宗麟のまち 模型と私

自然を畏れること、忘れてはいけないなあ・・・

戦争映画の小箱

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ドイツ軍守備隊陣地に引きこまれた起爆ケーブルは、米軍の砲射撃で切断されていて、爆薬に点火できません。
ハートマンたちはなおも、爆薬の除去作業を続けています。

クリューガー少佐は一兵士に命令して、橋の中ほどにある緊急起爆用のヒューズへの点火を試み、ヒューズへの点火が成功します。
ヒューズは導火線のようなもの。これを伝わっていく導火がハートマンたちにもはっきりと見えます。

「橋が爆破される!上がって来い!」
ハートマンは橋桁の下で爆薬除去をしていた部下たちに退去命令を出し、全員が上がってきたのを確認して橋から離れようとしましたが、その時

轟音と共に、除去できなかった爆薬が爆発し、この鉄橋は煙に包まれました。

爆破のあと、それまでの喧騒がウソであったかのように、静寂が拡がります。
鉄橋のトラス鋼材がゆっくりと河へ落ちていきます。
そして爆煙が遠のいていくと・・そこには

あのルーデンドルフ鉄橋がほぼもとの形のまま、ライン川に聳えているのでした。
奇跡的に、ハートマンやアンジェロたちも生きていました。

爆破は失敗だったのです。
もともとこの橋を全て破壊するために必要なTNT爆薬は物資不足のためここに送られておらず
その代用として、橋の破壊に必要な量の半分程度にも満たない、工業用ダイナマイトしか仕掛けられてなかったのです。
ですから「総統」がいくら、「橋は早く爆破せよ」と命令していても
橋を爆破することはもともとできるわけがなかったのです。

クリューガー少佐は残存兵力と、一般市民の避難民を募って、米軍への反撃を試みようとします。
しかし、冷静に事態を観察していた、以前のレマゲン防衛責任者 シュミット大尉(ハンス・クリスチャン・プレヒ)の意見具申を受け入れ、反撃を止め、防御戦闘に徹することを約束します。
そして援軍を要請すべく、ボンの地区司令部へと向かうのです。

ハートマンたちは命が助かったのを喜ぶのも束の間、再度橋の奪取のために橋の東岸へと進撃し、ドイツ軍守備陣地の目の前までせまります。
橋の西岸位置にはドイツ軍によって大穴が空けられ、戦車などの大型車両が通行できなかったため、ハートマンの中隊はさらに多くの犠牲者を出しながらも、砲撃支援なしでドイツ軍守備陣地に散発的な攻撃をしかけます。

そして、夜明けを迎えようとした頃
西岸の穴が埋められ、この鉄橋を米軍戦車がドイツ軍渡ってきます。
陣地の中のドイツ軍兵士らはもはや、戦闘能力をまったく失っていました。
戦車隊が橋を渡りきり、ドイツ軍陣地直前に到着したとき、シュミット大尉が白旗を掲げて出てきました。

そのころ、ボンの司令部に到着したクリューガー少佐は、「反逆罪」のカドで逮捕されていました。
理由は「総統の命令を聞かず、橋の爆破をしないまま連合軍をライン東岸へ引き入れてしまった」ことでした。
もともと橋が爆破できるほどの爆薬も与えられなかったクリューガーは、ただそうした司令部の失策の責任を全て負わされる形で、即日銃殺刑に処せられます。
銃殺台に架けられたとき、彼の頭上を飛行機の編隊が飛んできました。
クリューガーは傍らにいたナチ親衛隊の銃殺指揮官に
「あれは味方の編隊か?」と訊ねます。
「いえ、敵機です」と答える指揮官。
この応えに、クリューガーは皮肉な表情を浮かべて、こういいました。
「誰が敵なんだ?」と。

これがおおすじでの映画の内容です。

この映画が作られた1968-69年ごろ
アメリカはベトナムにおいて、明らかに負け戦な戦いを繰り広げていました。
この戦いの様子は、マスコミが逐一、
米軍兵士の残虐行為、あるいは厭戦気分の満ちた兵士たちのナマの姿を全世界に伝えていました。
この報道によって、当時の人々はみな
戦争というものの実情を茶の間で知ることになったのです。
これが世界世論を大きく扇動し
アメリカをベトナムから引き揚げさせる重大な要因になったといわれています。

そんな時代に作られたこの映画、
登場する兵器や軍装の再現の正確さや、映像合成をせずに(B25とP51が空襲するシーンは合成)迫力ある戦闘シーンをみせたことでの評価も高いのですが、
それよりもなお、人間の組織というものの恐ろしさと、空虚さをみごとに描いていることに
私は強い共感を覚えました。

最前線の様子を知らずに、机上に集められた情報だけで判断をするシラー准将。
彼は無邪気と言ってよいほど思慮なしに、ルーデンドルフ橋を巡る戦略方針を変えていきます。
彼の方針が変わるたびに、彼と同じ命を持った兵士たちが、最前線で死んでいきます。
その命令を「私のためにやってくれ」と、部下のハートマンたちに押し付けるバーンズ少佐。
彼が前線で手を汚さずに、ハートマンやコルト大尉たちを働かせて、その手柄を自分のものにしている様子を
この映画では、バーンズの戦闘服がシミ一つ、ホコリ一粒もついていないきれいな状態であることで表現しています。

そして、クリューガー少佐
彼は物資不足なのにルーデンドルフ鉄橋の破壊を「総統」から命じられたその責を、一人で負うことになりました。
味方の兵士を一人でも多く救いたいとぎりぎりまで橋を爆破せず、
これでもう潮時だと思ったときに命令を遂行しました。
彼のお陰で、命を助けられた一般市民や兵士たちもたくさんいたのです。
でも、組織の中では「反逆罪」
「誰が敵なのだ?」という彼の最後の言葉が
この映画の全てであり、そして
この世の社会の姿であるような思いがします。

手に持ったパチンコ玉を足の上に落としても、たいしたことはありませんが、
東京タワーのてっぺんから落としたパチンコ玉は、簡単に人体を貫通してしまいます。
これは、組織の構図とよく似てますね。
パチンコ玉をもった人間、つまり命令権限のある人が、そんなに罪の意識な、思いつきで言ったことは、
その人が組織の上にいればいるほど、末端への影響は極めて強いものになるのです。
リーダーやトップといわれる人たちで、どのくらいの方が
この意味と恐ろしさを理解しているでしょうか?

リーダーの素質とは何かと聞かれれば、その一つとして私は
「安易に考えや指示を変えずにすむよう、熟慮を以って即決できること」
と答えるでしょう。
一度出した指示の変更は、部下やスタッフの段取りを大きく狂わせるだけでなく
やる気を損ねてしまいます。
だからこそ、常日頃からスタッフの意見や考えを、冷静に聴いておきたいし、
リーダーこそ、部下よりも多くの知識と経験という、判断材料を持つようそれまでに努力せねばと思うのです。

上に立てば立つほど、自分の考えを言えなくなる場合もあるかもしれません。
むしろ、組織の中ではそのほうが健全で活き活きするかもしれません。
そしてトップやリーダーは、部下に対し、でき得る限り多くの事柄が円滑に動くよう
的確な判断による指示をすればよいのでしょう。
部下にはできない、決断という大変重たい任務があるのが、トップでしょう。
そのために給料は高く、働く環境も部下に比べてはるかに良好になっています。

しかし最近本当に、待遇だけはよくて、
妙な判断ばかりするリーダーやトップが多いような気もします。
その代表が、国会議員。

「検察の捜査は自民党に入らない」とか
「検察は自民党にも捜査の手を伸ばさんのか」
などとマジメくさって声高に叫ぶより
ほかにすることはないのかと、政治家に言いたいものです。
あなた方がそんなノンキなことを言っていられるのは
あなたがたの政策ひとつで、命さえ奪われかねない国民が必死に払っている税金のおかげではないのかと。
政治家の皆様が、面子や体裁にこだわってこの不況対策に有効な政策を打ち出していないために
今日はどれだけの人たちが、その命の灯火を消さねばならなくなっているのでしょうか?

今日、ヨーロッパは3月7日
史実のレマーゲン陥落から64年が経ちました。

「大体男って、女には理解できないヘンなもの集めては喜んでるよね。おおかた生活の役に立つわけないものばっかりで。一体ナニ考えてるんだろ」
と、ウチの職場の女性スタッフがあるときこんなことを言ってました。
その「ヘンなもの」って一体ナニを指すのか?
そりゃ時々、女性用下着を盗んでは溜め込んで、警察とマスコミのご厄介になる御仁はいる。
確かに「おおかた生活の役には」立たないだろうし、まあそれはごもっとも。

「そーですよね、男は確かにそんなトコありますよね。でも私には理解できないなあ」
そう、私は下着ドロではない。
「ナニ言ってんのよ、あんたもその一味ではないか!」
へっ?何だってえっ!
だから私は下着ドロではない!
「いや、どうして私がその一味呼ばわりされるのか、それがわからない!」
本当にわからない。
マグダラのマリアが、イエスを愛してしまう理由がわからないくらいわからない。
(参照:「私はイエスがわからない」 『ジーザス・クライスト・スーパースター』より)

「何でわからんの?あんたはあのわけのわからんプラモデルとかいうシロモノを、しこたま家に抱え込んでるそうではないか!
しかもかなりの財産になってると聞いたぞえ!
あれのどこが、生活の役に立ってるというの!
おまけに買うだけ買って、今のペースじゃ一生かかっても造りきれないそうじゃない!」

あ、プラモね・・・
いやいやいやいやいやいやいやいや
はーっははははははっははは
いやホンマ、おっしゃるとーりでんがなあ
それにしても、あんさん、やたらわての内部事情に詳しゅうおますなあ
ウチに隠しカメラでも仕込んではるんでっか?

「ナニ言ってんのよこのオッサンは。あんたが滔々といつもプラモ自慢してるから知ってんのよ!」

あ、そうか、そうでしたそうでした。
私も「男」なんだなあ。すさまじいばかりの収集癖!
皆さんもお気づきのように、
このブログの「模型製作記」は全然進歩してないしね。


で、ちょっと考えてみました。何で私がこないにプラモ作る(いや、集める)ようになったかを。
確かに小・中学生のときはホソボソと乏しい小遣いで買える範囲で買って作ってたな・・
そのころなんて、作るために買ってましたよ。
でも20代のあるときから、比較的自由になる金があることも手伝い
作らないけど買ってしまうイケナい大人になってしまった・・
で、それもこれも、なんでかというと

この映画のせいです。そう、
「レマゲン鉄橋」(1969 アメリカ)
この映画をビデオで見て
「いつかきっと、このクライマックスシーンを、ディオラマにしてやるのだ!」
と思ってしまったのが運のつきでした。
野望と無謀は紙一重
それからせっせとこの映画に登場する米軍車両(おもにタミヤ ミリタリーミニチュアシリーズ)を買い込み
来るべき日に備えるはずでしたが
どういうわけか模型雑誌を読んで気になった艦船や飛行機に手を出し始め
はてや、子供のときほしくても買えなかった大滝製作所の「蒸気機関車シリーズ」(現在 有井マイクロエースから発売中)に狂い、
いいだけ裾野を拡大してプラモの山が出来上がってしまったというわけです。

で、そんなことはどうでもよいのですが
この「レマゲン鉄橋」、私の「三大」好きな戦争映画のひとつです。
いろんな意味で、印象に残り
いろんな意味で、その後の私に影響を与えたストーリーの作品です。


さて、内容は
第二次大戦(欧州戦線)下の1945年3月、幾多の困難を経てやっとドイツ国内に侵攻した米第9機甲師団のある中隊が、ライン川中流、リンツとレマゲンという小都市の間にかかるルーデンドルフ鉄橋がまだ破壊されずに残っているかどうかと、レマゲン付近のドイツ軍の勢力を確認する威力偵察(単に偵察だけでなく、時には相手の戦力を確認するために小規模な戦闘を仕掛ける偵察行動)部隊として投入されるよう命令を受けるところから始まります。

もしこの橋梁が残っていれば、連合軍はここからドイツの中心部へと侵攻することができるのです。
そう、かのライン川は、ベルリンの「外堀」でもあったわけです。

この命令を受けたのは、第27機甲大隊A中隊のコルト大尉。
彼の中隊は、功名心に駆られる大隊長、バーンズ少佐(ブラッドフォード・ディルマン)のお陰で
いつも最も危険な威力偵察に駆り出されていたのでした。
コルト大尉はバーンズ少佐のそのやり口に批判的ながらも、
部下のハートマン中尉(ジョージ・シーガル)と共に、その任務を果たしてきました。
そして、それによる疲労が頂点に達した頃、レマゲンへの威力偵察を命じられたのです。

3月6日の夕方、レマゲンの北方のオイスキルフェンを出発したA中隊は、レマゲンへの途中でドイツ軍の攻撃を受けますが、この戦闘でコルト大尉が戦死。ハートマン中尉はその代わりに中隊指揮官となります。
3月7日の早朝、A中隊はシュタットメッケンハイムを出発し、まもなくレマゲン付近の高地に到着します。
そして彼らは、レマゲン―リンツのライン川に、ルーデンドルフ鉄橋が無傷で存在していることを確認したのです。
ハートマン中尉は、「これで我々の任務は終った」と確信し、その後に約束されている休暇を楽しみにバーンズ少佐に「橋は残っている」と報告。そしてバーンズがまもなくやってきます。

「ドイツ軍は我々があの橋を奪う前に、橋の爆破をするだろう。
 お前たちはドイツ軍が急いで自ら橋の爆破をするように、刺激してこい」
みたいな命令を下します

「話が違うじゃねえかあ!最初は橋が残っていればいいみたいなことを言っておきながら
 今度は爆破させろだと!」
A中隊の面々は、いきなり変わった方針に面食らったばかりか、また危険を冒してレマゲンの町へ降りて
ドイツ軍守備隊を「刺激(要は戦闘を仕掛けて)」して、さらに危険を招く恐怖を感じるのです。
実はこのとき、27機甲大隊の上長であるB戦闘団長、シラー准将(E・G・マーシャル)は
「今ルーデンドルフ鉄橋を破壊しておけば、ライン川の西岸(フランスやベルギー方面)に残っているドイツ軍数万の退路を断つことになり、これを殲滅すればドイツ中心部への進撃の障害を排除することができる」
と考えたわけです。
しかも、まだこのはるか後方に居て。

ええかっこしいのバーンズ少佐は、これを受けてハートマン中尉らに命令するわけですが
このバーンズ氏も、A中隊に命令するだけで、自分が最前線で戦闘指揮を執るわけではないのです。
ハートマンらは、この方針転換にあきれながらも
「命令」という、組織の金科玉条に従って、不満と疲労をを溜めつつレマゲンの町に下りていきます。

レマゲンの町と、ルーデンドルフ鉄橋を守備するドイツ軍指揮官はクリューガー少佐(ロバート・ボーン)です。
彼は上長のブロック少将(ペーター・バン・アイク)の命を受け、ライン西岸のドイツ軍残留部隊をドイツ国内へと引き揚げさせるため、橋を破壊しベルリンを守れという「総統」の命令に反し、この橋を死守することを方針としていました。
この鉄橋を渡って続々とドイツ兵やライン西岸居住の市民が東岸に引き揚げるさなか、ハートマンたちは激しい戦闘をかいくぐり、この鉄橋のたもとにたどり着きます。
さすがのクリューガー少佐も、これが潮時と見て橋の爆破作業に取り掛かります。

ハートマンたちもそれを察して
「あと何分で橋が爆破されるか」で、賭けをしているくらいの余裕が出ています。

その時です
バーンズ少佐が後方からハートマンたちのところへやってきて、新たな命令を伝えます。
「ハートマン、シラー准将の方針変更だ。橋を無傷で奪え。ドイツ軍に爆破させるな!」

それまでの戦闘で隊員の多くを失ってきたA中隊の面々は、わが耳を一斉に疑います。
そして、絶望します。
いつでも爆破できる体勢になっているこの橋を奪取するということがどうしたらできるのか!
できるわけのないことを、やってもいない人間がなぜ判断し、命令できるのか!
隊員の一人で、ハートマンの「友人」でもあるアンジェロ軍曹は
バーンズを蹴り上げて、こう叫びます
「俺はお前のような卑怯者じゃない、俺は行くぜ!」

隊員の気持ちを代弁したアンジェロを
「よせ、命令じゃ仕方ない。反抗罪は軍法会議モノだぜ」
となだめつつ、ハートマンはこの鉄橋の奪取のために橋に仕掛けられた爆薬を取り外すべく、
隊員の先頭に立って橋を渡りはじめます。

この鉄橋の対岸に守備陣地を移したクリューガー少佐の守備隊は、迫り来るハートマンたちに応射を浴びせます。
そして、ハートマンらが橋の真ん中にたどりつき、爆薬の除去を始めたとき
ドイツ兵の一人が爆薬の起爆装置に点火しました。

【つづく】

今でもそうかもしれませんが、子供の頃から私は「見たもの」に影響されやすいタチでした。

小学校のころ船乗りになりたいと思ったのは
臼杵湾にやってきた潜水艦の乗組員が白い制服を着ていたことによるものでしたし、
極端な例では
以前もブログに書いたとおり、九州石油の引込線を見たことで
「ガソリンになりてえ」
でした・・・。

そんな多感な少年時代の私にとって、見るもの見るもの
「こげえなりてえ」
と思わせるものばかり。
そんな真っ只中の中1の冬、とんでもないものを私は見てしまったのです。

それが、この映画「大脱走」

もうストーリーは私が言うまでもないほどよく知られていますね。
第二次世界大戦半ば、ドイツ軍が設けた連合軍の航空将校捕虜専用の「サガン空軍第3捕虜収容所」から、捕虜たちが脱走するお話。
脱走のために収容所の兵舎から「塀の外」へ抜け出すトンネルを掘るのですが、
これがドイツ軍に見破られて潰されて・・・
しかし最後に残った1本を、見事なチームワークと技術と、そして執念で掘りあげ
ついに200名という史上空前の脱走を行うというものです。
これは驚くことに実話で、映画化にあたって当然フィクションも交えていますが、
脱走計画立案、脱走委員会の設立、トンネル掘削、そして決行までのプロセスについては、史実どおりに描かれています。
そしてさらに、脱走に失敗して拘束された捕虜たちが、途中でドイツ軍により虐殺される実話も映画に登場しています。

で、私がこの映画を見てドコに影響されどうしようとしたか
二つあります。
一つは
「スティーヴ・マックイーンになって、バイクで鉄条網を越えちみてえ!」
これはそれから7年後、自動二輪の免許とって3分の1叶いました
でも、技術がなくて転がった丸太を越えることしかできてません・・・まだ・・
そしてまだ日本国籍のままだし、芸能人でもないので、
氏名も「スティーヴ・マックイーン」
に替えられてません・・・。

そしてもう一つは
「トンネルを掘りてえ!」

いや実はこれに関しては、当時同好の士が二人いて
「よっしゃあ!掘ろうかあ」
てなことになって、こともあろうに近所の公園の片隅にスコップ入れてしまいました・・・。
で、なんぼか掘ったところで水が湧き出し
「話が違うじゃねえかあ!」(「大脱走」ではトンネル掘削の際に落盤はあっても、水の湧出はありません)
それで途中で放棄しました。

でも考えてみれば、この希望も半分くらい叶っているように思えます。
なぜなら、私の仕事柄、今日もどこかで穴を掘っています。
仕事なだけに、掘ってどこかへ逃げ出したら給料もらえなくなるワケで、
脱走した連合軍将校とは真逆の意味での
「生きるため」の穴掘りとなっています。

さて、この映画の見所は多々ありますが
私の一番好きなシーンは、ラストでマックイーン扮するヒルツ大尉(中尉?)が
脱走常習者を監禁する「クーラー」(重営倉)で壁に向かってキャッチボールをするシーン。
このラストシーンではキャッチボールをする映像はなく、音のみなのですが、
冒頭のシーンでヒルツ大尉がやはりクーラーに監禁され
一人でキャッチボールをするシーンが出てきますので、それとわかります。
ヒルツはこの映画の途中で穴掘ったり、資材を運んだり、密造酒造ったり、バイクで鉄条網越えたりするわけですが、最初と最後は、この「クーラー」でのキャッチボールをやってる。
つまり、このラストシーンは、ヒルツの

どんなに失敗しても、
その代償が大きかったとしても
また脱走をやってやる。
トンネル掘ってやる。

という執念の顕れのようにも思えます。
どんな困難があっても、彼はまったく、彼のままなのです。

極限状態に追い込まれたとき
どうしようもない逆境を迎えてしまったとき
なにが自分を助けるのか

それは「希望」や「夢」なのでしょう。
なにかをあきらめずにいるそのエネルギーは、「夢」なのかもしれません。
きっと、いつか叶えてみせるという夢
小さくても、大きくても
夢は生きる力ですね。

そして夢に向かって進んでいくと、きっと
「希望」が見えてくるような気がします。
それを、誰かが与えてくれたように感じるときもありますが、
実は、自分の中にずっとしまっていた、しらず自分が育てていたものが
「希望」であることも多いような気がします。

夢をあきらめないでいたことへの「ごほうび」が「希望の光」

一種の極限状態の中、ヒルツ大尉が壁に向かってキャッチボールをするその音は
「夢も希望も自分で持つものだぜ」
と言っているようにも聞こえます。

そう思った男が一人、映画に登場しています。
この映画をご覧になる機会が会ったら、是非ラストに注目してください。
ラストでヒルツの収監された「クーラー」の鍵を閉めるドイツ空軍の看守兵がその人。

鍵を閉めて出て行こうとしたとき、
「クーラー」の中から聞こえるボールの音
看守兵は一瞬立ち止まり、ヒルツの独房を振り返り
あきらめたようなしぐさで立ち去ります。
「こいつ、また抜け出すだろうな!」
そんな看守兵の呟きが聞こえてきますよ。

日本の戦争映画、とくに太平洋戦争をあつかったものは
これが負け戦だっただけに、どうしても悲壮感ただよう作品になってしまいます。
しかし、たったひとつだけ
最初から最後まで爽快感ただよう戦争映画が、昭和40年に製作されています。
しかもこの戦争映画、銃を執って人を殺すシーンが皆無なのです。
(しかし、戦争映画ですから人が死ぬシーンは若干ながらあります)
人を殺すどころか、人を助ける戦争映画!
そのタイトルは
「太平洋奇跡の作戦 キスカ」(丸山誠二監督 東宝作品)

日本の占領下にあったアリューシャン列島へ、米軍が奪回作戦を展開するようになったころのことが、この映画の背景です。

さて、映画のベースとなったのは、実際に日本海軍が実施したキスカ撤退作戦(ケ号作戦)です。
映画も登場人物の名前やエピソードにフィクションが若干交じる程度で、ほぼ史実に忠実に描かれている佳作です。
この作戦の実際の経過は次のとおりです。

昭和18年5月12日、日本陸軍が守備するアリューシャン列島のアッツ島に米軍が上陸。
山崎保代大佐率いる守備隊は、4倍を超える米軍の猛攻に対して必死に抵抗の末、とうとう5月30日に「玉砕」しました。
この戦いのさなかの5月20日に、大本営はアリューシャン列島島嶼の放棄を決定しています。
そして、アッツからやや東に位置する「キスカ島(鳴神島)」の日本陸海軍守備隊6,000名の撤退もこのときに決定されるのです。

しかしアッツ島の米軍占領は、すなわちその周辺の島嶼一帯の制海・制空権を米軍が確保したということでもあります。
つまり、撤退させようにもそれだけの部隊をキスカに送るには多大な困難がありました。
昭和18年6月に実施された日本海軍潜水艦15隻(第一潜水戦隊)によるキスカ島救出作戦では、800名の傷病兵の後送と、残留部隊への食料・弾薬の輸送には成功しますが、
その代償として3隻の伊号級潜水艦を失ってしまうのです。
損害に対して効果の少ないこの救出作戦は、わずか2回の実施で中止され、ふたたびキスカ島守備隊員5,200名は北海の島に孤立してしまうのでした。

そして6月29日、今度は水上艦艇(軽巡洋艦・駆逐艦など)からなる部隊による、再度の救出作戦が決定されました
この部隊は第5艦隊に所属する、木村昌福司令官率いる第1水雷戦隊(1水戦)です。
旗艦を軽巡洋艦「阿武隈」とし、レーダー装備の新鋭駆逐艦「島風」を含む14隻からなるこの1水戦の出撃は7月7日で、艦隊は一路キスカに向かいます。
ところが7月12日、途中のアムチトカ島沖で水戦は突然キスカ突入を断念。さらに13日、14日と再突入を図りますが、やはり、断念。7月15日に艦隊拠点の幌筵へ帰投します。

この突入断念となった理由は、霧でした。
日本海軍艦艇とは比べ物にならないレーダーを装備する米艦隊は、敵影をレーダーで捕捉すれば、艦砲の射程距離外であっても航空機による攻撃支援を要請することもできます。
なんといっても日本海軍にとって一番の恐怖は、この航空機による攻撃です。
ところが霧がかかった中をキスカまで突進すれば、霧のベールに包まれて米軍航空機の攻撃を避けることができます。
1水戦の木村司令官は過去の経験から、霧がない中を進む危険性を絶対回避したいという強固な思いをもって、この突入断念をするのです。
そしてその時、「本当に突入を断念なさるのですか」と問いかける艦隊参謀に対する木村少将の答えは

「帰れば、また来ることができるからな」

でした。

さて、幌筵に帰投した1水戦ですが、「また来る(キスカへ突入する)」ことの無いまま数日が過ぎて行きます。
この間、先日の突入断念と再出撃をなかなかしないということを以って、外部からも、そして1水戦内部からも、木村少将に対して「軟弱者!」「腰抜け!」などといった半ば感情的な批難が相次いだそうです。
そしてもう一人、大変な悪口雑言を浴びせられた男がいます。
彼は第5艦隊付気象将校(気象長)の、竹永一雄少尉です。
なぜ、天気予測の仕事をする竹永少尉がこんな目に会うかというと

「低気圧を生み出すことができない軟弱者」

という理由です。
どうです、無茶苦茶でしょう!
世の中さまざまな悪口雑言がありますが、「低気圧を生まない男」として批難された方は、古今東西、竹永少尉くらいなものかもしれません。
で、なんでこんな理不尽な批難を受けていたかというと、木村少将がキスカへの再突入決定をしない理由が、キスカまでの航路上にしばらく霧が発生せず、1水戦を無傷のままキスカへ進行させることが困難であるからでした。
そして「不幸」なことに、この年は日本本土でもカラ梅雨、アリューシャン列島でもおなじみの霧が極めて少ないという特異年だったのです。低気圧劣勢
だから、功をあせる血気盛んな青年将校や、艦隊の対面や面子を重んじる幕僚たちなど、「高気圧な」連中は、
「霧がでない」ことを気象長 竹永少尉のせいにしてヤツアタリすることで溜飲を下げていたというわけです。
確か東京帝大を出て海軍将校となった竹永少尉にとって、これはあまりにも大きなプレッシャーであったようで、彼自身何度も自殺まで考えるようになっていたのです・・・。

さて、このあと、7月28日に竹永少尉は「7月29日、キスカ周辺濃霧」という予報を出します。自信をもって。
この報告を受けた木村少将はすぐさま出撃準備。29日13時にキスカ湾へ突入。それから僅か55分という短時間でキスカ守備隊の全将兵5,200人をあまさず艦艇に収容し、脱兎の如く全速でキスカ海域を離脱、8月1日に無事、幌筵に帰投しました。


さて、映画に話を戻しましょう。
この映画の醍醐味はなんといっても、いかなる困難や危険をかき分けて、多くの人命を救助することに徹するプロセスを見せてくれたことです。
なんといっても史実が史実だけに、ありきたりのフィクション映画とは迫力が違います。
そして、木村少将をモデルにした主人公の1水戦司令官 大村少将(三船敏郎)の存在は、リーダーのありかたについて、随分と考えさせられるところがありました。
ここに挙げればキリがないので、では一つだけ。

二度目の突入前、なかなか霧が出ないことで出撃が延びているときの話です。
ここで登場するのは1水戦付の気象将校という設定の福本少尉(児玉清)です。モデルは竹永少尉のようです。
史実どおり、福本少尉は今日も血気盛んな兵学校出のエリート青年将校に
「お前が霧の予報を出さないから、大村司令官がキスカに突入しないんだ。今から大村司令官のところに行って、明日は霧がでますと言って来い!」と詰め寄られています。
福本少尉自身、毎日こんな理不尽攻撃にずいぶん耐えていたのですが、さすがに今日は参ってしまったようで、青年将校から言われるがままに、大村司令官のところに行きます。そして

「明日、霧がでます」と報告。
「本当だな、それは」大村はちょっとじろっとにらみ
「ならばお前の役目は終わった。艦から降りてよろしい」と続けます。
この言葉に、福本少尉は動揺します。
霧が出るというのは「ウソ」です。
自分のウソで、1水戦14隻の艦隊は霧のベールに隠されないまま出撃し、米軍の猛攻を浴びることになる。
そして、キスカで待つ5,200の命は、そこで尽きてしまう・・・

福本少尉は顔をしかめ、頭を下げて
「すみません司令官、霧はでません」
と告白しました。
そこで、一喝するかとおもいきや、大村少将は

「おい、勇気を出せ。学者の良心はどうした!」
笑ってこういって、ドン、と福本少尉の背中を叩きます。

大村司令官だって、この善良で優秀な気象将校がどうしてこんなウソをつかなければならなかったのか、知らないわけではないのです。
そして、どれだけ福本少尉が苦しんできたか・・・
だからこそ、軍人であると同時に優秀な研究者である彼を、これ以上の励ましはないと思われる言葉で励ましたのです。

現在の組織社会は、どうしても面子・対面・立場が優先され
派閥や人間関係が重んじられたまま物事が動いているところがあるようです。
国会なんか、その最たるものでしょう。
綿密で、さまざまな努力と苦労によって導き出された企画、政策、提案といったものが無視され
ただ思いつきのような発想が、「組織の論理」の中で採用されてしまう恐ろしさをまだ引きずっているところが見受けられることも多いようです。そして、

「何を考えているか」ではなく「それを誰が言っているか」のほうに
重きを置いてしまう場面を、数限りなく見る現状にあります。


「太平洋奇跡の作戦 キスカ」
この映画が爽快に思えたのは、
人を助けようとする者は、純粋にそのことのみを考えなければ人を助けることなどできない。
所詮、面子や対面、あるいは派閥の実力者の論理に傾くなどといったものは、その障害となるにすぎない幼稚な感情である。
ということを、史実を交えてしっかりと教えてくれたことにあるような気がします。

そして、これこそが
日本式社会の「奇跡」であるような事実でもあります。
このキスカ撤退作戦が成功した背景には
こうした「奇跡的」な人間関係があったからではなかろうかと
ふと、思ってしまいました。

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麗馬原哲僑
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