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白川郷から高山市一ノ宮の臥龍公園に樹齢1100年の臥龍桜を 見てきました。 JR高山本線の一ノ宮駅のすぐ隣にある公園のなかに一本、 すごく迫力のある老木の桜が目に入ります。 樹齢1100年以上の歴史を物語っていました。 一ノ宮駅は立派な桜の木がありホームからの撮影です。 近くの小学生の子がこの桜の説明をしてくれていました。 説明の最後にはクイズを出して楽しませてくれました。 ☆推定樹齢1100年以上の江戸彼岸桜で、この枝幹が龍の姿に似ていることから臥龍桜と呼ばれている。高さ20m・目通り周囲7.3m、南北30mに枝を広げる大樹で国指定の天然記念物になっている。
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さくら 2009
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富山市内の呉羽山にある長慶寺、ここは富山市内を一望できるポイントです。 長慶寺は五百羅漢でとても有名なところです。ここの駐車場に一本だけ枝垂れ桜が 有り、毎年のように見にいっています。 立派な枝振りではないですが天気の良い日など富山市内を一望すると気持ちの よいものです。 立山連峰と富山市内、空気が澄んでいれば良かったのです。 木々も芽吹いてくる時期、葉のみどりもだんだん濃くなってきています。 すべて2009/04/11 撮影 ☆富山市観光ガイドより
富山市郊外の呉羽山にある長慶寺の境内裏の東斜面に、おびただしい数の石仏が立山連峰を遥かに望むように建っています。木立の中に静かにたたずむ羅漢様は立像、座像とその形態は様々だが、石燈篭をはさんで整然と並ぶその表情はみな穏やかで、訪れる人の心を和ませます。羅漢様の表情はひとつひとつが違っていて、同じ顔は2体とないと言われます。この付近一帯は桜の名所で、桜の季節には地元の人々や大勢の観光客で賑わいます。この石仏は、今から200年ほど前の寛政11年(1799年)、富山城下の米穀商兼回船問屋、黒牧屋善次郎が先祖の供養にと寄進したもので、まず初めに16体の羅漢像を建立し、その後は広く篤志を募り、次第にその数が増えました。こうして石仏を建立し終えたのは実に約50年後だったといわれます。500余りの石仏を彫刻して呉羽山の中腹に運ぶ作業は困難を極めたと伝えられています。 |
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富山市を流れる神通川の南に位置する八尾町と大沢野町の間に、塩の千本さくらと神通川さくら提が あり桜の名所があります。 遠くにはまだ、雪が残る山々が見え自然豊かなとこです。 以下は富山県のホームページか引用しています。 神通川さくら堤は、神通川の中州にある西神通と中神通を囲むように地域の人によって堤に植えられた4.8km、800本もの桜堤です。塩の千本桜は、神通川の右岸、富山市塩の堤防に植えられています。昭和20年代末に2町3村の合併を記念し、地域の人によって植えられたものです。それぞれ神通川を挟み、計1,000本もの桜堤は、全国にも誇れる桜堤です。神通川とそれぞれの地区の人々が育んだサクラの雄大な風景を楽しめます。 数えたことが無いですが本当に1000本もあるとは。 雪まだのこる遠くの山々、手前には棚田の風景も 運よく高山本線を通る一両のディーゼル列車が。
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富山市内の街中を流れる松川のさくら。ここの桜の木は年老いた木が多く とても歴史を感じる桜の木です。 松川の紹介を富山県のホームページから引用させていただきました。 松川は、今の神通川が蛇行していたときの名残で、廃川地は、明治34年(1901)から昭和12年(1937)にかけて整備されました。桜並木は大正2年(1913)に大正天皇の即位を記念し、磯部地内に植えられたのが始まりです。サクラは戦災で焼失してしまいましたが、昭和25年(1950)ごろから市民の手によって植えられ、今では県内を代表するさくらの名所となりました。松川べりには、彫刻の置かれた歩道が整備され、歩きながらサクラを楽しんだり、松川を行き来する遊覧船からお花見をしたりすることができます。また、桜並木の下には、著名な作家による28基の彫刻が配されています。 バックに見えるビルが富山市庁舎です。タワーの一番上が展望台で市内が一望できます。 夜間でもあがれます。時間に注意。 風雪に耐えて時間の経過を感じさせる桜の老木たち、苔むしたようすが歴史を感じます。 さくらも綺麗ですがタンポポも綺麗でしょと主張しているかのようです。 28基の彫刻のうちの一つです。 おまけです。せみの抜け殻なんですが、この時期にしては早すぎるような気がします。
昨年のが残っているとも考えられないのですが。 |
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桜のいたらない写真が続いていますが、勘弁してお付き合い ください。 今日は少し桜の花に近寄っている写真を集めてみました。 老木のさくらの枝に苔が生えその隙間から小枝がでて花を咲かせていました。 女性の名カメラマンが誕生するかも ★ すべて松川べりにて
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