|
「和菓子おもしろ百珍」
虎屋文庫 中山圭子 著
淡交社
2001.4.5
和菓子の歴史の中で消えていったものにスポットを当てるエッセイ集です。
中には今でも大阪の枚方で売られているくらわんか餅なんかも取り上げられていますが。
製法についてもふれ、端午の節句に使われる粽には平安時代から様々な種類があり、朝比奈粽は、
作り方は、洗ったもち米を椿の灰汁に五時間ほど浸してから蒸篭に入れて蒸し、黄色になった生地を藁しべで包み、少しゆでるというもの。色は違いますが、鹿児島県の名物「あく巻き」のような感じでしょうか。
あく巻き同様、食べるときには、佐藤や黄な粉をまぶした方が美味しそうです。
と。
ちなみに私はあく巻きも食べたことがありません。
好きな小説の中に登場して、美味しそうだなと思い、一度食べてみたいと思っているのですが。
またお菓子を疱瘡見舞いなどのお見舞いの品として送ることもよくあったようで、赤い色などから達磨をモチーフにしたものを贈ったり、軽焼を病が軽くなるようにと贈ったりということがあったそうです。
軽焼の作り方は
読んで字のごとしのこの煎餅、作り方の一例は、「もち米を精白してよく洗い、寒中の水に二十日ほどつけておいて餅に搗く。白砂糖を加えてさらによく搗き、欠餅のようにしたものを銅鍋に入れ、上下に火を置いて松風のように焼く」というもの。役とふくれかがり、軽くなることからその名がついたようです。
とのこと。
特に興味深かったのは「大ころばし」。
黄表紙の「名代干菓子山殿」は登場人物が全部お菓子というもの。
干菓子山殿(足利将軍足利義政の東山殿にかけている)から預かった秘蔵の茶碗を金平糖に盗まれてしまった小落雁は恋人の松風とともに茶碗探しに出かけて、金平糖の改心により茶碗は見つかり、主犯の有平糖はとらえられめでたしめでたしのお話だとか。
登場人物はそれぞれの名前のお菓子を頭に載せているというかわいらしさだそうです。
大ころばしはも、登場人物の一人。
駄菓子だったようですが、形がう●こに似ているものだったそう。
で、大ころばし(昔はそう呼んだんですね)
ちなみに大ころばしは人気があったようで、「風流上下の番附」では正義の味方。
こちらは、アンパンマンのように菓子がそのまま顔になっているというものだとか。
「名代干菓子山殿」や「風流上下の番附」、読んでみたいです。
これもお菓子? 幻となってしまったり、あっ!と驚くルーツを持っていたり・・・。
虎屋につとめる著者が語る、楽しく不思議な和菓子の世界。
「今とくらべてはるかに物の少ない時代、身近な素材を加工して、嗜好品を生み出してきた人々の知恵、そして名前や形を工夫し、楽しんできたユーモアなどは、現代に生きり私たちの心に潤いを与えてくれるものではないでしょうか。 菓子の味わいや色かたちから、忘れられつつある日本の心や文化を見出していければと思います」
「おわりに」より
目次
はじめに
名前
まるまる・つみつみ
かすてら卵
朝比奈粽
玉川・玉の井
醒ヶ井餅①
醒ヶ井餅②
酢饅頭・千歳鮨
くらわんか餅
浅茅飴
飛龍頭
達磨隠し
おかめ団子
有卦菓子
翁煎餅・翁飴
浮石糖
軽焼
みめより
金太郎飴
今川焼と永代団子
お駒飴・和国餅
材料
山椒
大豆
和紙
海藻
漢方薬
さつま芋
山芋
榧
マルメロ
昆布
胡椒
慈姑
形
あこや
朝顔煎餅
よりみず
藤の花
あざらし落雁・象饅頭・べらぼうやき
算木餅
墨形
腹太餅
牛の舌餅①
牛の舌餅②
雪餅①
雪餅②
玉子餅・玉子饅頭・鰻饅頭
けいらん
臍
笹餅
大ころばし
花ぼうろ
主要参考図書
おわりに
虎屋文庫の紹介
コラム
製造用語
材料用語
菓子木型の魅力
|
本・読書
[ リスト | 詳細 ]
|
「光悦考」
十五代楽吉左衛門
淡交社
平成30年213
てっきり作品論家と思いきや。光悦の家系、本阿弥家の時代背景から語られました。
熱心な法華信徒なのに時宗の信徒にふさわしい阿弥号を用いている謎。
法華宗信徒が時代にほんろうされてきた流れ。
でもでも・・・。
光悦について語りながら、結局は自分語りになってしまうんですよね。
常に楽という眼鏡で物事を見ているんだな〜と思います。
そして、自分。
ものすごい自意識。
ナルシズムといっていいくらい。
十五代楽吉左衛門の本はいつもそう。
今回、本阿弥光悦の家系図が載っていて、興味深かったです。
血族にこだわり続けた本阿弥家。
ハプスブルグ家や皇室のごとく。
ほえ〜と思いました。
光悦を形作った本阿弥家。
時代背景。
最後は光悦の作品論でした。
勉強になったし面白かったです。
ただ十五代楽吉左衛門の自意識すごい〜。
目次
鷹峰光悦村
本阿弥の系譜
天文法華の乱・戦闘的町衆 光悦と法華信仰Ⅰ
武装蜂起から文化の担い手へ 光悦と法華信仰Ⅱ
本阿弥一類の母・妙秀 反骨の精神 光悦と法華信仰Ⅲ
本阿弥家職 光悦と法華信仰Ⅳ
鷹峰逍遥
法華寂光浄土 鷹峰拝領Ⅰ
京都に居あき申し候 鷹峰拝領Ⅱ
光悦の茶の湯 ディレッタント光悦の本懐
光悦と楽家の人々
桃山慶長文化 光悦の造形Ⅰ
身体制から生まれるフォルムと様式 光悦の造形Ⅱ
光悦と導入 光悦のアマチュアリズムⅠ
同形の茶碗 光悦のアマチュアリズムⅡ
光悦茶碗の始まり 一群の黒楽茶碗
光悦の白Ⅰ「不二山」
光悦の白Ⅱ「不二山」「白狐」「冠雪」
楽の本領「毘沙門堂」「東」
たまらぬものなり「乙御前」
激しき自己表現「雨雲」
緊張と包容「時雨」
緩やかな情景「村雨」
ひょうげたるもの「紙屋」
迫る形・光悦の筒「弁財天」「志くれ」
作為の行方「加賀」「雪峯」
鷹峰光悦村落日
見いだされた茶碗
謝辞
光悦関連年譜
光悦茶碗図版一覧
作品・資料図版一覧
主要参考文献
|
|
「古田織部の世界」
古田織部美術館館長 宮下玄覇
宮帯出版社
2014年6月11日
織部は切腹してはて、家も断絶していて、三千家の残った利休や今も綺麗さびの心を伝える遠州のようにはいかないというところでしょうか。
豊富な写真と図が分かりやすくて良いのですが、お茶道具が発掘品が多く、またCG画像や売り立て目録からの写真の転用が多くて、資料写真を集めるのが大変だったんだなと感じました。
けれど年代ごとのお茶会について、時代背景、お道具、生き生きと描いているのはさすがです。
織部59歳1599年から織部70歳1612年の8回とりあげています。
織部57歳慶長4年(1599年)2月28日は神屋宗堪が濃茶の後の薄茶で
「セト茶碗、ヒツミ候也、ヘウケモノ也」
という有名な文章を残しています。
ヘウケモノは織部が主役の漫画の題名にもなりましたね。
織部59歳慶長6年(1601)11月のお茶会では床に利休の「泪の文」をかけています。
織部が利休より贈られた茶杓を外から茶杓が見えるように穴をあけた黒塗の筒に入れ、位牌として拝んでいたのは有名です。
銘「泪」。
こちらは「泪の文」
なミたをなかし候て参候〃
ちや壺を返申ましく候 かしく
晦日
という利休から織部にあてた手紙。
織部60歳慶長7年(1602)の茶会では床に当時10歳の太閤秀吉の遺児秀頼の短冊をかけています。
萩の葉に 吹けば嵐の 秋なるを
待ちつる夜半の さをしかの声
(「新古今和歌集」九条良経詠歌)
です。
利休に対する思い、そして利休に切腹を命じたとはいえそれでも太閤秀吉を慕う思いが透けて見えます。
後に織部が切腹することになるのは、やはりさけられなかったでしょうか。
また織部好みの特徴として
梅花文、網目文、鋸歯文、縦縞、ヒビ割、二本筋、二本大筋、筋(糸目)、細かい糸目(櫛目)、背高、瓢箪形、底面取、袴腰、乳足、三足
のそれぞれのお道具をいくつか取り上げていてこれも興味深かったです。
遠州と共通するものがあると思いました。
織部美術館はまだ訪れたことがないですが、訪れたくなりました。
目次
プロローグ
利休兵部そして織部へ
織部好みの露地と茶室
織部茶会再現
織部好みの茶道具織部自作の茶道具
エピローグ
織部好みの特徴
付録1 織部好寸法一覧
2 織部好茶室図
おわりに
参考文献
謝辞
|
|
サライの「茶の湯」大全
監修/熊倉功夫・筒井紘一
『サライ』編集部 編
小学館
定期的に出版されるお茶の体系を解説した本。
ついつい手に取ってしまいます。
しかも茶道研究の第一人者の熊倉功夫・筒井紘一だし。
最初に遠州流の大町宗禾亭主のお茶会がとても素敵でした。
床は、遠州の「糸桜文」
懐石料理。
汁は合わせ味噌仕立て、揚げすくい豆腐、叩き菜(芹)、粉山椒。
向付が細魚昆布〆、赤貝、子持若布、わらび、岩茸。
八寸は、火取り干し海鼠、たらの芽浸し。
主菓子は桜きんとん
大町氏自身が油抜きした一重竹花入。
黒侘助ときぶし。
「外国旅行に行っても茶事に役立つものを探します」
というだけあって、
水指はインドネシアのロンボク島の農家で手に入れた貯金箱を中の譲ってもらい、上の部分を真横に切ったもの。
「そういう茶人を”目明き(めあき)”と呼びます。
”目利き(めきき)”という言葉もありますが、これは高く売れるかどうかを判断する道具屋さんの目です。
目明きには、茶の湯に使えるかどうかを即断する感性が求められます」
(筒井)
こちらに少庵の質は別人物(おちょう)説あり。
とあるのが誠実だと思います。
少庵は利休の娘と結婚した。
だから実子ではないけれど、千家には利休の血が流れていると、言います。
でも、別の本ですが、その説は江戸時代半ばから言われ出したとか。
それまでに、そこに言及したことはなかったと。
利休の実子に道安があり堺の正真正銘の千家の本家を継いでいます。
ただ子供がなく、家は途絶えました。
江戸時代、石州などが道安の教えを受けた自分たちの流派こそが、利休の正当なお点前だと主張していました。
なので、そこに対抗するために、少庵は利休の娘と結婚したなんて千家が言い出したのでは・・・と推測します。
私の邪推ですが。
いくつかの本に少庵の室は、利休の娘でないと書かれていますが、その記述のある本は少数派です。
千家の圧力ではないかしらん?と思います。
まあ、千家流を習っている人たちも絶対に受け入れない説ですが。
(私は裏千家ですが)
いろいろためになりました。
目次 第1章 歴史・設えと茶事の心得を知る
茶道 基本のき
「茶の湯」座談会
磯崎新(建築家) 筒井紘一(今日庵文庫館長)
熊倉功夫(静岡文化芸術大学学長) 大町宗禾(慶心庵庵主)
「茶の湯」とは、料理と酒と喫茶の遊びなり
茶の湯の歴史
茶室の見方
露地の見方
道具の取り合わせ
四季の掛物
四季の茶花
四季の菓子
茶人の京菓子
コラム 私と京菓子 田澤長生(古美術商)
庶民の江戸菓子
和菓子を育てた「砂糖の道」
第2章 1部 「侘び」と「寂び」。そして日常茶飯の芸術を求めて
利休を訪ねる
グラビア 利休の美意識が凝縮された茶室「待庵」
特別対談 熊倉功夫・筒井紘一
千利休の足跡をめぐって
コラム 利休の「茶禅一味」 小野澤虎洞(聚光院住職)
第2章 2部
千利休を歩く
堺・京都・博多・・・・。茶人ゆかりの地を案内
利休の心を伝える三千家
コラム 「茶の湯」の楽しみ 壇ふみ(女優)
第2章 3部 直木賞「利休をたずねよ」の山本兼一さんと体験
茶事で知る利休の心
第2章 4部 墨蹟、釜、茶人・・・。茶人ゆかりの道具に触れる
美術館で出逢う千利休
表千家北山会館
茶道資料館
東京国立博物館
野村美術館
静嘉堂文庫美術館
北村美術館
藤田美術館
楽美術館
畠山美術館
徳川美術館
香雪美術館
永青文庫
三井記念美術館
湯木美術館
根津美術館
松井文庫
利休道具を所蔵する美術館案内
第3章 名品鑑賞の秘訣
「千家十職」茶道具の見方
「千家十職」を知る 村井康彦(京都市芸術文化協会理事長)
奥村吉兵衛家
黒田正玄家
土田友湖家
永楽善五郎家
楽吉左衛門家
大西清右衛門家
飛来一閑家
中村宗哲家
駒澤利斎家
中川浄益家
第4章 利休の「こころ」を観る、知る、味わう
「美術館」と「茶室案内」
五島美術館
三井記念美術館
サントリー美術館
畠山記念館
徳川美術館
細見美術館
田部美術商
三渓園・春草慮
有楽苑・如庵
高台寺・傘亭、時雨亭
金地院・八窓席
明々庵
自宅で一服 基本作法から点て方まで懇切指南
自宅で気軽に味わう抹茶の点て方
抹茶の効用・活用法
茶道の稽古案内
第5章 抹茶と同様に中国から伝わった煎茶は、「離俗清風」の境地を作り出す
煎茶入門
煎茶の歴史
茶の種類と特製
本格黄なお茶の味わいをもっと身近に
IYEMON SALON KYOTOで茶を愉しむ、茶で遊ぶ
|
|
「茶友への誘い 北村美術館 四季の茶道具」
北村美術館館長 木下収
淡交社
平成24年4月5日
日本で最初のお茶道具の美術館、北村美術館の館長によるお茶道具の取り合わせについて、創設者北村謹次郎について、諸々について書かれています。
豊富なお道具の写真がうれしいです。
なにせ、まさにミュージアムピースもの。
睦月には離宮在版の金輪寺茶器。
至福も嵯峨桐金襴、紙更紗、日野間道、丹地蜀巴と4つ。
弥生には畠山家伝来の絵志野菫橘文水指。
夏の涼しさを演出する薩摩切子皿、バカラ社製の金彩ガラス蓋付鉢。
祇園祭には橋本関雪筆の「船鉾図」
派手ではないけれど、端正なお道具たち。
面白いのが武原はん筆の懐紙「水音の通ふ茶室の炭点前」
おはんが、昭和51年11月に四君子苑の茶会の客になった時、自身特製の萌黄の筋を紙端に木版刷りした懐紙に貴名録に書くための下書きをしたものを頂戴物をした風呂敷とともに無心を言ってもらい受け、その風呂敷を中廻しに使って表装したもの。
本紙に鉛筆で「正午12/2文盲会」の文字。
交流を感じさせて楽しいですね。
北村美術館は独身の時、1.2度訪れただけです。
せっかく京都で近いので、もっと度々訪れたいなと思いました。
公益財団法人 北村文華財団 北村美術館
〒602-0841
京都市上京区河原町今出川下る一筋目東入梶井町448
℡
075-256-0637
目次 四季の茶道具
睦月 寿ぎの茶器
如月 寒中の茶
弥生 春を待つころ
卯月 桜にちなんで
皐月 葵祭によせて
水無月 夏を涼しく
文月 祇園祭の茶
葉月 大文字の茶
長月 折々の人
神無月 名残の茶
霜月 時雨のころ
師走 除夜の鐘
【コラム】菓子/花/懐石
北村美術館の道具組
炉開きのころ 濃茶 於 珍散蓮
水無月のころ 薄茶 於 看大
茶道具随想
墨蹟鑑定に長けた江月禅師
金森宗和が指導した仁清茶碗
組むまでが楽しみの茶籠
信長の名物狩を免れた茶碗
日本人の美意識に訴える釜
将軍家光をもてなした茶碗
形物香合相撲番付にみる香合
離俗に成功した蕪村の画
生ぶ表具に優るものはなし、なれど・・・
四君子苑の石
北村美術館と私
あとがき
|




