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今日は、あの驚愕のテロ事件である、地下鉄サリン事件から14年目の日だと云うことを、報道により思い出しました。14年前のあの日、私は東京での勤務をしていました。事件が起きた路線に関わる路線は、当時は使用していませんでしたが、過去には利用していた時期もありました。
出勤してからの午前中、やけに救急車の数多く走り廻っているなあとの思いは持ちましたが、よもやこの様な凶悪なテロ事件が起こっているとは思いもしませんでした。
それにしても、この年(1995年)は、1月の阪神大震災といい、この地下鉄サリン事件といい、既存の安全神話みたいなものが、如何にいい加減なものだったのかを思い知らされた年であったと思い出されます。
ところで、サリン事件はカルト集団たるオーム真理教によって起こされた訳ですが、改めて思い知らされるのは宗教が持つマインドコンロールの恐怖です。これは、何もオームみたいなカルト教に限らず、何処かでジャーナリストが記していましたが、我が国最大の新興宗教集団の問題を追及しようとする中で、最終的には身の危険を感じて断念するに至った様なことを記していました。
オーム全盛の頃、同教団のサティアンと呼ばれた建物群の多くは、山梨県上九一色村(現:富士河口湖町)に集中して建てられていました。この地は、富士山麓の北西に広がる広大な原野といった地であり、酪農を営む家がちらほらと散在する地です。その様な地ですから、オームも比較的安価な地代で進出が可能だったのでしょう。
この、オームの地は、僅かな距離で静岡県富士宮市と接しており、富士宮市内にも教団施設があった様ですし、移動の際、主要道たる東海道(東名高速)へ出るには、富士宮市を経て富士市経由となるのが最短距離となります。ですから、オーム事件の全盛期の頃、富士宮市内の各所で交通検問が頻繁に行われたとこのことです。
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