私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画,、乗り物系全般、好きのエンジニアの放言ブログです。

一般

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

クルマは粘土の衝突

 壁に向かってゴムボールを投げつけます。ボールが壁に衝突する速度を1とすれば、ほぼ1の速度でボールは跳ね返って来るでしょう。一方、粘土を壁に向かって投げつけてみます。粘土は、衝突速度に関係なく、壁にグチャと潰れて、そのまま真下に落下することでしょう。この様な、衝突速度とその後の跳ね返りの速度の比を、反発係数と呼び、先のボールの様な場合を1、粘土のような場合を0と表します。
 さて、本論ですが、クルマの衝突における反発係数は、どの程度になるのでしょうか? 衝突テストにおけるフルラップ・リジットバリア50km/hテストの場合は、衝突後のバリヤと停止した車両の間隔は長くても1mも離れていないことが判ります。一方、オフセット・デフォーマブルバリヤ55km/hテストでは、車両は飛び跳ねる様に右方向(右前部を衝突させる右ハンドル車場合)に回転します。そして、バリヤに対して90度程度も角度が付いた状態で、フルラップバリヤの場合より離れた位置で停止することが見て取れます。
 オフセット・バリヤテストの場合、車両重心位置と離れた部位に入力しますから、車両には重心位置と受圧位置の長さを腕とするモーメント(回転力)を受けます。それにより、跳ね返るというより、振り回され飛ばされるという感じで、フルラップテストより離れた位置で停止することが判ります。
 一方、あまり見る機会はないのかもしれませんが、時速8km/h(5マイル)という低速度でフルラップ・バリヤテストを行った場合、衝突後の車両はゆっくりと後退し、5m以上もバリヤから離れて停止することが判ります。
 以上のことから、先のクルマの反発係数はどの程度かという答えは、極低速では1に近づき、一定以上高速では0に近づくということが理解されます。このことは、弾性と塑性という性質からも説明できることです。極低速の衝突では、樹脂バンパや金属部分の変形量も極小さく、弾性限度内でスプリングとしての効果を生みます。一方、高速衝突では変形量が大きく、弾性限度を遙かに超える塑性変形として、スプリングとしての効果は生まれないということです。すなわち、一定以上の高速(30km/h以上)では、クルマの衝突における反発係数は0に近く、ほぼ粘土の衝突であると云えるのです。
 
追記
 本文中に5マイルでのバリヤ衝突の話を記しましたが、米国でのFMVSS(連邦自動車安全基準:日本の保安基準に相当)で一時期5マイルバンパー基準というものがありました。すなわち5マイルでの衝突において、バンパー以外の車体本体に損傷が生じないことを問う規制だったのです。この基準で作られたバンパーは、日本車でも一時期採用車がありました。その構造は、バンパー表皮が柔軟性を持ったウレタンバンパーであり、内部のエネルギー吸収体、そしてバンパー全体を受け止める高い強度を持たせたリインフォースメント、それと車体との結合にショックアブソーバーを介したものでした。と云うことで、車両重量としても重くならざるを得ませんでした。
 この5マイルバンパーは、これぞバンパー(緩衝器)」と云うものでしたが、その後のCAFE(米国燃費規制)などの省エネルギーへの要請と共に、衝突速度2.5マイル(4km/h)への規制へとダウンレートされたのでした。
 最近はカーレースを見ることも少なくなりましたが、かつての偉大なレーシング・ドライバー達の何名かの名前を聞く時、心ときめくものを感じます。考えてみれば、クルマの運転なんて、両手でハンドルを切り、足でブレーキを踏むという単純なものではあります。しかし、いざレースとなり、そこで好タイムでの周回を続け優勝し続けることのできるドライビング・センスを持つドライバーは極めて僅かな者しかいないのです。だから、後年に渡るまで偉大なドライバーとして記憶に留められるのでしょう。以下は私の独断として記憶に残るドライバー達です。
 
・ローゼマイヤー
 ベルント・ローゼマイヤー(Bernd Rosemeyer)は、第2次対戦直前までを活躍したドライバーです。当時のドイツ帝国、ヒトラーの国家高揚策で支援援助を受け、ポルシェ博士が開発したアウトウニオン(Auto Union)・Pワーゲン(A〜Dタイプあり)を駆り、数々のレースで好成績の実績を作ったと伝えられています。アウトウニオン・Pワーゲンはミドシップ搭載のV16エンジンというモンスターマシンであり、ミド故に急変し易いトリッキーな特性を見事に乗りこなせたのは、ローゼマイヤーあったればこそと云われています。なお、ローゼマイヤーの最後は、新設したばかりのアウトバーン上で行われたPワーゲンのモデファイ車での最高速テスト中、時速430km/hを記録した直後に、横風の影響からの大事故による非業の死を遂げているそうです。
 
・ファンジオ
 ファン・マヌエル・ファンジオ(Juan Manuel Fangio)は、第2次対戦直後から活躍したドライバーです。F1グランプリにおいて、5イメージ 1回のワールドチャンピオンに輝いているが、これは2003年にミハエル・シューマッハに破られるまで、46年間も史上最多記録を誇っていたそうです。彼がF1グランプリで主に駆っていたクルマは、メルセデスベンツW196、L8・2500cc、290ps/8,700rpm、デスモドロミック(強制開閉式)バルブ、シリンダー直接噴射、FR駆動など、当時のグランプリマシンとしては高度な機能を持っていました。これは、後年市販され絶版車となった300SLにも技術的影響は与えたものと思えます。
 
・ニキ・ラウダ
 アンドレアス・ニコラス・“ニキ”・ラウダ(Andreas Nikolaus "Niki" Lauda)ですが、過去3度のワールドチャンピオンとなった元F1ドライバーです。彼の輝かしい戦跡と共に高名にさせたのは、1976年のドイツ・ニュルブルクリンクのグランプリでの事故のことでしょう。同レースの高速コーナーでの事故により、火炎に包まれ瀕死の重傷を負うも、顔の火傷の跡も生々しいまま6戦後のグランプリに復帰するという人間離れした姿、そのレースに掛ける情熱は知る者を引きつけます。そんな彼も、引退前は普及しだしたグランド・エフェクトカーにおける、高速コーナーにおける極端な速度向上については、危険すぎると警鐘の言葉を述べていたことを記憶します。
 
・アイルトン・セナ
 アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva)は、過去F1グランプリにおいて過去3度のワールドチャンピオンに輝いています。当時のホンダの第2次F1活動中であり、日本国内がF1熱が著しく高まった時期でした。そして、マクラーレン・ホンダの戦闘力も十分高く、それを十分操る優秀なドライバーでもあったことから、彼を記憶している日本人は今でも多いものと想像します。ブラジル人の彼に決して陰気さはないですが、少年ぽいあどけなさの中に何処か陰りを潜めた雰囲気は、人気を生んだ一つの理由かなと思います。そんな彼も、1994年サンマリノグランプリの高速コーナーでの酷いクラッシュで帰らぬ人となったのでした。今でも、YouTubeなどで、スズカでNSXを駆る彼の姿を見ることができます。彼に限らずプロレーサーはステアリングを切るタイミングと早さは凄いですが、戻すタイミングと早さはもっと凄いなど思います。私達のような凡庸なドライバーならコーナーで車体のドリフトアングルが数十度付かないと当て舵(逆ハン)が当てられず、結局極端なドリフトアングルと修正舵の繰り返しでスピンに至るでしょう。でも、プロは僅かなドリフトアングルで当て舵を当て、ドリフトを制御しつつ、限界的な4輪ドリフトでコーナー後半を加速して行きます。そして、セナで忘れられないのは、コーナーリング中のスロットルを振るえる様に素早く煽る動作です。
 一昨日、ネット動画で聞いた、元佐賀大学学長で福島原発の設計者の一人(たぶん熱交換器系の)と云う上原春男氏の、現状打開策のことを記してみます。原子力にはまったく不案内ながら、技術者の端くれの者として、誠に腹に落ちる打開策であると思います。
 その上原策とは、現在急いでいるという既存の冷却系の復旧を中止し、新に作成した外部熱交換器を設置し、原子炉圧力容器に直結する一次冷却水と海水とで熱交換を行い冷却するものだといいます。この熱交換器は、高効率かつ一次系冷却水が漏れる恐れのない、オールチタン製、重量5トン、寸法は1×1×2m程の対して大きくないものだそうです。ヘリコプターで過般可能で、原子炉建屋から100m程度離れた位置に設置が可能だそうです。同装置の配管としては、原子炉圧力容器への流入口および流出口の2本の配管は、基本的に既存の緊急炉心冷却系の配管を利用するのだと云います。
 この方法を取るメリットですが、現在タービン建屋内の溜まり水さえ取り除けず、遅々として作業は進んでいません。今後も既存ポンプモーターそのものや配線、そして各配管や各部の電動弁等々、そんなことを対応していたのでは時間が掛かり過ぎるということです。そのことは、現状垂れ流され続けている放射能汚染が続くことであり、被害は広がる一方だということです。
 ところで、上原先生も事故(3/11)の翌日には、政府からの問い合わせがあり、この方法があることを伝えたといいます。その後、今月初めには官房長官にも直接会い、意見書として具申したのだが、その後何も云ってこない・・・と、ちょっと苛立たしげでありましたが、聞いている私も極めて苛立たしく感じます。
 
 今回の大手メディアの原発報道を見続け感じることは、やっぱり我が国のジャーナリズムは"閉ざされた言語空間"から抜け出ることができないということです。
 先の大戦での負け戦の際、大本営発表を何ら批判もなく報じ続けたのは戦時非常事態下で止むなかったにしても、現在の日本では憲法においても言論の自由が保障されているはずです。しかし、大手メディアは政府や東電発表を、脳死状態で何ら疑問も呈さず、お抱えの御用学者がさらに補強しつつ報じ続けるだけという状態に疑問を感じます。
 なんで、大手メディアは政府や東電をおもねるのでしょうか? もっと独自取材や御用学者でない学者も入れ、自らが報じるべき内容を吟味できないのでしょうか? これでは、別の問題ですが判事、検察、弁護という法曹界における、なれ合いの構図への疑念と類似するものが、政府、東電、大手メディアの間にあるのかもしれないとも感じます。
 しかし、救いは戦時下や現在の中国などと異なり、ネットメディアとそこに登場するフリーランス・ジャーナリストと(御用学者)でない本当の科学者達からの情報だと感じます。
 昨日も、ネット動画でフリーランス・ジャーナリストの話を聞いていました。曰く、海洋汚染で海外から膨大な賠償請求を受ける可能性もあるだろうと。そして、日本が産する野菜、魚介類そして工業製品までもが、当面の間輸出ができなくなる可能性もあるかもしれないと述べていました。これは、正に、国が滅びるかどうかと云うレベルに至る話だと思いました。
 

幻滅の連鎖

 人間危機に対応する時、内に備わった真の実力が発揮されるものだと心得ています。しかし、今次原発事故が生じて以来、早期に問題を解決すべき責任を持つ各組織、および情報を国民に知らしめる責務を持つジャーナリズム達の無責任さばかりが目立つ様に思えてなりません。
 これは、東電においての後手後手を踏む泥縄式対応だとか、記者会見でも、質問の返答を留保し後回しにするなどが多すぎ、不信感が深まります。そして、ここでも対策本部のリーダーなりは顔も見せず、その名前をたずねられた際も、答えようとしないなど、逃げ腰であることは見え見えです。
 一方、大手ジャーナリズム達ですが、海老蔵事件みたいな下らない事件のことは、もういいだろうと辟易するほど追い掛けます。しかし、今次の東電に対する対応は、これは私の気のせいかもしれませんが妙におもねる様な甘い質問に終始していると感じられます。
 さらに、原子力安全・保安院のことですが、原子力発電所を監督すべき役所であるにも関わらず、彼らの会見からは「監督の不行き届きであり、もうしわけなかった」に類似した言葉は私には一切聞いた覚えはありません。
 この様に記してくると、各部門の職務に対する無責任さばかりが目立つ様に思えるのです。なお、この要因は各部署のスポークスマンなど末端者の問題ではなく、その部門のリーダーの無責任さや、なれ合い、地位に対する執着などの自己保身などから生じているのではないかと想像されてしまいます。東電、自衛隊、消防隊、警察などは、事故現場で命を賭けて活動しているのに、遠く離れた東京本社で、この様な自己保身の塊と化したリーダーを思うと、まったく幻滅の連鎖が続くのです。
 企業や各組織などは、その存在意義として筆頭に掲げるのは「社会に貢献する」ということでしょう。彼ら各部門のリーダーには、この原発事故を最優先で収束させ、社会(国民)に安心してもらいたいと思っているのでしょうか? どうも、最優先は自己保身である様に思えてなりません。

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事