will_design diary

千葉県松戸市を中心に住宅・共同住宅設計で活動している一級建築士事務所will_design清田健志建築設計室を主宰しています。

8耐

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Abara…

8耐から帰宅して一月が経ち…
 
やっと痛みが無くなって…
 
普通に起き上がれるように…なりました
 
 
 
 
 
 
あれっ〜〜〜〜〜
 
次の瞬間まだ若干明るい空を見上げることになり
スローモーションで時間が過ぎて行きました…
 
『どすっ!!』と鈍い音とともに激痛が走り…
瞬間的には自分の置かれた状況を理解することができません
 
兎に角、胸、背中、鎖骨の3か所からは痛みがあり
何故か息苦しい…
 
それでも『大丈夫?』と聞かれ
 
『平気!!平気!!』と…
 
内心は『多分平気じゃない』と思いつつ
8時間走り続けたライダー達に…『お疲れさん』の一言が言いたくて…
 
 
 
 
 
時間は遡って数分前…
 
グランドスタンドで8時間のチェッカーを観て…
大拍手の中続々とライダー達が帰ってきていた
 
隣でうっちゃんが『さて、行きますか〜?』
 
これは毎年同じセリフで…
 
8耐のレース終了後ウイニングランから帰ってくるライダーを祝福し
その後、表彰式をほぼ真下で観て…シャンパンを浴びるのが8耐最後の行事だった
 
うっちゃんが『行きますか〜』と言った直後
目の前のコンクリートの塀を乗り越え下にジャンプ!!
見事に着地していた
 
俺も特に何も考えることなく…飛ぼうと思った次の瞬間
 
つぶやきが…
 
『ちょっといつもより高くねっ?2mはあるよっ』
 
『うっちゃんよりクッションの無い靴履いてるし…足痛めね〜?』
 
『お前そこそこいい歳だから…無理しないほうがよくねっ!!』
 
などと…
 
その次の瞬間…
 
ついコンクリートの手すりに手をかけてしまい
衝撃を吸収しようと思ったのだが、勢いがよくて…
 
ぶら下がった手を中心に塀に胸から激突…
 
その勢いで手が外れ
背中から落ちる羽目になって…
 
『どすっ!!』
イメージ 1
 
 
 
 
帰ってくるライダー達の肩を叩きつつ
『御苦労さん!!』
 
表彰式は真下から外れたところから静観…
シャンパンの時のあの人の渦には入れず…
痛みに耐えながら宿に帰った
 
決勝の夜は恒例の飲み会
 
それが楽しみで痛みは徐々に薄れ…
夜中まで大騒ぎ…
 
翌朝も『また来年だな!!』と話しながら無事に宿を出発
 
途中で魚さんの忍者のエンジンがブローするというトラブルもありましたが
みんなの協力でなんとかなって全員無事帰宅になりました
 
ほぼ痛みも忘れて…
 
 
 
 
2011年8月2日朝…
 
あれっ…
 
痛って〜
 
起き上がれねぇ〜
 
あれっ…
 
嘘っ…
 
こんな状態が約2週間…
 
そしてやっとバイクに乗れる体に戻りました…
 
多分、肋にひびが入っていたんでしょうね
みなさん体には気をつけましょう
思っているより老いてるようです…(笑)

鈴鹿8耐2011 その1

26回目の観戦になる8耐に行ってきました
 
今年は天気と天気予報に翻弄される8耐でした…
 
天気以外は大きなトラブルもなく今年の夏は終わるかと思っていたら…
最後の最後で落とし穴が…鈴鹿の女神はやっぱり意地悪でした…。
 
 
 
出発当日は雨…
自宅からカッパを着こむ最悪のコンディションでスタート…
 
集合場所には雨にもかかわらず3人も見送りに来てくれて…
流石にバイクではなく車でしたが…(笑)ありがとうございました!
 
今年は例年と違う事が一つ…
 
宿泊場所と出発時間
 
去年までは鈴鹿に住む仲間の実家(兼会社の保養所)に泊らせてもらっていたのですが
仲間の父が去年体調を崩し、その保養所を締めてしまったのです
 
そこで急遽、宿を探すことになり
まだ寒い2月に宿探し…
安めのビジネスホテルはもう満室で…
やっと見つけたのがウイークリーマンション…
 
このウイークリーマンション…
8耐の日だけ金・土曜日のセットでしか予約できなくて
金曜日も泊れる状態だったため…
早く出て早く到着して寝よう!!と言うことになり
 
いつもより2時間早く22時に千葉県市川市を出発
 
湾岸〜首都高環状線〜3号線〜東名高速
 
最初の休憩地点は足柄SA
 
予報では雨のままだったのに雨は止み
高速の天気情報を見ても降っていなかったのでカッパを脱ぎ
やっと快適に走りだしました
 
深夜の走行はたんたんと…
 
4時過ぎには鈴鹿市に入り
ここは例年通り『吉野家』で朝食…
 
ビジネスホテルのフロントでウイークリーマンションの鍵を預かり
宿到着…思っていたよりまともでホッとして【3200円/一泊素泊まり】
 
とりあえずビールで乾杯
とりあえずだったのに3本も飲んで就寝…
 
長い一日はこれからです…
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チームシンスケ…復活

チームシンスケが復活する…
 
朝このニュースを見た時は目を疑い…鳥肌がたった
これだけレース界から遠ざかっていたシンスケさんが…なんでまた
 
ニュースの内容を見てある意味納得はした
ただ、???と思うところはある
 
番組の企画にしてしまった事…
番組のタレントでチームを結成したこと…等々
 
昔のチーム…特に初期&ラストランのチームを知っているが故に
どうなの?と思ってしまう部分はあるが…
 
その辺を差し引いてもチームシンスケの復活は嬉しい限りだ
イメージ 1
 
 
 
ラストランから16年ぶりの参戦となる
 
8耐観戦25回の自分が初めて8耐に行ったのが1984年
チームシンスケは2年後の1986年に結成され、その後10年間参戦することになる
 
ではチームシンスケとは?どんなチームなのか
 
1985年、以前より親交のあった千石清一を「自分たちの力で走らせてあげたい」との思いと、千石の「(その日鈴鹿で)絶対泣ける」の一言を信じ、鈴鹿8時間耐久ロードレースに千石を擁し、参戦を決意する。メンバーは紳助の高校生時代の同級生である「土建屋よしゆき」や、消防士である「ファイヤーやっこ」、紳助とオーストラリアツーリングを共にした「ナオ」などが中心となった。なお、チーム設立時のメンバーにはライダーの千石を除き、紳助を含めてレーシングチームの運営などに関与した経験のある者はひとりもいなかった。
イメージ 2
初参戦となった1986年は予選で好位置につけながらも途中リタイヤ、1987年は予選落ちを喫するなど苦戦が続いたが、1988年に初の完走を果たしてからは安定して成績を残し、純粋なプライベートチームの中でも上位の成績を残すまでになっていった。1980年代後半はバブル景気の真っ只中であり、鈴鹿8耐にも多くの芸能人やスポーツ選手が「お飾り監督」として参戦していたが、代表としてチーム名に「シンスケ」の名はあるものの、紳助自身は芸能人としてではなく、あくまで一個人として真摯に鈴鹿8耐に参加していた。紳助自らが企画書を手にスポンサー集めに奔走し、サーキットでも真剣にレースに取組む姿は、参戦を重ねるごとに他のエントラントからも評価されていった。
チーム設立当初からチームのナンバー1ライダーとして参加していた千石は、1991年の鈴鹿8耐を最後にライダーを引退、チーム・シンスケの監督となる(競技ライダーとしては引退したが、千石はその後もマーシャルライダーとして2003年まで鈴鹿8耐に参加していた)。並行して参戦していた全日本ロードレース選手権では主に千石が監督を務めたが、鈴鹿8耐はどんなに多忙でもスケジュールの合間を縫って紳助が監督を務めた。
活動期間に関して、千石はずっと続けていたいというスタンスであったが、紳助は1991年頃よりチームを終了させることを考え始めた。しかし、直ぐにやめるのを良しとせずにチーム設立10年目を節目とし活動を終了することとした。その最終年となった1995年はサテライトチーム扱いとはいえHRCからワークス・マシンを貸与されたが、レース決勝はリタイヤ。チェッカーフラッグが振られた後、このレースを最後に引退する田村圭二のライディングでラストランを行い、言葉通りに10年間の活動に幕を下ろした。『wilipediaチームシンスケより』
イメージ 3
 
とまあこんなチームだったわけです
チームシンスケ10年のうち8年は現地で観てきたし…
レース後ピット前で監督と千石さんの話を楽しみにし
ラストランで一緒に泣いた思い出は今でも忘れることはできません
今年『チームシンスケ』を応援します!!
また夢と希望を一緒に乗せて走ってくれることを期待しています
 
★文字だけでは良く分かりませんね…この映像を是非見てみてください
知らないうちに涙目になっているかもしれませんよ…そこのオジサン
気になった人は総集編最後まで見てください
最後に『あと10年!!あと10年!!』と一緒に騒いでいたのは自分です(笑)
 
朝、9時頃起床…
 
酒臭っ…若干の二日酔いで気持ち悪っ…
 
言葉少なめの仲間達ではありましたが、帰宅の準備&出発です
 
 
前日メットを盗まれた忍者君はとりあえずドンキホーテでメット探し…
結局ドンキには無くて南海部品 鈴鹿店へ移動しメットを購入…
 
自分はというと実は決勝当日…メガネを失くしてしまっていたんです。
ウエストバックに入れ持ち歩いていたのですが、カメラやタオルやオイルや…
出し入れしている時にどこかに置き忘れたようで…(泣)
 
仕方なく自分は眼鏡市場の鈴鹿市白子店へ…
選ぶの5分+検査15分+製作35分+会計5分=計60分で出来上がり!!
鈴鹿産の新作眼鏡がこれです
イメージ 1
メットも眼鏡も揃い…
南海部品で借りた半キャップの郵送の手配もして…
やっと千葉に向かえます
 
鈴鹿インターから灼熱の高速に乗り、湾岸刈谷PAで遅めの昼食…
 
長めの休憩をとってPAを後にします
 
隊列は自分が先頭で…CB1000…忍者…1050の順
加速レーンで十分加速していた時でした。
ミラーを見ると後続が付いてきません…?
 
最初は荷物でも落したのかなと思いつつスローペースで左側車線を走っていました
それでも、まったく追いついてきません?…
何かあったなと思い、インター手前の橋脚の路肩に止まって携帯を見たら…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『CB1000がパンク、インターのスタンドに戻る』と…
 
とりあえず忍者と1050の二人が付いていたので…
自分は次のSAへ行き連絡を待っていると、連絡が来てとりあえず次の休憩場所の浜名湖まで行っててという事になり、浜名湖へ
 
丁度その頃の3人は…
 
一度刈谷PAのスタンドに戻って空気を入れてもらい(パンク修理はできなかったようで…)
 
高速を走り次のインターの岡崎で降りて…
 
ガソリンスタンドで軽くパンク修理をしてもらい…
 
その後、レッドバロンを見つけて再度パンク修理をしたらしい
 
 
ブログで書くと4行でありますが、実は1時間以上の時間が経過…(笑)
浜名湖に一人で到着していた自分は…
 
水を飲みソフトクリームを食べ…タバコを吸い
 
買う予定の無いお土産屋を数周歩き…タバコを吸い
 
時折、浜名湖を見ながら寂しさを感じ…タバコを吸い
イメージ 2
待つこと1時間以上、3台揃って到着しました…一安心です
 
結果的にはこの時間経過で若干気温も下がり走りやすかったのは確かです…
ものは考えようですね…
 
ここからは順調に走りだし…
足柄で最後の休憩です
 
ここでいや〜な情報が…『千葉は雨』
足柄は全くの晴天で雨なんて考えられませんでした
 
こりゃこのまま行っちゃえ〜ということになって…
すこし走ると…
 
『厚木ICから雨 速度規制50Km』
 
この文字を見た辺りから…雷が鳴り出し…風も出てきて…
 
こりゃまずいと思った自分は路肩にバイクを止め
1050君とカッパに着替え、再出発
 
5分も走らないうちに軽いゲリラ豪雨!!
その後山手トンネルは故障車がいて渋滞、多分気温50℃は超えていたと思う
意識が朦朧となり、雨でシールドがくもり…散々でしたが
 
なんとか全員無事帰宅して
今年も夏が終わりました…
イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
後日談…
 
1050君も釘が刺さってパンクしていたそうです…(汗)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『うそ〜!!』
 
そんな嘘言うわけ無いのですが、ついつい出てしまった言葉…
 
恐る恐るメットホルダー部分を見てみると…無い!
ヘルメットはもちろんメットホルダーまで叩き壊されているではありませんか…(汗)
 
本当に盗難にあってしまったのです
 
隣にはロックもしてないロッシレプリカ(1098君)があったり
自分の芳賀レプリカがあったりといろいろメットはあったのに…
 
どうしても欲しかったんですね〜バーミューレンレプリカ
賞味期限の3年は超えているというのに…
イメージ 1
腹立たしさは残るものの…その後の事を考えなければなりません
 
ヘルメットが無ければバイクに乗れません…
二人乗りもできないのです…
 
友人・知人にも連絡をとり善後策を検討していたのですが
結局、どこか安全なところにバイクを置いていくしかないということになりました
サーキットの駐車場では危険すぎると…バイクまで盗まれては…
 
そこで、昼間に行ったモリワキエンジニアリングに相談に行ってみることになり
自分と1098君が向かいました…
 
冷静になると時間は午後9時を過ぎ…
どう考えてもショップは閉まっていると思いつつ…到着
案の定、閉店…電気は真っ暗で誰もいません…
 
たまたまショップの駐車場の前でたまっていた青年達に一応
『モリワキの人?』と聞くと
 
『いいえ違います。仲間がクラッチワイヤーが切れちゃって、救援待ちなんです』と…
 
『そりゃ大変だね〜実は俺たちも仲間が……なんだよ〜』と話すと
 
『それは大変ですね〜』と言われ…
 
仕方なくその場を離れようとした時
 
 
 
 
 
『これで良かったらお貸ししましょうか?』と…
 
人生悪いことばかりじゃありません…
若い子達もまんざらじゃありません…
 
差し出したのは若者が原付を乗る時の半キャップ!!
 
でも贅沢はまったく言えない状況です
『本当に!!』と食いついたのは1098君
 
そのまま話はとんとん拍子でまとまり…
名前、住所、電話番号等を確認して借りれることになりました(ホッ)
 
他の段取りも検討していた仲間に連絡をして
『メット借りられたよ〜』と
 
これでやっと宿に帰れることになりました
 
へこんでいた忍者君も借りた半キャップが気に行ったようで…
イメージ 2
なかなか立ち直りの速い忍者君でした…
 
 
 
この後、宿に戻り風呂に入って…
サーキットランドで働いている仲間と合流し
 
朝の4時まで反省会(ただの飲み会)を繰り広げました
 
宿に戻った時は外が明るくなり始めていました…
 
                                                 最終話につづく
 
 
 

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