私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画,、乗り物系全般、好きのエンジニアの放言ブログです。

コラム

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 過去に記して来た沼津関連の探索備忘録から、再掲して行きたい。
 まずは、2007年11月に沼津市で開催された[技能五輪・世界大会」のことです。

沼津・11年前のイベント記憶 2018-11-04
 今日見るクルマ(レクサスLSの最新型だろう)なのだが、このクルマ自体に関心は薄いが、チラと眺めてやけに小さなドアアウターミラーだと観察してみた。やはり、カメラを使用したドアミラーだということが判ったのだが、従来の大きなミラーを見慣れているせいか、なんかアンバランスで違和感というかカッコ悪いなぁとう思いがこみ上げて来る。まあ、フェンダーミラーからドアミラーになった遥か昔も、しばらくの期間違和感は生じたのだが・・・。

 室内を覗くと、インストルメント(ダッシュ)パネルの左右ミラー(カメラ)近くに、それぞれ小型モニターが設置されている。カメラだから、ミラーと比べ設置する位置の自由度は大きいのだが、ボデーとの対比上、ボデーの映り込みが1/3程度必要になるのと、室内で違和感なくするのはモニターもこの位置になるのかということなのだろうか・・・。しかし、まったくの私見ながら、カメラ部分の小型化が可能なら、近い将来もっと前方の昔のフェンダーミラー辺りに巧いデザインで付けるクルマも出て来るように予想する。さすれば、左右のモニターもドライバーの視線移動がより少なくて済む、インストルメント中央付近に持ってきても違和感は生じないのかもしれない。

 ここからはレクサスおよびアウディ信奉者の異論反論あることを十分承知の上で、独断たる私見を記してみたい。昨今のレクサスのグリルは、何とか独自の差別感を生み出そうと、フロントバンパーを上下に貫いた大型グリルにし、しかも中央部をくびれさせた逆たる型ともいうべき共通デザインモチーフを採用している。そもそも、このフロントバンパーを貫く大型グリルを最初に取り入れたのはアウディであり、それからかなりに期間を経過している。しかし、アウディもレクサスも、このグリルがカッコ良いとはいつまで経ても変わりそうにない。

 だいたいにおいて、ちょっとした知り合いなどから「アウディって高品質らしいね?」などという問いかけを受けることがある。また、メーカーのでっち上げた宣伝から、レクサスって高品質みたいなイメージを持っていると思われる、オーナーやクルマ好きの意見を聞くこともある。それに対して、特段の反論もしないでいるのだが、本音は「何を言ってやがる、ロクにクルマを観察もしない、とんでもクルマ音痴な者だ!」というのが持論だ。アウディは、メーカーさえVWと異なる様に装っているが、その実態は設計開発から製造までがどこまで独立しているのか疑問なメーカーとさえ考えざるを得ない。同一プラントでVWとアウディが混流生産で流れていても不思議ではないのがアウディというのが私のイメージなのだ。同じ様にレクサスは間違いなくトヨタ自動車が設計開発しており、製造プラントだけは別だが、トヨタブランドと共通部品も多いし、プラントにおける設備機器や製造におけるアーキテクチャー(設計や製造の思想)も同一の商品だ。これは、そもそも米GMにおいて、シボレーブランドとキャデラックブランドの差異で成功した物真似なだけのことだ。

 ついでに、ミラー以外の気になる部分のことも記してみよう。まずは、先日も記したフロントバンパーとボンネットの見切りであるが、このクルマも共通でパッと見は、まあまあチリの狂いに気が付かない。しかし、右斜め前から見た写真の通り、ややボンネット先端部がやや低いという破綻が観察されてしまう。しかし、このヘッドランプもそうだが、近年の多くのクルマがあえてボデーの輪郭からランプ類を飛び出させている。これを私は「出目金デザイン」と名付けているのだが、なんで出目金が多くなったのだろうか。空力上もボデー輪郭に一致したフラッシュサーフェスデザインの方が有利だと思うのだが・・・。云うなれば、手早い差別化というところだろうが、これだけ多くのクルマでやっていちゃあ、差別化もくそもありはしない。

 もう一つ、ミラー近くのドアサッシュモールに継ぎ目があるが、約30年前の初代セルシオ(初代レクサス10)でさえ、ドアサッシュは写真の様な全周を一体成型(たぶん亜鉛ダイキャストにメッキ処理したもの)していたもので、当時感心して眺めたものだったのだが・・・。やはり原価低減が垣間見える部分だ。

 今回はボンネットを開いて見ていないが、間違いなくエンジン上部は安っぽいプラスチッキーなカバーに覆われているだろう。その下の実メカは、およそデザイン性を一切無視した形状や、パイピングやハーネスの取り回しだろう。これが、トヨタが世界に流行らせた、サプライヤーも含め同時に各部品を設計開始し、ネットワーク上の3D・CADで各部品相互の位置関係や寸法をコンピューターモニター内で検討しつつ、試作と手直しを大幅に省略できるという現代的な合理的手法というものだろう。しかし、こういう姿を見て思うのだが、現代社会と相似している様に思うのは考え過ぎだろうか。それは、一見綺麗に整然とした街並みとだとか、各種の物事だが、その実態の本質は如何に安く、如何に表層だけが立派に見えるかという偽善に満ちているのではないかという思いなのだ。
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沼津探索記 001-190716

 案外沼津人でも知らない地の一つとして昨年の記事たる「興国寺城址のこと」を再掲します。

※だいたい、この城址の後方の一角を切り通しとして東海道新幹線が突き抜けているのです。毎日数万人単位の乗客で、今を去ること500年前の遺跡上を通過しているなんて意識する方はいないでしょうし、その運転手ですら知らないことでしょう。

興国城址のこと 2018-07-16 記
 レストアのことで記事を再掲したところ、予想を超えた好反応を得て、改めてこの分野で旧車に感心を持っている方が多いことを実感しています。197、80年代までのモノコック乗用車では、大方の外板および内板パネルは0.9mm程度の冷延圧延鋼板で作られます。サイドフレームなどの特に強度が必要な部位でも、その板厚は1.6mm程度であり、これだけで強度が不足の場合は、その断面積を増すなどして必要強度得ている若です。従って、鋼板を被覆し保護している塗装が飛び石などのチッピングによりキズ付いたり、角型閉断面構造部位だとか、ドア下部やボンネット先端のアウターとインナーがヘミング処理されてる内部に、長期間水溜まりや、寒冷地の塩カリが含まれた状態で経過すると、その内部から腐食は進行する訳です。ここで船舶だとか重量鉄鋼の厚板鋼板であれば、腐食により減肉が生じても、相当な期間、孔食などを生じることなく耐えることが出来ますが、そもそも鋼板自体が薄いため、一旦錆が生じし始めると腐食はごく短期間で進行し、外面的な孔食程度で済めばまだ良い方で、強度的にまったく不足の状態に陥る訳です。
 およそ1980年頃を境に、我が国の車両メーカーも、本格的な錆対策の研究を行い、以下の様な対策を講じてきました。
①下塗りの電着塗装工程(以下ED塗装と記す)ですが、従来のアニオンEDから、その反対電極となるカチオンEDと呼ばれる被塗物がー電極に、水溶性塗料が+電極の電位差で、水溶性塗料を鋼板面に吸着させるという方式に置き換わっています。この利点は、私は塗装の専門家ではありませんが、ED工程の前工程として行われる化成皮膜処理工程という車体をリン酸亜鉛溶液に浸漬させせ、金属表面を適度に荒らす(食いつきを良くする足付け研磨に相当する)と共に、極薄膜のリン酸亜鉛被膜を形成するという工程です。ちなみに、この工程を経て市販される鋼板を、通称ボンデ鋼板と呼ばれます。元々の冷延鋼板と比べると表面が適度に荒れるため、鈍い反射を持つ状態となります。カチオン電着では、このリン酸亜鉛被膜が溶け出さないという利点があることを昔のことですが聞いております。
②ED塗装におけるボデーの塗料溶液への浸漬ですが、最近はある程度深い塗料層を用いて、ベルトコンベアによる移動中にボデーを1回転反転させ、閉断面部に形成させてしまう空気溜りから塗料未着部が生じることを極力防ぐ様にすると共に、適宜エア抜き用のホールを設置し、複雑な閉断面構造におけるエア溜まりが生じない様にも留意しています。
③ED塗装の水性塗料ですが、より耐候性と密着性として樹脂性能が良好なエポキシ樹脂塗料を使用に変更しています。なお、この1液水性エポキシ塗料ですが、ブロック材を混入してあり、塗装後の焼き付け硬化工程において、重合反応(架橋反応とも云う)により、分子構造が網目構造となることで、高い耐候性と耐溶剤性を確保しています。
④それでも水溜まりが生じ易い車両の主に下部などの閉断面部や車両の外部などで、チッピングと呼ばれる自車両が跳ね上げた飛び石などによる塗膜の剥がれから発錆が進行するのを防止するため、両面亜鉛メッキ鋼板が錆びに厳しい部位に使用されます。なお、純な亜鉛メッキは塗料の密着性が悪化することや塗装面に品質が劣るため、外面側の亜鉛メッキ層を深層では亜鉛を多く、表層では亜鉛を少なくして外面の塗装品質を落とさない様にした亜鉛メッキ鋼板(商品名の例としてはエクセライト鋼板など)に類したものを主に外板パネルに使用し、外板面の塗膜品質を落とさない様に留意している様です。
⑤閉断面とか鋼板合わせ面の隙間の適宜シーリングにより塞ぐことで、鋼板の合わせ目に水分が浸透し、滞留することを防止することに留意したボデー設計とすると共に、適宜水抜き穴を設置するなどして、長期間の身時溜まりを防止する様に留意しています。
⑥塗装後に鋼板面の新たに艤装する各種トリミング材やブラケット類の装着は、鋼板の塗装を破壊しない様、中間に樹脂グロメットを介在しスクリューで固定するなどして、塗膜破壊部からの錆の発生の起点となることを防止しています。その他、従来は、ボデー面装着のエンブレム等は、その装着部位を確実にするため、差し込み内部拡張式の金属金具が使用されていましたが、ほとんどが両面テープによる接着に変化し、差し込み式を使用する場合でも中間に軟質樹脂グロメットを介在させ塗膜の破壊を防止しています。なお、軽量樹脂部品の装着では、樹脂クリップの使用により塗膜の破壊が生じない様留意しています。
⑦以上でも防錆上で不安が持たれる部位(主に閉断面部)には、防錆ワックス(蝋)を加熱噴射して防錆力をさらに補強しています。これは私の個人的観察ですが、日本車より欧州車の方が防錆ワックスの塗布量は多いと感じています。これは、使用過程において、ドアのモールやアウトサイドハンドルなどの隙間から流れ落ちる縦方向の染みが、欧州車に多いと感じることから推察している傾向なのです。
 以上の様な防錆力の向上を図った国産車ですが、沿岸地区や北国の仕様車においては、驚くべき腐食の現状が新車から20年以内で生じている現実があるのです。以下の写真は、それら主に車体骨格部の極めて重要な構造部に破滅的な腐食を生じているという現実写真を羅列してみます。
 なお、ふそう大型バスのフロントサスペンションロワアームを支持するセンターメンバ部については、新車登録後20年を越えてリコール処理が行われているものです。この部位は板厚が7.0mmもある厚板鋼板ですが、大型車のカチオンED塗装は乗用車に比べ20年後に始まったものであることや、水はけの悪いことなどが招いたものです。しかし、同メーカーに対する、それまでの行って来た不審から生じた罰でもあるのだとは私見なのです。
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 昨年、淡島散策のことを記しているのですが、存外に感心を持って見て下さる方もいることを知り、今回は先の戦争遺跡たる「淡島海軍桟橋」と「淡島灯台」の2つのことを中心に紹介してみます。

 以下、写真の順序(1〜9)に沿って、補足コメントを記してみます。

①淡島の位置
 沼津近郊の方で知らない人はいないでしょうが、遠方の方向けに位置関係を地図で表示しています。沼津駅から海沿いに南下して行きますと、右手に円錐状の淡島が見えて来ます。沼津駅から直線距離で7km程でしょうが、道は海岸線が大きく湾曲していますので12km程の実走距離になるでしょう。
 なお、沼津近郊の方でも、淡島に上陸したことがない方などは、海軍桟橋だとか灯台なんか知らない方も多いと思います。海軍桟橋は、淡島の北端からやや左手上方に駿河湾に向けてほぼ垂直に付き出しています。また、灯台は淡島のほぼ北端、淡島ホテルの至近に寄り添う様にして設置されています。

②〜⑧海軍桟橋
 淡島海軍桟橋は、先に記した様に淡島の北端からやや左手上方に駿河湾に向けてほぼ垂直に付き出して設置されています。何故「海軍桟橋」と呼ばれるかということですが、この桟橋は船を着けるための桟橋でなく、先の大戦に備え、海軍の魚雷試射場として設置されたと聞いています。先の大戦時、沼津駅北の広大な敷地を住民は強制立ち退きさせられ、海軍工廠が設置されていたそうで。また、現横山トンネル近くの現第3中学校の地には、海軍技術研究所・音響研究部という施設が作られ各種研究が行われていました。この音響研究所の補助施設として、淡島、三津、大瀬崎などに付属施設があった様です。また、戦争末期には、米国軍の上陸作戦を予想し、淡島にはありませんが、淡島周辺の陸側には10以上の特攻艇格納用の壕が設置され、現在でも残っている姿を各所で見ることができます。

 なお、通船で淡島に上陸は、島の北端からやや右手寄りのマリンパーク桟橋かホテル桟橋の2ヶ所となります。ここから海軍桟橋および灯台に行くには、淡島ホテル内を通り抜けることは通常では不可能です。しかし、ちょうどホテルの裏を突き抜ける様に作られたトンネルが設置されており、これを突き抜けることで海軍桟橋至近に至ります。

 この海軍桟橋ですが、海に向けた桟橋の先端部に幅1m、長さ10m程の空洞が空いています。現在は安全のため、人が落下することがない様に柵が設置されていますが、往時はなかったかもっと背の低いものだったと想像します。この空洞から、魚雷(93式酸素魚雷など)を小型クレーンで海面まで吊り降ろし、発射実験を行っていたのでしょう。この駿河湾は、大して大きな湾ではありませんが、日本の湾では随一の水深を持っているとものの本には記されています。それは、湾の中央部付近をスルガトラフという2つの大陸プレート(ユーラシアプレートとフィリピン海プレート)の合わせ目があり、ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込んでいることから海溝(トラフ)が出来ている訳です。そんなことから、陸から少し離れただけで急激に水深は深くなり、魚雷の爆発実験にも最適だったということでしょうか。また、上陸作戦を予想したのも、首都東京から100km程と比較的近いことや、大型艦や潜水艦が容易に入ってこれる水深を持つということだったと思えます。しかし、何故か現在に至るまでジェノサイド(民族虐殺)という非難も受けずに行われた広島および長崎への原爆投下により、我が国は敗戦を決意し無条件降伏したのであって、本土上陸作戦および特攻艇の出撃もなかった訳です。

 これら写真に淡島ホテル近くに各種モニュメントがありますが、ホテル内およびその近くから、島の各所にアート的モニュメントは数多いのですが、これらの話しは次回以降に記してみたいと思います。

⑨淡島灯台
 この無人灯台は、先にも述べた通り淡島の北端にホテルに寄り添う様に設置されています。なお、この管理はホテルには関係なく、海上保安庁の管轄物件となります。
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淡島散策 2018-08-18 記述

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