によっては食費が浮くくらいの差が出てしまう。 自分の場合、買い物に行く時間がとれなくなってからはほとんどネット通販で購入していたので晩年はとても客と呼べるものではなかったと思う。
他にも港南台にあった かめやま模型、地下鉄センター北駅にあった ノースポート(川崎市高津区に移転)、店名は失念したが大通公園近くにあった真っ白い建物が印象的だった店 …。 横浜から品揃えの良い模型専門店がなくなってしまった現在は、大手専門店のある秋葉原までわざわざ出かけなくてはならず非常に不便だ。 しかし模型人口が減少している昨今では新たに横浜に模型店が開業することはほぼ無いだろう。 地方にお住いのモデラ―からすれば贅沢な悩みだと苦言を呈せられそうだが …。
さて、今回の作例は エレール製 1/72 メッサーシュミット Bf109E-3 である。 今から 20年以上も前にモケイラッキーで購入したキットである。 確か¥650 か¥700 ほどだったと記憶している。 当時、Bf109E のキットといえばハセガワのリニューアルされたキットが発売されたばかりで E-3 と E-4/7 の両方を購入したが、正直あまりいいデキとは思えず、ついぞ完成することなくフジミの Bf110C を製作するときの部品取り用として処分してしまった。 なぜなら、2000年にタミヤから決定版といえる E-3 と E-4/7 が発売されたからだ。 タミヤのは両キットとも製作し、ディスプレーケースに鎮座している。 このエレールのキットは初出はいつなのだろうか、おそらく 70〜80年代初頭のものだと思うが、箱を開けてパーツをチェックするも、全体を覆う凸モールドにもっさりとしたパーツでついぞ製作意欲が湧くことなく棚の奥の方で埃をかぶるハメになってしまった。 このほど久々に模型を作ろうかと思い、ついでに棚の整理をしたら出てきたので十数年ぶりに箱を開けたというワケだ。 キットは部品点数が少なく、久しぶりに作る自分のリハビリ用にはちょうどいいのではないかと判断、気になる凸モールドも現代風に削り落としてスジ彫りを施してしまうとメーカーの個性がなくなってしまうので、逆にこのモールドを活かす塗装法で仕上げることにした。 また、がらんどうのコクピットには他キットから流用したパイロットを乗せ、省略の激しい脚パーツを使用せずに済むフライト状態で製作することにした。 展示スタンドはタミヤ・ウォーバードシリーズに付属していたものを使用する。 製作を開始した時点ではデカールは手持ちの Bf109E 用を使うとして、キット自体は手を入れずにストレート・フロム・ボックスでいこうと考えていたのだが、仮組中にムラムラと悪い考えが頭をよぎり結果的にネットショップでポーランドはマスターモデル製の Bf109E および Bf109T 用 MG17・MGFF が同梱された真鍮挽き物の銃身セットに、チェコはライジングデカール製のコンドル軍団のマーキングを集めたスパニッシュ・エミールズと名付けられたデカールを購入してしまった。
仮組をしてみると、さすがエレールらしく全体のデッサンが秀逸で、ハセガワのキットのようなたて付けの悪さ感がなくスマートで格好がいい。 ただ、スピナーの形が悪く、レシプロ機の顔となる部分なので見映えを良くしたいのだが、タミヤの E-4 を製作したときの余剰パーツとなっていた E-3 用の穴の開いたスピナーがあったのでこれを流用した。 キャノピーも我慢ならない形状と厚さだったが、他に流用できるパーツがなかったのでキットのままだが、塗装したら意外と気にならなかった。 ただ、合いがあまり良くないのが難点。 マスターモデルの真鍮挽き物の銃身に置き換えるだけで機体全体が引き締まって見えるように感じられる。 ちなみに銃身セットもデカールも元のキットよりも値が張る …。
塗装を行う前にスタンドが取り付けられるように機体下面に穴を開ける。 しっかりと接着できるように内側にプラ板でガイドを設けて接着しろを稼いでいる。 基本塗装は GSI クレオスを使用し、やや暗めに調色したグレーで凸モールドに沿ってシャドウ吹きを行った後、RLM02 と RLM65 を吹きつけた。 乾燥後にタミヤ・エナメルで自作したグレーをぺトロールで希釈してウォッシングを行う。 この時、凸モールドに塗料が集まるようにし、余分はぺトロールを染み込ませた綿棒で拭き取った。 デカールを貼り付けた後、タミヤ・エナメルの RLM グレーにホワイトを少し加えた塗料で凸モールド部分に軽くドライブラシを施し、スミ入れとは逆の方法で立体感を強調してみた。 最後にタミヤ・アクリルのセミグロスクリヤーを全体に吹きつけ、アンテナ空中線を張れば完成である。
食前食中食後に酒を飲むため酔っぱらうと作業にならないが、酔いの浅い日に少しづつ作業をして実質二週間ほどで完成した。 少ない部品点数と面倒な迷彩塗装ではなかったため、模型製作のリハビリにはちょうど良かった。 昨年はまったく製作することができなかったので、記事がアップできて本当に良かったと思う。 また、頭で描いていた通りに完成することができたため、満足感もある。 ちなみに作例写真の一部は画像処理を施してスタンドを消してある。 プロペラは撮影時にドライヤーの冷風を当てて回している。 ミッキーマウスは 3.JGr/88 中隊章で黒と白で描かれているらしいが、半ズボンが赤のデカールも付属していたので模型映えを考慮してこちらを使用した。
☆☆☆――――――――――――――――――――――――――――−−−−−−−−−‐‐‐
About this kit...
1/72 Heller 製 メッサーシュミット Bf109E-3 をストレート組み。 ただし以下の追加工作をした。
・スピナー、および飛行状態にするための展示スタンドをタミヤ製より流用。
・機首上面の MG17 7.92mm 機銃、および主翼の MGFF 20mm 機関砲はマスターモデル製に換装。
・パイロット・フィギュアと主翼のマスバランス、およびピトー管はハセガワ製を流用。
・無線機点検ハッチの位置が違うので移動した。
・塗装は GSI クレオス のMr. カラー、タミヤ・エナメル、タミヤ・アクリルを使用。
・デカールはライジングデカール製、コンドル軍団 3.JGr/88 に配備されたコード "6 ● 99" を再現。
キットは部品点数も少ないため組み立ては簡単だが合いのよくないパーツがある。
脚を収納した飛行状態で飛行機模型を組んだのは小学生の時以来かも。
キットは長期にわたって廃番状態だが、セコハン店やヤフオクで入手は可能。
個人的評価 ☆☆☆★★
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GW で完成させた FTF製 1/72 ドイツ軍 III号戦車 E型である。 FTF (First To Fight) はポーランドのメーカーで、1939年のナチスドイツによるポーランド侵攻 75周年に合わせて、自国の軍用車輛と敵国ドイツ軍の戦車のキットを多数リリースしている。 キットはいわゆるファースト・アッセンブリ−・キット、またはイージー・アッセンブリ−・キットなどと呼ばれているもので、組み立てに時間がかかる転輪や履帯が一体成型されていて短時間で組み立てることができるキットである。
この手のキットはいくつかのメーカーからリリースされており、ヨーロッパでは根強い人気のあるウォー・ゲームの駒として利用されることが多いためディティールの省略されたものがほとんどだったが、FTF のキットは非常に繊細で精密なディティールが施されているので、スケール・モデルとしての鑑賞にも十分耐えられる優れたキットである。
キットには組立説明書を兼ねた小冊子が付属し、ポーランド侵攻時の III号戦車の役割などが書かれているようだが、ポーランド語で書かれているためチンプンカンプンであった。 もっともこれがなくても III号戦車の写真集など資料は多数刊行されており、また所有もしているので困ることはない。 部品点数はわずか 23パーツなのでストレートに組立てるだけならあっという間に完成する。 足回りは前述のように一体成型されているためリアル感には乏しいが、精密なモールドがこれを一蹴してくれる。 腕に自信のある人は他キットなどから流用して完全な足回りを再現することもできるとは思うが、今回は足回りには手を加えずに別の所に時間をかけてより精密感の増した III号戦車にしてみようと思う。
今回の設定は、1940年10月末から始まったバルカン半島の戦いにおいてギリシャに侵攻中の III号戦車 E型 とし、この方面に出撃した III号戦車のほとんどが標準装備にしていた車体前面の予備履帯と車体後部のジェリカン・ラックを再現することにした。 予備履帯は以前製作したときに余剰パーツとなったトランぺッター製 III号突撃砲の履帯をカットして使用し、ジェリカン・ラックは写真集を見ながらプラ板とエバー・グリーン製のプラ材から現物合わせで作成した。 フェンダー上の予備転輪はエッシーの III号突撃砲のものを加工して接着。 牽引ロープは建築用坪糸を流用した。 ラックからロープでぶら下がっているバケツは同じくエッシーの III号突撃砲に付属していたものである。 その他、車体右側のクラッペが省略されていたので手持ちのジャンクパーツから流用、砲塔後部のキューポラ下のリベット、砲塔両サイドのハッチ・ストッパーなども省略されていたので再現した。 また砲塔上面の手すりを 0.2mmの真鍮線で作り直した。 主砲と同軸の機銃はオーバースケールだったのだが代替えのパーツがなかったのでせめてもと思い、銃口だけ真鍮パイプの一番細いものに差し替えた。 車体前面の機銃は銃身ごと他キットから流用した。 ラックに収まるジェリカンはプラスティック・ソルジャー製を加工して接着した。
一通りの組立工作が終了したらいよいよ塗装作業に入る。 全体に GSI クレオスのサーフェサーを吹き一晩乾燥させる。 今回は同じく GSI クレオスの Mr.カラー特色 「 カラーモジュレーションセット ジャーマングレー VERSION 」 というのを使用することにした。 このセットには明度を変えたジャーマングレーが 4本入っていて、自分で調合する手間がなくそのまま使用できるというとても手軽なセットだ。 まずは一番暗いカラーの CMC09 GGシャドーを車体下面やフェンダー裏側、足回りなど奥まった部分にエアブラシで吹き、次に基本色となる C40 ジャーマングレーに少量の C62 つや消しホワイトを混ぜた塗料をシャドー部分を残しつつまんべんなく吹く。 その後、車体上面など光の最も当たる部分に CMC07 GGハイライト1 を吹いて塗装にメリハリをつけた。 しっかりと乾燥させた後、ハンブロールの 145 マット・ミディアム・グレーで軽くドライブラシを施してリベットなどのモールドを強調した。
デカールを貼ったあとはウェザリング作業に入る。 AK インタラクティブの AK045ダークブラウンでモールドの周囲にスミ入れを施し、ぺトロールを含ませた筆や綿棒で余分な塗料を拭き取ってモールドを引き立たせる。 もっとも奥まった部分はタミヤのスミ入れ塗料<ブラック>も併用した。 次に AK074 NATOレインマークを点描し、ぺトロールで上から下に向かって汚れが流れ落ちるように筆を払いながら車体に付いた汚れを再現する。 シャーシと転輪など足回りはこの塗料に若干の石膏を加えたものを筆でこすりつけて乾燥した土汚れとし、水分を含んだ新しい土汚れは AK078 ダンプアースに石膏を加えたもので再現した。 フェンダー上部隅などはピグメントを塗布して表現してみた。
昨今 web上にアップされている作例の多くには、AKインタラクティブ社をはじめとした各種マテリアルを使用した非常にリアルな作品を見ることができる。 まるで本物をそのまま縮尺したような、どうやって再現するのか想像もつかないほど技巧を凝らした素晴らしい作品だ。 こちらはただただ溜め息をつきながら眺めているばかりだが、マテリアルに振り回されてしまった感のある残念な作品も多々見受けられる。 サビ汚れや塗装の剥げ具合などの表現がオーバー過ぎてまるで廃車置き場に捨てられたような朽ち果ててしまったような車輛が多いように思うのだ。 いくら戦場が過酷な状況だとしても 「 ちょっと行き過ぎてないかナー 」 と思うことがしばしばある。 3月に部隊に配備されたばかりの新型車輛なのに、作品の設定である 4月の作戦時には塗装が剥げてサビだらけ、なのにフェンダーにはまったくヘコミやダメージがなく、OVM 類はしっかりと全てが装備されている…。 いくら作戦までの訓練が激しいものだったにしても、そんなチグハグな状況があり得るだろうか ?
過ぎたるは及ばざるが如し というが、自分のメインとしている 1/72 スケールでは、ウェザリングはほどほどにしないとただただ汚い模型になってしまう恐れがある。 個人的には、あまりダメージを受けたり、戦場で酷使されたような車輛は好みではなく、適当にきれいな状態を再現するのが好みだ。 前作の SU-122 は、塗料の特性を理解するための習作なのでずいぶんと汚してしまったが、本来はあそこまでウェザリングを施すのは好みではない。
閑話休題。 ピグメントなどを用いて細部に手を入れたらいよいよ完成だ。 今回はスケールエフェクトも考慮して基本色となるジャーマングレーにホワイトを加えて少し明るめに調合したが、満足いく結果になってよかった。 GSI クレオスのカラーモジュレーションセット ジャーマングレー VERSION には、今回使用した ハイライト1 よりもさらに明るい ハイライト2 も同梱されているが、スケールの小さな模型にはかえって向かないような気がして今回は使用を見送った。 代わりに同じような明度のハンブロール・エナメルでごく軽くドライブラシを施したが、こちらの方がねらった通りの結果になってくれた。 しかし、デジタルカメラで撮影した写真を web にアップすると、微妙な色調が再現されていなくてちょっと残念。 撮影機材よりも、撮影技術に問題があるのだろう。
☆☆☆――――――――――――――――――――――――――――−−−−−−−−−‐‐‐
About this kit...
1/72 FTF 製 III号戦車 E型をストレート組み。 ただし以下の追加工作をした。
予備履帯をトランぺッター製 III号突撃砲より流用。
予備転輪はエッシー製 III号突撃砲より流用。
車体後部のジェリカン・ラックはプラ材による自作。 ジェリカンはプラスティック・ソルジャー製。
塗装は GSI クレオス のMr. カラー、ハンブロール・エナメル、AK インタラクティブを使用。
キットは部品点数も少なく足回りは一体式なので組み立ては簡単。
その分各部のディティール・アップと塗装に時間をかけたい。
最低でも砲塔キューポラ下のリベットの再現と、牽引ロープの追加だけは行いたい。
作例では砲塔吊り下げフックを省略したが、ハッチ・ストッパーは目立つのでプラ材で再現した。
ドラゴンはこれが再現されているが、レベルでは省略している。 かなり目立つ部品なのに…。
アーマーファスト、プラスティック・ソルジャーのファースト・アッセンブリ−・キットよりも
繊細で精密なモールドはスケール・モデルとして十分に通用する。
S-Model の III号戦車も原型は同一かもしれない。 こちらも近々に製作の予定あり。
個人的評価 ☆☆☆☆★
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今年の GWは半分は出かけて半分は自宅でゆっくり過ごしていた。 外に出かければいつもの調子でヘベレケになって帰ってくるのが明白なわけだが、自宅にいても結局はヘベレケになってしまうのは本項とはまた別の話である。
休日でも起きる時間は普段と変わらない。 いつものように起きてコーヒーを一杯飲んで軽い朝食を済ませたあとはたっぷりと時間がある。 ここで午前中から飲み始めて何度せっかくの休日を無駄にしたことか…。 そこで日頃作りかけになっていた模型を一気に完成させることにした。 前回のエアフィックス製のカーチス・ホークは GWに入る前に完成したものだが、今回の作例は休日中に完成したものである。 実はもう一点同時進行で完成した作例があるのだが、それは後日公開ということで。
今回の作例は前々回に紹介したイースタン・エクスプレス製 SU-85 のバリエーションとなる旧ソ連軍の自走榴弾砲 SU-122 である。 前作の SU-85 ではスケールモデルファン誌を参考に AKインタラクティブ社の塗料を用いて自身初挑戦となるカラーモジュレーション塗装や今まで使用したことのなかったピグメントなどを使用して今までの作風とは違う方法で製作した。 このときは縮尺率を考慮してウェザリングも控えめに行ったのだが、今回はこれら(自分にとっては)新マテリアルの使用法をもっと理解すべく、ハデめに行うことにした。
今回も前作同様に組立工作がすべて完了してから塗装を行った。 履帯を含めた足回り一式は塗装後に接着できるようにし、主砲も後から接着できるようにした。 ディティールアップは SU-85 に準じるが以下のような工作を施した。
・手すりのパーツが太すぎるので 0.25mmの洋白線で作り直す。
・牽引用のロープがキットでは省略してあったので建築用坪糸から自作。
・主砲の 122mm砲はキットでは太すぎるので 3mm径のプラ丸棒から自作。
・マフラーはもっさりしたディティールなので他キット(エッシー 1/72 T-34/76)から流用。
・車体後部の予備燃料タンクは他キット(PST 1/72 JS-II)を流用してディティールを追加。
とくに手すりは SU-85 のように金属の棒を折り曲げただけというような単純な形状ではなく、数枚の金属製のステイを貫通する形状だったため、部品が小さいために老眼の進行してきた我が身にとっては辛い作業になってしまった。 が、完成後のリアルさは辛さを一気に吹き飛ばしてくれた。
塗装作業に入る前に作例のイメージを設定する必要がある。 今回は、オリジナルのグリーンの上に冬季のカモフラージュとなるホワイトをオーバー・スプレーした SU-122 であったが、春の雪解けとともにホワイト塗装が剥がれ落ち、また雪解けによってぬかるみと化した大地を進撃するうちに泥まみれに汚れていく……、そんなイメージで塗装を行うことにした。
まず全体にサーフェサーを吹きつけてから基本塗装に入る。 主砲が収まる部分や戦闘室と機関室との間のくぼんだところ、フェンダーの裏側などにあらかじめつや消しのブラックを吹いておき、基本色となる GSIクレオスの C136 ロシアングリーン(2)をブラックがうっすらとのぞくように全体にムラなく吹きつける。 十分に乾燥させた後、塗料が剥がれたような状態を表現できる AKインタラクティブ社の AK088 Worn Effects を車体上面に吹きつける。 この Worn Effects というマテリアルは、基本色の上にこれを吹きつけ、さらに上塗り塗料を吹き付けてあまり乾燥していないうちに水を含めた筆で塗装面を洗うようにすると、表面がふやけたようになってきてこれを筆で払うことによって塗料の剥がれを表現する素材である。 水性の液体のため、上塗りに使用する塗料も当然水性の塗料で行うこととなる。
Worn Effects は吹きつける量によって剥がれ落ち具合がコントロールできるため、あまり剥がしたくない部分は軽く、強く剥がしたい部分は厚めに吹きつけるといいという。 もっとも、強く剥がしたい場合には AK089 HEAVY CHIPPING という製品も発売されているので使い分けるのもいいだろう。 自分の場合は製作する模型の縮尺率を考慮して効果控えめの製品をメインに使うことにしている。
今回は、機関室の上部が戦車に随伴する歩兵がよく乗る部分なのでここを重点的に剥がれたようになるようにしようと思った。 が、初めて使用するマテリアルゆえ、効果の程度がわからず思ったような効果が得られたかと言えばちょっと不満足な結果になったかもしれない。 が、最終的なウェザリング塗装が終了した完成後は十分に満足できる作品に仕上がった。
Worn Effects を吹きつけ後は、水性塗料であるタミヤアクリルの XF-2 フラットホワイトを軽く吹く。 10分程度経ったら、水を含ませた平筆で塗装面をなでていると、ホワイトが浮いてくるので希望の状態になるまで筆で表面を払う。 乾燥すると実物を縮尺したような表現ができてえらく感動した。 件の機関室上面はもう少し剥がれてほしかったのだが、Worn Effects の吹きつけ量が少し足りなかったようで、意図したように剥がれてくれなかったが、どの程度吹き付ければいいのかがわかったということは、今後の作品を作る上では貴重なデータが得られたのでよかった。
全体をしっかりと乾燥させた後は AKインタラクティブの WASH 系の塗料を使用してウォッシングを行い、さらに泥汚れを表現する塗料とピグメントを用いて SU-85 のときよりも強めの汚し塗装を施した。
とくに車体下部は陸上自衛隊の総合火力演習時のビデオや戦時中の記録映画などを参考にしてみた。 春の雪解けによってぬかるみとなった戦場を走破してきたイメージが湧いてくれたらこちらもありがたいのだが。
以前、この完成模型の大きさについて質問を受けたことがあった。 実物の 1/72 の大きさ、といってもピンとこないと思うので、10円玉と並べて写真を撮ったので参照していただきたい。 ついでに同じ車体を持つ前作の SU-85 も一緒に。
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About this kit...
1/72 イースタン・エクスプレス製 SU-122 をほぼストレート組み。
キットは部品点数も少なく組み立ては簡単だが、各パーツの合いがイマイチなので仮組みに十分な時間をかけたい。
とくに車体上部とシャーシの接着、履帯および転輪とサスペンションの接着には注意が必要。
記事にも書いたが、手すりの工作・砲身の交換・予備燃料タンクの工作・牽引ロープの追加だけは行いたい。
現在、イースタン・エクスプレス製 1/72 の軍用車両は残念ながらすべて廃番のようである。
個人的評価 ☆☆☆★★
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大東亜戦争中の中国・ビルマ・インド方面で、中国軍(中華民国国民党軍:現在の台湾)と協同して日本軍を相手に抗戦していた アメリカ義勇航空隊 (American Volunteer Group) またの名を フライング・タイガース に所属する カーチス ホーク 81-A-2 が今回の作例。 AVG はアメリカ軍パイロットからの志願兵によって編成された部隊で、機首に描かれた派手なシャーク・マウスにウォルト・ディズニー・スタジオのロイ・ウィリアムズによってデザインされた翼が生えた空飛ぶ虎のマークと青天白日の国籍がトレード・マークとなっていた。
AVG は日本機 286機を撃墜したとされているが、作例は昆明(現在の雲南省昆明市)を拠点にしていた時の チャールズ・H・オールダー中佐の乗機で AVG 在籍中は 1941年12月25日に 4機を固め撃ちしたのを始め、計 10機の日本機を撃墜したことで知られている。
本年は中国から見れば抗日戦争勝利70周年となるわけだが、昨年末に在米の華僑系住民が抗日戦争勝利委員会を立ち上げて反日活動を活発化させているという報道があった。 名誉顧問には朝日新聞のでっち上げる韓国人慰安(売春)婦騒動での日本非難決議を主導するマイク・ホンダの名もありまことに香ばしい限りだが、名誉議長にはアンナ・チェン・シェンノート(中国名・陳香梅)という名があった。
この人の夫のクレア・リー・シェンノート氏(故人)が AVG を創設した人物で、ロサンゼルスのメディアは、1937年に中華民国の国民党を率いる蒋介石の夫人である宋美齢の呼びかけにより国民党軍の顧問として雇い入れられ、退役したアメリカ軍人を集めてアメリカ義勇航空隊を結成し日本軍の航空部隊と戦ったことから 「 抗日英雄 」 とされている、と伝えていると産経新聞は記していた。
記事中のアメリカ義勇航空隊がアメリカの退役軍人による義勇軍だというのは半分正解で半分間違っている。 国民党軍顧問として雇われたクレア・リー・シェンノートは、蒋介石に日本軍に対抗するには優れた戦闘機 100機と優秀なパイロットが必要だ、と具申すると、軍備の近代化を急ぐ蒋介石はこれを承認、本国へ一時帰国したシェンノートはルーズベルト大統領の後ろ盾を得て戦闘機 100機の調達と米軍内からパイロットを募る権利を得ることになった。 その募集要項に、
● 軍退役後は全メンバーに一時金 500ドルを支給
● 中国での軍務の終了後、元の階級での空軍復帰を約束
● 毎月 600ドルを全てのパイロットに支給
● 月支給プラス敵機を 1機撃墜するごとに 500ドルを支給
と、かなりの高給を謳った結果 110名の志願者が集まったが、戦闘機の操縦に練達した者よりもむしろ爆撃機のパイロットのほうが多かったという。 そのために行われた厳しい訓練の結果、40名が脱落し 70名のパイロットで編成されることになった。 このように、AVG は現役の軍人から志願を募ったため、記事にあるように退役したアメリカ軍人を集めて AVG を結成した、というのは誤りである。
しかし、この隊員募集時点では日米は開戦しておらず中立であったため、採用パイロットは義勇兵になるため米軍を一旦退役する必要があった。 この視点から見れば退役軍人によって結成された、と言えなくもないが、一般的に退役軍人といえば現役あるいは予備役を退いた軍人を指す言葉であるから、このケースに退役軍人の言葉を使うのは不適当と考える。
日米の開戦後、AVG は日本軍と激闘を繰り返し前述のような戦果も挙げていたが、損耗も激しく開戦当初の物量と技量で圧倒する日本軍を食い止めることはできなくなっていた。 また、正式に日本に宣戦布告したアメリカにとって義勇軍の意味はすでになくなっていたため、1942年 7月 3日、軍は AVG に対し正式に解散命令を出した。 蒋介石夫人の宋美齢は解散の日、AVG 隊員全員に賛辞を贈ったという。 しかし、長年にわたる日本軍との抗戦によって消耗していた蒋介石の国民党軍は、後に台頭してきた共産党軍との国共内戦に敗北し現在の台湾へなだれ込むのだが、これはまた別のストーリーであり本項とは関係がないので割愛する。 ただこれだけは言いたいのだが、抗日戦線を主導してきた蒋介石率いる国民党が AVG を創設したクレア・リー・シェンノートを英雄視するのは理解できるが、毛沢東の共産党が作った現在の中国が彼を英雄視するというのは違和感がある。 戦争中に日本軍が戦った中国は現在の台湾であり、現在の中国は戦後に作られた新興国であるからだ。
さて、キットは数年前にエアフィックスから発売された新金型キットである。 エアフィックスの webサイトでは購入できるようなので生産停止にはなっていないようだが、ここ数年日本の模型店には入荷していないようでほとんど見かけない。 昨今のエアフィックスの新金型キットは年少者でも作りやすいようにプロポーション重視で部品点数は控えめ、取り扱いにピンセットが必要な細かい小さなパーツはほとんどないため実に組み立てやすい。 凝りたい人はアフター・マーケット・パーツなどを駆使すれば見違えるような作品になるだろう。 作例ではファインモールドのシートベルトを追加している。 デカールはカルトグラフ製が奢られており、このデカールのためだけに購入しても損はない。
『 世界の傑作機 No.39 カーチス P-40 ウォーホーク 』 の 78ページに作例の チャールズ・H・オールダー中佐機の塗装図が掲載されていたが、キット付属の塗装図とはシリアルナンバーを含め微妙に違いがあって困惑した。 イン・アクション他手持ちの資料を当たってみたがコレだ、という写真も見当たらなかったため、今回は素直にキット付属の塗装図に従った。 エアブラシによる基本塗装はすべて GSIクレオスの Mr.カラーを使用。 もともとは英国空軍(RAF)向けの機体を AVG に転用したため、それに準じたダークグリーン/ダークアースの迷彩塗装であるが、箱絵の雰囲気がとても気に入ったのでその雰囲気になるようダークアースをスピットファイアの時とは違う色調に調合している。
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About this kit...
1/72 エアフィックス製 カーチス ホーク 81-A-2 をストレート組み。
キットは部品点数も少なく組み立ては簡単。 その分塗装に手間をかけたい。
記事にも書いたが、コクピットにファインモールド製 ナノ・アヴィエーション・シリーズの WWII 米軍機用シートベルトを追加した。
ピトー管は真鍮パイプと真鍮線で作り直してある。
年少者でも組み立てやすいキットだが、主脚カバーの取り付けが説明書では不明瞭だったため、手持ちの資料を参考にした。
個人的評価 ☆☆☆☆★
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