街を綺麗に!
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ちょっと前の出来事になるが、今の住まいの近所の方と時間をとって 話す機会があった。東京から郊外行きの電車に乗り、駅から更にバス という土地なので、このあたりにはやはり元農家の家庭が多い。話し をしていただいたのも、「親父の世代までは百姓だった」という団塊 世代の方(Iさん)である。 今でも農業を続けている家は圧倒的にコメ農家が多いので、自然と 日本の農業とりわけ稲作や農協についての話題になった。日本の稲作 は小規模な水田を家族で経営するのが国の政策でもある(というより 今までそうであった)ので、限られた面積から収穫できるコメの量は たかが知れている。春から半年かけて育てたコメも、秋に収穫すると 農家あたり平均で200万円程度の収入にしかならず、そこから農耕 器具や燃料などにかかる経費を差し引くとせいぜい80万円程度しか 手元に残らない。 「コメなんかやっても今じゃ儲からないですよね。」と僕が言うと、 Iさんは即座に`「昔は儲からなくても良かったんだよ。今はお金が無いと 駄目になっちゃったからね。」と教えてくれた。僕はその一言に少く ない衝撃を覚えた。 一体なぜ、いつからお金を儲けなくてはいられない社会に生きるように なったのだろう?その理由について頭の中で自問するようになり、 最近になってやっとそれらしい答え(というより仮説)を見つけた。 結論から先に言うと、日本人は食べ物と余暇を得るために苦労して働い ているのである。 と書くと、当たり前すぎる感じがするが、実際の問題はもう少し複雑 だ。 小中学校の社会科で日本は加工貿易の産業国だと教わった。地下資源に 乏しいことから、原材料を外国から輸入しそれを製品に加工することで 外国に輸出できるようにする技術の国、というような内容を聞かされ、 子供ながらに「日本人って賢いんだな」などと思っていた。 そうしたモノづくりで得られる貿易黒字が国全体で年間10兆円ほどに なる。自動車産業がその典型だと思うのだが、鉄も取れない国に世界有 数のメーカーが存在し、国際競争に身をおきながら優れた技術で外国を 相手に車を売っている、つまり外貨を得ている。 かたや、中国の毒入り餃子などでもやっと問題が表面化してきたように、 日本の食糧自給率は下降線をたどるばかりで、近年では38%にまで落 ちている。食料品に関する貿易赤字は年間7兆円にもなる。 食料品とは別に、海外旅行による赤字も3兆円ほどあるらしい。国際線 の飛行機に乗れば誰でも感じることだろうが、日本を訪れる外国人観光客 よりも海外旅行をする日本人のほうが圧倒的に多い。 輸入食品と海外旅行の赤字10兆円が、ちょうど黒字10兆円に符合し 採算が取れている。というか、いくら働いても少しも豊かさを実感できない この社会の構図となってしまっている。 これは現代日本の典型的な家計にも当てはまるような気さえする。サラリー マンのお父さんが必死になって給料を稼いできても、スーパーでの日常 の食品調達と年に一回くらいハワイに家族旅行するので富を蓄えることが まったくできない。そんな世帯は結構あるのではないだろうか? ではどうしたらいいのか?国の食料政策も含んでいる悩ましき問題だが、 解決方法は案外と簡単な気もする。単純に言ってしまえば、食料の自給率 を100%近くまで上げ、そして海外旅行をやめてしまえばいいのだ。 食料は国の安全保障に関わる大切な産業であるので、今の自民党の政策と 農協の規格だけに頼っている時代ではないのだ。減反政策はやっと廃止 されたらしいが、そもそも主食であるコメを作らせない政策の一方で学校 の給食はアメリカから小麦粉を輸入してつくったパンだったなどというこ とは道理に合わない。 食卓に並べる食材の全てが日本でしかも近隣でつくられるようして、昨年 のオーストラリアの旱魃のような天災が起きた時にだけは外国から食料を 輸入する政策に転換すれば、少なくとも今よりは富を蓄える必要がなくなる はずだ。 海外旅行に行けばその渡航期間だけは楽しいのかも知れないが、(僕が言う のはオカシイが)誰でも手軽に外国に行ける時代はそろそろやめにしておく べきだと日頃から思っている。もともと外国は大した目的も無く行くような 所ではないだろうし、余暇を楽しみたければ3兆円もの金を国内に向けて 使い、日本を本当の意味で美しい国にしていく努力をしていけば、もう無闇 矢鱈に海外まで脚を運ばなくてもよくなるのだ。 その上でそれでも必死で働きたい人はそうして富を得ればよいし、そうで ない人の場合には「儲からなくてもよい」生活をしながら、生活の質を高 めていくことに専念すればいいだろう。上のグラフでも明らかなように、 食料の自給率が下がった時から国民全員が「儲からなくてはダメ」という 幻想にはまり、働き過ぎによる過労死があるような何のための人生なのか 解らないような時代になってしまった。 豊かさとは消費のボリュームのことではない。生活の質なのだ。
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連載(だった筈の)「家を買うと貧しくなる」シリーズの途中ですが、昨日 あったこととそこから感じたことを書き留めておきたいと思ったので別のこと を書きます。ハンカチを用意してお読み下さい(笑)。 昨日のお昼前に仕事へ行くために駅に行くと、改札のところでちょっとした 出来事に遭遇した。 障がいを持つ中年女性(以下おばさん)がたまたまそこにいた駅利用客に 道を訊ねていた。おばさんは脚が弱いらしく手押しカートに古いバッグを入 れて押しながら必死に歩いていた。 おばさん 「○×病院に行きたいんだけど」 訊かれた男性は病院への行き方など分からないらしく、駅員に話しを聞いて あげてくれと依頼していた。 おばさん 「○×病院に行きたいんだけど」 駅員 「ここ(改札)出て右だよ」 おばさん 「こっちね」(と全く違うほうへ行こうとする) 駅員 「そっち右じゃないでしょ?こっち、こっち」 傍でやり取りを聞いていて、おばさんに知的障がいがありそうな事がわかった。 時計を見ると僕が乗る電車まであと7分程ある。駅前ロータリーから○×病院 のバスが出ていることを知っていたので、連れてあげることにした。 僕 「○×病院で間違いなのね?」 おばさん 「ここなんだけど・・・」(手押しカートに入れた古いバックから 慌てて病院の案内書を出して見せる) 僕の言い方がきつかったのか、おばさんを慌てさせてしまいバッグを開けた 時に小銭が何枚か落ちた。僕は小銭を拾って渡した。 僕 「わかった。じゃあ、おばさんついて来て」 おばさんは脚も不自由らしく、僕の後をついて歩くのも健常者の速度とはやは り違っていて遅い。これでは7分後の電車に乗れないかも知れないが、仕方な い。もし乗り遅れたら会社に電話して若干の遅刻を許して貰うことを決意した。 駅改札からコンコースが繋がっていて、そこに市役所の分室がありその奥にエ レベータがある。階段では降りられなさそうだし、病院行きのバスは市役所分 室の正面から出るので、その建物のエレベータを利用することにした。 僕 「慌てなくていいんだよ。ゆっくりでいいからついて来て」 おばさん 「はい。ありがとうね」 1階に下りてとりあえず正面玄関前の自動ドアの脇にあったベンチにおばさん を座らせた。 僕 「ここの外に病院のバスが来るから、それに乗ってね」 おばさん 「・・・外で待つよ。私、目も悪いから見えないんだ」 外で待つと言ってもバスは1時間に2本程度しか来ないだろうし、まだ北風が 冷たい外にいるのは辛くて不憫だ。周囲を見渡して、市役所分室の職員がいた ので声をかけた。 僕 「すみません。私は通りすがりの者なんですが、あそこにいる女性 は障がい者のようです。○×病院に行きたいということですので、 バスが来たら案内して乗せてあげていただけませんか?」 市役所分室の女性は「分かりました。ありがとうございます」と快く応じてくれ たが、それだけでは足りない。 僕 「知的障がいもお持ちのようですので、今から声をかけて安心させ てあげて欲しいのですが」 と言うわけで分室の女性をおばさんの所に連れて行き、 僕 「おばさん、バスが来たらこの方が乗せてくれるからね。大丈夫だよ」 と紹介した。おばさんには何回も「ありがとう」と言って貰った。再び駅に戻ると なんとか目的の電車には間に合った。電車に乗って暫くしても形容の仕様が無い 充実感を心の中に味わった。たった7分の出来事により、僕はおばさんに多くのこ とを教えて貰った気がした。というより、7分でこれだけのすがすがしい感覚を味わ えるのだから、安いものである。 人のために小さなことをして感謝を受けるということは、なんと素晴らしいことな んだろう。幸福な社会とはそこで暮らす人間どうしがお互いを助け合い、それにた いして感謝しあう社会のことなのだ。何度も言うようだが、物質的な豊かさを闇雲 に享受することは幸福となんの関係も無い。 そして、僕が利用する私鉄駅職員の対応が(おばさんが障がい者であることが分かっ た後も)傍から見ていても不快に感じるほど不親切であり、それに比べて市役所の 職員は大変に親切だったことから、数年前の社会風潮にあったようになんでもかんで も民営化さえすれば全てがうまく行くという考えは誤りだということにもついでなが ら気づいた。もし行政窓口まで民営化したら、健常者にとっては税金が下がるかも知 れないなどというどうでもいいメリットがあるが、社会的弱者は今より一層暮らし辛 くなるだろう。 さらにおばさんがハンドバッグから紙を出す時に小銭をこぼしてしまったりするのを 見て、きっと今までも折角の貴重な金品をことある度に紛失してしまったに違いない だろうと想像した。「目が悪いので寒くても外でバスを待つ」というおばさんを見て おばさんのこれまでの人生はそうした苦労の連続だっただろう事も想像した。健常者 に比べて損なことが多すぎる。 社会インフラのバリアフリーは行政の仕事として必ずやらなければならない時代だが、
一般の健常者が生活しながらおばさんのような困っている方に手を差し伸べてあげら れるような、「心のバリアフリー」が欲しいということも考えた。 |



