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ホントにご無沙汰しております。 業務多忙にもほどがある! というくらい、仕事が立て込んでまして・・・・ しかし、久しぶりに、休暇!!(^◇^) 知人のご案内をして、大分へいきました。 で、お昼は ちょいと合成に・・・・あ、いやいや・・・ 豪勢に うなぎといきましょ〜(*^_^*) で、行ったのは、大分市内の某うなぎやさん なんでここに行ったかというと 以前訪れたときに、ある強い印象をうけた店であったためです。 もちろんうなぎがたいへんおいしかった、ということでもあるのですが、 それ以上に、日本の歴史秘話というべき語り部が、ここにいらっしゃったのです。 ここのお店のご主人は、終戦を18か19で迎えた、 日本海軍の戦闘機搭乗員でした。 そしてご主人が終戦間際に土浦で訓練を受けていた機体というのが そう、日本海軍が昭和20年に実用化をはかった ロケット戦闘機「秋水」です。 ドイツのロケット戦闘機「コメット」に範をとり 日本海軍潜水艦「イ29」が苦難の航海の末持ち帰ったわずかな基本設計図を基にし ほとんど独力で作り上げたといっていい、このロケット機は 終戦間際には防空格闘戦闘機としての本来の役目ではなく B29に接近して自爆するという戦法に用いられる特殊攻撃機として使用される予定でした。 土浦には800人の甲種予科飛行練習生出身者が集められ この機体の習熟訓練を行っていました。 このお店のご主人もその一人でした・・・・ 6年前にお会いした時、厨房で包丁を握っていたご主人に、 当時の様子を少しだけお聞きしました。 しかし今日、お聞きしたら、ご主人は2年前に他界したとのことでした。 「義父は、うなぎを焼きながら死にたいなあ・・と生前よく話していたんですがね。 本当にそのとおりになったんですよ・・・。 ウナギを焼きながら、倒れて・・・・」 現在の店主で、このご主人の義理の息子さんはそう話してくださいました。 店内にはたくさんの軍用機の模型が飾られています。 亡くなったご主人の経歴をご存じの方たちが、作っては持ってきてくださったんだと・・・・ 一式陸攻、紫電改、零戦、そして秋水の模型に交じって F4Uコルセアや、リベンジャーといった、かつての敵、米軍機の模型もあります。 同行した知人はこうしたことに理解の深い方でしたので、帰り際にちょっと話したのですが、 こうした兵器の模型やその話をすると、 すぐに好戦的なヤツと決めてかかるご仁が多いのには閉口すると・・・ もしくは「マニア」とひとくくりにしてしまい こうした兵器というものが、日本の歴史の大切な資料であり これを扱った人々が、風化する日本の戦中史の大切な証言者であるという認識が 特に日本の歴史研究者には欠如しているのではなかろうかと・・・ 亡くなったご主人が、店内にこうした模型を飾っておられたのは ご自分が青春の大切な時期に、命をかけて取り組んだことが この恐ろしく欠陥だらけの新鋭機であったこと そしてその若い時期に決して悔いのない時間を過ごされたことの証なのだと 私と知人は思いました。 そして、敵機の模型を飾っているのも きっと、若き搭乗員であったご主人が 敵国の搭乗員もきっと、自分たちと同じ思いで訓練を積み そして、戦場に立っていた、そのことを想うからであろうと感じました。 ご主人は店を始めて うなぎを焼きながら死にたいとおっしゃっていたとのこと・・・ 最後のその時まで、必ず自分の職責を果たすのだと あの過酷な戦争の中で、日々命がけの訓練をしていた若い搭乗員はそう心に誓ったのでしょう。 うなぎも、操縦棹も同じですね。 自分の仕事に誇りと責任を持つことにおいて まったく同じです。 跡を継がれた新しいご主人のうなぎも、絶品でした。 先代のお心と思いが、確かに生きているのだと感じます。 知人と帰りがけ、ふと感じました。 どんな仕事でも、心をこめて行うとき 誰かの役に立てばと、念じて行うとき その仕事は、ほんとうによき仕事になるのだと。 今の多忙を嘆く自分の心に 喝を与えてくれたように思えます |
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ご無沙汰致しております。うなぎと操縦桿。深いですね。確かに、自分の得を考えず心を込めれば良い仕事になると思います。人様に喜んで戴けるのが一番なんですが、凡人にはちょっと。「何で、わしばっかり」となってしまいます。安倍譲二さんの本で「平気で損ができるのが堅気との差」と書いていました。何事も極めれば道は一つなのかもしれませんね。
2014/3/29(土) 午後 8:54 [ おおずし ]
>おおずしさま
お返事が大変遅くなってすみません。
仕事の都合で、ここのところ、ずっとブログを見てませんでした。
「平気で損ができるのが、堅気との差」
蓋し名言ですね。
堅気より、極道のほうがよほど人として立派なように感じてしまいます。
2014/5/5(月) 午後 7:24