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今回の、まずは作ることありきであって、その設計思想は極めて間抜けであったことが露呈した原発人災事故ですが、「なんだかなあ・・・」と、ため息が出ることしきりです。以下は、Yahooニュース(毎日新聞)の記事です。
<原子力安全委>委員ようやく福島入り 知事とは会わず
毎日新聞 4月17日(日)23時32分配信 国の原子力安全委員会(班目=まだらめ=春樹委員長、委員5人)の委員が17日、東日本大震災後初めて福島県庁を訪れた。国の原子力災害現地対策本部に「緊急技術助言組織の専門家」として派遣されたためだが、国の防災計画では原発事故の際には「直ちに」現地入りすると定められた立場。県から同本部に参加している内堀雅雄副知事は「震災38日目にして初めて委員と話した。現地に足を運んで被災者の声を聞き、きちんと対応するよう伝えた」と、同夜の県災害対策本部会議で報告した。現地入りが遅れたことについて、安全委事務局は記者団に「国の災害対策本部や関係省庁からの問い合わせに追われていた」と釈明した。これまで事務局員が加わっていた。
我が国の組織ってのは、これに限らず、形だけ、名ばかりの無用の組織は数え切れないくらいあるのでしょう。そんな組織の構成員には、まるで責任感なんて皆無なんでしょう。
追記
震災復興のことも含み、沢山の組織を作ったことが伝えられています。もちろん広域、多種類に生じた災害において、役割分担は必用でしょう。しかし、官僚組織と同じで、肥大化した組織は、連携が困難となりがちで間接員の人物金が増加するなどムダも増大することでしょう。やはり、その見極めと意思決定をできるのはトップ次第ですが、これも「なんだかなあ・・・」とため息しか出ない方々達です。 |
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2011年04月18日
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RRとはリヤエンジン・リヤドライブのことです。ところで、現在のクルマを概観すれば、FF車が8割を占めるのでないでないでしょうか。残りの2割弱をFRが、そして僅かなMR(ミド)とRRが存するのでしょう。
現在の日本車で、乗用車としてのRRはなく、RRとして残るのは大型バスだけというのが現状です。世界的に見ても、乗用車としてのRRを作り続けているのはポルシェぐらいでしょう。現在では、RRよりもMRの方がフェラーリやランボルギーニ、マセラティ等々のスーパースポーツカー方が多いのではないでしょうか。
さて、歴史を遡ると、日本のモーターリゼイションの黎明期のちょっと以前には、RRの乗用車が存在していました。それは、マツダR360クーペだとか日野コンテッサなどです。世界的に見ても、ヒトラーの国民車構想の命を受けたDr.ポルシェは、RR配置のフォルクスワーゲン Type1を設計したのでした。また、イタリア最大のCarメーカーであるフィアット社でも、FIAT500とか600など、RRを熱心に生産していた時期がありました。
その様なRR車も、重心が後輪寄りでトラクション(駆動力)が働きやすいという利点はあるものの、急旋回時におけるファイナル・オーバーステアという悪癖やエンジン冷却の問題等もあり、次第にFR車に置き換えられ、さらにFR車がFF車に置き換えられて来たと云うのが、自動車産業の歴史のあらましです。
ところで、Dr.ポルシェがオリジナルモデルを設計した、フォルクスワーゲン(以下VWと記す)ですが、Type1がビートルで戦後も永い期間製造が続けられました。オリジナルのプラットフォームにコーチしたカルマン・ギヤなどを含め、今でも愛する人は世界中に多いことと思います。
また、戦中には、Type1ベースの
ところで、VW・Type2と云うのはどんなクルマか判りますか? そうです、今で云うワンボックス・ワゴン(バン)車です。このクルマも、ユーモラスなスタイルと共に愛する方は多いことと思います。
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