30代独身女英国貧乏滞在日記

♥ロンドン生活○年目♥NHSのお世話になりながら鬱を克服しています!

キオクノカケラ

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あの頃のこと

辛かったこと悲しかったこと苦しかったこと
全てが思い出となった今だからこそ 
ココに書き留めておきたいことがある。
たまに思い出す、あの頃のこと。 
今 生きている 奇跡に 感謝
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再び凹んだアタシ

友人とお茶した。
何気なく恋愛話へと移って行った。

    過去の恋愛

あの頃支えてくれていた元彼のこと

アタシの中で絶対に切っても切れないことだ。

    アノコロ=元彼

久しぶりだった。
アノコロの話をした。
元彼の話をした。

彼の裏切りから立ち直るのに2年,そして本当に次の恋愛へと向かおうと動けるようになるには3年かかった。

友人と話をしている分には落ち着いていた。

アノコロ・・・

声を失い 対人恐怖症となり 動きが鈍くなり カーテンを閉め切った部屋で鬱々していた アノコロ

帽子を深々とかぶり,たどたどしく歩く私の手をとり,同じペースで歩いてくれた彼
彼が話しかけても,アタシが声を発するのに時間が掛かる。
やっと発せられた声もか細いもので,そしてゆっくりと単語を話すことが精一杯。

稀有なものを見るかのように,周囲の人に覗き込まれることもあり

そのたびにパニックになり,泣きながら彼にしがみついていた。

1歩家から外に出た瞬間,動けなくなり門の所で号泣しているところを父に発見され無事保護された。

いつもと違うルートで散歩に出たら,動けなくなり泣きながら彼にSOSをメールで送り迎えにきてもらった。
心配して外で待っていた両親に迎えられ,そのままベッドへと倒れこみ再び泣いた。

相槌すらうてず,ぼんやりと座り込み,ただただ泣くアタシを黙って彼は抱きしめてくれた。


        あの時 ちゃんと死ねていれば 今 アタシは ここに いなかった



目が覚めた瞬間,死ぬ事すら出来ない自分に泣く事しか出来なかった。

泣きながら書いた遺書,あれだけ必死に書いたのに・・・

今となっては自分への起爆剤として,こうやって再び鬱気味になったときに読むようになった。





今朝,明け方,ふと目が覚めた。

涙が止まらなくなった。

気づくと1時間泣き続けていた。

久しぶりだった。 落ちたな と思った。

泣いて泣いて泣いて泣いて,しょうがないので荷物の中からオクスリバッグを取り出した。

安定剤を1錠飲んだ。


友人にランチパーティーに誘われている。
きっと行けば気分が少しは良くなるだろう。  わかっている。

でも外に出る気になれない。

幸い,今のところファミリーは外出している。

今日は一人,さめざめと泣く日にしよう。 落ちるところまで落ちてみよう。



そして,明日が始まる。

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天下りの日々

元職場管轄の施設で事務員となり,心機一転働き出した4月。
仕事内容はある程度把握していたし,家からも近い。
初めて会う人もいない。
そして何よりも時間キッカリに仕事が終わる。

正直,ポカンとしていた。

残業が当然だった前の仕事に慣れているため,5時過ぎに帰宅することが逆に怖かった。


だだっぴろい施設は老朽化が進み,何年か前までは町民の憩いの場として栄えていた。
でも,新しく他の施設が出来てからは,人気も少なくなり,1日誰も来ない日もあった。
財政難のため,ありとあらゆる面で節約をしなければならない。
施設の電気も出来るだけ消すよう言われていた。
事務室にはアタシともう一人係長がいるのみ,あとはお掃除のおばちゃんが一人隔日午後出勤。
係長も1日ずっと施設にいるわけではない。

薄暗いその施設で一人で過す時間も多かった。

事務仕事がひと段落すると,施設内の掃除や設営に張り切った。
広い調理場は正直,きれいとは言えない有様だったので,ハイターを片手に片っ端から掃除した。
施設内を禁煙にし,各部屋に造花の一輪挿しを飾り,廊下やロビーの掲示物や展示物を変えた。

休憩時間には持参したコーヒーやハーブティーを飲み,そして図書室の整理に取り掛かった。


自分を忙しくする事で,この仕事にやりがいをみつけようとしていた。
大切な先輩達や上司達に出来るアタシの恩返し。
ココに残ったことの意味。


施設に集まるおばあちゃんやおじいちゃん達は顔見知りが多かった。
「あれ?Wingちゃんココに異動になったの??よかった〜!!」
異動じゃないんだけど・・・と思いつつ,この言葉は何よりの支えだった。


でも,2ヶ月も経たないうちに一人事務室で泣くようになっていた。

前の職場から電話が来る
「Wingちゃん,あの資料どこにあるっけ?」
「Wingちゃん,こういうときどうしてた??」

先輩達からの質問に答える。
そう,このためにアタシはココに残ったのだ。

電話を切った後,急に虚しくなる。

「Wingちゃん,今度のこの行事,手伝ってもらえる?」

「・・・それは事務員としてですか?」
嫌味のような返事しかできない。

アタシの前いた場所には他の人がいる。
笑顔が可愛くて,テキパキと動く。アタシのことも慕ってくれる。

でも,初めからわかっていたことなのに,どうしても受け入れる事が出来なかった。


依存していたのかもしれない。
執着していたのかもしれない。


職場とちゃんと縁を切るべきだったのだ。


ある日,先輩からの電話に何故かプチンときれた

電話口で号泣するアタシ。
「電話,切ります」
そのまま一人で号泣していると,お花を活けにきてくれたおばちゃんが気づき
事務室に駆け込みアタシを抱きしめてくれた。

「大丈夫Wingちゃん。辛い事があったのね。いいのよ,泣きなさい」

おばちゃんの胸の中で泣き続けた。


前の職場に執着している自分が嫌だった。
自分がどうしたいのか,何も見えなかった。


そして,その気持ちを誰にも打ち明ける事が出来なかった。
担当医にも・・・


ある日,一人事務室で留守番していて,電話の音でふと我にかえると
左腕に無数の蚯蚓腫れができていた。
・・・・痛い
ペンシルの先で腕の血管をなぞっていたのだった。

その後も気づくと蚯蚓腫れを作るようになっていた。


もしかしたらヤバイのかもしれない

1年だ

1年頑張ろう。
そしたら辞めて,この町を出て行こう。

そう言い聞かせていた。

季節は夏へと向かっていた。

天下り

事務員に天下りすることを決め,迎えた3月。
その前年の3月に多忙のため倒れて救急車で運ばれたアタシは,そうならないよう
少しの手抜きもしつつ,仕事と行事をこなしていった。

自分の抱えていた大きな行事を消化し,そして年度末の大きな行事をどうにか消化し
その後片付け中,先輩に言われた

「次長にね『Wingちゃんをちゃんと見張っておけ』って言われたんだ」

手抜きをしたとはいえ,2・3月は毎日残業が続き,大きな行事の前となると帰宅は夜中となっていた。
前年,後片付け中に誰もいない事務室で倒れたアタシを上司が心配してくれていたのだ。

「今年はほら,要領よくしたつもりだし,ピンピンしてるから大丈夫だよ〜」

なんて言いつつ,上司の心遣いが嬉しくて泣きそうだった。

「事務室に倒れているWingちゃんを見たとき,怖くなって,こっちもパニックになったよ。
 お父さんもお母さんもさぁ,高校生の時とかはいつも倒れてたって言ってたけど,心配そうだったし,お母さんなんてお父さんにしがみついてたよ。心配かけたら駄目だよ」


小さな田舎町,救急車で運ばれたアタシは渦中の人となった。
でも,そのおかげで周囲から
「Wingちゃんは仕事が忙しいもんね。身体を壊さないようにね」
と優しい言葉をかけられるようになり,そして隔週の通院のため堂々と早退出来るようになったのだ。


でも,この忙しい日々からはもう少しで解放される。


せっせと引き継ぎノートを作り出した。


そして迎えた3月末,次の職場で心機一転すべく,アタシは毎日のように買い物へと走り
洋服,靴,バッグ,そして事務用品や職場で飲むコーヒーやお茶等を買った。
心機一転するのだ。前と同じものを使いたくない。


そして3月31日,最後の日。

朝礼で辞令を頂き,最後の挨拶をした。

「1年働いたら辞めて,北九州でお嫁さんになる予定だったんですけど,そうなることもなく,
気づけば3年経っていました・・・」

軽く冗談を混ぜつつ,共に多忙と非難と監視と戦ってきた皆様にお礼を言い,手短に挨拶を済ませた。
涙を必死に堪えつつ・・・

頭を下げた時,聞こえてきた沢山の拍手,心から感謝した。


「Wingちゃん,今まで色んな人たちの挨拶を聞いてきたけど,一番響いたよ」


そりゃそうだ,特に「長」がつく人たちとは違って手短に済ませたもの



そして4月となり,今度はひっそりと辞令をもらう。

今までとは違う,その「違い」に気づいたとき,アタシは少しずつ崩壊した。

決断を迫られた時

きっと今,自分が↓になっているからだろう。
あの頃のこと,嫌というほど思い出す。

公の仕事,3年契約と最初から決まっていた。
担当医ともその3年を全うしたら辞める事を約束していた。
そうすれば,重なる苦痛からも逃れられる・・・はず

12月,上司に呼ばれ,3月以降契約を延長しない旨を再確認された。
そして,公の管理下にある施設での事務員にならないかとの話。

自分が仕事を始めた年,仕事を覚えることに無我夢中だった。
その施設の事務員さんがベテランだったため,かなり助けられたものだ。
その後,ベテランさんが辞め,新人となり,そしてその彼女も辞表を提出していた。

自分の後任者が新人,そして事務員も新人となる。

3年の仕事で,やっと内容を掴み,面白くなりはじめたところだった。
毎日残業で,ゴールの見えない仕事,常に監視されている息の詰まる職場であり
何よりも心と身体を壊した元凶だ。
でも,自分を支えてくれた職場の先輩達をこれからもサポートしたいという気持ちもあった。

結論を出すには時間が必要だった。

でも,その時間をフルに使っても,どうしても答えは見つけられなかった。
仕事内容は分かっている。
職場は今までより家に近くなる。
残業もなく体の負担も軽くなる。
でも,家を出ることは出来ないし,色んな監視下におかれることに変わりはない。

担当医に相談した。
結論を出すのは貴女・・・
と当然のことを言われ,ただ,アドバイスとして紙に事務員の仕事のプラスとマイナスを書き出してみるように言われた。

父に相談した。
結論を出すのは貴女・・・
やはり当然のことを言われた。
「ただね,正直な気持ちを言うと,今の貴女をどこかで一人暮らしさせるのは怖いから
  もう少し,あと1年でもいいから家で生活して,体力を回復させて欲しいんだよ。
  仕事量も減るし,家からも近いし,全く初めての内容ではないし,安心なんだけど」


明日までに返事を

そう上司に言われた日,自分がだんだんパニックになっていくのが分かった。

このままでは やばい

最低限終わらせておきたい仕事を慌てて終わらせ,代休簿を持ち出した。

息が詰まりそうだ

仕事を早退して車を走らせた。

海へ行こう

涙が溢れて止まらない。息苦しくなる。

途中,何度も車を停め,そして目的地の島へと走った。

その日は曇り,風も強い。海沿いを走っていると車ごと揺れるのが分かる。

何をしているんだ

目的地の島へ着いたときは,もう日暮れており,浜には地元のヤンキーが集い始めていた。
風が強くて波も高い。

少し浜辺を歩き,すぐ車へと引き返した。

どうにかここまで来たのに,何も解決するはずもなく,そしてすぐ引き返すなんて・・・

皮肉な結果に笑うしかなく,そこから彼にメールを送った。

「仕事,早退しました。今,●島にいます」

やっと届いた彼からの返信は「気をつけて帰ってきてください」正直,ガッカリした。

車を走らせていると,先輩から電話がきた

「Wingちゃん!!今,どこにいるの???」

職場を出て行くときの様子から,残業中の先輩が心配してくれていたのだった。

「●島にいました。今,帰るとこです。ごめんなさい」

思ってもいない場所にアタシがいたらしく,先輩も驚きを隠せない様子。
「そんなところで何をやってるの!兎に角,帰り着いたら連絡しなさい」


止まっていた涙が再び溢れてきた。
一つの結論が見えた気がした。


家に着くと,何事もなかったかのように遅い食事をとり,そしてお風呂に入る。
両親はいつものように残業で遅くなったと思っている。
彼と先輩に無事帰宅したことをメールで伝え,そして再び泣いた。

翌日,職場で先輩に軽く怒られ,他の先輩にも「心配してたんだよ,何であんな所にいたの!?」と声をかけられ

「現実逃避です」

なんて力なく微笑み,そして自分の出した結論が間違えてないことを自分にもう一度確認した。








「事務員として1年間,皆さんのお手伝いをさせてください」


その結論が,その後自分を崩壊させていく事に勿論気づいていなかった。

退院後の生活

念願の退院、そして仕事復帰。

復帰したその日に聞こえてきた声
「あぁ丁度よかった。今日から担当が仕事復帰してますから・・・」

困惑のまま連れて行かれた来賓室。
そこに待っていたのは国際交流員Kと彼の元上司(Kはその前、他の町でALTをしていた)
そして町長と総務課長と・・・・ その顔ぶれに確実に怯んだアタシ。

確かに、その前の国際交流員は女性だったので、アタシが担当のような感じになっていたが
ハッキリ担当と言われたわけでもなく、暗黙の了解のようになっていた。
でも、今回の交流員は男性。
アタシは正式な職員ではないので、予算をいじる事はできなかったり何かと不便な身であった。

                           まいったな・・・



「来月半ばに中国との交流事業があるんですが、その引率に一名女性がいた方が・・・」

それはさすがに断ったけど、仕事は減るどころか、増えていく。
結局、残業をしなかったのは初日のみ。
すぐに元通りの日々が始まった。


そして退院後、1ヶ月もしないうち会う人会う人に
「痩せたんじゃない??」
と言われるようになっていた。

元々、体重の変動は激しい方だし、そう気にしてはいなかった。
ただ入院した時、自分の体重をハッキリと数字で知り
「大学生の時、あんだけ苦労してダイエットして目指した体重になってるなんて・・・」
と愕然としたけど、自分ではその時よりも太っているつもりだった。

でも、周囲の声が一度や二度ではなかったので、自分でも気にするようになり
出来るだけ食べるように、太るように心がけるようにしていた。


そして、それから2週間後、診察の日。
いつものように淡々と終わらせようとしていた時、ふと担当医が私をジーっと見て

「あのさぁ、今、体重何kgだ??こんなに貴女痩せてたっけ?・・・ちょっと来なさい」

体重計に乗せられ、そして其処に表示されている数字

初めて見る数字            これがアタシの体重??


「あぁ・・・コレは・・・貴女ねぇ、もう一つ病名増やすよ??」


「次の診察までに体重を増やしてこなかったら・・・わかった??」


その日から、食べ物を詰め込むようにした。
もう一つ病名はいらない。


今思うと、とてもとても贅沢な悩みだったけど、そのときは必死だった。

確かに、細い二の腕、鎖骨はキモチワルイと自分でも思っていたし
あばら骨も浮き出ていたし、腰骨のくぼみも、何もかもが尋常じゃなくなっていた。



その後、必死の努力の甲斐もあり、担当医が病名を増やす事はなく
そして2週に1度の通院も続いていった。


仕事の契約は3月で切れる。それまで完全燃焼しよう。

その一心で、兎に角、ハードワークをこなしていった。

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