私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画,、乗り物系全般、好きのエンジニアの放言ブログです。

コラム

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 まるで関心ない新型スカイラインが発表された。手放し運転が可能な「プロパイロット 2.0」を搭載したとか、「3.0L V6 ツインターボエンジン/400馬力)もラインアップしたんなんて謳ってるが売れんだろう・・・と決めつけている。

 このクルマに「プロパイロット」がバーションアップして搭載された理由は、直ぐに判る。それは先代モデルで既に、ステアバイワイヤーが採用されていたからだ。システムが正常な状態では、ステアリングホイールとステアリングギヤ間の機械的結合は切り離される。そして、ステアリングの舵角をセンシングし、適度に調理して、コンピュータがギヤを動かし前輪を操舵する。この評価だが、「類い希な直進安定性!」てなことをお追従メディアは書くが、滅多なことでは悪評述べない某人は、「限界旋回でクルマが何処に行くか判らない!」と驚いていた動画が記憶に残る。前置きが長くなったが、この自動操舵機構が付いていただけに、後はカメラ&レーダーセンサーと、自動運転のアルゴリズム(手順)を組み込んだコンピューター動作で、手放し運転が可能になると云う訳だ。ただし、現状では、たかだか微々たる走行場面の想定しかしてないだろうから、手放し運転できる範囲は極めて狭いし、それも何処まで正確か当てにはならんだろうと思っている。今の時点で、こういうクルマを買ってくれるお客さんは、車両メーカーにとっては、本来自らがテストドライブで積み上げなければならない仕事をやってくれる、人柱たるありがたい方なんだろうと想像するしかない。

 しかし改めて思うことだが、何で元来の中島飛行機発祥、プリンス自動車直系の桜井眞一郎氏(故人)が関わったこのクルマをこんな、ていたらくにしてしまったのか。企業合併は非情だ。被吸収側のプリンスのエンジニアは疎外されて来た。プリンス直系の村山工場も最も早く閉鎖されたんじゃなかったろうか。そもそも、桜井氏クラスの人物が、本社役員になることもなく、関連会社の社長へ追い出されてしまうのだから、戦争における征服者と被征服者の関係と近似すると云えば云い過ぎだろうか。

余談・・・セダン考
 スカイライン人気が凋落してから、どのくらい経るのだろうか。まあ、クルマの主体となるべき4ドアサルーン自体が世間で、スタンダードじゃなくなってしまったこととも無縁ではないだろう。今や、何でもかんでもSUVとか1BOXという、基本デメンションとしておよそスポーツとは縁ないクルマが目立って多くなってしまったという感を持つ。
 そして、4ドアサルーンも、オーソドックスな3ボックススタイルから、2ボックスもしくは、トランクこそあるもの、ルーフからテールに掛けてくびれなく緩やかに傾斜するクーペスタイルが主流となってしまったという感を持つ。私見だが、この4ドアセダンのクーペスタイル、掟破りだと感じている。後席辺りからルーフの傾斜は始まるから、後席乗員のヘッドクリアランスは小さくならざるを得ないし、そもそも4ドアクーペなるもののサイドビューのだらしなさって見ちゃいられんと冷ややかに眺めている。それを、トヨタ辺りは、レクサスLS、クラウンなど、従来コンフォーマルなスタイルを信条としていたクルマにまで取り入れちゃうというのは、なんか異常だぜとしか思えない。ベンツもBMWもこの方向ですからって答えるのかもしれぬけど、そりゃベンツやBMWが狂って来ているってことに気がつかないのは情けない。だいたい、あの前衛的なマセ・クアトロポルテですら、こんな4ドアクーペデザインしてないし、それを望むユーザーがいるのだろうか・・・。
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今日の散歩 2018-06-26(再掲)
 今日(6/25)の午前中、仕事場付近の路地裏と裏山をうろついて見た。タイムスリップした感だ。
今朝の虹 2018-10-14(再掲)
 雷鳴轟く弱雨の朝です。内浦沿いの海辺を走ると綺麗な虹が見えました。
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 月日を経るのはホントに早いと思います、昭和、平成30年を生き、そして今度の令和に入った訳です。今度の元号「令和」は、従来の中国の既存漢字ワードでなく、日本の万葉集からモチーフを得たと云います。良きことだと思えます。

令和に決まる今朝(4/1)の富士  2019-04-01
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 現代の我が国の自殺者は一頃の3万人/年から下がったとはいえ、2万人/年程がいます。しかも、未遂に終わった数は50万を超すだろうとも聞いています。何がことほどかように人々を死に駆り立てるのかでしょうか・・・。
 かくいう愚人自身も、誠に恥ずかしくも感じるのですが、およそ10年前頃、毎日死ぬことばかりを考えた一時期を過ごした経験を持っているのです。そんな頃、ある本を読んでマイノートに書き留めた「生き甲斐の意味」としての内容を再紹介してみます。
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木村 栄二さんがノートを公開しました。
生き甲斐の意味を考える 2012年3月12日
 現代社会では、生き甲斐を感じ生きる者が少ないと云われます。かくいう私も同感を思うのです。そんな中、過日読んだ「生きがいシェアリング」(野田正彰著・中公新書)という本で、生き甲斐のことを.以下の様に記していたので、その文意と若干の私見を添え書き留めてみます。
 高度成長期(いやバルブ時代までと云って良いのか)、仕事が生き甲斐だと公言する方も多かったと思います。企業の発展と職場での地位の向上が、それを感じさせたのでしょうし、それはそんな時期を生きた私の中にもあったと感じます。
 さて、生き甲斐とは、生きているという実感、充実感を意味する言葉です。しばしば生き甲斐は自分で作るものだと言われます。だが、生き甲斐は自分一人で湧いて来るものではない様です。例えば「愛する人の靴の音にすら生き甲斐を感じる」といった場合、相手と自分の深い関心の中から生き甲斐を組み上げているのです。生き甲斐とは、どうやら他者との相互関係の中にあると考えられるのです。それを定式化すれは、次の様になるでしょう。

生き甲斐=他人からの関心×それに応えているという自負

 これは見方を変えれば、私が身近な人の生き方、興味、得意とするものなどに関心を示すならば、相手はそれに励まされて生き甲斐を感じるということなのです。***************************************************************

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