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ドイツ軍守備隊陣地に引きこまれた起爆ケーブルは、米軍の砲射撃で切断されていて、爆薬に点火できません。 ハートマンたちはなおも、爆薬の除去作業を続けています。 クリューガー少佐は一兵士に命令して、橋の中ほどにある緊急起爆用のヒューズへの点火を試み、ヒューズへの点火が成功します。 ヒューズは導火線のようなもの。これを伝わっていく導火がハートマンたちにもはっきりと見えます。 「橋が爆破される!上がって来い!」 ハートマンは橋桁の下で爆薬除去をしていた部下たちに退去命令を出し、全員が上がってきたのを確認して橋から離れようとしましたが、その時 轟音と共に、除去できなかった爆薬が爆発し、この鉄橋は煙に包まれました。 爆破のあと、それまでの喧騒がウソであったかのように、静寂が拡がります。 鉄橋のトラス鋼材がゆっくりと河へ落ちていきます。 そして爆煙が遠のいていくと・・そこには あのルーデンドルフ鉄橋がほぼもとの形のまま、ライン川に聳えているのでした。 奇跡的に、ハートマンやアンジェロたちも生きていました。 爆破は失敗だったのです。 もともとこの橋を全て破壊するために必要なTNT爆薬は物資不足のためここに送られておらず その代用として、橋の破壊に必要な量の半分程度にも満たない、工業用ダイナマイトしか仕掛けられてなかったのです。 ですから「総統」がいくら、「橋は早く爆破せよ」と命令していても 橋を爆破することはもともとできるわけがなかったのです。 クリューガー少佐は残存兵力と、一般市民の避難民を募って、米軍への反撃を試みようとします。 しかし、冷静に事態を観察していた、以前のレマゲン防衛責任者 シュミット大尉(ハンス・クリスチャン・プレヒ)の意見具申を受け入れ、反撃を止め、防御戦闘に徹することを約束します。 そして援軍を要請すべく、ボンの地区司令部へと向かうのです。 ハートマンたちは命が助かったのを喜ぶのも束の間、再度橋の奪取のために橋の東岸へと進撃し、ドイツ軍守備陣地の目の前までせまります。 橋の西岸位置にはドイツ軍によって大穴が空けられ、戦車などの大型車両が通行できなかったため、ハートマンの中隊はさらに多くの犠牲者を出しながらも、砲撃支援なしでドイツ軍守備陣地に散発的な攻撃をしかけます。 そして、夜明けを迎えようとした頃 西岸の穴が埋められ、この鉄橋を米軍戦車がドイツ軍渡ってきます。 陣地の中のドイツ軍兵士らはもはや、戦闘能力をまったく失っていました。 戦車隊が橋を渡りきり、ドイツ軍陣地直前に到着したとき、シュミット大尉が白旗を掲げて出てきました。 そのころ、ボンの司令部に到着したクリューガー少佐は、「反逆罪」のカドで逮捕されていました。 理由は「総統の命令を聞かず、橋の爆破をしないまま連合軍をライン東岸へ引き入れてしまった」ことでした。 もともと橋が爆破できるほどの爆薬も与えられなかったクリューガーは、ただそうした司令部の失策の責任を全て負わされる形で、即日銃殺刑に処せられます。 銃殺台に架けられたとき、彼の頭上を飛行機の編隊が飛んできました。 クリューガーは傍らにいたナチ親衛隊の銃殺指揮官に 「あれは味方の編隊か?」と訊ねます。 「いえ、敵機です」と答える指揮官。 この応えに、クリューガーは皮肉な表情を浮かべて、こういいました。 「誰が敵なんだ?」と。 これがおおすじでの映画の内容です。 この映画が作られた1968-69年ごろ アメリカはベトナムにおいて、明らかに負け戦な戦いを繰り広げていました。 この戦いの様子は、マスコミが逐一、 米軍兵士の残虐行為、あるいは厭戦気分の満ちた兵士たちのナマの姿を全世界に伝えていました。 この報道によって、当時の人々はみな 戦争というものの実情を茶の間で知ることになったのです。 これが世界世論を大きく扇動し アメリカをベトナムから引き揚げさせる重大な要因になったといわれています。 そんな時代に作られたこの映画、 登場する兵器や軍装の再現の正確さや、映像合成をせずに(B25とP51が空襲するシーンは合成)迫力ある戦闘シーンをみせたことでの評価も高いのですが、 それよりもなお、人間の組織というものの恐ろしさと、空虚さをみごとに描いていることに 私は強い共感を覚えました。 最前線の様子を知らずに、机上に集められた情報だけで判断をするシラー准将。 彼は無邪気と言ってよいほど思慮なしに、ルーデンドルフ橋を巡る戦略方針を変えていきます。 彼の方針が変わるたびに、彼と同じ命を持った兵士たちが、最前線で死んでいきます。 その命令を「私のためにやってくれ」と、部下のハートマンたちに押し付けるバーンズ少佐。 彼が前線で手を汚さずに、ハートマンやコルト大尉たちを働かせて、その手柄を自分のものにしている様子を この映画では、バーンズの戦闘服がシミ一つ、ホコリ一粒もついていないきれいな状態であることで表現しています。 そして、クリューガー少佐 彼は物資不足なのにルーデンドルフ鉄橋の破壊を「総統」から命じられたその責を、一人で負うことになりました。 味方の兵士を一人でも多く救いたいとぎりぎりまで橋を爆破せず、 これでもう潮時だと思ったときに命令を遂行しました。 彼のお陰で、命を助けられた一般市民や兵士たちもたくさんいたのです。 でも、組織の中では「反逆罪」 「誰が敵なのだ?」という彼の最後の言葉が この映画の全てであり、そして この世の社会の姿であるような思いがします。 手に持ったパチンコ玉を足の上に落としても、たいしたことはありませんが、 東京タワーのてっぺんから落としたパチンコ玉は、簡単に人体を貫通してしまいます。 これは、組織の構図とよく似てますね。 パチンコ玉をもった人間、つまり命令権限のある人が、そんなに罪の意識な、思いつきで言ったことは、 その人が組織の上にいればいるほど、末端への影響は極めて強いものになるのです。 リーダーやトップといわれる人たちで、どのくらいの方が この意味と恐ろしさを理解しているでしょうか? リーダーの素質とは何かと聞かれれば、その一つとして私は 「安易に考えや指示を変えずにすむよう、熟慮を以って即決できること」 と答えるでしょう。 一度出した指示の変更は、部下やスタッフの段取りを大きく狂わせるだけでなく やる気を損ねてしまいます。 だからこそ、常日頃からスタッフの意見や考えを、冷静に聴いておきたいし、 リーダーこそ、部下よりも多くの知識と経験という、判断材料を持つようそれまでに努力せねばと思うのです。 上に立てば立つほど、自分の考えを言えなくなる場合もあるかもしれません。 むしろ、組織の中ではそのほうが健全で活き活きするかもしれません。 そしてトップやリーダーは、部下に対し、でき得る限り多くの事柄が円滑に動くよう 的確な判断による指示をすればよいのでしょう。 部下にはできない、決断という大変重たい任務があるのが、トップでしょう。 そのために給料は高く、働く環境も部下に比べてはるかに良好になっています。 しかし最近本当に、待遇だけはよくて、 妙な判断ばかりするリーダーやトップが多いような気もします。 その代表が、国会議員。 「検察の捜査は自民党に入らない」とか 「検察は自民党にも捜査の手を伸ばさんのか」 などとマジメくさって声高に叫ぶより ほかにすることはないのかと、政治家に言いたいものです。 あなた方がそんなノンキなことを言っていられるのは あなたがたの政策ひとつで、命さえ奪われかねない国民が必死に払っている税金のおかげではないのかと。 政治家の皆様が、面子や体裁にこだわってこの不況対策に有効な政策を打ち出していないために 今日はどれだけの人たちが、その命の灯火を消さねばならなくなっているのでしょうか? 今日、ヨーロッパは3月7日
史実のレマーゲン陥落から64年が経ちました。 |

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