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つい先日、白洲次郎著の『プリンシブルのない日本』を流し読みして思うところを書き留めてみます。
プリンシブル(principle)とは、原則とか信条という意味が該当するのですが、同本内容は、白州氏が終戦直後から昭和30年頃に掛けて記した論評をまとめたものですが、正に硬骨漢たる白洲氏の一本筋が通った辛口論評と感じました。
しかし、総じて思うのは、敗戦後66年を経て、政治家、官僚、経済界首脳陣達の所業は、まったく白州氏が執筆した往時から進歩は一片の欠片すらなく、むしろ陰湿さを増しているとも思うのは私だけでしょうか。誠に嘆かわしいことです。
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こんばんは。『プリンシブルのない日本』なるほどね。私は「スタンダード」のできない日本とずっと考えておりました。車のデザインとか、紳士服、靴、鞄など、たいてい、外国のマネで、コロコロ変わる。恥も外聞もない奴らだと思っております・
2011/9/2(金) 午後 8:23 [ 柴田 ]
コメントありがとうございます。自分がない中でのものまね、もっともなことと思います。それを彼らに問えば、トレンドだからと抜かすのでしょうが・・・。
日本民族ってマジメな民族だと思うんですが、結局のところ、個々人が真に独立していないのだと感じます。常に廻りを見回し、その空気によって動いてしまうという・・・。
2011/9/2(金) 午後 10:05 [ eizi ]